「8%の悪意」第一章 始業の鐘03
<水城 優希 / 女性 / 高校三年生>
「つまり。君の兄上に当たる人物の同席を認めろと、そういう申し立てなわけだな?」
<双葉>
「はい」
<優希>
「理由は?」
<双葉>
「何かの役に立つかもしれないからです、水城生徒会長」
<秋人>
(何かって、こいつはまた失礼な)
<優希>
「漠然としているな。明確な事情もなしに、私が部外者の同席を認めると思っているのか?」
<双葉>
「部外者ではありません。私の兄です。だて男です」
<優希>
「たとえ親族だろうと、学生でも教諭でもないのなら、やはり部外者に変わりないだろうが」
<双葉>
「そうは仰いますが、水城生徒会長」
<優希>
「水城でいい。ここは学外だ。肩書きをつける必要などない」
<双葉>
「ええと、では。水城先輩。お言葉ですが、こちらからすれば、先輩も部外者を同席させているように思えるのですが」
<優希>
「? どういうことだ? 何かの言い回しか?」
<双葉>
「いいえ、言葉そのままです。現に、そこの彼」
<霧島 聖司 / 男性 / 高校三年生>
「え、自分ですか?」
<双葉>
「どうやら彼も、当校の生徒のようですが……」
<優希>
「彼がこの場にいる事に、何か問題があるのかな?」
<双葉>
「大有りです。まゆかが水城先輩に呼び出された際……」
「あなたから『生徒の代表として、現状を把握しておきたい』との申し入れを受けたと聞いています」
<優希>
「その通りだが?」
<双葉>
「では。生徒の代表という事は、つまりそれは“生徒会長”としてという事だと解釈します。だったら……」
「当方の見解として、この場における学校側の“当事者”は、生徒会長もしくは、それに連なる“生徒会役員”の面々であるべき」
「違いますか?」
<優希>
「いや。その意見に異議はない」
<双葉>
「ですが。現状、先輩は一般生徒と思わしき人物を、この場に招き入れている。これは当方からすれば、完全な“部外者”の同席です」
「先輩が部外者の存在を容認している。その現状で、こちら側のみ部外者を認めないというのは、いかがなものかと思いますが」
<優希>
「ほう」
<聖司>
「…………」
<優希>
「だ、そうだ。副会長」
<双葉>
「え……副……?」
<聖司>
「ええと、その。自己紹介をしますと、自分。生徒会副会長をしております、霧島聖司と言いまして。ええと、三年生だったりします、一応」
<双葉>
「うっそぉ……」
<まゆか>
「うちの学校、副会長っていたんだ……始めて知ったかも」
<秋人>
(あらら、残念)
<優希>
「始めて知ったそうだぞ、副会長」
<聖司>
「いやぁ、ははは。まあ自分的にはよくある事ですんで」
<双葉>
「あ、あの、その……失礼しました」
<聖司>
「いやぁ、別にいいよ。言ったとおり、認知されていないのは今に始まった事じゃないから」
「それに、会長」
<優希>
「ここは学外だと言ったはずだが?」
<聖司>
「いやいや。自分は会長と呼びなれているので、このまま肩書きの呼称でいいでしょう?」
<優希>
「まあ、それでいいなら構わんが。で、何だ?」
<聖司>
「いえ。自分的には、その方……ええと、『牧 だて男』さんでしたね? 彼の同席も問題ないと思うのですが」
<秋人>
(伊達秋人です。よろしくお願いします)
<優希>
「構わない、か。なぜそう思う」
<聖司>
「だって。会長自身が言ったんですよ。ここは“学外”だって」
「そもそもです。泉まゆかさんを呼び出したのだって、別に学校側からの要請があったわけでもないですし」
「単純に、会長の独断だったじゃないですか。そう言う意味なら、この場はいわば非公式な場です」
<秋人>
「なーるほどね」
「非公式な場なら、ここは取調室でもなんでもなく、ただの雑談の場。井戸端会議に、部外者も何もありゃしないわな」
<聖司>
「そうそう、そういう事です。だから、ありもしない部外者の基準をめぐって意見を交えているのは……」
<優希>
「建設的ではない。そういう事だな」
<聖司>
「ええ、そう思いますよ」
<優希>
「ま、いいだろう。それでは認めよう」
<秋人>
(あら、あっさり)
<優希>
「もとより私も、牧君の兄上をこの場から退席させるつもりなど、なかったしな」
<まゆか>
「え? そうなんですか?」
<優希>
「私は『認めると思っているのか?』と口にはしたが、『認めない』などとは一言も口にしていない」
「つまり、そういうことだ」
<双葉>
「んな! それじゃここまでの話し合いは……」
<秋人>
「完全な、一人相撲だったって事だ。ま、落ち込むな」
(というか、からかわれていただけかもしれんが)
<双葉>
「ううう。やっぱり苦手よ、この人……。調子が出ない」
<秋人>
「そうか? 中々に滑稽だったぞ」
<双葉>
「っく。すき放題に言ってくれるわね」
<秋人>
「それはお互い様だろ」
<優希>
「でだ。物はついでだから、まず先にそちら側の誤解を解いておきたいのだがね」
<まゆか>
「誤解……ですか?」
<優希>
「そうだ。先ほどから思うに、私や霧島副会長の事を“学校側”などと揶揄するあたり、どうやら君たちは我々生徒会が敵性であるかのように認識しているのではないかと感じたのでね」
<双葉>
「え?」
<優希>
「この場を設けたのは他でもない。学校側から生徒会に通達された──」
『期末テスト問題流出』
<優希>
「──に関わる一件についてだ」
<秋人>
(テスト問題の流出? そう言えば俺、まだな~んも事情を知らんかったわ)
(という事はつまり。問題流出の犯人として、そこの……)
(“泉まゆか”の名前が浮上している、と。そういう事なのか?)
(確かに、そんな事に関わってるような子には見えないが……ふむ)
(つーか、本気で内輪の問題じゃねーか。俺なんでここにいんだよ)
<優希>
「我々は、学校側の人間として君たちに接触したかったわけではない。単純に、生徒の代表に立つものとして、この度の不祥事の事実を正確に把握しておこうと思ったからだ」
「だからこそ。この場はあくまでも、情報提供を促す場であり、犯人探しをする気など毛頭ないのだよ」
<双葉>
「ええ、それじゃあ……」
<優希>
「だが、勘違いしてもらってはこまる。あくまで立場は中立というだけ。当然……」
「2年D組“泉まゆか”君。君が件と何かしらの関わりがあると判明した際には」
<まゆか>
「そ、そんな事はないです!」
<優希>
「そうである事を願っているよ」
<秋人>
(何だか。思ったよりもめんどくさそうだぞ、これは……)
<優希>
「という事で、そろそろ本題に入ろうか」
<聖司>
「そうですね。あまりのんびりしていては、日が暮れてしまいますし」
<優希>
「よし。では移動するとしよう」
<双葉>
「移動……ですか?」
<優希>
「そうだ。件が件だけに、人目に付きすぎるのも考え物だからな」
「そこの君。悪いが店奥の会議ブースを借りたい。かまわないか?」
<秋人>
(……何者)
<優希>
「よし行くぞ。付いて来い」
<聖司>
「それでは」
<まゆか>
「え……え?」
<双葉>
「何それ……」
<優希>
「ぼさぼさするな。早くしろ」
<まゆか>
「は、はい!」
<秋人>
(……うーん)
(仕方ない。とりあえず今は、おとなしく従って様子見でもしとくか……)