第十七話・「夢は寝てみるのだな!」
放り投げたチョークがキズナの頭に命中して跳ねると、キズナはようやく睡魔と決別してくれたようで、寝ぼけ眼をこすって頭をぽりぽりとかく。
「寝るな、この俺のありがたい講義の最中だぞ」
「仕方がないわね……」
机の上で頬杖をついて唇を尖らせる。
この馬鹿弟子には少し分からせる必要があるな。この講義における俺とキズナの関係を。
教えられているのではなく、教えてくれているということを。
本来ならば、多大なる感謝をしてもらわなければ割に合わないところなのだぞ。分かっているのか、おい。
「いくら馬鹿といっても、お前もいくつかの修羅場をくぐってきた女だ。決して分からないわけではあるまい。先日のヘイデンという男とお前の実力の差をな」
「む……分かって……るわよ」
そっぽを向いて歯がみする。
「ヘイデンは単詠唱魔法をあえて使っていなかった。あそこまでの男だ、よもやどこかの馬鹿弟子と違い、単詠唱魔法を使えないなど万に一つもあるまい」
「悪かったわね」
「ふん……馬鹿弟子とはいったが、誰もお前のこと言ったわけではないのだがな。……だが、自覚があるのならば、反省しろ。ああ、大いに反省するがいい」
キズナが指先で机をとんとんと叩いている。いらついている証拠だ。
「断言しよう。このままではお前はヘイデンには勝てない。返り討ちに遭うのが関の山だ」
「やってみなければ分からないわよ!」
「分かる。事実、お前はすでに先日の戦いの中で一度死んでいるのだからな」
キズナにヘイデンの【朱雀】が起動したときのことを思い出させる。
「あれはリニオが勝手に介入してきたんじゃない!」
イスを倒さんばかりに腰を浮かす。興奮したキズナに呼応するようにツインテールが逆立った。
「そうか? ヘイデンの【朱雀】をお前は予期していたというのか? それにしては隙だらけだったな。……私は見ていたぞ。お前の【鶺鴒】がヘイデンの身体を貫いていないというのに、勝利を確信したかのようなお前の笑みをな。相手の意図にも気がつかず、手加減されているのにもかかわらず、お前は勝利の美酒に酔おうとしたのだ」
閉口したまま、キズナは浮かした腰をイスにすとんと落ち着ける。
「愚か者め。いつも言っているだろう。勝利とは誰が決めるものではないのだ。これは試合ではない。相手の首筋に刃を突きつけたところで、勝敗が決することなどない。誰かがお前の勝利を宣言してくれるわけでもない。勝利にこだわるならば、相手の息の根を止めてこそ、初めて勝利といえるだろう」
指示棒をキズナに向かって突きつける。
「いいかキズナ、お前がヘイデンに勝っているのものが一つだけある。それがなんだか分かるか?」
「美貌」
「鏡を見て出直してこい」
咳払いをして再び問う。二度目。
「いいかキズナ、お前がヘイデンに勝っているのものが一つだけある。それがなんだか分かるか?」
「知性」
「死ぬがいい」
咳払いをして再び問う。三度目の正直。
「いいかキズナ、お前がヘイデンに勝っているのものが一つだけある。それがなんだか……分かるか?」
「才能」
「お前にはがっかりだっ!」
「さっきから人がきちんと答えてあげてるのに何よ!」
「寝ぼけるのも大概にしろ!」
「起きてるわよ!」
「夢は寝てみるのだな!」
「くっ……このクソネズミっ……!」
顔をつきあわせて視線をぶつけ合う俺とキズナ。互いに譲らずの状況だったが、俺が先に折れてやる。
いつまでもキズナのレベルで争っているわけにもいかないからな。
そこは俺の寛大さがなせる技だ。
「魔力量だ」
「なによ、そんなことなら最初から知ってるわ」
嘘をつけ。
「アイツの【朱雀】は白い刀身をしてた。私の【鶺鴒】は青。そういうことでしょ?」
「ふむ……確かにその通りだ。一般人の魔力は魔法具を通すと白く発光するが、【恩寵者】は青白く発光する……見ていないようで、見ているようだな。褒めてやろう」
「アリガト」
返事に心がこもっていないぞ。
「お前は曲がりなりにも【恩寵者】だ。そんじょそこらの魔法使いなど束になっても敵わない量の魔力を、その内に秘めている。ヘイデンとて例外ではない。そのためにも、お前は早急に単詠唱魔法を習得する必要がある。詠唱魔法などさっさと卒業することだ」
苦虫を噛み潰したような顔をするキズナ。
「それに加えて、魔法具、特に魔法刀についての理解度も上げておくことだな。お前は魔力量ゆえに魔力の消費に頓着がない。逆に言うならば――」
「私の破格の魔力量で相手を圧倒しろってワケね?」
腕を組んでふんぞり返る。
「逆に言うのならば、魔法具による魔力の消費力を知れば、起動時間、威力など様々な観点から、対ヘイデン戦の対策も立てられるというものだ。故人曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからず、お前にとっては最も骨身に染みる言葉だな」
「………………なによ…………無視しなくたっていいじゃない…………」
小声でなにやらつぶやくキズナ。
「……ん? どうしたキズナ? 疑問でもあったか?」
「べ、別になんでもないわよ!」
俺はあえて知らない振りを決め込む。
お前のボケにいちいち突っ込んでなどいられないのだ。