けいやくしょ【水.ヨウスケ】
【水曜日】
==ヨウスケ==
「お疲れ様です」
「お疲れ。今日もよろしく」
「よろしくお願いします」
事務室に入る汐田を一回見送り、俺はどう話を切り出そうか迷った。一昨日の返しを受けて準備をしてきたものの、またあっさりと断られるんじゃないかと不安になる。だが、今後の俺の華やかな人生計画には必要なのだ。やらぬ後悔より、やっての後悔だ。
「汐田」
「センパイ、レジにお客様来てます」
「すまん」
汐田の言葉を受け、俊敏にレジ前へとポジションを移した。先ほどまでは誰もレジ前に近づこうとする気配がなかったが、誰かが会計を始めると店内の客が吸い寄せられて急に行列が出来上がる七不思議が目の前で起こって、げんなりする。三人、四人と列が増えていく前に、汐田が事務室から出てきて一緒に客に対応し始めた。
彼女はバイト時には長い黒髪を後ろで縛り、凛とした格好で接客に臨んでいる。その姿を褒めつつ一昨日の持ち出そうと思っていたが、今はどうやら無理そうだ。
そうして業務をこなしている間に時は経ち、時計をみると午後八時を回っている。彼女の退勤まではあと一時間弱はあるが、俺は客足を見て、今切り出すことにした。
「汐田」
「なんです、センパイ」
「この前の件なんだけど」
「だろうと思いました。で、十万円払うんですか?」
「払うよ」
「えっ」
折りたたんでいた紙をポケットから取り出し、ぽかんと呆けた汐田に広げて見せる。
「契約、書? えーっと、時給九百円の一週間限定アルバイト?」
「そう。俺と雇用契約を結んでもらいたい。起きている間は彼女のフリをして、一日約十六時間、ああこれは起きている時間だけを見積もったんだけど、それを一週間で約十万円になる計算だ。どうだ」
汐田が呆然と紙の文字を追う様子を眺めながら、俺は頷く。我ながら完璧な論理だ。
「ちょ、ちょっと待ってください」
汐田は眉間に手を当てつつ、もう片方の手で契約書を持つ。
「え、センパイは本気で十万円払うつもりなんですか?」
「そうだよ。汐田が提案してきたんだろ?」
「ああ、そうですね、はい。でも待ってくださいよ? 十万円ですよ? 大金ですよ?」
「そうだよ。え、まさか額が足りないってことはないよな。このコンビニバイトの時給七百ちょっとに比べたら、破格だろ」
「ああ、それはそうですけど、ええっと」
「もしかしてバイト形式なのを気にしてる?」
「それもありますけど、そこじゃないです」
「いやあ、十万円渡して付き合うってなると、援助交際になるんじゃないかって思ってさ」
「はあ? はあ」
「だからバイト形式にしたら問題ないだろって。頭よくない?」
「すみません頭痛くなるので黙ってください」
彼女は眼をつむり、うーんとうなってから目を見開いた。
「わかりました。一週間だけ、彼女になってあげます。ただし、えっちなことは駄目ですよ」