そうであったように。
持った力が、ほかの人にはないものだったから。
そんな理由で僕の地位は容易く決まった。
「これはこれはアルト様、如何がなさいました? こんな場所で。」
嗄れた声をかけられ、僕は座ったまま顔を上げてからすぐに逸らした。見たくないものを見たかのように。
そしたら、彼は笑う。
朗らかに、楽しそうに、孫を見るような優しい眼差しで。
「悩み事でしたら、セバスにお聞かせください…アルト様」
セバス。なぜあなたが僕の祖父でなかったのだろう。なぜあなたが僕の執事なんてことしているんだろう。
「別に。」
「そうですか?」
「セバスをよんだ覚えはないけど」
「はい、呼ばれておりません。ただ散歩をしていただけなのですよ」
セバスは、もう七十過ぎていていつ亡くなってもおかしくない程の歳だ。その歳で僕がいる丘まで散歩に来るということはないだろう、腰に来るだろうし、何より。
散歩なら、なぜ執事服でいるんだ。汚してよれよれで、らしくない。
「セバスは…」
だからか、口がゆるんだんだろう。
母様に似たという赤茶の髪が風にさらわれて、空に浮かぶ雲が足早に動く。そんな様子を見あげて、気が向いたからという理由だけで、口を開いた。
「セバスは、どうして僕をアルトと呼ぶの」
「…仰る意味がわかりません」
サワサワと揺れる木の音に耳をすませて、たまに交じるセバスの声を少し拾ってまたつまらないなと目を細めて。音もなくそっと伏せる。
「みんなは僕のことを次期当主って言うよね」
「間違いではございませんでしょう?」
間違いではない。父様は現当主だし、僕が継げるようになったならば家督は僕が継ぐことが“既に決まっている”んだから。
「坊っちゃまとも呼ぶよね」
「間違いではございませんでしょう」
僕はみんなにとっては子供だとよくわかる。でも、違うんだ、そうじゃなくて。
僕が聞きたいのは
「なぜ、セバスは僕のことを名前で呼ぶの?」
それだけなんだ。
セバスの顔をやっと見れば柔らかな微笑みがこちらに向けられていた。皺くちゃで、肌はカサカサで、目は凹んでいる。もう歳だってわかってて僕は彼をそのまま雇っている。
「アルト様はアルト様でございますから」
口をぐっと閉じる。目を力いっぱい閉じて、腕で顔を隠す。惨めだ、すごくすごく惨めだ。
神様は僕に言った、素敵な力をあげようと。それは確かに素敵ですごい力だった。
でも、僕にはもう必要ない力だったのに。その力が今になって僕の存在を確かにした。
「セバスは、死にたくない?」
「そうでございますね…死にたいとは思いませんが、それもまたいいのではないかと思いますよ」
神様は、死を作った。それは、死がいるから。なら何故神様は。
「若返りたい?」
「そうは思いませんね、老いぼれてはおりますが今の自分がいいと思っておりますので」
「病気になりたくない?」
「病気になりたいもなりたくないもないでしょう、なったら治そうと頑張りますが。治らなかったらどうしようもありません、それもまた天がお決めになさった事なのでしょう。」
天が…神様が決めたって言うんなら。どうして神様は、意地悪をするんだろう。こんな力を与えておいて、こんな地位にいさせて。どうして。
「母様は…僕のこと…」
「愛しておられました。そしてこれからも、そうでございますよ。…アルト様。」
母様の記憶は全部あったかい。柔らかくて優しくてホッとして。僕に似た髪が長くて風に流れるところを見るのが好きだった。
よく髪を伸ばしたがっては母様を困らせたっけ。
顔を上げて丘の下を見る。綺麗な野花が咲き誇り、風に揺れていた。
母様が僕を愛してくれていたというのはよく分かってる。分かってるけど、僕は何も返せなかった。その愛に報いることが出来なかった。全てが終わったその後でいらない力を与えられて母様の夢だった場所に僕はいる。
妾の母様。子として認められなかった僕。なのに、神様が僕に与えた力が周りにわかっただけで、僕の地位は容易く決まった。
「セバス」
「はい。」
「僕、この国を出ようと思う」
「はい。」
「セバスは、僕が次期当主じゃなくなったら、着いてきてくれない?」
「いえ、アルト様はアルト様ですから」
晴れやかな空を見上げて大きく伸びをしてから横になる。高い服が草だらけになってそれをどうでもいいと思う僕がいる。
いくら着飾ったって。いくら飾られたって。僕は僕のままだ。
自分の望みが叶えられず、終わったあとにもらったこの力は、申し訳ないけど必要ない。
僕にとっては、母様が最上だった。だから病気に伏した母様を助けたいと神様にたくさんたくさん祈ってお願いをした。
でもそれは叶わなくて。
母様は呆気なく神様の元へ登っていってしまった。
その後に神様が僕に力をくれたんだ。僕が望んだとおりの、どんな病気や怪我だって直せて、若返らせることすらも可能にする力。
それを知った人は皆僕の血を欲しがった。僕の子がその力を受け継ぐと思っているみたいだ。
だから父様は僕を当主にして、王族の姫様と結婚させようと目論んでいるらしい。王族の縁者になれることに目がくらんでいるとも言える。
「セバスは僕が力を使わないことをどう思う?」
「差し出がましく意見させて頂きますと、アルト様のお力ですから。アルト様が使いたいと思ったならばお使いになされば良いと思います。元々人にはすぎたるものでございます故」
そう。この力は人には過ぎた力だと思う。どんな病気もどんな怪我も老いもなくせるそれはつまり。
無限の命を得れるということと同義なのだ。
起き上がり大きく伸びをしてからセバスに微笑みを向ければ微笑みで返された。
「行こうかセバス」
「はい、アルト様。失礼ですがまず草を払ってからに致しましょう」
「めんどくさいなぁ」
僕はきっとこの力は使わない。
神様には申し訳ないけれど僕にはこの力は過ぎたものだと思う。そして、僕はきっと子も産ませはしないだろう。この力を継がれると困るからだ。
僕の最上は母様だった。そして次に大切だったのがセバスだった。
そのセバスが言ったのだ。何もいらないと。何もしてくれなくても僕は僕だから付いていくと。
これ以上の言葉はない。これ以上の望みはない。僕はセバスの願いを聞くだけだ。
だから、神様。ごめんなさい。
あなたの優しさに報いることが出来なくて。
アルト・ベルク
貴族の妾の息子。母のことを大切に思っていたが亡くしてしまう。母が生きている時から世話をしてくれていたセバスのことも大切に思っている。
十五歳。
セバスティアン
アルトに仕える執事。七十歳。
老いてはいるが元気いっぱいのご老人。