第十三話・「もらったっ!」
「ふ〜ん……あれが親玉ね……案外ちょろそう」
青く燃焼する魔力の文字列を周囲にはべらせながら、キズナはほくそ笑む。
魔法刀【鶺鴒】……その切っ先を地面と水平にし、体勢を低く落とす。刀の柄を握りしめていた右手は、柄の頭を包み込むように握りなおされ、力を溜めるように後に大きく引いていく。左手は刀身をなめながらゆっくりと前方へ伸ばされた。まるで敵に照準するように、左手の指先は刀の切っ先へ添えられる。
「……難しく考える必要なんてないじゃない……」
左足つま先を前に出し、右足を最大限に曲げる。それによりキズナの体勢がさらに沈んだ。倭国刀を使用した構えとしては、かなり特異な部類にはいるものである。数多ある剣術の技、それもある一点にのみ磨き上げられた技。
「おい、キズナ。俺にはお前の考えていることが手に取るように分かるぞ。いいか、あのヘイデンという男はかなりの使い手だ。俺と同じ強者同士だからな、匂いで分かる」
「ふふ……簡単よ、簡単。やっぱり物事はこうでなくちゃ……」
キズナの肌から立ち上る魔力が大きく揺れる。それを受けて、無重力状態になってしまったかのように、長い髪の毛が中空をゆらゆらと動き始めた。青い燐光を纏うから、あたかも髪の毛が青く燃え上がっているようにさえ見える。
俺としたことが、わずかでもその様を美しいと思ってしまう。
イリスが呆けるようにつぶやいた、綺麗……、という表現も、あながち見当違いではないようだった。
むぅ……なんか悔しいぞ……っと、いかんいかん、気を取り直さねば。
「ごほん! キズナ……これは勘ではない、経験則というものだ。言い換えるなら戦士としての嗅覚だな。故人曰く、将を射んとせばまず馬を射よ、と言ってだな――」
「ちょっと! そこのっ!」
俺の忠告など耳に入っていなかった。いらつく奴だ。
キズナが声を大にする。
「そこの……ええっと……ぺらんぺらん!」
ペラン。レオポルド・ペランだ、馬鹿者。敵の親玉の名前くらいしっかり覚えろ。
「ええと……私に言っているのでしょうか?」
ペランは端整な顔立ちに困惑を浮かべながら、頬を指でかいている。まるで強引な彼女に連れ回されて困っている彼氏のような、そんな日常の困り方だった。少なくとも人の生死が左右される非日常での表情ではない。
……この男、場慣れしている。
「そうよ、確認するけど、アンタがペランなのね?」
「ええ、そうですよ」
しめた。キズナの笑みがそう物語っている。
「失礼ですがあなたは? 【恩寵者】さん?」
礼儀正しくとって返すペラン。
「私の名前? そうね、私の名前は――」
必殺の姿勢のまま、キズナは言い放つ。
「――これから死ぬ人に名乗っても仕方ないことよ!」
キズナが神速と化した。
馬鹿めが。目先の欲に走ったな。後悔は先には来ないのだぞ。
……ああ、そうか。お前には後にも先にも後悔など来ないのだったな。
キズナの加速は、まさに疾風迅雷だった。
あまりの速さに、一般人には一陣の風が吹いたとしか感じられないだろう。そして、一般人が一陣の風を肌に感じる頃には事は終わっている。
地面を這うようにさらなる急加速。
キズナは瞬き一つ、文字通り瞬間をもってペランへと突撃した。最接近し、右手に握られていた刀を最高速で押し出す。
左手で狙い定め、寸分の狂いなく心の臓器を貫く。
魂は速やかに身体からはなれ、ペランは痛みもなくあの世へと送られるだろう。
「もらったっ!」
スピードを信条とするキズナが最も得意とし、キズナらしさが如実に表れた技。
まぁ……俺から言わせれば、それはどこまでも愚直で、安直で、直線的で、直情的で……素直な技だ。
――ただの刺突。そう、ただ速いだけの刺突だ。
本当は技でもなんでもない。でも、究極の域にまで突き詰めたそれがキズナにとって、絶対的な自負を持った技となる。他者が畏怖する技となる。
駆けるキズナの背中には翼があった。
身体から放出される魔力は文字列となり、キズナの背中を後押しする羽となる。青く発光する翼は、あたかも力強くはばたいたように見え、キズナの【鶺鴒】をくちばしとするならば、獲物を捕食する姿に酷似させる。
青白い剣閃は、なんの抵抗もなくペランの胸部を貫き、心臓は貫かれたことも気がつかずにどくんどくんと脈動する。ペランは傷折れることも出来ずに、その場に立ちつくすしかない。
苦痛もなく、意識だけを失う。
数秒後、重力に身体の自由を奪われ、仰向けにゆっくり倒れていった。
……と、我が愚かな弟子が思い描いていた未来は、ざっとこんなところだろうな。
「助かりましたよ。ヘイデンさん」
ペランは健在だった。
「フリーの【恩寵者】風情が! 思い上がるでないわ!」
キズナ必殺の刺突は、ペランの胸元に届く寸前で打ち落とされていた。
キズナが驚愕に目を見開く。
キズナの【鶺鴒】を防いだのは、ヘイデンの帯刀していた倭国刀だ。納刀したまま、鞘でキズナの刀身を打ち落とした。キズナは素早く地面に刺さった刀を引き抜くと、さらにペランを狙うべく横手に回り込もうとする。
「二度言わせる気か? 思い上がるでないと!」
「何よっ……!」
ペランの肩口を狙った斬撃は、またもヘイデンの刀の鞘によって受け止められている。
キズナの【鶺鴒】によって、ヘイデンの鞘に徐々に刀傷が入っていく。魔力の高熱により、刀身に触れている部分が溶け出しているのだろう。
ぐずぐずと溶ける音に混じって、焼ける匂いが鼻腔を突いてくる。
「なんなのよ……!」
キズナの焦りが手を取るように分かる。キズナの必殺の刺突がこうも簡単に打ち払われたことで、キズナの自負が揺らぎ始めたのだ。
自ら宣戦布告をするキズナもキズナなのだが……。
「少し灸を据える必要があるようだな、【恩寵者】の少女よ」
「あいにく私は健康体なの。灸なら間に合っているわ」
「ふん、その威勢やよし!」
やりとりを火ぶたに、ヘイデンは傷ついた鞘から素早く抜刀する。