マダン解放6
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「カマラーラ飛行長、止めろ。無駄死にだ。君のみではない多くの若者を道ずれとは看過できない」
サイルンタ大佐はマリナク基地のオフィスにしている部屋で、詰め寄ってくるガリヤーク母艦の飛行長とそれに続く50名ほどの若いパイロットに対して、手を挙げて制しながら、大きな声で言う。
そこは、7千以上のガリヤーク機が着地している大佐自身の基地であり、その基地の建物の廃墟の中で僅かに残った倉庫にしていた建物を使っているのだ。
「いや、大佐あなたは間違っている。確かに、チキュウの戦闘機は強力だ。速いし、ガンの射程が長い。しかし、連射性能は我が方の機関砲の方が上だ。しかし、わが方も相当な数の敵の戦闘機を撃ち落としている。全く歯が立たないことはない。我々は、敵を追い払うぞ!」
若いカマラーラ飛行長は反論するが、サイルンタはさらに言う。
「君たちは、完全な検知に基づく情報システムに導かれた敵と、情報は荒いレーダーの読みのみでそれを音声または念話で導かれた味方とでは、どれほどの差があるか解っていない。しかも、チキュウの戦闘機は、我が方に比べ倍以上の優速であり活動範囲が広い。
つまり、彼等は好きなように戦場を選べるのだ。例えば、君たちが100機で50機の彼らと戦うとすると、彼等は正面から君らと闘おうとはしないで、君らの射程外から1機1機落としていけるのだ。
速度で劣る君らは、相手を捕まえようがないから、もうそうなったら逃れる術はない。彼らのガンは、固定目標であれば100㎞の彼方から大体10m以内の誤差に撃ちこめるし、彼らの照準は異様に正確だ。一つには弾速が我々ではどうやっているのか分からないほどに速い。しかしそれだけでは、あの命中率は説明できない。
私は、彼らが空気の動きや密度を含めて相手の動きを予測して、計算して狙いを定めるシステムを持っていると睨んでいる。従って、彼等は君たちの照準距離である200mの多分10倍以上の距離で、ほぼ100%の確率で君たちの機体を破壊できる。
彼らが最初にこの世界に来たときは、母艦を守るという使命があったから、乱戦にならざるを得ずなかったために彼等にも3十数機の被害が生じた。しかし、その時ですら驚くことにわが方の被害は彼らの4倍を上回っている。
乱戦ですらそうなのだから、彼らが守るべきものもなく最も効率的な戦いを選べば、君らは全滅、彼らの被害はゼロだろうな」
大佐のこの言葉に、カマラーラ飛行長を始め若いパイロット達は目を剥く。
「そ、そんな馬鹿な。それではどうやっても勝ち目はないではないですか!」彼らは口々に言うが、パイロット上がりということもあってサイルンタ大佐は一目置かれている。だから、言葉を続ける大佐に耳を傾ける。
「いま、総督閣下が目指しているのは、そのように手強いチキュウとの和平だ。彼我にこれだけの差があれば、争うのは愚かとしか言いようがない。残念ながら、彼らの世界を支配下に置こうとして侵攻したのは我が帝国だ。このマダンに侵攻されて苦情を言うのはおかしな話だ。
チキュウ側も戦いが長引くのは嫌っている。だから彼らも和平は望んいるでいるが、その条件としてわが帝国を支配下に置こうとはしていない。もっとも。我々が支配している民族を解放しろというものがあるがな。
だから、皇帝陛下及び帝国議会がどういう結論を出すかは解らないが、和平の条約が結べなくとも我々を返すことに同意している。だから、ここで勝ち目のない戦をして命を捨てるのは、帝国に対して不忠の行動になることをに認識しろ。
君たちが再度、帝国が支配する世界に戻れれば、また君らは立派な戦力になるのだから」
この言葉に、カマラーラ飛行長を始め若いパイロットはうつ向いてしまった。しかし、すこしして、若いパイロットの一人が叫ぶ。
「ああ。しかし、私の友人が今日、そうこの時間にチキュウ人が基地にしているジルルカン飛行場に攻撃をかけると言っていました」
そのパイロットは胸に吊るした時計を見て言ったが、その言葉に大きなざわめきが起きる。
「なに!その攻撃はどのくらいの規模だ。和平交渉の条件に停戦があるので、明らかにそれに反する。君はその友人に念話で話せるか?」
サイルンタ大佐が叫ぶが、そのパイロットは力なく首を振る。
「いえ、私にはできません。かれは、行動を共にする同志が100人位はいると言っていました。自分たちが相手に大被害をもたらせば、皆がついてくると……」
そこに、ガリヤーク機からの無線が中央監視室を経由して入る。
「こちら、母艦ラマクーラ飛行長のシンドラだ。私以下123機は今からジルルカン飛行場の上空警戒の戦闘機を蹴散らす。ガリヤーク機は全て我々に続け。サーダルタ帝国軍は最強なのだ!いくぞ!」
しばし間があり再度シンドラが話し始める。実況中継をするつもりらしい。華々しい勝利を聞かせて続く者を募るつもりだろう。
「みろ!あいつらは逃げていく。こちらと戦うつもりはないのだ。追え!」
ジルルカン基地の上空警戒に当たっていた、マダン派遣隊A23師団12大隊の西野少尉は管制AIからの指令を聞いて『やはり、来たか』と思った。
「警告!ガリヤーク機123機が接近中、君たち哨戒部隊に向かっている。距離を1㎞以上にとり迎撃する」その戦法は、哨戒に上がる前のブリーフィングで命じられたのである。
「サーダルタ帝国の総督府からの連絡では、総督府軍としては停戦を命じてはいるがガリヤーク機のいくらかは納得せずに攻撃する者がいるかもしれない、ということだ。
その場合は、迎撃せよ。無論基本的な戦術通り、距離を1㎞以上たもって撃破せよ。彼らの機関砲は射程のせいぜい300mだ」
AIの指示は、西野を含む200機余の編隊は固まって突っ込んでくるガリヤークの編隊から逃げる形で広がることで、彼我の位置関係が安定したら、レールガンで相手を撃つのだ。
尾部から噴射する形のジェット機などでは、相手と等距離を保って前方を向いている銃を撃つことはできない。その点で、重力エンジン機は風圧の制限はあるので、進行方向に横向きには飛べないが、後ろ向きに跳ぶことは平気であり、元々そのことは想定している。
レールガンの有効射程は一応5㎞ということになっているが、ガリヤーク機のような直径が1.5m程度の機に当てるのは、空気の密度差や揺らぎなど、計算しきれない要素を考えると必中距離は1㎞程度である。
だから、西野は敵編隊から1㎞の距離で位置関係がほぼ安定した時、狙いを付けた編隊の中の1機へのレールガンの命中率99%を得て、直ちに射撃ボタンを押した。
ガリヤーク機赤熱したレールガンの弾が貫き、貫入孔は小さいが射出孔は大きく明き、さらには中の機材を破壊してそこからぶちまける。
その際にマナのタンクを傷つけたらしく、そのガリヤーク機は旋回して落ちてゆく。
「3機目だ!」西野は思わず叫ぶ。彼は欧州解放時の空戦ですでにガリヤーク機を2機撃墜していて、たぶん地球連盟軍の500人台のエースの仲間入りをしたのだ。
『しかし、瀬川には全く敵わないよな。それに、あんな美人といい仲だし』彼は同僚の瀬川の事を思い出す。西野も学生から応募して、パイロットになった一人のため瀬川の友人であるが、年は一つ上だ。
瀬川ほどの腕はないので、強行偵察部隊には選ばれなかったが、“ケモミミ”の話を聞いて勇躍2次部隊に応募したのだ。ところが、そこには同僚で撃墜王の瀬川がいて美人でしかも皇女という美人と親し気に一緒に行動しているのだ。
しかも彼女は少しピンクがかったケモミミであり、スタイル抜群のすごい美人である。彼女が通ると、振り返らざるをえない、若いパイロット達が瀬川と一緒に歩くうらやましがることこの上ない。
ただ、約5千人の地球人パイロットに対して、地元政府は出来るだけの世話をしようと、半分空き家になっていたターミナルビルの部屋を整備するほか、プレハブの小屋も建てて食堂や休憩室にしてくれている。
また、全員分とはいかないが、ベッドも用意してくれているので、1/3程度は機内の操縦席でなくベッドで順番に寝ている。
そこには、若い男女が大勢世話係として働いており、意図的に集めたのかどうか、ケモミミの美女、美男が多く、中には西野もお気に入りの娘がいる。ちなみに、パイロットの2割ほどは女性であり、当然地球人同士のカップルもいるし、地球に妻子を残しているものもいるが、圧倒的の多数は侘しい独り身の男である。
だから、撃墜されて地上に降下した縁で、何とこの国のすごい美人のミーナリア皇女と知り合い、彼女の案内係に任命されている瀬川がやっかまれるのも無理はない。ちなみに瀬川は、このジルルカン基地に本部を置く“しでん”千機による、第1次訓練生千人の訓練飛行を行う教官の一人に内定している。
西野がそのようなことを考えながらも、次の獲物に狙いを付けようと操縦していると、すでに半数ほどに減った敵機がバラバラに散開して逃げ始めた。
「くそ!逃げたか」西野が舌打ちをしたが、ブリーフィングでは逃げる者は追うなと命じられているのだ。
マリナク基地では、サイルンタ大佐以下40名ほどがスピーカーから出る声を聞いている。
「何だ、あいつらは、後ろ向きに飛んでいるぞ。しかも追いつけない。くそ!どこまで逃げる気だ!くそ!」そのような言葉が数分続いたのちに驚きの声があがった。
「あいつら、あの距離で撃った!うわ!命中した。ああ!どんどん味方がやられていく」
「くそ!何であんな距離で当たるのだ。信じられん!ああ、もう半数の味方が撃墜された。ええい、逃げろ、逃げろ!全機撤退だ!全速で逃げろ!」
最後の叫びを飛行長のシンドラが挙げて、あとは荒い息つかいのみが聞こえる。
部屋に暫く沈黙が落ち、やがてカマラーラ飛行長が大佐を見て静かに言う。
「大佐殿、おっしゃる通りでした。我々では地球の戦闘機に歯が立ちません。また、シンドラは逃げているようですが、見逃されているのでしょうね。優速の敵機に、逃げる敵に負ける要素はありませんからね」
「その通りだ、カマラーラ飛行長。残念ながら、我々と彼等ではよほど戦場を選ばないと勝てる要素はない」大佐はそれに静かに答える。
結局、このゲリラ的な地球側の基地への攻撃は戦協定違反ではあったが、地球側に損害がなかったこともあって見逃された。総督府は、総督からサーダルタ帝国政府へ、マダン退去の決定を伝え、さらに迎えの輸送艦の派遣依頼を出した。
それに対しては、政府からは総督自身が帝国政府に説明するように命令があった。これは、ある意味当然だろう。唯一の大帝国と思って世界の支配している、支配している世界の一つの総督府が、辺境世界から攻め込まれて降伏して自国民を引き上げようというのだ。
その辺境世界はチキュウという、最近侵略しようとして大損害を出して叩き返された世界であるというものだ。当然、その事はサーダルタ帝国でも大問題になっており、どうするか議論の最中であったのだ。さらに、隣接世界で帝国の支配下のそのマダンには多数の戦闘機を配置していたというのにもかかわらずこのことが起きている。
帝国皇帝イビラカカン・マサマ・サーダルタは、マダン総督から送られてきた念話メモリーを再生したあと、灰色の鋭い目で、並んでいる軍事大臣と宰相を見て聞き返す。
「ふむ、現状は了解したが、結局現状においては、そのチキュウの戦力にわが軍が対処できないということだな。散々軍からは無敵だと言って、巨額の軍事費を用いて建設した艦隊の2/3が破壊されたわけだが、またもや38機の母艦と相当数の戦闘機が破壊されたわけだな?それもそのチキュウのみ相手にな」責任者の一人である軍務大臣は答えられず、宰相が答える。
「はい、陛下。残念ながらその通りです。典型的な逐次投入による損害の拡大です。現在の兵器体系において、わが帝国が彼らを打ち負かす唯一の手段は数の優位ですから、異世界への転移時がそのチャンスです」しかし、皇帝は冷ややかに返す。
「ふん、そのようにして、チキュウでは叩き返されたのだな。しかも、チキュウはマダンでは5千の戦闘機を直接に5分足らずで送り込んできたというではないか。速度で勝り、武装で勝る相手にその早さで展開されれば勝てんだろう」
「その通りです。ただその5千機の戦闘機は、地上基地に駐機しているということです。ですから、彼らが地上の地元政府と何らかの取り決めができたからでしょう。最初は4隻の母艦と数十機の戦闘機で異世界の門を越えたということです」
今度は軍務大臣が返すが、皇帝はさらに言って、2人を見つめる。
「それに加えて、彼等は形勢が不利ならわが方の手の届かない超高空に逃れ、しかもガリヤーク母艦をその高空から破壊できるとか」この言葉に2人はうつ向く。
「キルマールン総督が帰ってくるのなら、彼の話を聞いて最終的な決断をしたい。何日後だ?」皇帝が更に言い、宰相が答える。
「3日後になります」