第二十五話・「一応アンタだけなんだからねっ!」
キズナのツインテールが鞭のように回る。短いスカートがひるがえし、華麗な足技を披露する。血を求めて振り下ろされた大鉈。キズナはそれを、逆立ちをしてのブーツのかかとで受け止める。地面についた手を巧みに動かすことによって、身体を回転させる。まるで旋風だ。キズナが両足を最大限に広げて、横回転する。長い足が男達の胴を蹴り、武器を弾き、頭蓋を破損させる。武器を飛ばし、意識を飛ばした。
しかし、それだと黒いパンツが丸見えだぞ。
「目が回るぞ、キズナ」
「奇遇ね、私もよ」
逆立ちから跳ね上がるようにして着地すると、男の背後に回り込み、腰を抱き締しめる格好になる。
困惑したのは男の方だ。
こんな密着した体勢から何をしようというのか。そのまま腕で締め上げる気だろうか。
そんな考えが頭に浮かんだのだろう。男は我が身に力を入れ、筋肉を膨張させた。さすがのキズナもこの鋼のような筋肉を締め上げるのは容易ではないだろう。
だが、残念だ。
キズナの狙いはそんなことではないぞ。
馬鹿力は男の身体を強引に持ち上げ、キズナはそのまま身体を反らす。
持ち上げた男の後頭部を地面に叩き付けると、舗装された道路にヒビがはいる。
バックドロップとはなかなか古典的だな。男の首の骨がどうなっているのかなど考えたくもない。男の身体が痙攣しながら弛緩していく。
キズナは反らした身体に切り下ろされる剣から身をよじって逃げるが、避けきれなかった髪が数本持って行かれる。宙を舞う栗色の髪の毛をいらだたしげに睥睨すると、キズナは背後からタックルしてきた男によって身動きを封じられる。
「う……ぐっ、セクハラがっ!」
暴れるように男の顔面にひじうちを入れて引きはがすと、その男の股間をブーツで蹴り上げる。何かがつぶれるような鈍い音の後で、男は股間を押さえてうずくまる。
……申し訳ない。どうしてか謝罪の言葉が出、俺はなぜか自分までも痛みを感じてしまう。周囲の男達もそれは同様だったようで、苦い顔をして一瞬だけ時が止まった。
「汚いもの蹴っちゃったっわね」
ニヤリと笑って挑発する。
お前は、男の敵だ。
「にしても、今日はあんまりしゃべらないんじゃない? リニオ?」
「ふん……雑魚相手では何も言うことがないからな」
空振りした男の腕を持ったまま、関節とは逆の方向に回転するキズナ。
肩と肘、二カ所から鈍い音が聞こえた。男の肩が脱臼し、肘はあらぬ方向に曲がってだらりと垂れ下がる。
腕を破壊された男に握力はない。
転がしたナイフを拾い上げ、キズナは振り返りざまに投てきする。綺麗な直線を描いたナイフのきらめきは、後方に控えた男の首筋を抜け、さらにその背後でナイフを投げようとしていた男の眉間に突き立つ。
「免許皆伝ってことね?」
「……残念だが、この分野ではそうかもしれんな」
壊れた腕を垂れ下げた男に前蹴りを入れて吹き飛ばすと、その男で作った花道をずかずかと通っていく。
鬼のような強さを誇る少女に男達がたじろぐ。
しかし、そこは男である矜持がそうさせるのか、獲物をぐっと握りしめ、雄叫びと共に向かってくる。
「だが、魔法を加えた戦闘ではそうはいかんぞ。一分一秒でだめ出しをさせてもらおう」
剣の間合いを把握しているのか、スウェーして避けると、空振りした男の懐に潜り込む。
男の胸に触れそうな距離から、両の拳を気合いと同時に繰り出した。
どんな原理か、男の身体は通常の打撃よりも大きな衝撃を受けて、軽々と宙に舞った。胃袋がつぶれ、背骨が背中から飛び出す。
二メートルは浮き上がっただろうか、口から盛大な吐血をして噴水に飛び込んでいった。
噴水に落ちた男は二人。彼らの流した血で噴水が赤く染まっていく。
「何をした?」
「寸頸よ。昔、その道の先生に教わったの」
裏拳で小柄な男を沈めながら答える。
「……お前は魔法学校に通っていたのではなかったのか?」
「ちょっとした火遊びよ」
どうりで魔法の知識がないわけだ。
俺がキズナのポケットで息を吐くと、遠くに隠れているイリスが目に入ってくる。
「おい、キズナ!」
「なによ」
俺が指差す方向を見るキズナが、歯ぎしりをする。
イリスに向かっていく男達が数名。
やはり、目的はイリス。
キズナが派手に立ち回っているおかげで十分注意を引きつけることが出来ていたが、キズナを取り囲んでいる人間以外は、攻撃すら出来ず戦いを見ているしかないのが現状だ。
冷静に物事を見ることが出来る人間がいても不思議ではない。
「鬼のいぬ間に何とやらね!」
敵から奪った鉄パイプで周囲の男達の足を払う。
鉄パイプを頭上でぐるぐると回転させると、そのままの勢いで振り下ろし、転んだ男に頭を鉄パイプで横殴りにした。首をキリンのように伸ばして男が転がっていく。
「リニオ、頼める?」
横様に斬りつけてきた敵の刃を鉄パイプで受け止めて、ぎりぎりとつばぜり合う。
「……かなり嫌なのだがな」
イリスが庭の隅へ必死に逃げていくが、男達はイリスを囲い込むような陣形を取っている。
逃げまどうイリス。ついには足をもつれさせ、転んでしまう。
青い髪の毛が乱れ、紺碧の瞳がおびえるように震えていた。
「キズナ、なるべく格好良くて強そうな奴を五体満足で気絶させろ」
「ふざけっ――」
直後に横凪にされたサーベルを、頭をかがめてくぐり抜ける。
「――ないでよっ! 注文が多いわねっ!」
壁際に追い詰められていくイリスに、俺の心が急く。どうやらイリスは自分の宣言どおり、魔法を使う気はないらしい。
使えば簡単に窮地を脱せるというのに、難儀な美少女だ。
視線を巡らし、襲いかかる男達を吟味するキズナ。
あえて二度、三度と攻撃をかわして、気にくわなければしたたかに撃退する。
「にしても、いざって言うときに便利な力よね、まさに――」
言いかけながら鉄パイプを男のみぞおちに命中させる。
「備えあれば嬉しいなねっ!」
「……備えあれば憂いなしだ、馬鹿者」
鉄パイプを食らった男の黒い眼が、ぐるりとまぶたの裏に隠れる。よだれを垂らしてうつぶせに倒れ込む。
これがお前の選んだ男か? どれどれ……少々不格好な男だが、贅沢は言っていられない。
にしても、キズナよ……。
「俺はお前の男を見る目を疑うぞ」
「うっさいっ! さっさとしなさいよ!」
分かった分かった。
ぴくりとも動かない男。あの威力で絶命するはずはないから、上手い具合に気絶したようだ。ふむ……コイツで良いだろう。
「よし……【スワップ】」
俺の意識が引き延ばされる。
自分の体の感覚がなくなっていく。
やがてズームアップするように気絶した男に接近したかと思うと、真っ暗闇に捕らわれる。俺は神経が引き延ばされ、浸透していくのを感じてまぶたを開ける。世界が小さくなったように感じ、俺は男の身体を【スワップ】することに成功したのだと確信する。
早速イリスの元に向かおうと身体に力をみなぎらせると、水を差すように腹部に激痛が走った。
身体をくの字に曲げてもがき苦しむ。
「おうっ……! く……が……腹部がどうしようもなく痛いぞ……っ!」
精神を交換するということは、当然、交換先の痛みのフィードバックも受けることになる。先程この身体の持主である男はキズナから一撃を受けた。その痛みを、俺はまさに味わっているというわけだ。
理不尽な痛み。
……かなり切ない。これだから嫌なのだ。
キズナがよろよろと立ち上がる俺を見る。
「リニオ!」
高速の回し蹴りを放ちながら、キズナが高らかに声を上げた。
蹴りを受けた男はきりもみ回転をしながら、石像に背をぶつけて昏倒する。
「分かってるんでしょうねっ! アンタがいないと張り合い無いんだからっ!」
ブラウンの瞳が訴えかけてくる。
アンタ言うな、師匠と呼べ。
「私の胸で目覚めていいのは、一応っ!」
胸ではない。胸ポケットだ。間違えるな。
「一応アンタだけなんだからねっ!」
だから師匠だと言っているだろうが。
キズナが言うところを説明するとこうだ。俺が男の身体を借りているということは、ハムスターの身体の中には男の精神があるということになる。男が気絶から回復すれば、ハムスターである自分に驚き、自我を崩壊させるだろう。故人が書いた小説のように、朝起きたら虫になっていた……それぐらいのショックがあってもおかしくない。
だから俺はむやみに人と身体を交換しないし、それなりに認めている身体としか【スワップ】しない。
これは偉大なるリニオとしてのプライドだ。
……なにより、ハムスターである愛らしい自分もそこそこ気に入ってもいる。
「ちゃ、ちゃんと……戻ってきなさいよねっ! この身体に!」
……言われなくとも戻るさ、絶対にな。
血風の中で奮闘するキズナに背を向け、俺はイリスの元へ駆け出す。