欧州隷属化2
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当然のことだが、こうした兵舎に隷属の首輪をされて連れ去られている若者は、一人暮らしの者もいるが、家族と共に暮らしているものも多い。そうした共に暮らしている人々にしてみれば、自分の息子や娘、夫や妻や、あるいは父母が突然、目がうつろになって、呼びかけに一切反応せずに、どことも知れない所に行こうとするのを黙って見ているわけはない。
必死に呼びかけ引き留めようとするが、本人には反応がないので、どこまでも付いて行こうとするが、ある程度以上付きまとうと魔法で気絶させられて、ついていけなくなる。
しかし、これらの人々は警官、あるいは自治体などにどんどん連絡するわけである。各国行政府も、さすがに騒ぎが始まって3時間もすれば、自国民が怪しげな首輪を嵌られて、意志に反して連れ去られていることに気づく。事態を把握した各国首脳は、すでに実権はないが、まだ今のところ正式に首班としての地位を奪われていない。従って、責任上から総督府に必死の抗議をするが、当然のことながら、まったく相手にされない。
しかし、彼らは、現地の治安維持を未だ担っている警察には、総督府からの邪魔をするなという命令に背いて、出来る範囲で『奴隷狩り』(サーダルタ人の、この振る舞いはすぐさまこの名で呼ばれるようになった)を妨げるように命じた。
そして、彼らは軍からの提言を呑むべきであったと、心底後悔した。その提言は、犠牲を忍んでも、イギリスでサーダルタ帝国の侵略をはねのけた対サーダルタ防衛同盟に、開放の要請を行うべきであるというものであった。
しかし、上空に居座られて、いわば住民が人質になっている状態で、サーダルタ帝国と同盟の防衛艦隊の闘いが始まると、どれほどの被害が生じるかという恐れからその提言は入れられなかった。しかし、多数の自国民が心を支配されて、隷属化されようとするのを見逃すくらいであれば、どれほどの被害が生じても抵抗するべきであったと思わざるを得ない。
一方で、現場の雰囲気は極めて険悪である。最初の一日にしてサーダルタ帝国のやっていることが知れわたってしまったのだ。従って、サーダルタ人の術者によって支配されたものは、多くが途中でインターセプトされた。
すなわち、寄ってたかって、足をからめとられ、布団にくるまれ動けなくされたのだ。術者は2~3人は気絶させられるようだが、周りの人が多いために、その妨害が止められない。また、集まった若者が首輪をされて、着替えさせられるサカン2号の周りには険悪な顔の人々が取り巻いており、到底警備兵をそうした拘束された若者の開放には派遣できない。
こうして、サーダルタ帝国の若者を隷属化する計画はとん挫したかに見えたが、帝国はガリヤーク機(アンノ機)を派遣してきた。ガリヤーク機については、人間相手の有効な武器が熱戦銃しかないといういうこと、さらに拡声器等で警告する機能もなかった。このため、サーダルタ人に引き寄せられる者を邪魔しようとする人々に、ガリヤーク機は予告することなしに、熱線を浴びせることになった。
このことで、人びとや建物等に多大な被害が生じることになり、それは人々の復讐心を駆り立てた。魔法による破裂により銃を使えない人々は、ひそかに量産に入っていた各種弓と空気銃やばね銃を持ち出し、主としてサカン2型の護衛を含めた要員をねらった。
そして、護衛が無力化されたところで、機内に雪崩込んでサーダルタ人も弓等で殺戮するが、こうした動きに護衛兵も反撃するし、ガリヤーク機も飛んできて、サカン2号周辺に群がる人々を一掃する。こうして、欧州各地で流血の争いが起き始めた。
アニエスは、夫のアドリアンが、会話の途中で突然表情を失い、彼女の問いかけにも反応しなくなったのに恐怖した。それは、彼が出勤の準備を済ませて、2人の小さなアパートから出かけようとした時だった。
「今日はね、ちょっと憂鬱な会議が………」彼女を向いて、すこし憂鬱そうに語りかけていたアドリアンの表情が消えて、1分ほども黙ってしまう。その後、目に感情が宿ることなく、一言、「行かなくちゃ」と言ってドアに向かい、そそくさと靴を履いて、まったく彼女を無視して、ドアを開けて出て行く。
彼女が「アドリアン!」と叫ぶが、全く無視する。アニエスは、当然驚き震えながら追いかけ、一緒に歩きながら語りかける。
「ね、ねえ、アドリアン、どうしたの、ねえ」そして手を掴みとどめようとするが、「うう!」といううなり声と共に、激しく振り払われる。それは全く容赦のない激しさであったために、彼女は突飛ばされる格好で歩道の端に倒れてしまった。
しかし、膝に擦り傷を負いながらも立ち上がり、振り返りもせずに早足に歩く彼を追って、「ねえ、アドリアン!どうしたの、ねえ!」語りかけるが、全く反応はない。今度は肩に手をかけると、これも激しく振り払われる。それでも、異常な夫を見捨てるわけにはいかず、2ブロック、3ブロックついて行き、必死で話しかける。
しかし、アドリアンの様子に変わりはなく、必死に彼について行くうちに、彼女は突然頭に激しい内的な衝撃をうけて、意識が消えていく。
はっと、気が付くと「ねえ、ねえ、大丈夫?大丈夫かい」声をかけられながら、抱えられて頬を軽くはたかれている。目の焦点があってみると、50歳代に見える金髪のおばさんが自分をのぞき込んでいる。
「あ、ああ………、ああ!アドリアン!」思いだして思わず叫ぶ。
「アドリアン……。あんたの恋人かい」おばさんの問いに、アニエスはあふれる涙を拭きながら答える。
「ええ、夫です。どこへ行ったのかしら」
「どうも、ミーサル公園のようだよ。あんたの旦那のように、沢山の男女があんなふうになって、どこかに歩いているの。どうも知らせだと、ミーサル公園にサーダルタ帝国の空中機が降りて、そこにあんたの旦那のような人は集まっているらしいよ」
道路の反対側の歩道では、男女が並んで速足で歩いているのに、5歳くらいの女の子が取りすがっている。
「ママー、パパー、待って、待ってよ!ウェーン!ウェーン!」泣きじゃくりながら追う幼い子供を、見向きもせずに男女は無表情に歩いている。
やがて、女の子は転んで、泣きじゃくっていたが、近くにいた老人が抱き上げる。女の子はそれでも手を差し伸べて、自分の父母だろうカップルに呼びかける。
「ママ―、パパ―」
「あんな感じなのよ。あのカップルみたいになると、どうしようもないの。止めようがないのよ。まったく、サーダルタの連中が!たぶんあんたの旦那も、あのカップルも連れていかれて奴隷になるのよ。政府が防衛をおろそかにしたものだから、こんなことになるのよ」
おばさんはプンプン怒っている。確かに、アンノ機が世界を飛び回り始めたころ、全面的にアメリカと日本に援助を求めて、反重力エンジン機とレールガンの技術を導入するという話もあった。結果からみると、勝敗を分けたのは反重力エンジンとレールガンの技術の実用化であったから、それは間違いなく必要だったのだ。
しかし、その前に魔法の処方がこのEUに入ってこなかったのが、より大きな問題だったと民間のシンクタンクに勤めるアニエスはそう思う。結局、その効果である知力増強を得られなかったために、防衛のための必須の技術を導入するのも遅れたのだ。これは、欧州の優位性というちっぽけなプライドが、これらの事態を招いたのだ。
サーダルタ帝国がどのくらいの規模か知らないが、今や住民の心理操作による奴隷化に踏み切った。こうなった以上、欧州住民を地球征服の先兵にしないためには、欧州の指導者も犠牲を覚悟しても、イギリス、日本、アメリカに欧州開放を依頼せざるを得ないだろう。
しかし、私は私の闘いがある、アニエスは思う。たぶん、さっきのカップルのように、夫婦そろって召喚されるもの達がいる一方で、夫のアドリアンのみで自分が召喚されなかったのは、自分が身長150㎝で体重45㎏と人並み外れて小さいためだろう。しかし、サーダルタ帝国側がこのような手段に出た以上、政府も住民が独自に抵抗するのを止めるすべはないだろうから、遠慮の必要はない。私は小柄だけど筋肉はちゃんとある。戦えるのだ。
「奥さん、ありがとう。私はそのミーサル公園に行ってみるわ」アニエスは体を起こし。立ち上がって、そのおばさんに礼を言う。
「マーラ、マーラよ、私の名前は。ああ、帰って来るよ。あんたの旦那は。頑張りな」
決然と立ち上がったア二エスの様子を見て、マーラはぽっちゃりした手を差し出す。
アニエスはニコリと笑って、その手を握り言う。
「ええ、マーラ、大丈夫よ。頑張るわ」
それから、手を放し急ぎ自分のアパートに帰り、用意していたクロスボウを取り出す。時計を見ると、自分は2時間ほど気を失っていたらしい。ミーサル公園までは20分もあれば行けるので、アドリアンが未だ残っていると思えないが、クロスボウを入れたリュックを担いで、自転車に乗って急ぎミーサル公園に行く。
途中で、アドリアンのように、うつろな目のまま早足で歩く若者に出会うが、何人かは人が取りすがって必死に話しかけている。
しかし、彼女の目を引いたのは、足に紐をかけられて倒れた人に、毛布のようなものを掛けて、縛り付けている様子だ。なるほど、これは一つの方法だ。その人を操っているサーダルタ人だって、たぶん魔力を使って心理操作をしているわけなので、その心理操作をいつまでも続けられるとは思えない。たぶん、最大でも2時間程度捉えておけばいいのではないだろうか。ただ、心理的な後遺症が残らないかどうかが心配ではあるが。
そこには、白銀色の空中機が駐機しており、それを囲んで黒山の人だかりである。そしてアニエスの見るところ、その人々は手ぶらではなく様々な武器を持っている。しかし、上空にはガリヤーク機(アンノ機)が舞っており、仮に警備兵に向けて武器を使えば、上空から攻撃されることは間違いない。
彼女が人ごみの間から見ると、あのサカン2号の扉の前に立っている、犬耳・鼻の警備兵は緊張しきっており、その銃を群衆に向けて構えている。群衆を抜けて、目のうつろな若者が1人2人と入っていき、入れ替わりに警備兵のものに似た制服を着た男女が出てくるが、よく見ると首輪が嵌っている。
出てきた彼らも、目がうつろな点は変わらず、明らかに心理操作をされている様子だ。それを見て、心理的な操作をされて、敵軍に兵士にされているその人々の様子にアニエスは強い怒りを覚えた。
時間的にいうと、アドリアンはとっくにこのサカン2号での処理は終わって出てしまっているだろう。 彼女は、自転車に乗って、その制服を着た人々を追ったが、そこはそれほど遠くなかった。2ブロック先の角を曲がると、白銀色の直径10m、長さ150mほどもある、サカン1号の機体が見えた。それに向かって、断続的に首輪の嵌った人々が向かっており、そのほぼ中央の地上3mほど扉の前には、幅の広い鋼製階段があって下に4名、上段に4名の兵士が守っている。
また、こちらも多くの群衆が詰めかけており、彼らも不穏な空気であるが、上空をガリヤーク機が舞っており手を出せない。ガリヤーク機は、少なくとも対戦車砲レベルの砲でないと傷つけることは難しく、火薬を使ったミサイルと砲を封じられた欧州の人々になすすべはない。
『あの中にアドリアンがいるのに!』アニエスは歯を食いしばる。あの大きさからすると、たぶん千人程度も乗せるだろうから、すでにサカン2号での処理が終わった彼も乗っているはずだ。彼女は、怒りで震える身で、警備兵をクロスボウで射殺することも考えた。
しかし、間違いなく上空のガリヤーク機からお返しに殺されるだろう。そうすることが何も役に立たないのみならず、将来開放されたアドリアンが彼女の死を悲しむだろう。我慢するしかないと彼女は思う。
『結局、EU及びフランスは、ここに至っては、対サーダルタ同盟にサーダルタ艦隊を駆逐するための艦隊を送るように、正式に依頼するしかないだろう。そうすれば、サーダルタ帝国の艦は追い出されるので、捕えられているアドリアンも、働きどころがなくて開放されるはずだ。それまで、私も無事にいて待っていなくては』
今のところ機能しているEU本部では、実質的な権限が無くなった各国首脳が協議をしているが、状況説明と議論の末にドイツ首相だったマニエルが言う。
「ここに至っては、やむを得んでしょう。対サーダルタ防衛同盟に依頼を出しましょう。艦隊を送って開放してほしいとね」その言葉に、フランス前大統領ロムランが同意する。
「うむ、我々の国民が首輪に操られる奴隷になって、世界征服のお先棒を担がされるのは看過できない。さらに、その場合はわが国民の奴隷兵は弾除けにされるな」
その言葉に反対の意見はないのを見て、EU統合軍司令官ローエル大将が国民の奴隷化、さらにすでに生じつつある各地での虐殺の結果、ようやく自分の意見が通ったのを見て念を押す。
「よろしいですな。それでは、イギリス防衛軍を経由して、対サーダルタ防衛同盟本部への依頼として『可及的速やか、かつ犠牲の少ない我が欧州開放』を依頼します」