「8%の悪意」居残り授業04
<用務員>
「まったく。信じられない思いとは、こういう事を言うのでしょうかね」
<秋人>
「さあ、どうだかね」
<用務員>
「まさか、お守りが汚れていないから私が犯人だ、などと」
「信じられないような屁理屈を、よくもまあ捏ねまくってくれたものです。いやもう屁理屈どころか、暴論と言ってもいい」
<秋人>
「……そうかい」
<用務員>
「貴方、本当に学校の関係者ではないのですか?」
<秋人>
「ああ。縁もゆかりもない、それこそただのエキストラだ」
<用務員>
「エキストラ……ですか。そうか、私もそうあるべきだったのかもしれない」
「学校の用務員。そんな、名もない役柄に徹していればよかったのかもしれない」
<秋人>
「……なに?」
<用務員>
「……汚していたら、どうなっていたんでしょうね?」
<秋人>
「そいつは何の話だ?」
<用務員>
「お守りですよ、あの子のお守り。泥水にでもつけておけば、きっと私の望むような幕引きもできたのでしょうか?」
<秋人>
「おいおい、それはつまり……」
<用務員>
「まあ、いいでしょう。この場は貴方のお話、認めさせていただきましょうか」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「おや。意外そうな顔をしておいでですね?」
<秋人>
「お、おお。なんつーか、正直、もっとごねられるかと思っていたから」
<用務員>
「まあ、ごねようと思えば出来なくも無いですが、構いませんよ。私にとってはどうせ、遅いか早いかの違いだけですから」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「でもまあ、それでも。もしもお守りをちゃんと汚しておいたら、本当にどうなっていたんでしょうね?」
「気付いてはいたんです。不安要素として、あの子のお守りは、汚しておいた方がいいかと、考えはしたんです」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「いや、負け惜しみとかではなく。本当にそうしようかと思った瞬間も、確かにあったのですよ?」
<秋人>
「ならどうして、そうしなかった?」
<用務員>
「出来るわけないでしょう? やれ、とても大切なものだと。やれ、おばあちゃんの形見だと」
「あんな顔してせっつかれれば、誰だってね」
<秋人>
「……分からないな」
「どうして、今そんな面してる奴が、こんな馬鹿げた騒動を起こした?」
<用務員>
「そうですね。しいて言うなら……確認したかったから、でしょうか?」
<秋人>
「確認?」
<用務員>
「ええ。貴方、言いましたよね? 私がどうやって、工藤の管理するPCのパスワードを手に入れたのか知らない、と」
<秋人>
「ああ。そこまで推測できる術はなかったよ」
「とはいえ、あんたは用務員だ。なら、チャンスくらい幾らでもありそうだと思ってたけどな」
<用務員>
「ないですよ、そんなチャンス。あるわけがないでしょう?」
<秋人>
「……そうか」
<用務員>
「貴方の言い方を借りるなら、答えは簡単っと言うやつです。初めから知っていた」
<秋人>
「初めから?」
<用務員>
「もっと正確にいうなら、そう。五年前のあの時から、私は工藤が使っているパスワードを知っていた」
<秋人>
(……五年前)
<用務員>
「もっとも。あの文字列がパスワードだと知ったのは、つい最近でしたけどね」
「それにしても、信じられますか? あんな事があったというのに、まさか未だに五年前と同じパスワードを使っていただなんて」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「それを知った瞬間から、私は止まれなくなりました。確認をしたくて、しょうがなくなりまして」
「それで今回。五年前と同じ状況を用意してみようと考えたのです。だから、工藤の管理するテスト問題を事前に外部へと漏らし……」
「そして。明らかに疑わしい状況の生徒を一人、作り上げた」
「その状況で、あいつがどう考え、どう動くのか。私は今一度、確認しなければいけないはずだったから」
「結果は案の定でした。奴はまた、大した証拠もない状況で、ただ怪しいというだけで一人の生徒を槍玉にあげた」
「工藤は何も。性格もあり方も、あのパスワードでさえも、何一つ変わっていなかった」
「五年前、無実の生徒を疑いったあの時のまま、あいつは何も変わってなどいなかった」
<秋人>
「五年前、何があった?」
<用務員>
「今回と同じですよ。テストが漏れ、生徒が一人疑われた。それだけです。ただ一つ違うのは……」
「五年前のあの時。そこに貴方はいなかった。貴方のようなエキストラに、あの子はめぐり合うことができなかった」
「違いと言えば、その程度でしょう。今もあの時も、結局犯人が誰なのかは分かっていたのだから」
「でも結局。そんな違いのせいで、あの子は終わってしまった。疑われたまま学校生活を終えた。そう、終えたのです」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「何事にも終わりはあります。五年前にあの子が終わったように、今こうして私の悪ふざけが終わったように。何事にも等しく終わりと言うものはあるものです」
「この学校で用務員として働くようになってからしばらくして、工藤が赴任してきたときも。私の日常はどこかが終わってしまった」
「役職こそ違えど、同じ職場で働く同僚。顔を合わせたとき、私はすぐに気が付きました。が、どうだろう。工藤は私に気が付いていたのか」
「五年前はまだ、私は別の職種についていましたし。それに、奴にとって五年前の事は、どれだけ後悔していても過去の出来事。きっとそれは、もう過ぎ去った出来事で」
「だからきっと私が誰なのか、あいつは気付いてなどいなかったでしょう」
「私が、あの子の幸せを願っていた人間だったのだとしてもね」
<秋人>
「…………」
<用務員>
「さて、それでは私も終わらせなくては」
<秋人>
「どこへいく?」
<用務員>
「決まっているでしょう? 工藤のところですよ」
「予定よりも少し早いですが、私が犯人だと名乗り出に行くのです」
「本当なら、工藤が泉さんを疑いつくした末に、満を持して登場しようかと思っていたのですが……」
「こうしてワザワザ指摘に来られてしまっては。こればかりは、致し方ありませんね」
「何事も、思い通りにはいかないものですね」
<秋人>
「そういうもんだ」
<用務員>
「もし。貴方が泉さんとお会いする機会が……いや、止めましょう。謝ったところで、どうなるものでもない」
<秋人>
「だろうな」
「ま。頼まれたところで、俺は伝えたりしないけどな」
<用務員>
「酷い人だ」
<秋人>
「よく言われる」
<用務員>
「そうですか。それでは」
<秋人>
「…………」




