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建山超能力研究所, あるいはある宇宙戦争の原因を作った演歌歌手の話

作者: すぐら


 1

 

 Yahooニュースのトップにはつい昨日、月に巨大隕石がぶつかったという事件を伝えていた。

 隕石は最も長い部分で2キロにもおよび、月面は巨大な月震に襲われたらしい。

 幸い隕石の軌道が良かったため、破片が地球に落ちてくることはない、というどこかの大学の先生のコメントが載っていた。


 物騒な世の中だな。工藤佳苗は事務所で朝のコーヒーをすすりながら他人事のような感想を抱いた。朝、一人でコーヒーを飲みながらだらだらと過ごすのは佳苗にとって最も心休まる時間である。佳苗は眠気でぼんやりとした目で続きを読む。

 もっとも、仮に地球に落ちてくる破片があったとしても、超能力者が吹き飛ばしてくれるので問題はないのだが、とその偉い博士は続けていた。

 世も末だな、と佳苗は思った。

 

 最近超能力者というやつが増えている。

 超能力者というのはアレだ。人の心を読んだり、手も使わずにものを動かしたり……それから片手の指だけでスプーンを曲げたり? とにかくそういう微妙に扱いに困る感じの能力が使える人のことである。


 それが増えているのだ。

 理由はよくわからない。

 生まれたときから持っている人もいるし、ある日突然目覚める人もいる。

 前兆のようなものもなく、ただいきなりなんとなく使えるようになるらしい。

 ただ一つ言えるのは、いきなりそんなものが社会に現れたらいろいろと困るということである。そして困るということは、お金になるという事だ。だからそこには商売が生まれるのだ。


 佳苗がコーヒーを飲み終わるより先にノックの音が聞こえてきた。


「はいはい、ちょっとまってくださーい」


 立ち上がり伸びを一つ。今日一日の仕事のための気合を入れる。灰色の扉を開く。扉の向こうには、サングラスをかけた、和服の似合う女性が立っている。


 斬新な格好だ、と佳苗は思った。


「ここは建山超能力研究所で間違いありませんか?」


 女性の質問に、佳苗は内心の困惑を隠しながら答えた。


「はい、そうですよ」


 女性は、ほっとしたように胸をなでおろした。

 

 工藤佳苗は今年の春に就職した。

 職場の名前は建山超能力研究所、という。

 

 2

 

「それで、本日はどのような用件で?」


 客人にソファを進めながら白衣の男が言う。


「ありがとうございます。あなたは、建山博士ですか?」


 男は鷹揚に頷いた。男は建山健司という。この研究所の所長、つまり佳苗の雇い主である。

 女性はほっとしたように肩の力を抜いた。


「博士、助けて欲しいんです」

「助けて欲しい、という事はあなたは超能力者ですか?」所長が問う。

「はい、実はそうなんです」女性が頷いた。


 なんて頭の悪い会話だろうと佳苗は思ったが黙っていた。これくらいでいちいち驚いていたらここでの仕事はできない。

 建山超能力研究所は超能力者の問題ごとについて相談に乗る会社なのだから。

 

 超能力とは普通とは違う、ちょっと扱いに困る能力である。

 例えば考えてみるといい。

 例えばある日いきなり、何の前触れもなく周りの人の考えていることが分かるようになったとしたら、あなたならどうなるだろうか?

 普通の人ならとても困るだろう。

 困惑するだろう。

 そして困ったことがあったとき、人はどうするだろう?

 だいたいの人は他人に相談したいと思うのだ。

 でもいきなりそんな変なこと周りの人には相談しにくい。

 だから他人がいる。

 その他人が親身に聞いて一緒に解決策を考えてくれるのなら、多少のお金くらい払ってもいいと思うだろう。

 つまりこの女性もそういう人というわけである。

 

「お茶をどうぞ」


 佳苗はいれたてのお茶を乗せたお盆を差し出す。女性はありがとうと言って茶碗を取った。自然と女性の顔を佳苗の目に入る。


「あっ」


 佳苗は思わず小さな叫び声を上げた。

 女性はびっくりしたように佳苗を見た。


「皆森かおりじゃないですか!」

「佳苗君、人の顔を見て叫んだりするもんじゃない」


 建山があきれたように言う。


「すみません、でも、びっくりして」

「知り合いかい?」


 その質問に佳苗は驚きに目を丸くして建山を見た。


「知らないんですか? 皆森かおりですよ! ご当地演歌の女王!」

「あー」


 建山は曖昧に語尾を濁した。これだから理系は。佳苗は憤慨した。

 皆森かおりは演歌歌手である。

 彼女の伸びのある声と、深く豊かな声量は現在の日本演歌界でも屈指の物だ。

 演歌というもの自体がそれほどの知名度を持たないご時世だが、彼女は現在の演歌界の代表と言っても過言ではない。


「なんで知らないんですか? 去年の紅白だって出てたじゃないですか」

「僕は大みそかは格闘技しか見ない」

「理系のくせに!」

「理系が格闘技をみて何が悪い!」


 建山はプロ野球と格闘技をこよなく愛する中年男性である。


「それで、皆森かおりさんで間違いありませんか?」


 建山の問いに女性は頷いた。


「そして皆森さんは超能力を得てしまったと?」

「はい」

「どのような能力なのかお聞きしてもよろしいですか?」

「実は新しい歌を発表すると起こるんです」

「起こる? 何がですか?」

「地震が」

「地震」

「ご当地ソングを発表すると、その土地で地震が起こるようになってしまったのです……」


 気が付いたのは半年ほど前のことだ、とかおりは言った。

 半年前、かおりは新しいCDを発表した。歌ったのは『安曇野キラキラ冬景色』という曲で、発売から一日たって、長野県を震度4の地震が襲った。その次はその三か月後、『択捉日露夏模様』を発売して三日、北海道の東沖を地震が襲った。


「今では呪いの演歌歌手なんてネットで言われはじめていて……」

「呪いの演歌歌手……」


 佳苗が思わず繰り返す。すごい字面である。


「もうご当地ソングを歌えない」


 かおりは両手で顔を覆った。


「念動力とかではなく、CDを出したら地震が起こるというのは新しいですね」

「それで私はどうしたらいいのでしょう?」

「そうですね今のところ、一度発現した超能力を消す方法は見つかっていないので、対症療法的になってしまいますが」

「というと」

「CDを出さない、というわけにはいきませんか?」建山が言う。

「やはりそれしかないでしょうか……」


 かおりの顔に影が落ちる。


「人様に迷惑をかけるわけにはいきませんものね」


 建山は深刻な表情で頷いた。


「そんな! 歌を出さない歌手なんて何にもならないじゃないですか」佳苗が口をはさむ。「それに皆森さんだってこれからどうやって食べていく気なんですか!」

「カラオケとかの使用料で何とか……」

「皆森さんの歌はそれほど歌われるわけないでしょう!」

「君はひどいな」


 建山の抗議を無視して佳苗は続けた。


「考えましょうよ。皆森かおりがこれからもご当地ソングの女王であるための方法を」

 

 3

 

「一つ思ったのですが、ご当地ソング以外を歌うっていうのはダメなんですか?」


 佳苗が聞く。


「ご当地ソング以外で仕事がもらえればいいんですが、やっぱり一度ついたイメージっていうのは払しょくしがたくて」

「なるほど」

「それに割と愛着もあるので」

「愛着……ご当地ソングにですか?」


 かおりがうなずく。佳苗にはわからない感覚だった。

 

「いっそ、絶対に揺れないところについて歌うって言うのはどうでしょう?」

 

 建山が別の案を提案した。

 

「日本ならどこで地震が起こってもおかしくないが、例えばアメリカのど真ん中とかならほぼ地震は起きない」

「でも私アメリカなんて行ったことありません……」

「一度行ってみればいいのでは?」

「それにインディアナ慕情みたいな演歌を歌いたいとは思いませんし……」

「意外とわがままだな」

「というかそんなものは演歌じゃありません」

「ひどい」

「所長が演歌歌手の心をわかっていないだけです」


 佳苗の言葉に建山は渋面を作る。かおりが話を戻す。


「それに、実はもうその方法はやってみたんです」

「というとアメリカの歌を歌ったのですか?」佳苗が確認した。

「いいえ、そうじゃなくて月の歌を歌ったんです……」


 言いながらかおりは手に持ったカバンから一枚のCDを取り出した。タイトルは『月が綺麗ですね』。

 それを見て佳苗はスマホで検索。


「……オリコンチャートに載ってませんけど」


 スマホを眺めながら佳苗が言う。


「ええ、これは自費出版の、いわゆる同人CDというやつです」

「ああなるほど」

 

 建山は頷いた。

 

「それで、それを出したのはいつなんですか?」

「一昨日です」

「そして月に隕石が落ちたのが昨日、というわけですね」佳苗がまとめる。

「隕石?」

 

 建山が視線で佳苗に聞く。


「落ちたんですよ、隕石。ほら」


 佳苗がニュースサイトの記事を表示しながら建山に渡した。建山はうーむ、と唸り声を上げた。


「月にまで地震があるなんて知りませんでした……」


 かおりは諦めたような笑みを浮かべながら言った。


「でもこれは困ったぞ。月にまで影響があるのなら、地質が安定な場所のことを歌っても無理やり地震が起こるかもしれない」

「うーん、それじゃあ架空の土地について歌うとかはダメですか」

「やっぱり歌うならある程度親しみがある土地じゃないと嫌で……」

「じゃあ漢字は同じだけど読みだけ変える!」

「例えば?」建山が問う。

「長野と書いてちょうのと読むとか」

「野球選手の応援歌みたいだな」


 佳苗は東京ドームの外野席で歌う和服の美人を想像した。


「あの、それでもしも長野選手の周りで地震があったらどうすれば……?」


 かおりの言葉で、佳苗の想像の中で外野にいきなり謎の振動が起こり、ライトはエラーをした。


「絶対にやめましょう」


 建山は重々しく頷いた。建山は熱烈な巨人ファンである。


「つまりこういう事ですね。ある程度親しみがある知ってる場所で、しかもそこで地震が起こっても困ることがない場所についての歌を歌えばいいってことですね!」

「でも、そんな場所あるのでしょうか……?」


 かおりが不安そうに二人を見る。

 むむむ、と佳苗は唸り声を上げた。

 しばらくして。


「あ」

「どうした、佳苗君」

「私一つ思いついたのですが」

「思いついた? 私の引退セレモニーの余興とかですか?」


 かおりは死にそうな顔で佳苗を見た。


「なんでそんなに後ろ向きなんですか……そうじゃなくて、かおりさんが歌う歌ですよ。例えばこんなのはどうでしょう」

 

 4

 

 翌年公開された映画『宇宙戦艦ヤマト3001』で、主題歌を溌剌とした表情で歌う皆森かおりの姿が見つかった。

 もちろん地球人は知る由もない。

 イスカンダルを水の底に沈めた大規模な地殻変動の原因が、彼女の歌であることを……

 

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