欧州開放2
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1.5km×3㎞にもなる、広大なフランスの奴隷兵の駐屯地の上空には、“しでん”戦闘機20機、“らいでん”攻撃機5機が滞空して内部を見張っている。中には多くの兵舎が建設されているが、まだ全体の3/4の面積は整地されたのみの裸地である。それは当然のことで、最終的に10万の兵員を収容する兵舎が建てられる予定であったらしいが、人数に合わせて増設していこうという予定であったようだ。
ハヤトがミールク及び防衛同盟の代表2名、フランス政府の代表2名と共に、幅が10mほどもある大きな門をくぐって、徒歩で中に入り込むと、そこは大きな広場兼駐車場になっており、100人ほどが待っている。
見たところ、1/3ほどがサーダルタ帝国人であり、残りが犬耳の兵士である。中の一人の制服を着た女性が、一歩進み出て、明らかに同国人のミールクに英語で話しかける。
「私が、この駐屯地の暫定指揮官アミラ・ズ・カイマクです。あなたが、ミールク・ダ・マダンですね」
「そうです。今は地球人の捕虜ですが。ああ、こちらが、私を乗艦から誘拐して捕虜にしたハヤト氏です」ミールクは進み出て、一緒に進み出たハヤトを紹介する。
「ハヤトです。私は地球人の中でも魔法の能力が高いので、ここに隷属状態になっている人々を開放するために来ました。ミールクに聞くと、どうも隷属の首輪を無効にするのは容易ではないようなのでね」ハヤトの言葉にアミラが応じる。
「その通り、解放する魔法具はありますが、司令船に乗せているものがすべてで、この駐屯地には置いてありません。必要がないはずでしたのでね。しかし、司令船はあなた方が破壊したのでしょう?それから、我々が捕虜になるのなら、それなりの手続きが必要でしょう?」
その言葉に応じて、中年金髪の細身の防衛同盟の制服の将校が進み出る。
「そうです。私は、対サーダルタ帝国防衛同盟の代表としてきた、ジム・マクラン法務中佐です。この駐屯地のサーダルタ人と従属種族のマゼラ人については対サーダルタ帝国防衛同盟が捕虜とします。
すでに、ミールク・ダ・マダン氏から説明があったと思いますが、原則として捕虜は皆本国に送還します。しかし、地球人に対して故意の殺人あるいは残虐行為を行ったものは軍法会議にかけて、その判決に応じて罰します」
「その罰するという具体的な罪とは?」
「我々の把握している限りにおいての行為としては、EU本部及び周辺市街地への爆撃の指令と実行、上空から人々への熱線銃での攻撃、非武装の者に対する攻撃等、さらに弓等への反撃も相手が死に至った場合には罰します」マクランのこの回答にアミラは肩をすくめて、口を開く。
「我々は所詮、戦いに敗れた方ですからね。反論しても無駄でしょう。大体、それらで告発されるべきものはほとんど、戦闘で死亡したでしょう。
なお、この駐屯地にサーダルタ人が1528人、マゼラ人が5352人おります。500人収容の兵舎が、現状では42棟完成しており、18棟が地球人を収容するのに使われています。
地球人は8995人で、15人が病気で病棟に入っていますはが、ほとんどの者が健康です。無論、地球人は全員が隷属の首輪をしており、物理的に切るなどして外そうとすると、脳をかく乱する作用が働き、着用したものは精神に失調を来たします。簡単にいうと、気が狂うということです」
「では、まず、隷属の首輪が外せるかどうかだな。まず、地球人を10人連れて来てくれ。それから、あの建物を使わせてもらおうか。いいかな?」ハヤトが言うのにアミラは頷き、横の部下になにやら命じ、ハヤトに向かって言う。
「我々は所詮捕虜です。あれは事務棟だが、使いたいなら使いなさい。しかし、隷属の首輪を外すのは簡単ではないですよ。わが国の高位の魔法使いは外せるというが、貴君が出来るとは思えません」
ハヤトはそれを聞いて、隷属の首輪はラーナラではありふれたもので、魔力の強い者ならその解放はそんなに難しいものではなかったことを思った。サーダルタ帝国のものは違うかもしれないが、魔法を使ったものであり、魔法具を使ってそれを装着・解除することが基本の点などを考えると、似たようなものであろう。それが、今回ハヤトが志願して、ここまで来た理由である。
「まあ、そうかもな。まあ、やってみるよ」ハヤトはそう応じ、連れてきた隷属者10人と一緒に事務棟に入って、サーダルタ側の者を追い出す。
中に残ったのはミールクと地球人4人である。
その幅が5mほどもある事務室の壁際に10人を立たせて、ハヤトは彼らに向かって立ち、首輪に魔力を伸ばす。なるほど、少し違うが、この首輪はラーナラのものとほとんど一緒の仕組みと働きだ。これなら、外すことが可能だが、下手をすれば気を狂わすことになるとなると、慎重にならざるを得ない。
『ここを、魔力で抑えて、ここを引っ張り出して、ここに魔力を注ぎ込む。それ!』
正面に立った、うつろな目をした20代の茶髪の男の首輪に向かって、ラーナラにおける隷属の首輪と同じ方法で、魔力を操り、さらに注ぎ込むと、かすかな“かちゃり”という音がする。直後、茶髪の男の目に理性の光が戻る。
「君!その首輪を外しなさい」ハヤトがその男の首輪を指さし念話で言うと、男は「え、ええ?首輪?」と言ってそれでも首に手をやり、首輪に触る。するとそれは、そのように触られたことで、かちゃりと言う金属音と共に外れて、床にバサリと音をたてて落ちる。
「あ、俺はどうしたのだ?ここは?」戸惑う男の言葉はフランス語だ。
このようにして、ハヤトは隷属の首輪を外す方法を見いだしたので、他の者の処理は簡単である。残りの9人に対しては、各々ものの数秒で首輪を外して正気つかせる。そうやって事務棟の外に出ると、そこは面倒なことになっていた。
指揮官のアミラが手錠のようなものをかけられて、手を拘束されており、その横に男の将校がふんぞり返っている。そのそばには10人ほどの熱戦銃を構えた兵士が並んでいる。彼らは2人のサーダルタ人の将校と8人のマゼラ人の兵で、ハヤトを始め事務棟から出てきたもの達に向かって狙っている。
この情景を、200人ほどに増えた軍服を着たもの達が見物している形であるが、上空の“しでん”がなぜ気が付かないのかと思って、魔力を使って探ると上空からの光景を幻影をかけて欺いているようだ。ほう、この将校は幻影の魔法が使えるのか、ハヤトは感心して思う。
「裏切り者のミールク・ダ・マダンか。お前をさらったというそのハヤトは物騒だな。こいつを殺せ!」アミラのそばの将校が兵に向けて叫ぶ。
しかし、一瞬早くハヤトが、風魔法で銃を持った隊列に下向きの力をたたきつける。その力に、銃はすべて下を向くかあるいは手から離れて地面にたたきつけられる。間髪、ハヤトはさらに風の刃で兵士の頭を薙ぐ。風魔法に腰が砕けて倒れた2人を除いて、8人の首あるいは頭部がすっぱり切れてすっ飛ぶ。胴体は一瞬遅れてズルリと倒れる。
見ていた多くの者から、叫びが漏れるが、アミラのそばの将校は、流石に鋭敏に拳銃のようなものを腰から取り出して、ハヤトを狙おうとする。しかし、ハヤトに向かってそれは無駄なことで、やはり風魔法で銃を叩き落される。
「さて、指揮官殿、これはどうしたことかな」ハヤトは、それだけの事をしても平静なアミラに聞く。
「見ての通りだ。衛兵隊長のジザークが、私の判断には従えないということで、地球人を人質にして立て籠もるつもりだったようだ。私から見れば、あなたの魔力に敵うわけがないと思うがね。彼のランクではわからなかったのだな。しかし、あなたの危険性には気が付いたようだけどね」
アミラの答えにジザークが叫ぶ。
「野蛮人の地球人に簡単に応じやがって。裏切り者が!サーダルタ帝国の誇りはないのか?」
アミラはシザークの言葉に応じる。
「うーん、どっちが野蛮人かな?国力を傾けて地球制圧を試みたが、莫大な損失を受けて失敗したわけだ。ここで立て籠もっても、補給がない以上いずれは降伏せざるを得ないし、その場合には現地の人々の印象は大いに悪くなると思うがね。そうして降伏した場合の、君らの扱いは想像がつくよ。
要は今回地球制圧という、帝国軍の勧告に従った帝国議会の決断が誤りだったわけだ。はっきり言って、相手が強すぎた。当然の事ながら、相当な損害を受けた地球側の報復は今からだが、我々はそれが片付くまで待つしかないな。
まあ、君もこのハヤト氏の実力を全く判断できずに同じように完敗しているから、すくなくとも君には帝国の軍、議会を責めることはできないな」アミラは淡々と言う。
それを聞いて、ハヤトはその的確なコメントに感心し、希望をもった。それは、そのような考えができる者は、このアミラという個人のみではないだろうから、最終的にサーダルタ帝国と地球の間に和平を結ぶことができる現れであると思ったのだ。しかし、魔力についてはだいぶ劣るようだが、知性について言えば、明らかにアミラがミールクより上であるようだ。
サーダルタ帝国の規模は、その支配下の種族まで入れると、地球全体を集めたより大幅に大きいことは明らかである。そういう相手と血で血を洗うような争いはしたくはないし、そんな相手を支配下に置くことも無理である。また、そのように大きな規模の相手は、当然違う文化と産業構造をもっているから、相互の交流は間違いなく双方に大きな利益がある。
地球については、すでにAE励起発電によって事実上無限のエネルギーを確保できているし、自分がやった資源探査で当分鉱物等の資源の枯渇は考えなくてもよいので、基本的に他からの収奪する動機がない。 問題は、サーダルタ帝国のまさに帝国主義であるが、これは強制して分離独立させることは可能であろう。ハヤトにとっては、この日が対サーダルタ帝国の今後の対策・方針が、ぼんやり浮かんできたきっかけになった。
ジザークは反乱の罪で営倉に入れられ、駐屯地の秩序は取り戻された。アミラ指揮官は、ハヤトが首輪を外すことが出来るのは予想していたが、まさか駐屯地の9千人の首輪の解除にわずか3時間足らずという点は予想しておらず、その点は大変に驚いていた。
その日、フランスの駐屯地に集められていた奴隷兵が解放されたことが周知され、政府の手配したバスや鉄道等の交通機関によって、2日の内にその解放された人々は自分の家に帰っていった。
アニエスはアパニエンの地下鉄の駅で夫を待っていた。彼女が夫のアドリアンからの連絡を受けたのは昨晩であり、いつもと変わらない夫のその声を聞いて、彼女は最初どう反応していいのかわからなかった。5日前のあの日、彼は突然無表情になって、必死で止める彼女を振り切って行ってしまった。
その後、それがサーダルタ帝国の心理操作であり、夫が奴隷兵にされるために連れ去られたことが分かった。それでも、夫が無表情になって彼女に対して反応しなくなったあの時のことは、締め付けるような苦しみになって残った。
その後、対サーダルタ防衛同盟による反抗と欧州開放を知って、彼女は夫が閉じ込められている駐屯地に向かおうと思った。しかし、政府の公報で、あのハヤト氏がまずフランスの駐屯地に向かい、隷属の首輪を解く試みをすることが告げられた。
その公報は、さらに開放された人々は直ちに政府が手配する交通機関で、自宅に返すようにするので自宅で待ってほしいと要請し、さらに、解放され次第本人から家族に連絡させるとも述べている。
その結果、待つことにしたアニエスのモバイルにかかってきた通話に、彼女は暫く言葉が出なかったがようやく、「アドリアン?」と絞り出すように声が出て、その後は会話ができるようになり、明日正午ごろには彼が近くに地下鉄駅に着くことを理解した。
彼女が、1時間ほども待った後、改札を抜けてくる白っぽい服を着た長身の男性、体つき・動作で判る。あれはアドリアンだ。
「アドリアン!」彼女は思わず思いっきり叫んでいた。彼もその声に彼女を見て「アニエス!」大きな声で叫ぶ。アニエスは彼に向かって走り出し、彼は彼女を受け止めて思い切り抱き合った。このようなシーンが欧州全体でみられた。
ハヤトは、このようにして、欧州の駐屯地10か所を回り、合計約8万5千人の人々を開放した。幸い、これらの人々は戦闘に駆り出される前であったために、犠牲になった人はいなかった。
しかし、サーダルタ帝国の欧州制圧は、人命についてのみとっても、結果的には高いものについた。隷属化を妨害しようとして抵抗したことによる死者は2万1千人、重軽傷者3万2千人、EU本部の破壊によって、死者7万5千人、重軽傷者21万人、解放のための空中戦による死者は380人、重軽傷者820人で死者は合計が約10万人に達した。
これは、当初から抵抗し、日本からの大きな援助があったにせよ、サーダルタ帝国の侵略を防ぎ、結果的にたたき出したイギリスの犠牲者と奇しくも同等の被害であった。また、防衛同盟軍とサーダルタ帝国軍との戦いによる犠牲者は、イギリスに比べても比較的少なかった。
これは、サーダルタ帝国に比べ優位な戦力で戦ったこと、及び防衛同盟軍がイギリス・東南アジアでの戦訓を活用した成果でもあった。
そのことから、下手に抵抗せず、防衛同盟軍への依頼も遅かったことが、結果的に功を奏したという議論をする者もいた。
しかし、この論は大きな反発を浴びた。なにより、欧州は、結局日本、アメリカ、イギリス等の外部からの助けのみで解放されたのだ。その結果、多くのサーダルタ軍の捕虜は、欧州諸国には当事者能力がないということで、防衛同盟の管理下に置かれている。これは、自らが住む場所が世界の中心と思っていた、欧州の人々のプライドを大きく傷つけた。
その後、欧州諸国はアメリカ・日本に対して膝を屈する形で、魔法の処方、AE励起発電、重力エンジン、レールガンの技術導入及びそれらの実機の輸入に全力を挙げた。