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第二話・「最重要最優先事項なのだ!」

 ゆったりとしたスピードで街道を行くティアナ。


「ねぇ、まだ着かないの?」


「はい、もう少しお待ち下さい〜」


 ティアナの斜め後ろに付き従いながら、キズナは愚痴をもらす。おっとりとした口調が後ろに流れてくる。ティアナの背中で時計の振り子ように揺れるポニーテールを眺めながら、俺はことの顛末を考えていた。


 …………狙い通りね。そうキズナが言った顛末だ。


(今更、罪悪感にでも駆られているわけ?)


(いや、そういうわけではないが……)


 たまたまだ。たまたま路地裏に逃げ込んでいくティアナと、追いかけるスーツ男を目撃した。端から見ても短時間で終わる鬼ごっこに、俺たちは遭遇したのだった。助ける義理はない。しかし、俺たちはなんというか……。


 慢性的な金欠だった。


 邪悪な笑みを浮かべたキズナは、俺に悪魔のような声色でささやいてきた。


 ――情けは人のためならず、いい言葉よね。


 空腹とは人の判断力をこうも鈍らせるのか。ひまわりの種は安価なのでそうでもないのだが、 大食らいのキズナにしては別だった。

 さかのぼること一週間。前にいた町でも散々な目に遭った。キズナは、色々と金のかかる問題ばかりを起こす。そのせいでオーダーメイドの対魔法用制服は破損するわ、破壊した施設の修復費用はかさむわで、金はあっと言う間に底をつく。馬鹿な弟子を持つと、色々と大変なのだ。そのくせ、キズナはいっこうにそういった自分を変えようとしない。一度寝て起きてしまえば、罪の意識はどこへやら。

 お前はニワトリか。三歩歩けば忘れるほど健忘症なのか。


(言っておくけど、リニオも共犯なんだからね? 私はぎりぎりまで思いとどまっていたんだから)


(確かに、ゴミ箱の影からうかがっていたな)


 宿までの案内役であるティアナに気がつかれないように、師弟で声量を下げる。


(そうよ、でも私の一言でノリノリになったじゃない)


(ノリノリではない渋々だ)


 そこは重要なので、きっちり否定させてもらおう。


(嘘ね、その証拠に……)


 ――へっへ、師匠、あいつら女をつれてますぜ。(注・キズナ)


 ――男は殺せ。女は……(チラリ)……好きにしろ。(注・リニオ)


(あの少ない間で、胸を見て判断下すアンタはすごいわよ)


(く……我が弟子ながらなかなかの観察力だ。だが、俺は自分の名誉のために、あえて最後まで否認させてもらう)


(ふん、往生際が悪いわね。でも、恩を着せて飯にありつこうっていうのは、無事に成功したじゃない。それに胸も大きかったし)


(ああ、俺の見立てに間違いはなかった。あれはいい胸だ)


(…………)


 お前も、そんな人を卑下する笑みを浮かべられるようになったんだな、キズナ。師匠として、本当に悲しい。


(……キズナよ)


(ふふん、一応、弁解ぐらいは聞いてあげないでもないわ)


(今の俺の発言に対して、議事録からの削除を要求するっ!)


 キズナは無言でにっこりと笑い、俺はその笑みにわずかな救いを見出そうとする。


(もちろん! 却下っ!)


 そんな救いは、すがるだけ無駄だった。


「キズナさん、着きました。ここが……」


 墓穴――胸ポケット――に落ちて、墓穴の中でのたうち回る俺など知るよしもなく、ティアナが誇らしげな声をかけてくる。


「ここが私の経営する宿屋、【旅人の止まり木】です〜」


 言って指差したそこには、確かに【旅人の止まり木】という看板が張り付けてあった。


「え? ……ここ、なの?」


「そうですよ、ここです〜」


 満面の笑みで応えるティアナに、口角を引きつらせるキズナ。無理もない。宿屋と言うには、あまりにもそこは寂れ、廃れていた。


 何気なくこの宿の前を通った旅人に、ここは実は廃屋なんです、と告げたとする。すると旅人はもれなく、そうですね、と二つ返事で納得してしまうだろう。

 それぐらいにボロボロだった。

 風が吹けば立て付けの悪い看板が貧血で倒れそうになり、補修だらけの壁が悲鳴を上げ、屋根がなんとか飛ばされまいと釘にすがりつくだろう。すきま風上等、そんな言葉が聞こえてきそうだった。

 きっと雨が降れば家の天井が涙を流し、テープで繋ぎ止めてある窓ガラスの隙間から冷たい水がにじみ出すに決まっている。【旅人の止まり木】という宿屋らしいが、旅人が止まるにはあまりに弱々しい木であった。というか、人間とは別の生き物を常駐させていそうな雰囲気だ。


 俺は巨大な不安に駆られ始める。


「皆さん最初は驚かれるんですよ〜、でも安心してください、ちゃんと泊まれますから〜」


 泊まれなかったら、そもそも宿屋ではない。


「ま、まぁ、見かけだけってことはあるわよね……?」


「大丈夫です、キズナさん。見かけ通りですので〜」


 ……何が大丈夫なんだ?


 胸ポケットからキズナを見れば、ほっとしようとした息を詰まらせて、盛大に咳き込んでいるところだった。


「ささ、どうぞです〜」


 客を案内することが嬉しいのか、花咲くような笑顔を浮かべて宿に入っていく。咳き込んでいるキズナがやっと息を整えたところで、俺はこそっとキズナに声をかける。


(おい、キズナ)


 宿屋の廃れ具合を我慢する決心をしたのか、それとも空腹が疑問の余地を与えなかったのか、キズナはティアナの笑顔につられて宿屋の玄関を通り抜けようとする。


(何よ、またなの?)


 あきれたような視線で俺を見てくる。声には気だるさのおまけ付き。


「またって言うな、またって!」


 思わず声を出してしまう。


「これは死活問題なんだぞ! 最重要最優先事項なのだ!」


 俺はキズナの顔をひっかいてやろうとぶんぶんと腕を振り回すが、いかんせん手が短いので届かない。しっぽで叩いてやろうと思ったが、やっぱり届かなかった。……空しい。


「ティアナ、リニオが嬉しそうにしてるわよ」


「まぁ、この宿を気に入っていただけたようで嬉しいです〜」


 違うから!?


 勢いのあまり身を乗り出してしまい、危うく胸ポケットから落ちかける。


(ええい! キズナ、これは師匠命令だ! ティアナに早く聞くのだ! この宿に我が永遠の天敵――)


 俺はごくりとつばを飲む。


(あの【猫】がいないか、侵入経路や、たまり場、品種、利き腕に至るまでな! それと近隣の住宅に飼い猫がいないか、良く飼い慣らされているかいないか、とりあえず思いつくだけの猫の情報を子細詳しく!)


(イヤよ、面倒くさい)


(師匠の生死がかかっているんだぞ!? 俺が猫に食べられてもお前は良いのか!?)


(イヤよ、面倒くさい)


(鬼畜っ! なんたる鬼畜っ! 同じ言葉を繰り返すあたりにいっそう面倒くささが感じられる!?)


 振られた恋人にすがるように、キズナの制服を必死に引っ張る俺。


(いいか……彼奴等きゃつらは恐ろしい……忘れもしない、あの眼光……あの強靱で柔軟な体躯と狡猾な頭脳を駆使して、鋭い爪と牙を振りかざし必殺とばかりに襲いかかってくるのだぞ!? 彼奴等は、キャッツらは……)


「ティアナ、リニオがさっきよりも嬉しそうにしてるわよ」


「もう、リニオちゃんったら、はしゃぎすぎですよ〜」


 だから、違うと!? それにキズナが俺のユーモアを流した!?


「分った、分ったわよ……。あ〜、それはそうとティアナ、ここら辺ってけっこう猫っているの?」


「そうですね〜、昨日なんて調理中、お魚を持って行かれちゃいました〜」



 ……俺は泡を吹いていた。


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