東アジア再編成1
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クリー・ジャハンは、かさばる電磁銃を掲げて岩陰に隠れた。300mほど離れた未舗装の荒れた草原を、中国軍の兵士15人ほどが大きく広がって銃を構えて慎重に近づいてくる。また、まずいことに空には3機のドローンが舞っている。
彼らは、ウイグル自治区の駐屯軍兵士であり、先ほど自治区の区都である銀川市において、漢族ばかりの政庁に手投げ弾を投げ込んで逃げてきたのを追ってきているのだ。残念ながら乗ってきたボロのトヨタのピックアップは、故障して止まってしまったので、クリー達4人は車を捨てて、この大岩の点在する草原に逃げ込んだのだ。それを兵士たちは、乗ってきたトラックから降りて追っている。
兵が持っているのは、中国軍の標準の7mmのライフル銃であるが、40㎜のグレネード弾も発射可能であり、各兵士はケプラー樹脂の防弾着を着ているので、なかなか強敵ではある。それにまして強敵であるのは、上空を舞うドローンであり、銃身は短いが7mmのライフル銃の弾を30発、グレネード弾も3発持っており、初歩的なAIによって自分で敵を探して攻撃する機能がある。
しかし、クリーの持っている銃も、“雷銃”と呼ばれる最新式のもので、3.5kgと重いものの電磁銃であり、口径5.5㎜の弾を高速回転させながら秒速2㎞で打ち出せ、弾も50発装填できる。その上にこれもAI機能が与えられ、魔力によって狙いたいものを指示しておけば、命中する位置に敵がきた場合に、かすかな『チッ』という音がするので、それに合わせて引き金が引けば命中する。
この銃は、“ウイグル解放同盟の支援者”と言う組織から与えられたものであり、所有者は登録しておいて、他の者が触ろうとすると、爆発するようになっているという。
“支援者”は、台湾政府あるいはその関係機関であるというのは半ば公然の秘密だ。しかし、敵の敵は味方だから問題なしであり、狙いを聞いてみるともっともな話で納得できる。彼らが言うには、要は今後遅かれ早かれ魔法の処方は広まっていくが、その場合には巨大な人口で、領土拡張欲を隠そうともしない中国は困るということである。
それで、適当な大きさの国に分かれて欲しいという訳だ。そう意味はウイグル、チベットなど従来から独立運動がある地域は当然分かれるわけで、そのためにウイグル解放同盟に対して今から援助するということだ。中国に分かれて欲しいのは台湾のみならず、日本もそうである。日本は分離闘争時の軍事援助はできないが、独立後の魔法の処方や、資源探査さらに経済援助も行うということで、これは非常に魅力的だ。
またさらに、独立宣言をした後は、台湾政府は重力エンジン戦闘機で、航空機やミサイル等に対して独立した政府を守ると約束したという。その戦闘機はあの有名な“しでん”戦闘機と同じものという。そうであれば、中国の少なくとも空軍は全く歯が立たないだろう。
ただ心配なのは、核爆弾であり、例えば中国政府がやけになって銀川市に大型ミサイルや、核ミサイルを撃ち込まないとも限らない。
その点は、中国全土に渡って台湾が全力で防衛するというが、これは100%ではないだろう。日本が本格的に加われば別だが。
ちなみに、この地に根を張っていたウイグル族の元王族であるクリーは、世が世であればお姫様である。しかし、身長が175cm、体重70kgのがっちりした体格で、さらに浅黒い顔の自分を鏡で見て『こんなお姫様はないよね』と自嘲する。しかし、そのおかげで、体も鍛えてきたので、この“雷銃”を持っても苦にしないとは思える。
クリーは、ちなみに日本に渡って、処方を受けてきている。彼女は国境を越えてモンゴルに入り、そこに滞在するウイグル族を援助する日本人女性の手配で、10人のウイグル族の仲間と共に日本に渡っている。
その時に、処方のための補助機器を入手したので、解放同盟では仲間を順次処方しており、今ではすでに3千人ほどの仲間、及びウイグル族のめぼしい者3万人ほどが処方を受けている。なお、漢族については、基本的に日本は処方のための入国は受け入れていないが、これは初期のころは甘かったためにそれなりの数の中国人は処方を受けている。
クリーはドローンを狙う。ドローンに上空を飛ばれたら、簡単に見つかってしまうので放ってはおけない。慎重に隠れながら魔力で狙いをつけると数分でピッという音がして引きがねを絞る。パシュッという音と共に銃が振動して、オレンジの線が伸びて狙ったドローンから破片が飛び散り、ガクリとよろめきひっくり返って落ちる。発砲と同時に反力をつけて、銃の振動を抑えようとしているが100%とはいかない。
クリーはさっと別のドローンを狙うが、彼女が狙いをつけているうちに、別の1機が破片をまき散らして傾いて落下する。少し遅れて、彼女の銃が狙いをつけられない内にその機は同じように落下する。別の仲間の銃撃だ。これでドローンはいなくなったが、地上の兵たちは落ちて地上で燃えているドローンを指さして騒いでいる。
しかし、数人の兵士は彼女の位置が分かったのか、銃を構えている。グレネード弾だ、やばい!彼女は隠れている大岩の陰で身を縮めたが、数瞬遅れてドーンと大音響と、岩の強い振動、さらに破片がバラバラ振って来ると同時に煙に包まれる。
しかし、一方で遠くから撃たれたような叫び声が聞こえる。女は煙に乗じて隣の岩の陰に移って、そっと覗く。そこでは中国兵は身を伏せて銃を構えて撃っているが、数人は死んでいるようだ。
彼女に向けて構えている者はいないようなので、彼女は銃を構えピッという音と共に撃つ。距離は200m余だが、完全に雷銃の射程内であるので面白いように当たる。
やがて、残りが5人ほどになった時、敵わないと見た敵は銃を放り出して手を挙げる。しかし、仲間もクリーもお構いなしに撃って中国兵を全滅させる。クリー達にとってみれば当然の行為であり、彼らもそのように扱われてきたのだ。いやより悪く、面白半分の拷問の末惨殺されてきた。
彼ら4人は合流し、アジトまで徒歩で帰る途中で、無線で呼び寄せた車に拾われてアジトに無事帰ることができた。
日本政府は、結局中国新政府の要求に対して、国内で十分な議論をしてから、という回答で要求に対する正式回答を引き延ばした。しかし、官房長官の記者会見におけるやり取りを見れば、その意思は明らかではあった。とは言え、国会における議論は時間をかけて行ったし、国際的にも各国の意見を聞いている。
国会における議論は以下のようなものであった。
自民党のベテラン議員の朝霞三千人議員の意見陳述である。
「私は、中国への処方の実施と、資源探査、対サーダルタ防衛連盟の加盟、技術開示は反対です。
かの国は、貧しく弱い時には先進諸国及び我が国に対して紳士的に振る舞ってきました。しかし、一方でより弱い存在の周辺諸国に対しては、極めて傲慢で侵略的に振舞ってきました。
その状態で、その低賃金を求めて世界から投資が集中して経済力が増すと、軍備を増強し甚だしく傲慢になって、我が国に対しても尖閣諸島を始め沖縄ですら自国領土と言い出す始末です。
しかし、かの尖閣諸島沖紛争で我が国に一方的に破れ、かつその核兵器が我が国に対して無力化されるや、我が国に対しては傲慢な態度は影を顰めましたが、周辺諸国に対しては同じ姿勢でした。
今回の新政府という革命政府が、我が国に対して下手に出ているのは、今のところ敵わないと思っているからでしょう。
しかし、また魔力を使えるようになって力をつけたら同じことを繰り返すでしょう。私はそう思いますが、そうでないのかもしれません。しかし、国は願望で動いてはいけないのです。そうであるなら、私はこれらの要求に対して拒否しかないと思います」
共産党の足立紅葉議員の意見陳述であるが、共産党はそのトップがサーダルタ帝国侵攻に関してマスコミにリークしようとして、現在裁判中であるが懲役刑になるという見込みが高い。この一件以来、さすがに姿勢を変えてきている。
「中国が、過去傲慢に振舞ったように見えたのは事実です。しかし、近世の中国の歴史を見れば、帝国主義である欧米及びわが日本の食い物にされて、人民は途端の苦しみを味わってきています。
また、魔法の処方は人が本来持っている能力を具現化することであり、その道を封じることはまさに人道に反する行為と言って良いと思います。
また、規模の大きい中国が、処方を受けることでまた力を持って、再度周辺に対して侵略的になるということを恐れているようですが、この国の人口は世界人口70億に対して14億です。確かに小さくはありませんが、56億対14億で他の部分の方がずっと大きいのです。また、中国の処方はそれなりの時間を要するでしょう。
したがって、時間的な遅れもあって、中国がその巨大な人口があったにせよ、世界の中で大きな力を持つとは思えません。ですから、頭から拒否するよりも、受け入れて仲間にして、その持っているパワーを世界のために役立たせることこそが正しいと思います」
ハヤトも出席して、探査をできる唯一の人材として意見を聞かれた。
「私は、今の中国政府が真実何を考えて、このような要求というか要請を日本にしてきたのかは知りません。しかし、基本的に言えば、新主席の言葉は概ね本音であろうと思います。とは言え、それが本音としても、将来の中国がどうふるまうかは別の問題であり、現在も続けている共産党一党支配の形態を残している限り、同じことをするだろうと思います。
プロバガンダと嘘を百回言えば真実になるというそのスタンスは、共産主義と表裏一体のものだと思いますね。私が思うには、処方によるいわば進化があったにせよ、人間には共産主義は早すぎるのです。そういうことで、私は中国が今の政治形態をとる限り、私の専決事項である資源探査はいたしません」
オフレコとして、世界の指導者の意見を聞いた結果は、細々と時間をかけて処方を行っているロシアが中間的な意見を言った以外には賛成の意見は出なかった。
日本としても台湾の言うように、日本が中国の要請の拒否宣言を行ったとたんに、独立宣言が始まるというのは、いかにも先導したことが明らかになって聊か具合が悪い。
だから、日本が煮え切らない態度を示しているうちにタイミングを合わせて、一斉に独立宣言をしてほしいとの要望を出した。
日本では、このようにだらだら議論は行っているが、中国内の独立を目指している組織から見ると、日本が拒否したいことは見え見えであった。従って、彼らにとっても、日時を決めて一斉に独立宣言をすることに否やはなかった。
それは2026年の12月1日午前0時であった。
独立を宣言した諸国は、ウイグル省、チベット省、内モンゴル省等の少数民族主体の地域、雲南省等を含あんだ広東省、香港、福建省、重慶・四川省、浙江省(上海)、山東省、北京を含む河北省、遼寧省など東北部の11の地区であり、経済的なバランスから沿岸部と内陸部が合体する傾向があった。
実のところ、中南海の革命政権ではこの動きは掴めていないわけではなかったが、どうしても革命政権であるために、組織力が弱くその対処は後手に回った。令ションジュン主席及び長く同志であった新政府の幹部連は、分離独立の動きを半ば諦めの思いで傍観していたと言えよう。
日本政府及びアメリカ政府の正式の返事はまだ来ていないが、明らかに過去の振る舞いから処方を施す事、またその技術を渡すことを嫌がっている。処方を行うとしても、ロシアのように遅々としたものになるであろうし、最新の軍事技術を渡すことになる対サーダルタ防衛同盟への参加は拒むであろう。加えて、資源探査は現在の中国に対して行うことは、例のハヤト氏が明確に拒んでいる。
実際のところ、令は中国が領土的に膨張する必要性を認めていなかった。孔子の言葉風に言えば、今の中国人民は明らかに世界の指導者になるためには『徳が足りない』のだ。そうであれば、中国は、今の大きさにまとまっている必要があるだろうか?
彼の手元には、独立宣言を出そうとしている地域ごとの分割図があった。経済的には、ウイグル省、チベット省、内モンゴル省等については苦しいだろうが、他の地区はそれなりのまとまりがあって経済基盤も一定ある。
前者の3地区はしかし、独立したい少数民族主体の国になるだろうから、これらの人々はもともと経済的には恵まれていないし、日本などが援助するだろうから、すでに探査が行われているモンゴルと同様に豊富な資源も見つかるだろう。
もっとも、これらの地域に住んでいる漢民族はつらいことになるだろうが、それは歴史の節目ではやむを得まい。しかし、この北京を中心とした、河北省はしっかりと掌握する必要がある。
有能な令主席本人がこのような思いであったために、予想されたように10国の独立宣言があった時、人民解放軍の動きは鈍かった。そもそも、ウイグル省、チベット省、内モンゴル省を除けば、その地区の軍部が分離する新政府に加わっているため、地区の軍部・武装警察からの独立阻止の動きはなかった。
前述の3省についてもすでに頻発する攻撃に、地区の治安維持部隊の構成員も疲弊していた状態である。さらに、従来は強かった中央からの圧力も新政権になってからは弱く、現地の軍・治安維持部隊の士気は極めて低かった。
その上に、独立勢力は台湾の援助で十分な武装をしており、殆どの構成員が処方を受けた者達であったため、独立宣言があった時は、現地の現地の軍・治安維持部隊がすべて1時間以内に抑えられている。
無論、空軍と海軍は中央直轄の指揮系統であったため、治安維持のために出動しようとした。しかし、独立宣言の10分遅れで、それを認める宣言を世界に向けて発信した台湾が出動させた、200機の改革(“しでん”と同一)戦闘機によって、いずれも阻止された。
とりわけ新生ウイグル共和国、チベット共和国、及び内モンゴル共和国については、各20機配備されてその地区の航空機や戦車等の動きを抑え込んだ。
戦車の正面装甲と言えど、7㎞/秒の速度で打ち出される25mmには容易に貫かれるのだ。