「8%の悪意」第三章 内容考察04
<優希>
「つまり。貴様は立松の携帯に、期末テストの問題と思わしき物を目撃しており……」
「そしてその際、『足りない』と感じたわけだな?」
<雅也>
「ああ。『数が足りてねぇな』って思ったんだ」
「俺たち二年のテストってよ。全部で9科目もありやがんじゃん。んで、あいつに見せてもらったときよ。あれ、なんつーの? ほら、パソコンとかで色々入れてあるやつ」
<聖司>
「?」
<雅也>
「あれだよ、あれ! なんつったっけ」
「ええとデータが……ああそうそう、ファイル! ファイルが入れてあるやつの事!」
<聖司>
「ひょっとして、フォルダの事を言っているのですか?」
<雅也>
「そー! フォルダ! それだよ、それ!」
「なんかさ、あいつの携帯の画面ってパソコンっぽくってさ。で、フォルダとかいうの開いて中に入ってるの見せて“拾った”って言うんだよ!」
「んでもって、『今度のテスト問題かもしれん。くれてやろうか?』って、半笑いで言うんだよ!」
「俺は『いらねぇ』って言ってよ。そしたら『そうか』って」
「で、その時ぱっと見で、何か少ねぇなって思った」
「そう言うこった」
<双葉>
「じゃあ、足りないってのは科目数のことなの?」
<雅也>
「おうよ。パッと見だったが、9個もなかったはずだぞ」
<聖司>
「うーん。これって結局、どういうことですかね?」
<優希>
「と言うかだ。いったい何科目分が流出していたというのだ?」
<聖司>
「今の証言からするに、一つや二つじゃなさそうですね」
<優希>
「嘆かわしいにも程があるだろ」
<聖司>
「しかし、これだけ大量に流出していたとすると……」
<優希>
「ちなみに、どの教科が足りなかったのだ?」
<雅也>
「いや、そんなん覚えてねぇって」
<双葉>
「あんた、直接見てるんでしょ? 思い出しなさいよ」
<雅也>
「って言われてもよぉ。無理なものは無理だぜ」
<双葉>
「ああもう、役に立たないわね」
<雅也>
「だって、しょーがねーだろ。そんなちゃんと見てなかったんだからよぉ」
「そんときゃ、いつもの科目の名前が並んでるなぁくらいにしか思わなかったんだからさぁ」
<秋人>
(……科目の名前)
<聖司>
「そうだ。それだったら……ちょっと待ってくださいね」
<優希>
「霧島? 突然、手帳に何を書きだした?」
<聖司>
「いえ、科目名が並んでいるのを見ているなら、実際に並べてみれば思い出せるかなって」
「ええと、二年のときの科目ってあと何があったっけ?」
「ああ、思い出した。よし、ざっとこんな感じでしょう。ほら、どうですか?」
『数学Ⅱ』
『情報』
『物理』
『化学』
『英語Ⅱ』
『日本史』
『古典』
『現代文』
『保健』
<聖司>
「たぶんこれで全9科目。この中の、どれが足りなかったんですか?」
<雅也>
「うだー! 無理なものは無理だっつーの!」
<聖司>
「ほら、何か思い出したりしませんか?」
<雅也>
「しっつけぇよ!」
<聖司>
「あら。これでもダメですか、残念」
<優希>
「では、馬鹿のために質問を変えよう。いくつ足りなかった?」
<雅也>
「それも……正確には覚えてねぇ。二つか三つくらい足りてなかったと思うんだが、ホントちらっと見ただけなんだよ」
<優希>
「二つか三つ……か」
<双葉>
「ふぅ。流出した問題を直接見たって意見は貴重だけど、でもこれだけじゃなぁ」
<聖司>
「有益な情報とは言い難いですね、正直」
<雅也>
「うう。俺が不甲斐ないばかりに、すまねえ」
<まゆか>
「ううん。話してくれてありがとう、嬉しいよ」
<双葉>
「やっぱ、立松君に直接……」
<雅也>
「それは……。それだけは勘弁してくれ」
<双葉>
「うううん、困ったわねぇ。ちょっと、あんたはどう? 何か気付いた?」
<秋人>
「さあ……どうだろな」
<優希>
「埒があかんな。霧島、何か意見を出せ」
<聖司>
「また無茶振りを……」
<優希>
「何でも構わん」
<聖司>
「ああもう分かりましたよ。そうですね、今の話から推測できる事といえば、せいぜい……」
<秋人>
「…………」
<聖司>
「テスト問題は、書面ではなく何かしらの『データ』という形で職員室から持ち出されていたのかもしれない、と」
「そんな感じのことでしょうか?」
<まゆか>
「データ、ですか?」
<聖司>
「そう、データです。職員室から持ち出されたのは、テスト問題を印刷した用紙などではなく」
「PCなどで作成されたデータ状の物だったのではないか──と、まあ憶測なんですけどね」
<秋人>
(データ状……)
<優希>
「そう考える根拠は?」
<聖司>
「そうですね。正直、あまり自信はないんですけど……」
<優希>
「構わん。続けろ」
<聖司>
「あえて挙げるなら、飯島君の証言に出てきた“立松君の発言”ですね」
「という事で飯島君、もう一度確認させて欲しいのですが」
<雅也>
「な、なんだよ?」
<聖司>
「立松君は、あなたにスマホの画面を見せる際、『拾った』と口にしたのですよね?」
<雅也>
「お、おお。間違いないぜ? 何か変な言い方するなって、そんとき奇妙に思ったからよ」
<聖司>
「どうも。だとしたら、ですよ?」
「この『拾った』という表現の仕方、テスト問題を入手した人の発言にしては少ばかり収まりが悪いと思いませんか?」
<聖司>
「職員室に忍び込んで手に入れたのなら、そのまま『手に入れた』でしょうし」
「仮に誰かから譲り受けたのであれば、『もらった』辺りが妥当かと」
「では、『拾った』とはどんな状況なのか?」
「道端に散らばった6、7枚のテスト問題を拾った? いえいえ、それよりもですよ」
「スマホなどのデジタル端末に関わる入手方法において、『拾った』などという形容がもっとも当てはまりそうな状況と言えば……」
<まゆか>
「え、それって……」
<双葉>
「……うっそ」
<優希>
「なるほど。インターネットか」
<秋人>
(ネットだと?)
<聖司>
「ええそうです。現実問題として、あまりに考えづらい可能性ではありますが、しかしです」
「もしも立松君が、インターネット上でテスト問題を入手していたのだとすれば、です」
「そもそも持ち出されたテスト問題自体がデータ状のものだったと、そう考えることもできるのかなって」
<優希>
「……ふむ」
<聖司>
「ええと何と言うか、そんな風に考えた次第でして」
<まゆか>
「あ、あの」
<聖司>
「はい?」
<まゆか>
「でもそれだと……」
「盗み出した誰かは、そのデータをインターネット上に流したってことに……」
<聖司>
「ええ、そういう事になりますね」
<優希>
「わざわざ盗み出したテスト問題の内容を、ネット上で拡散だと? 現実的に考えて、そんな馬鹿が存在するとも思えんが」
<双葉>
「ですよね。もし私が盗んだとしたら、そんなこと絶対にしないと思う」
<聖司>
「いやぁ、ははは。そりゃ僕自身もそんな奴いないだろって思ってますよ、当然のように」
<優希>
「おいおい、お前が始めた話だろうに」
<聖司>
「だから先に前置きしたじゃないですか。あまり自信はないって」
「自分で言っておいて何ですけど、ちょっと有り得ませんよね、これは」
<秋人>
(ネット……ね。さて、どう考えたものか)
<優希>
「しかしだ。となれば立松の『拾った』という発言。それをそのまま字面どおりに受け取るのは、少しばかり考え物か」
「経緯はどうあれ、結果として所持してしまっていること自体に後ろめたさを感じ、そのために思わず事実とは異なる『拾った』などという表現を用いてしまったという状況も考えられる」
<聖司>
「それならいっそ、ずばり立松君が『盗み出した犯人』で、彼はそれを友達である飯島君に対して『拾った』と偽証した。この可能性は……」
<雅也>
「ねぇよ! あいつは普通にしてても頭がいい。んな馬鹿げた事をする必要なんてねぇ!」
<聖司>
「しかし。“魔がさす”というのは誰にでも……」
<雅也>
「絶対にねえ! あいつは何か悩んでたとしても、悪い事して得しようとするような奴じゃねぇ!」
「もしそうだったとしても、そんな事は俺がさせねぇ!」
<秋人>
(うーん。なかなか暑苦しい馬鹿だな、こいつは)
<聖司>
「しかしです。立松君が流出したテスト問題を本当に所持していたのだとすると」
「それならば、現実問題として彼はそれをどうやって手に入れたのでしょう?」
「彼自ら手に入れた? 誰かに譲ってもらった? それとも本当に、どこかで拾った?」
<雅也>
「俺が知るかよ!?」
<優希>
「立松 賢治。二学年の試験結果において、常に上位に名を連ね続けている秀才。テスト流出の一件とは、どうにもつなげ辛いというのが心情だな」
<雅也>
「だろ! だから、あいつはそんな事しねーって」
<優希>
「などと。簡単に言い切ってしまっていいものかどうか」
「……おい馬鹿」
<雅也>
「んだよ?」
<秋人>
(馬鹿と呼ばれて素直に返事するとは、色々な意味ですげぇ奴だ)
<優希>
「テスト前後において、立松の言動に奇妙な点はなかったか?」
<雅也>
「奇妙ってなんだよ?」
<優希>
「む。何だといわれると形容しづらいな。貴様は彼の“ダチ”なのだろう?」
「ならば。いつもの彼とは違う、何か特徴のある行動に気が付かなかったか、と聞いているのだ」
<雅也>
「って言われてもよ。いつもと違うっつってもな」
「うーん、そうだなぁ。しいて言えば……あん時くらいか?」
<聖司>
「あん時?」
<雅也>
「ああ。でも多分、今の話とは関係ないと思うけど……一応言っといたほうがいいか?」
<優希>
「当たり前だ。話せ」
<雅也>
「ええとよ。あいつっていつも静かでよ。なんつーの? クールってやつか? そんな感じじゃん」
<優希>
「そうなのか?」
<双葉>
「あ、はい。そんな感じです。私も、立松君が感情的になってるところ見たことないですし」
<まゆか>
「あ……わたしも」
<雅也>
「そうそう、そーなのよ気取ってんのよ」
「でもよ。あれは確か、テスト初日だったはずの月曜日だったけど。むっちゃ怖い顔して、先生に食ってかかったんだよ。みんなの前で」
<双葉>
「うっそぉ? 想像できないんだけど」
<雅也>
「ま、でもよ。あれは先生もどうかと思ったけどよ」
<聖司>
「と言う事は、立松君が怒っていた理由……分かるのですか?」
<雅也>
「ああ当然。俺みたいに、全然勉強してない奴はなんとも思わないんだろうけどさ。でも、あれはなぁ。さすがになぁ」
<双葉>
「どう言う事?」
<雅也>
「どうって、お前らだって言われただろ? テストの予定が変わるって」
<双葉>
「そりゃ言われたけどさ。でも、それであの立松君が?」
<聖司>
「開始が一日ずれた事ですか。まあ予定外の事でしたし」
<雅也>
「そうじゃねーって。その前」
<双葉>
「前?」
<雅也>
「あれ? お前ら知らねーの、ひょっとして?」
<双葉>
「何の話よ、それ?」
<雅也>
「だからさ。一日ずれますって言われる前に、違う事を言われただろ」
『テスト日程の教科順を入れ替える』
「ってよ」
<双葉>
「え? それ……知らないけど?」
<雅也>
「その日の予定とは違う科目を、一日目に持ってくるって言われたじゃん」
<秋人>
(!?)
<双葉>
「そうなの?」
<雅也>
「おうよ。間違いねーよ。それであいつ、めっちゃ怖い顔して先生に食ってかかったんだよ」
<聖司>
「なるほど。まあ確かに、順番が入れ替わるというのは……日付をずらすのとは意味合い的に大違いですから」
「彼が怒った理由も、分からなくもないですね」
<双葉>
「でも、私たちはそれ知らない。まゆかは知ってた?」
<まゆか>
「ううん。初めて聞いた」
<聖司>
「しかし、どう言う事でしょうかね、これ?」
<優希>
「仮に、A組にのみ誤った対策がアナウンスされかけたとすると……」
「単純に、先生方の中にも混乱があったと受け取るべきなのだろうが。しかし、なぜだ……」
<双葉>
「ねえ、どう? 今の話は何かの役に……って、無駄か。今日のあんた、全然頼りになってないもんね。ただのお邪魔虫だもんね」
<まゆか>
「双葉ちゃん、そんなこと言ったら……」
<秋人>
「悪かったな」
<まゆか>
「あの……ごめんなさい」
<秋人>
「別に、気にしてねぇよ」
<双葉>
「まゆかが謝る事じゃないでしょ。だって、本当のことじゃない」
<秋人>
(とは言うものの、これは……)
「……ふんむ」
「それよりもだ。お邪魔虫ついでに、俺からも二つほど聞きたい事がある。まずは、お前だ」
<雅也>
「え?」
<秋人>
「おい、こぞー。思い出せ」
「テストの順番、具体的にどう入れ替わるって聞いたんだ?」
<雅也>
「へ? ああ、ええと、確か……三日目と入れ替えるとか何とか……」
<秋人>
「三日目の科目ってのは?」
<雅也>
「それは……覚えちゃいねーなぁ」
<まゆか>
「それなら、ええと。うん」
「三日目は『数学Ⅱ』と『物理』だったはずです。今回のテスト期間で、一番の山場でしたのでよく覚えています」
<双葉>
「ああそうそう。三日目の難関ツーコンボ、あれはきつかったぁ」
「つーかさ。今回のは全体的に難しかったのよ。先生がここ出すぞーって言ってたの、ほとんど出てこなかったし。あれはもう、出す出す詐欺よ」
<秋人>
「詐欺かどうかは置いておいてだ。ちなみに、本来初日の科目って何だったんだ?」
<双葉>
「え? それは『現代文』と『日本史』だったけど」
<秋人>
「……ってことは」
「初日の『現代文』と『日本史』が、三日目の『数学Ⅱ』と『物理』と入れ替わりかけて……」
「しかし結局は入れ替わらず、順番はそのまま。しかしテスト開始は一日ずれ込んでしまった、と」
<双葉>
「まあ、そう言う事になるのかな」
<秋人>
(なるほど)
「んじゃ続けて、今度はあんただ」
<まゆか>
「え? 私ですか?」
<秋人>
「ああ、差し支えなければ教えてくれ。得意科目は?」
<まゆか>
「え? ええ?」
<秋人>
「9科目中、一番得意なのは?」
<まゆか>
「ええと……一番と言われると困りますけど、多分……文系の科目は大体は得意だと思います」
<秋人>
「オーケイ。んじゃ逆に苦手なのは?」
<まゆか>
「えっと。やっぱり数学とか……でしょうか」
<秋人>
「つまり、理系分野ってことか?」
<まゆか>
「は、はい」
<秋人>
「そう、か」
<双葉>
「んま。まゆかの場合は、数字に対してやたらと苦手意識があるもんね」
<まゆか>
「えへへ」
<双葉>
「つーかさ……」
「そんなん聞いてどうすんのよ。それでまゆかの潔白証明の役に立つとか考えてんの?」
<秋人>
「かもしれん」
<双葉>
「でしょうが。だったらあんたも、もう少し有意義な……え?」
<優希>
「……ほう?」
<秋人>
「んまあ、正直に言えば……」
「情報の何もかもが、又聞きばかりっていう状態だ。だから絶対とは言わない。それでもだ。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない」
「泉さん……」
「あんたが『テスト流出とは無関係』だという事を説明付けることは可能かもしれない」
<一同>
「!!!???」
<まゆか>
「ほ……本当ですか!?」
<秋人>
「たぶんな」
<聖司>
「しかし。これはまた大きくでましたね」
<雅也>
「え、何、どゆこと?」
<優希>
「その話。詳しく聞かせてもらえるだろうか?」
<秋人>
「話すのは構わん。だが、念を押しておくぞ」
「言ってしまえば。この話は、又聞きした情報を頼りに組み上げただけの、ただの仮説だ。だから、物証なんて気の利いたものは、どこにもない」
「仮に俺の読みが当たっていたとして。さらには、目的とする結論を導き出せたとしてもだ」
「その後に、全てをひっくり返すような“何か”が出てきた日には、悪いが俺の手には負えない」
「それくらい頼りない仮説だが、それでも……聞きたいか?」
<まゆか>
「も、も、も、もちろんです! お願いします!」
<秋人>
「お前たちは?」
<双葉>
「……いいわ。私、聞く」
<聖司>
「自分も、異存はありません。聞くだけなら、タダですし」
<雅也>
「タダなら俺も大好きだぜ!」
<秋人>
「あんたは?」
<優希>
「…………」
「物証なし。ただの仮説、か。しかし、現状が八方塞りのこの状況で、どんな話しが聞けるのか……」
「興味がないといえば、それは嘘になるだろうな。いいだろう。聞こう」
<秋人>
「わかった。じゃ始める……と言いたい所だが」
「その前に……そうだな。とりあえず二つほどだが、先に確認しておきたい事がある」
<聖司>
「何でしょう。我々に答えられる事であれば、何でも」
<秋人>
「いや。聞くべき相手は、お前たちじゃない。今欲しいのは正確な情報だ」
「だから、できればその答えを知っている人物から直接確認してもらいたい」
<優希>
「『確認してもらいたい』と言う事は、ふむ。つまり、この場にいない人物から我々が聞き出すと、そういう解釈でよいのか?」
<秋人>
「ああ。そうしてもらうのが、一番望ましいな」
<双葉>
「んで。具体的に、誰に何を聞けばいいのよ?」
<秋人>
「そうだな。まずは…… 」




