「8%の悪意」第二章 問題提示03
<まゆか>
「なのに……」
<優希>
「どうした?」
<双葉>
「結局、見つかったんですよ、お守り」
<優希>
「ほう。それはどこで見つかったのだ?」
<双葉>
「それが。何でも『職員室の外の植え込み。割れていた窓の近く』でって事らしいです」
<聖司>
「割れたガラス窓の近く……なるほど」
<優希>
「間違いはないのか?」
<まゆか>
「その……多分」
「土曜日の雨が上がった夕方ごろ。用務員さんが割れたガラスの入れ替えに立ち会っている最中、木の根元あたりの目立たない場所に落ちているのを見つけたって……」
「工藤先生に、そう聞かされましたので」
<聖司>
「……これは」
<双葉>
「で。指導室に呼び出されたとき、“クドケン”が見せてきたそうです。『これは、君のものではないのかね?』って言いながら」
<聖司>
「それはまた、なんと言えばいいか」
<優希>
「そのお守りは、今どこに?」
<まゆか>
「今は、工藤先生が持っています。預かっておくって……」
<優希>
「……ふぅ」
「なるほど。一応、念のために再確認するが……」
「18日当日の下校時。そして忍び込んだ夜。共に、君は職員室の近くへは行っていないのだな?」
<まゆか>
「はい。私、嘘なんてついてません」
<優希>
「そう……か」
<双葉>
「そうです」
<聖司>
「ですが結局のところ、泉さんのお守りは職員室の外に。それも、“割れた”という経緯のあるガラス窓の近くで見つかっているんですよね?」
<まゆか>
「……は、い」
<優希>
「これは、どう考えるべきなのだろうな。意見はあるか霧島?」
<聖司>
「そうですね。分かっている状況だけを素直に追いかるなら……」
「18日金曜日の放課後、職員室の窓ガラスが割れた」
「同日夜。学校の敷地内に忍び込んだ生徒が存在し……」
「そして後日。割れた職員室窓の近くから、忍び込んだ生徒の物と思わしき遺失物が見つかり……と」
<まゆか>
「…………」
<聖司>
「なんとも。テスト流出の一件に繋げやすい状況ばかり、と言えますね」
<優希>
「18日夜。学校に忍び込んだ生徒が、窓ガラスを補修していたダンボールを取り外し、職員室内に侵入。テスト問題を盗み出したが……」
「その際、所有物を現場近くで紛失してしまった……と」
「なんとも、分かりやすくてシンプルな筋道ではないか。子供にでも分かりそうだ」
<双葉>
「だとしても、まゆかはやってません!」
<優希>
「ほう。そう言い切る根拠は?」
<双葉>
「泉まゆかという子を、私は良く知っています。それが根拠──」
<優希>
「それは根拠ではない、ただの願望だ。そうであって欲しいという、君の願いでしかない」
<双葉>
「で、でも先輩!」
<優希>
「うるさい、黙れ」
<双葉>
「……う」
<優希>
「提示された情報は、“泉まゆか”という生徒と“テスト問題流出”の一件を、分かりやすい線で繋いでいる」
「その明快なラインを、一個人の願望だけで断ち切れるとでも思っているのか、君は?」
<双葉>
「そ、それは……」
<まゆか>
「…………」
<優希>
「しかしだ」
<双葉>
「……?」
<優希>
「気に食わんな」
<聖司>
「ですねぇ」
<双葉>
「はい?」
<まゆか>
「……?」
<優希>
「シンプルかつ明快。が、出来すぎだ。どう思う、霧島?」
<聖司>
「そうですね。まるで既製品のジグソーパズルを組み上げたような感じですね。それも、ピースが飛びっきりに大きい奴」
<まゆか>
「パズル……ですか?」
<優希>
「む。面白みにかける例え方だが、確かにそんな感じだな」
「状況をそのまま丸呑みにしてピースを組めば、まっ先に浮かび上がってくる絵面は……。泉君、君の名前なのだろう」
「しかし、それを鵜呑みにしていいのか判断に迷うのも、私の本心だ」
<聖司>
「それで会長は、どうお考えで?」
<優希>
「そうだな。私個人の意見として、テスト問題流出に関わる件の見解には……」
「一考の余地あり、だと考える」
<まゆか>
「ほ、本当ですか?」
<優希>
「うむ」
<双葉>
「それじゃあ、まゆかはやってないって事、信じてもらえるんですね!?」
<優希>
「早合点するな。誰もそこまでは言っていないだろう?」
「一考はする。が、それ以外の可能性が見つからないとなれば、やはり……。という展開も、十二分に考えられる」
<双葉>
「それでも。考える余地はあるんですよね。だったら……」
「ちょっと待っててね、まゆか。すぐに考えたげるから!」
<まゆか>
「え? う、うん」
<聖司>
「ですけど。どこから、どこへ向かって、何を考えるつもりです?」
「正直、情報が足らな過ぎると思うのですが」
<双葉>
「え、えっと。それはもちろん……」
「もちろん……」
<全員>
「…………」
<双葉>
「あうう。手をつける場所すら分かんない……」
「ねえ!」
<秋人>
「うおっ」
(おっと、急にきやがった)
<双葉>
「あんた。あんたは何かないの? 今の話の中で気になる事とか、いっそ、真犯人はこいつだー的な宣言とかさ」
<秋人>
「お前、俺を何だと思ってる? 又聞きした話だけで分かるわけねーだろ、そんなん」
<双葉>
「じゃあさ。せめて『まゆかが盗んだ』とかいう馬鹿げた考えに、奇妙な点とかは?」
<秋人>
「んにゃ。今んとこ、なんもねーよ。残念だったな」
<まゆか>
「……しゅん」
<双葉>
「ああ、まゆかが少し落ち込んだ! あんた! ちゃんと聞いてたの、今の話し合い!?」
<秋人>
「まあ、一応はな」
(つっても。他ごと考えながらだったりするんだが……)
<双葉>
「うう、何この『我、関せず』感。あんた、こういう時に“い”の一番で難癖つけるのが、唯一の取り柄みたいなもんでしょーに」
<秋人>
「こんガキャぁ……ったく」
「しゃーねぇな。そんなに難癖つけられたいなら、んじゃ一個だけつけてやるよ」
<双葉>
「まじで!?」
<秋人>
「だから、変な期待はするな! 多分だが。これはお前らが話題にしてる“流出”とか言うやつとは、何も関係ないからよ」
<双葉>
「えぇ……まじで?」
<秋人>
「あからさまに落ち込むな。お前が言ったんだろ、難癖つけろって」
<双葉>
「そうだけどさ。でもテスト流出と関係ないとかさ、もうさ……ダメダメじゃん。あんた何で生きてんの?」
<秋人>
「てめ!? あぁもういい、止めた。やめやめ、もー止めた」
<優希>
「いや、待ってほしい」
「できれば話してもらえないか? 件とは無関係とは言え、今の会話にどう難癖をつけるのか、気になる」
「それに、意外な事が事実への切欠に……というのは、よくある話だ」
<秋人>
「会長さん。あんた、ドラマとか小説の見すぎだぜ。世の中、そんな上手くはできてねーよ」
<まゆか>
「……あの。私からもお願いします。私本当に、何も知らないんです。テスト前に学校を休んじゃって、テストが不安だったのは本当だけど……」
「でも、体が治った金曜日からは、テストまでずっと頑張って……」
「双葉ちゃんも、自分の勉強だってあるのに、泊り込んでまで私につきあってくれて」
<双葉>
「……まゆか」
<まゆか>
「だから。それをこんな風に人から見られちゃうのは、なんだかやっぱり」
<秋人>
「……って言われてもな」
<まゆか>
「何でもいいんです。何か気がついた事があれば、どんな事でも……」
<秋人>
「はぁぁぁぁ」
「本当に、流出がどうたらとは関係ない話だぞ? それでもいいのか?」
<まゆか>
「……はい」
<秋人>
「わかった。時間を無駄にしたって、後悔すんなよ」
<まゆか>
「はい」
<秋人>
「まあ、なんと言うかだ。あれだ、あれ」
<双葉>
「あれじゃ分からないわよ」
<秋人>
「だから、あれだって。ズレてんだよ」
<聖司>
「ズレている……ですか?」
<秋人>
「そ。お前らの話。さっきから、ちょいちょいと変なとこが食い違ってんだよ」
「勘違いなのかボケてんのかは知らねーけど、そいつが気になって仕方ねぇ。何とかしてくれ……という、難癖だ」
<優希>
「ズレている、食い違っている……いったい何のことを言っているんだ?」
<秋人>
「だぁかぁら! さっきから、“日程と曜日”が微妙に食い違ったまま話し合ってんだよ、高校生諸君」
<双葉>
「ええと……何それ?」
<秋人>
「ああもう。んじゃ聞くが、今日は何曜日だ?」
<双葉>
「今頃なに言ってんのよ、月曜日に決まってるじゃない。ぬか喜びの『棚ぼたハッピーマンデー』なんだから、当たり前でしょ」
<秋人>
「ぬか……まあいい。んじゃ続けて、そこの君」
<聖司>
「自分ですか?」
<秋人>
「そう君だ。問おう。話題の期末テストとやらは、何曜日から始まり、何日間行われた?」
<聖司>
「それは、『21日の月曜から』はじまり『金曜日までの五日間』という日程でしたが……」
<秋人>
「よし、いいだろう。では最後に、泉さん」
<まゆか>
「は、はい?」
<秋人>
「あんたが先生から呼び出しを受けたのは、いつだったよ?」
<まゆか>
「え、えっとそれは……テストが終わった後ですけど」
<秋人>
「そう。あんたさっき、呼び出されたのはテストが終わった後すぐにって言ったよな?」
<まゆか>
「は、はい」
<秋人>
「んでそれは、今日から数えて『おとといの放課後』とも言ってたよな?」
<まゆか>
「はい、そのとおりですけど……」
<秋人>
「はい、ズレたー」
<まゆか>
「え? ええ?」
<秋人>
「月曜から始まったテストは五日間。なら、テスト最終日は、月曜から五日後の『金曜日』になる」
「ところが。泉さんは『テストの直後』を、『おととい』だと言った」
「今日は月曜日。んじゃおとといは金曜日……にはなんねーだろ」
<双葉>
「あー」
<秋人>
「あーじゃない。大体、お前も最初のほうで……」
<双葉>
『だから、テスト終わりの翌日。そう、貴重な日曜日をまるっと浪費して、私は可能な限り、件に関わる情報をかき集めたわ』
<秋人>
「とか言ってただろ。テスト終わりが金曜日なら、どうして翌日が日曜日になる? 土曜日はどこいった? 俺の土曜日を返せ」
<全員>
「…………」
<秋人>
「まったく。テスト日程が二つもあるわけないだろーに、どうなってるのよ最近の子は」
<全員>
「…………」
<秋人>
「つーか。何か言え、お前ら」
<双葉>
「えーと」
<優希>
「なるほど。確かに……食い違っているように見えるわけだ」
<聖司>
「ですね。知らない人からすれば、奇妙な話なのかも」
<まゆか>
「でも……。今の私たちの話だけで、それに気付いたんですよね……」
<双葉>
「やっぱあんた、よく分からないやつだわ」
<秋人>
「なんだなんだ、その反応は? だから言っただろ、時間の無駄になるぞって」
「言っとくが、クレームは一切受け付けんから、そのつもりで」
<優希>
「いや、クレームなどつける気はない。むしろ、少し感心している」
<秋人>
「はい? 何が感心だって?」
<聖司>
「いえ、ですから。あなたの指摘したとおりなのですよ」
<秋人>
「だから、何が?」
<双葉>
「鈍いわね。だ、か、ら。テスト日程は二つあったのよ」
<秋人>
「はぁ? ますます分けが分からん」
<まゆか>
「あの、つまり、こうなんです。全三学年のうち、一年生と三年生のテストは『月曜日から金曜日』までの五日間。それで……」
「私と双葉ちゃんの二年生は、『火曜日から土曜日』までの五日間だったんです」
<秋人>
「は? 何だそりゃ。そんなこと、普通あり得るのか?」
<双葉>
「実際にそうだったんだから仕方ないでしょ」
「と言っても。もともとは、三学年とも全部が月曜スタートだったんだけどね」
「でも、月曜の朝。つまりテスト当日になってからよ。いきなり二年だけが『火曜スタート』だって言われてさ」
<秋人>
(テスト当日、二年だけ急に……?)
<聖司>
「でもまあそれも、仕方のない事だったのかもしれませんけどね」
「テスト問題が流出しているという状況を知ったなら、学校側も何もせずに日程どおりにテストを強行するわけにはいかないでしょうし」
「二年生における日程のズレは、“流出”に対する対応策がとられたための結果だったと……そんなところなのでしょう」
<秋人>
(対応策……か)
<双葉>
「それはそうかもしれないけど。でもさ、先生たちも先生たちよ。日程ずらすなら、もう少し早く教えてくれてもいいじゃんねぇ」
「どうせさ。流出したって事は、土曜日くらいには分かってたんでしょ?」
<秋人>
(いや、こいつぁ……)
<双葉>
「ならさ。連絡網なり何なり、アナウンス方法はいくらでもあっただろうに」
「結果的には勉強時間を一日分儲けたわけだけど。逆に土曜日潰されちゃったのよ?」
「私としては、学校側の対応にこそ難癖つけたい気分だわ」
<まゆか>
「でも、その代わりに私たち二年生だけ今日が代休になったし、損はしてないよ。棚ぼたハッピーなんだもん。ね?」
<双葉>
「ぶぅ。それはそうだけど……」
<まゆか>
「それに。『開始を一日ずらします』なんてそう簡単には決められないよ、先生たちにだって。きっとギリギリまで迷ってたんじゃないかな」
<秋人>
(ギリギリまで……か)
<優希>
「何にせよだ。私たちの話だけで、テスト日程のズレに気付いたのは大したものなのだろうが……」
「やはり、泉まゆかさんの潔白を証明できるような根拠とは、無縁そうだな」
<双葉>
「マジで意味のない難癖だったわね……」
<秋人>
「…………」
<双葉>
「って、ちょっと! 何出してんのよあんた。ここ、禁煙よ! ……多分」
<優希>
「いや禁煙だ。私が決めた、今決めた」
<秋人>
「んぐっ。くっそ、しゃーねーな」
<優希>
「どこへ?」
<秋人>
「決まってんだろ、越境だ」
<聖司>
「は? えっきょう?」
<秋人>
「禁煙と喫煙の国境線を越えてくる」
<聖司>
「ああ、なるほど」
<まゆか>
「えっと。タバコを吸いにいくと言うことでしょうか?」
<秋人>
「正解だ」
<双葉>
「はぁ? まあいいけど、そのまま逃げないでよ」
<秋人>
「ああ、はいはい。分かってる分かってる」