はじまりはじまり 【月.ヨウスケ】
==ヨウスケ==
【月曜日】
「俺と付き合ってくれ」
「え、イヤですけど」
俺の告白をあっさりと受け流し、汐田は再び帰り支度を進め始めた。
「あ、もしかして先輩、最近よく見るゴキが怖くてゴミ捨てに付き合ってくれとかって意味です? それでもお断りしますけど」
脱いだ制服のほこりを片手で簡単に払いながら答える。俺のほうを見向きもしない。
「いや、恋人として付き合ってくれって意味だよ」
「うわあ。バイトの休憩室でするもんです?」
「だってお前とはここでしか会えないだろ?」
彼女は手を止め、顔をひきつらせた。
「くっさ。えっと、とにかくお断りします。ごめんなさい」
曖昧に笑みを作り、軽くお辞儀をする。制服をロッカーにしまい、彼女は鞄を肩にかけてそそくさと部屋から出ようとする。俺は扉の前に立ちふさがり、彼女の足を止めた。
「早く持ち場に戻ったほうがいいんじゃないですか?」
「今は客が少ないから大丈夫。ちょっとだけでいいから、話を聞いてくれ」
「えー、残業代とか出ます?」
「残業代は出ないけど」
「じゃあ帰りますね。お付き合いもできませんし」
「ちょっと待って。それに、本当に俺と付き合ってくれと頼みたいわけじゃない。フリをするだけでいい」
「フリ?」
「そう、フリだけでいいから」
「わかりました。話だけは聞きますよ」
俺のしつこさに観念したのか、彼女は鞄を下し、安っぽい丸椅子に腰かけた。
早くしてくださいよ、と煽る彼女に促され、俺は掻い摘んで事情を説明し始めた。
俺こと植木陽介は、彼女いない歴が年齢とイコールで結ばれてしまう二十一歳の残念な大学生だ。こんな自己紹介ながらも、彼女を欲しいとは思っていない。ただ、いつかは結婚したいと思っている矛盾を抱えて生きている。自覚はないが、どうにもこうにもこじらせてしまっているようだ。ただ最近聞いた話によると、大学生までに恋人がいない人間は致命的な問題を抱えている人間であることや、そのため周りから避けられて大人になっても独り身で過ごすことになる等、大変よろしくない。そこで、彼女いない歴と年齢を等号で結んでしまわないように、仮でもいいから恋人を作ってしまおうという考えにいたったのだ。
「……それで、大学の同級生じゃない女子を探そうとして、バイト仲間の私を選んだってことですか」
「流石汐田、理解が早い」
彼女は眉間にしわを寄せ、苦い声で言う。
「サイテーな人ですね、センパイ」
彼女は肩に鞄をかけ、立ち上がる。即座に部屋の出口へと歩みを進める。
「返事は?」
問いかけに彼女は右手を上げ、開いた手をひらひらと振った。
「十万円」
「え?」
「十万円くれるなら、してあげてもいいですよ。その恋人のフリ」
「十万ってお前」
思いがけない請求にただただ驚いた。何か要求はされると思っていたが、想定外すぎる。二ヵ月ちょっとのバイトの給料がすべて飛んでしまう。
「イヤならやらなくていいですよ。私は困らないので」
「そりゃそうだけど、十万って大金だぞ? フリだけでそんな」
「それくらいの価値はあってもおかしくないと思いますよ。だって私まだコーコーセーなので」