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第二十一話・「……好きでもないくせに」

 町が一望できる小高い丘、その中腹ほどで俺は講義に精を出す。


 辺りは一面、野花だらけで、風が吹けば花びらが舞い上がる。高い木が生えていないおかげで丘は終わりまで見渡せ、百花繚乱とばかりに色とりどりの花が咲き競っている。

 見渡す町は、都会の喧噪とは一見無縁そうで、その実、背の低い建物が丘から向こうにびっしりと裾野を築いていた。

 一本の川をまたいだ町の一番奥には、城のような豪奢な建物が見え、おそらくペランが住んでいるのならばそこだな、と何となく思わせる。

 もしもそんな推測が正しければ、馬鹿が高いところを好むのと同じ理屈だ。金持ちが大きい物に心を奪われるのはいつの世も同じことで、奴等は誰も頼んでいないのに権力の象徴をひけらかす。

 故人曰く、能ある鷹は爪を隠す……そう、まさに俺のような偉人にふさわしい言葉だ。見習って良いぞ。


「さて、キズナ、理屈は単純だ」


 今日は、キズナにとって一番の課題である単詠唱魔法について。これまでも何度も口酸っぱく講義を繰り返してきたが、キズナが理解してくれることはなかった。


 出来の悪い教え子ほど可愛いと世の教師は感じるそうだが、俺はその台詞に一言もの申したい。それはきっと出来の悪い教え子が、教師の教えに悪戦苦闘しながらも次第に成長していくから、その様を見ることが出来るから、可愛く見えるようになるのだと思う。


 ま、いわゆるツンデレの様な状態だな。


 加えて、いつまでも出来の悪い教え子のままだったら、それはただの出来損ないである。

 可愛さ余って憎さ百倍……ならば、可愛げが無ければ、残るのはただ憎たらしい感情だけ。

 つまりは、そういうことなのだ。


 話がそれてしまったが、駄目な弟子でもあり、可愛げの欠片もないキズナは、今でも戦闘中には満足に魔法を使わないし、使えない。


「まず、お前には詠唱魔法のなんたるかを教えておこう」


 キズナが心底嫌そうに、顔を歪める。


「ほう……いい顔をするじゃないか。まるで……今更そんなの教わるまでもないわよリニオ師匠っ! 別に出来ないから言っているわけじゃないんだからねっ! ……といった感じだな」


「つっこまないわよ、私は」


「ノリの悪い奴め。つっこめ、ツンデレ」


「つっこまない……つっこまない……」


「つっこめツンデレつるぺた」


「……つっこ……ま……ない……つっ……こま……ない!」


 歯ぎしりするキズナにさらなる追い打ち。


「つっこめツンデレつるぺたまな板」


 ぷつり。

 細い何かが切れる音。


「ふっ……ふふ……いいわ、つっこんであげる。ねぇ、リニオ……どこにつっこんで欲しい? 口? 鼻? 耳? それとも、お尻? ふふふ……好きなところを選んでいいのよ。好きなところを好きなだけつっこんであげるから……ふふ、ふふふっ……!」


 つっこむのが言動ではなく、もはや俺の身体になっていることに戦慄を禁じ得ない。


「聞け! 聞くのだ!」


 キズナが【鶺鴒】に魔力を込めようとした機先を制する。


 お、お前……そんな太いものを俺につっこもうとしていたのか……?


「戯れはここまでだキズナ」


「そうね……」


 助かった。


「つっこんでからね、リニオ?」


 裂けちゃう!? 俺、裂けちゃう!?


「嘘よ、ちょっとからかっただけよ。いくら私でも、こんなものをアンタにつっこんだりしないわよ」


 じょ、冗談も大概にして欲しい。


「せめて指ぐらいにしてあげる」


 優しくしてっ!? もっと師匠に優しくして!?


「ぷぷっ! アンタのそのあわてっぷり、久しぶりに見るわね」


「む…………度し難い奴だな、お前は」


 気を取り直す。

 師匠の存在というものをそろそろ真剣に考えたい。


「で、今回も復習を兼ねるから、よく聞くのだぞ。講義としては詠唱魔法から単詠唱魔法の関連性だ。ヘイデンにあって、お前にない技術。そして、戦闘の勝敗を決するほど重要な項目だ。少々長くなるが……最後まで付き合え」


 ひとしきり笑ったキズナが、笑いすぎて浮かんだ目尻の涙を拭う。


「現状、お前が唯一使えるのが、時代遅れの詠唱魔法だけ。魔法使いが剣のスピードと互角に渡り合えるようになった今という時代では、もはや鼻で笑われるのは必至だ」


 腕を組んで俺を見るキズナ。

 頬は俺の皮肉な物言いにわずかに強ばっていた。


「過去、長ったらしい呪文を、誇らしげに、さもこの魔法は強力ですよ、とそれっぽい文言を並べて唱える魔法使いがごまんといたが、今となっては愚の骨頂。詠唱など、短ければ短い方が良い。そこから編み出されたのが、現在の主流である単詠唱魔法」


 スーツ男が使用していたのがそれだ。

 発動している時間はそれほど長くはないが、威力の面では十分事足りる。戦闘能力で言ったらキズナの足元にも及ばない男達を、キズナと互角にまで引き上げる詠唱方法……単詠唱魔法。魔法使いが前線に出てきた理由である。


「今のお前には雲の上だが、無詠唱魔法というものもある。【スワップ】を使ってお前の身体を借りたときに使った魔法だ。完全なる思考制御である無詠唱魔法は、現代の最先端、次世代魔法のプロトタイプ。それ故にまだハードルも多く、庶民レベルでの汎用化には至っていない。……ま、私がこの身体になっていなければ、あるいは時代は一歩早く前進できていたかも知れないが……と、それは自画自賛が過ぎるか。世界でも使用できるものは限られるだろうが、後の世、必ず無詠唱魔法は世界を席巻するだろう」


「途中から、自慢になってるわよ。聞いててウザイんだけど」


「ウザイ言うな!」


 両手を突き上げてキズナに抗議する。


「詠唱魔法には六大原則がある。体内の魔力を、魔法文字に変換し、やっと魔法として具現化するための条件……言えるな、キズナ?」


「えっと……Who……When……Where……あとは……WhatとWhyと……Howね」


「そうだ、それを明確に示さなければ魔法は発動しない。逆に言えば、それさえつかんでいれば、魔法は発動可能ということだ。では、お前が唯一使うことの出来る詠唱魔法を唱えてみろ」


 キズナは言うとおりに、魔法をつぶやき始める。


「古より胎動する風の精霊よ、我が盟約に従い、今その力を眼前にて示せ。風、変換、壁、顕現」


 キズナの魔力が青白い魔法文字に変換され、キズナの周囲に風の壁が出来上がる。

 時間にして三秒ほどだろうか、風圧はキズナの半径一メートルを守っていたが、すぐに丘を駆け抜けるそよ風に変わり果てる。

 【恩寵者】特有の青白い魔法文字も消え、舞い上げられた花びらだけがひらひらと空から落ちてくる。


「いいだろう。今の魔法は確かに六大原則に従っていたという証拠だ。そこでだキズナ、ここでいう六大原則をお前の詠唱魔法に照らし合わせると、こうなる。古より胎動する風の精霊(Who)よ、我が盟約(Why)に従い、今(When)その力を眼前にて(Where)示せ。風(What)、変換、壁(How)、顕現……という具合だ」



 ――いつ、どこで、誰が、なにを、なぜ、どのようにして。



 そこまで丁寧に指定して初めて魔法は世に現れる。魔法はオートマチックではない。魔法は、人と人がするように、相手の思考をおもんぱかったり、便宜を図ったりはできない。


 上司の酒が無くなりそうになったら、部下が気を利かせてお酌する……そういうことが出来ないのが魔法だ。

 だから、上司はお酒が無くなってから、酌をしろと言わなければならないし、注ぐ量までも指定しなければならない。

 六大原則のどれか一つが欠けても魔法が発動しないのは、そのためだ。


「詠唱魔法を唱えれば、文言でどのような魔法か分かってしまうし、詠唱から魔法が顕現するまで時間がかかる。詠唱魔法とは、かように使いにくく煩雑な物なのだ。ヘイデン戦でそれがよく分かったろう?」


 さらさらと風が俺とキズナの間を抜けていく。

 花びらをを誘いワルツを踊る。


「そこで、単詠唱魔法だ」


 色とりどりの花びらの中、俺とキズナは師弟の関係となる。


「六大原則を唱える必要があり、時間の浪費と、魔法の種明かしという詠唱魔法の最大の弱点を補うべく編み出されたのが単詠唱魔法。魔法の六大原則を一言に集約することで魔法を素早く発動させ、なおかつどのような魔法であるのかをわかりにくくするという二つの側面を持った、現在世界の主流となっている詠唱方式だ。逆引きの辞書のような関係にあたるな」


 俺は一つ咳払いを入れ、目をつぶった。

 頭の引き出しをまた一つ空ける。


「……北半球の温帯に約六十種。多年草。葉は線状または披針形で、平行脈。花は両性で大きくラッパ形、花被片は内外各三枚。雄しべに丁字形の(やく)がある。花が美しく芳香があり、園芸品種も多い。鱗茎は球形、白・黄・紫色などで時に食用……」


 片目を開けてキズナを見上げる。


「これはなんだと思う?」


「とりあえず、何かの花ってことぐらいは分かったわ」


 仏頂面で前髪をかきあげながら、俺の問いに答えた。

 付着していた花びらが、俺の目の前に落ちてくる。


「だろうな。今のは……百合だ。百合の花。かように長々と呪文を述べることなく、たった一言で呪文を詠唱してしまおうというのが、単詠唱魔法なのだ。あらかじめ頭の中で六大原則を結びつけておく必要があるがな。なに、お前のような馬鹿でなければ、それほど難しいわけではないのだ。ただし、詠唱魔法よりも文言を集約させる分、より精度を必要とされ、魔力量も多く必要になるというのがデメリットではある。ま、それよりも、圧倒的にメリットの方が上回っている。心配はいらない」


「さりげなく私を馬鹿にするの好きよね、リニオ……」


 ヒップバックに向かう手。


 ……お前はそうやってすぐに【鶺鴒】に手をかけようとするのが好きだな、キズナ。


「魔法を使うということは、数学の公式と理屈は全く同じ。いいか、数学の公式だ。数学は歴史の勉強とは違い、一言一句問題と解答を暗記していても意味がない。公式を覚え、その公式を問題によって適宜利用し、代入出来て、そこで初めて答えを導くことが出来る。公式とは六大原則。いつ、どこで、誰が、なにを、なぜ、どのようにして……それら一つ一つが代入先だ」


「……あ、頭痛い」


 額に手を当てて苦虫を噛み潰したような顔をする。


 ……キズナ、限界か?


「いいか、数学の問題を解くイメージだ。そうすれば、魔法のバリエーションはいくらでも増えていく。お前みたいに間違えるのが怖くて、たった一つの魔法をがっちり覚える必要など無くなるのだ。そこまで理解できていれば、単詠唱魔法はそう難しくない」


 振るった熱弁に触発されて、身体はぽかぽかと火照っている。


「理解できそうか?」


 草花の中に腰を落とすと、そのまま大の字になるキズナ。

 熱でうなされる病人のように、うんうんうなりながら腕で目を覆っている。

 ……まったく、だらしがない奴だ。


「……頭痛が取れたら、ゆっくり思い出してみるわよ……」


 期待薄のようだった。

 ため息と共に肩を落とす。


 どうも私は好きで長々とくどくど話してしまうが、キズナにとっては悪循環らしいな。師匠として弟子に教えてやろうという意気が空回りしているのだろうか。

 駄目な教え子が駄目なままなのは、教える側にも理由があるから……そんな風には思いたくないが。


「キズナよ」


 火照った身体に、そよ風が気持ちよい。


「頭痛いんだから、話しかけないで……」


 キズナが半眼で唸る。


「……俺はお前を信じているぞ」


 名も知らぬ大きい花の茎に背を預けて、飽くことなく蒼穹を見上げる。


「お前は馬鹿な弟子だが、嫌いではない」


「ふ、ふんっ……! ……好きでもないくせに」


「そうだな、確かに好きでもない」


 直射日光に当てられたせいか、キズナの顔は赤い。

 悪いが、日射病で倒れても自分でどうにかしてくれよ。ハムスターの俺にお前を運べとは無理な話だ。

 ……いや、【スワップ】をすればいいだけの話か。


「……ホント、嫌な師匠の弟子になったわ。一言目には胸の話、二言目には皮肉しか言わないんだから。昔も今も……最悪で変態」


 日差しと青空と横切る花弁。


「だが、お前は今も俺の弟子でいる。そして、これからも俺の弟子でいるだろうな」


「何よ、そのふざけた発言」


 偉大な師匠と馬鹿弟子、人と元人(現ハムスター)いう関係。


「自信だ」


 【恩寵者】と【スワップ】という身体と魔法の関係。


「…………バカよ、そんなの。馬鹿リニオ」



 ――魔法とキズナと身体の関係。



「俺のことは師匠と呼べ」


「ヤダ」


 俺は笑っていた。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。

物語はこれから佳境ということで、後書きを書かせていただきました。

魔法の説明などが少々くどいところなども散見されますが、大目に見ていただけると助かります。続編などは書きませんので、全て詰め込むつもりで頑張りたいと思います。

……それでは、もうしばらくの間、作者と物語にお付き合い下されば光栄です。

評価、感想、作者の栄養になります。

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