表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/38

第十三話・「もらったっ!」

「ふ〜ん……あれが親玉ね……案外ちょろそう」


 青く燃焼する魔力の文字列を周囲にはべらせながら、キズナはほくそ笑む。


 魔法刀【鶺鴒】……その切っ先を地面と水平にし、体勢を低く落とす。刀の柄を握りしめていた右手は、柄の頭を包み込むように握りなおされ、力を溜めるように後に大きく引いていく。左手は刀身をなめながらゆっくりと前方へ伸ばされた。まるで敵に照準するように、左手の指先は刀の切っ先へ添えられる。


「……難しく考える必要なんてないじゃない……」


 左足つま先を前に出し、右足を最大限に曲げる。それによりキズナの体勢がさらに沈んだ。倭国刀を使用した構えとしては、かなり特異な部類にはいるものである。数多ある剣術の技、それもある一点にのみ磨き上げられた技。


「おい、キズナ。俺にはお前の考えていることが手に取るように分かるぞ。いいか、あのヘイデンという男はかなりの使い手だ。俺と同じ強者同士だからな、匂いで分かる」


「ふふ……簡単よ、簡単。やっぱり物事はこうでなくちゃ……」


 キズナの肌から立ち上る魔力が大きく揺れる。それを受けて、無重力状態になってしまったかのように、長い髪の毛が中空をゆらゆらと動き始めた。青い燐光を纏うから、あたかも髪の毛が青く燃え上がっているようにさえ見える。


 俺としたことが、わずかでもその様を美しいと思ってしまう。

 イリスが呆けるようにつぶやいた、綺麗……、という表現も、あながち見当違いではないようだった。

 むぅ……なんか悔しいぞ……っと、いかんいかん、気を取り直さねば。


「ごほん! キズナ……これは勘ではない、経験則というものだ。言い換えるなら戦士としての嗅覚だな。故人曰く、将を射んとせばまず馬を射よ、と言ってだな――」


「ちょっと! そこのっ!」


 俺の忠告など耳に入っていなかった。いらつく奴だ。

 キズナが声を大にする。


「そこの……ええっと……ぺらんぺらん!」


 ペラン。レオポルド・ペランだ、馬鹿者。敵の親玉の名前くらいしっかり覚えろ。


「ええと……私に言っているのでしょうか?」


 ペランは端整な顔立ちに困惑を浮かべながら、頬を指でかいている。まるで強引な彼女に連れ回されて困っている彼氏のような、そんな日常の困り方だった。少なくとも人の生死が左右される非日常での表情ではない。

 ……この男、場慣れしている。


「そうよ、確認するけど、アンタがペランなのね?」


「ええ、そうですよ」


 しめた。キズナの笑みがそう物語っている。


「失礼ですがあなたは? 【恩寵者】さん?」


 礼儀正しくとって返すペラン。


「私の名前? そうね、私の名前は――」


 必殺の姿勢のまま、キズナは言い放つ。


「――これから死ぬ人に名乗っても仕方ないことよ!」


 キズナが神速と化した。

 馬鹿めが。目先の欲に走ったな。後悔は先には来ないのだぞ。


 ……ああ、そうか。お前には後にも先にも後悔など来ないのだったな。


 キズナの加速は、まさに疾風迅雷だった。

 あまりの速さに、一般人には一陣の風が吹いたとしか感じられないだろう。そして、一般人が一陣の風を肌に感じる頃には事は終わっている。

 地面を這うようにさらなる急加速。

 キズナは瞬き一つ、文字通り瞬間をもってペランへと突撃した。最接近し、右手に握られていた刀を最高速で押し出す。

 左手で狙い定め、寸分の狂いなく心の臓器を貫く。

 魂は速やかに身体からはなれ、ペランは痛みもなくあの世へと送られるだろう。


「もらったっ!」


 スピードを信条とするキズナが最も得意とし、キズナらしさが如実に表れた技。

 まぁ……俺から言わせれば、それはどこまでも愚直で、安直で、直線的で、直情的で……素直な技だ。


 ――ただの刺突。そう、ただ速いだけの刺突だ。


 本当は技でもなんでもない。でも、究極の域にまで突き詰めたそれがキズナにとって、絶対的な自負を持った技となる。他者が畏怖する技となる。

 駆けるキズナの背中には翼があった。

 身体から放出される魔力は文字列となり、キズナの背中を後押しする羽となる。青く発光する翼は、あたかも力強くはばたいたように見え、キズナの【鶺鴒】をくちばしとするならば、獲物を捕食する姿に酷似させる。


 青白い剣閃は、なんの抵抗もなくペランの胸部を貫き、心臓は貫かれたことも気がつかずにどくんどくんと脈動する。ペランは傷折れることも出来ずに、その場に立ちつくすしかない。

 苦痛もなく、意識だけを失う。

 数秒後、重力に身体の自由を奪われ、仰向けにゆっくり倒れていった。



 ……と、我が愚かな弟子が思い描いていた未来は、ざっとこんなところだろうな。



「助かりましたよ。ヘイデンさん」


 ペランは健在だった。


「フリーの【恩寵者】風情が! 思い上がるでないわ!」


 キズナ必殺の刺突は、ペランの胸元に届く寸前で打ち落とされていた。


 キズナが驚愕に目を見開く。


 キズナの【鶺鴒】を防いだのは、ヘイデンの帯刀していた倭国刀だ。納刀したまま、鞘でキズナの刀身を打ち落とした。キズナは素早く地面に刺さった刀を引き抜くと、さらにペランを狙うべく横手に回り込もうとする。


「二度言わせる気か? 思い上がるでないと!」


「何よっ……!」


 ペランの肩口を狙った斬撃は、またもヘイデンの刀の鞘によって受け止められている。

 キズナの【鶺鴒】によって、ヘイデンの鞘に徐々に刀傷が入っていく。魔力の高熱により、刀身に触れている部分が溶け出しているのだろう。

 ぐずぐずと溶ける音に混じって、焼ける匂いが鼻腔を突いてくる。


「なんなのよ……!」


 キズナの焦りが手を取るように分かる。キズナの必殺の刺突がこうも簡単に打ち払われたことで、キズナの自負が揺らぎ始めたのだ。

 自ら宣戦布告をするキズナもキズナなのだが……。


「少し灸を据える必要があるようだな、【恩寵者】の少女よ」


「あいにく私は健康体なの。灸なら間に合っているわ」


「ふん、その威勢やよし!」


 やりとりを火ぶたに、ヘイデンは傷ついた鞘から素早く抜刀する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ