遊戯の神 ~中編~
赤城の死体が発見されてから一時間。
その三十分前にガブリエル・ムーアは、部屋にあった冷却装置を作動させ、死体が腐らないように取り計らった。
全員は呆然としながら太層にある別室で現在に置かれている状況を把握しようと脳をフル稼働させていた。
その点、神力使い達はここにいる人達よりも少しばかり状況を理解している。
何故なら今、彼らが置かれている状況こそが無神皇もとい遊戯の神ジクが彼らに与えた最初の試練だからだ。
「この事件を解決できなければ俺らの中から一人の記憶を失う。そんなことはさせない」
声にならない声で囁く灯火流。
全員が無事でこの試練を乗り越え、無神を倒す為の一歩を進むんだ。
「時間も限られている。ちゃっちゃと終わらせるぞ、手始めに現場の調査だ」
「女性組は、赤城の関係者の取調べ役よろしゅうたのみます~」
「六時にまた此処に」
男性チームと女性チームに別れ、各々の調査を開始した。
彼らが立ち去る姿を見た他の使用人達は立ち上がり、ガブリエルがぽつりと呟いた。
「皆様お疲れでしょう。大変なことになりましたが、身体を休めることをお勧めします」
「そうだな、各自部屋に戻って休むとしよう。幸いセキュリティの方は問題ないので、ゆっくりと休めると思います」
稲置がそう言って、使用人達は暗い表情のままこの場を立ち去った。
♂♂♂♂
殺害現場に向かった男性チームたちはまず赤城がいた図書室を調べた。
向かう途中の階段、手すりなど隅々まで調べ、できる限りの手がかりを掴み取ろうとしていた。
どこかに傷があったり、何らかの証拠品が見つかったりで謎が解けるヒントを得ようと行動していた。
到着した五階、木層。図書館と言えるような図書室に入り、灯火流と真白が赤城を見た二階を調べた。
しかし何も見つからない。
「まさか、犯人が先に後始末したんじゃないやろな……」
その可能性は否定できない。赤城の死体が発見されてから一時間半が経過している、犯人が何もしてないはずが無い。
しかし、完璧な人間なんて存在しない。
何らかの手がかりが必ずあるはず、そう思いながら三十分が経過した。
しかし相変らず手がかりらしい手がかりは見つけ出せず、次の事件現場、赤城の寝室へ向かった。
「……さ、流石に寒いッスね、ここ……」
冷却がかけられた部屋に身震いしながら大地を含めた六人が同感した。
けど、敢えて大地のコメントを無視して鉄平が一つの推測を提案する。
「やはり、赤城さんは自分の部屋に入り、あらかじめ待ち伏せしていた犯人が彼の背中にナイフを刺したって可能性が高いのでは?停電を利用して気づかれず部屋を出て行ったとしか考えられませんね」
「いや、それはどうだろう。その過程通りなら精密に心臓が狙えるはずが無い。明るい時にならまだしも、それでさえ難しい」
自分の推理があっさりと灯火流に即却下された鉄平は、凹んで部屋の隅まで蹲った。
そこで鏡が倒れている遺体を凝視し、何かを発見する。
「これは一体何なんだ?」
赤城の遺体が妙に変に感じたのは、この部屋の中を覗き込んだ者が気づいていたであろう違和感の正体。
赤城の腕が伸びて、人差し指で何らかのメッセージを書き残したもの。
つまり、この部屋で刺された後まだ息があったということになる。
右手で必死に書いていた彼からのメッセージはこれだった。
《♃》数字の二に縦線が描かれてるにも四にも見えるこの模様は一体何を示すものだろう?
そう考えている内に約束の六時が訪れた。
♂♀♂♀
天磨達がまず稲置茂治と他の使用人達を一人一人の部屋に訪れた。
現四時三十分、予定の六時まで後一時間半。
手始めに第一発見者に話を伺った。
名乗り出たのはメイド長の前浜亜梨花。
彼女が普段通り赤城のお召し物を運んでいた所を突然の停電が起き、凄い物音がしたと話していた。
後は、赤城のドアが開いていて中を覗き込むと皆が知っている状況道理。
続いて駆け付けたのは、小賀坂礼人だ。
「俺は、赤城様に言い忘れていた用があったので後を着いて行ったが突然停電が起きたので見失ってしまって、電気が戻った時には目の前から居なくなっていた。赤城様は暗闇に弱く何処か明るい場所を探すか自分が安全に思える場所を好みます。おそらく今回は自分が用意した個室で過ごされようとしたと思っていたが、まさかこんなことになるとは……」
口元を押さえ、赤城を失ったことに嘆いた。
しかし、丁寧に赤城の性格や弱点も述べる。
長年の付き合いは伊達じゃないみたいだ。
その他に名賀島静香と共に十階のパーティー会場で客人達の手伝いを兼ねて部屋の案内もしたと言う。
向井川原永助と稲置茂治は共に九階の倉庫の管理をしていた。
次の六日間の食料の振り分けに必要になる道具の確認、もちろん事件が起きた時間も二人でいたことも距離を考えると犯行を行うのは無理だと主張する。
ガブリエルは、赤城と別れた後にすぐに十階を目掛けて歩いていたと言う。
ただ六川友梨枝だけはアリバイが無かった。
それは彼女自身無言だったこともあるが、自分の行動の証明できる人がいなかったおとを知っていたからだ。
そして、犯人候補の最も近い容疑者となった。
再び集まった使用人達が一人一人のアリバイを聞き、真っ先に視線を送ったのは――やはりというべきか――六川だった。
六川が犯人だという傾向に向かっていた。
場の空気が酷くなり、この騒動を治めるのも女性チームの役目でもあった。
時間も近づいていることも含めて焦りだす女性チーム。
そこへやってきたのが調査から帰ってきた男性チームだった。
その突然っぷりの所為か、部屋に充満していた六川への非情の眼差しがピタリと止まった。
♀♀♀♀
「たっだいま~、今日の調査終わったで~」
「そろそろ夕食の準備がありますので私はこれで失礼致します」
「わ、私もお手伝いいたします」
ガブリエルと六川が席を立ち、台所の方へ去った。
困惑、そして今この塔の中に犯人がいるかもしれない恐怖が淀んだ空気へと傾いていた。
その空気を何とかしようと強く手を叩く灯火流。
「さ、さあ、皆さん。一度解散して、気を落ち着けましょう。今日、いろいろあったからな、夕食まで身体を休ませておこう」
灯火流自身もこの状況をどう対応したらいいのか判らなくて取り乱していた。
初めて見る死体に気持ちが着いていかないことはもちろんその事件を解決しなければ一人の記憶を全て奪われることがプレッシャーとして現れてくるのが精神に大きな負担を与ええていた。
夕飯まで余った時間を部屋で過ごすことにした男子達は火層のフロア、女子達はその下の金層に向かった。
またあの現場の前を通らなければならないと思うと気分が優れなくなるは当たり前だ。
他の皆も同じ意見だろうか、喧嘩に慣れている電樹はどうなのだろう、鏡も今回が初めてじゃないし、鉄平もいつも冷静な顔もして……?
「……んっ!」
そう思って鉄平の方へ向くと口を押さえて、顔色も悪い彼の姿を目撃した。
「ああ、鉄平は昔からこう言う生々しい物が苦手なんッスよ」
灯火流の鉄平への視線に気づいた大地が説明した。
――しかし――
「……って、あれ?俺何でこんなことを知っているんッスか?」
同感と思う一同。
数週間前に初めて知り合ったばかりの全員に昔から(・・・)という単語はとても不自然に聞こえる。
赤城の部屋の前を通り過ぎると灯火流は招待状の紙をポケットから取り出し、部屋の振り分けを確認する。
「えーと、俺と鏡は此処四一四号室、大地と風真は俺達の手前の四一五号室だな。後は、鉄平と電樹はその次の四一六号室だ」
「こりゃ~またおもろい組み合わせになったな。宜しゅう大地はん!」
「おう、こちらこそよろしく、風の兄ちゃん!」
お互い腕をぶつけ、早速仲良しアピールを見せ付ける。
「あの二人は思っていた通り仲良くなったな」
「性格が似ているからな」
「おまえらやって、背丈ほぼ同じやないか」
「それとこれじゃ天と地の差があるんだよ、な?」
「同感だ。性格が同じことと背丈が同じじゃ大きな違いがある」
「へ~、でも息ピッタリやん」
「うるせぇ」
「それでさ~、女子達の組み合わせは、どうなっているの?」
「う~っと、ちょっと、待って。天月さんは、種と一緒だね。後は、結晶と真白」
「そうか~。うんじゃ、各自部屋に突撃~!」
などと会話が弾み、少しずつ各々部屋に入った。
部屋の中は更衣室よりも二段、いや三段と上回っていた。
キングサイズベットが二つ、風呂場には大きな金色の浴槽が蒸気に充満して温もりが、肌に居心地良さを感じさすせます。
豪華すぎるこの部屋には非常食の冷蔵庫が置かれていた。
一部屋というより、アパートの1LDK以上の大きさがあった。
時間が過ぎるに連れ、徐々に曇った気が沈んでいった。
そして、夕飯が訪れた。
部屋にあるスピーカからガブリエルの声が聞こえ、太層の奥にある扉の向こうへ行く用指示された。
漸くたどり着いた太層の扉の向こうには無数の椅子と長いテーブルが並んでいたが、会場に居た人の数と随分と少ない。
例え来ないのがわかってても、もしかしたらという可能性を考えないわけが無い。
それに、椅子の数が招待された灯火流達と赤城の使用人達だけだ。
客人一人もないことも不自然過ぎる。
「人の数が少なくないですの?」
それを予感してか優しげな笑みで応えるガブリエル。
「皆さんには、先ほどの衝撃に耐えられず、お帰りなさるよう提案させて貰いました。もちろん、対価は、きっちりと支払って貰いましたけどね」
「その対価ってのはまさか記憶のことか」
「ええ、以前赤城様がゲームを行う際、参加者から記憶を対価としてギブアップする権利を与えていたのです。何の為に行っていたのかは分かりかねますが、とても大事にしていたので亡くなった赤城様の代わりに私、ガブリエルムーアがその引継ぎを頂いております」
自身も知らない主人のコレクションを引き継ぐと宣言したガブリエル。
一番怪しい最上階の開かずの間、そこに秘密があるのは明白だが扉の向こうを覗く(調べる)ことは叶わない。
夕飯を終え、各自に部屋に戻ると同時にガシャッ電気が消える音が聞こえた。
この屋敷はどんな侵入者から守る為のシステムが施されているのを感じる。
更衣室で見かけた防止システムが何よりの証拠。
しかし、これを思い返すと一つの違和感を内心に抱かせる。
その違和感とは、一体何なのかまだ判らないでいる灯火流。
欠けている何かが違和感の正体を掴むのを妨げている。
そして、電気が消えたその次の瞬間、目蓋に重みが加えられたかのようにゆっくりと目を閉じた。
■■■■
微かな月の光から二つの影が屋敷に彷徨う。
その影達は、廊下を通り過ぎ上へ目指した。
話し声が聞こえる空間の中、部屋で休んでいる異世界からの来客達はその音を聞こえずにいた。
「それは本当なんですか?犯人があの人だって」
「ああ、あの時は犯人がいたので言い出せなかったが、確かにあの人を見ました」
「この情報を一刻も早く皆に知らせませんと!」
「いいえ、このことはまだ他言にしないで下さい。それはそうと私が用意致した紅茶が御座います。どうぞ御飲みなさって下さい」
香ばしく温かい紅茶を口にした女性のシルエットを持った影の様子が一気に変化を表した。
息が詰った時みたいに両手を首回りに覆わせ、身を固めるようにジッと立ちふさがった。
咳しながら徐々に上体が徐々に地面へと倒れていった。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!!」
もう一人の影が心配そうな声で倒れている女性のシルエットを持った影に話しかける。
けれども、心配に聞こえる声とは裏腹にうっすりと影の顔にはニヤリと笑顔が見えていた。
■■■■
目を開けると、見慣れた庭園がそこにあった。
家族、友達、家に仕える使用人達。
そして、立ち回る赤毛の小さな少年の姿。
少年は、友人を先導し楽しい時間を過ごしていた。
「俺に着いてきな!」
明るく元気に振舞う様を身ながら着いていく十一人の友。
走り回り、遊び疲れ、豊かに過ごす日々は、幸せそのものだった。
いずれは、別れが訪れる。
そして―――
■■■■
『二日目』
ビビビィ……ビビビィ……
『朝です。朝です。起きて下さい。灯火流様、鏡様。起きて下さい』
部屋に響く灯火流と鏡専用の目覚まし時計。
誰が付けたのかすら分からない、しかもあったかどうか分からない時計で目覚めた二人は、寝ぼけながら周囲を見回す。
そして、細められた目で音の根源を探る。
互いのベッドの間に立つ奇妙なロボットが双方を無機質に睨み付けていた。
二人の目覚めを確認をしたロボットは役目を終わらせたように奥の隠し扉へ消え去った。
「何だ今の?」
「さぁ」
疑問を持ちながらロボットが通り去ったドアを確かめるが固定されたようにピクリとも動かない。
コーン―――
『おはよう御座います皆様、こちらは執事長のガブリエルで御座います。良い目覚めを頂けたでしょうか?朝食の準備が整っております。食事のされたい方は十階の食堂へ移動して下さい』
移動を始めた全員が一斉に食堂へと向かう。
全員の目の下に見える隈には、昨夜は眠れなかったことが解る。
「よ、寝られたか?」
「この通りや。一睡も出来んかったわ」
寝ぼけ半分で太層の間の中に入るが、鏡だけが遅れて入った。
あくびしながら周囲の注意に疎かになった彼は、目の前にあったテーブルに気づけずぶつかってしまう。
ドン……ドサッ
倒れたテーブルが何かに引っかかっていることに気づく。
「何だこれは?かなり大きいな、人ぐらいの大きさみたいだ……が!」
ゆっくりとテーブルマントを捲る鏡だが、その物の正体に大きく口を開ける。
「うわぁぁ!!」
悲鳴を上げた鏡に引き付けるかのように、また轟音で目が覚めた全員が鏡の元へ駆け付ける。
「キャーー!前浜さん!!」
「そんな……何故この様な事件が次々と起こるんだ!!」
そこで見たのは不運にも第二の犠牲者の姿だった。
死体の正体は、メイド長の前浜亜梨花の者だった。
ピクリと動かない。
そして、彼女の傍に倒れているワイングラス。
グラスが乾いて残った白い粉のような物質が微かだが付いていた。
その時にガブリエルが後ろから突然現れ、グラスの方へ近づいた。
人差し指の指先でゆっくりとグラスの内側を擦り鼻元まで近付ける。
「これは、シアン化カリウムだ!」
「シカン……リズム?」
人生で果たして何回聞く言葉だろう、シアン化カリウムとは一体何だろうと判らない風真、その後にガブリエルが続けて語る。
「シアン化カリウムまたの名も青酸カリウム。工場でよく使われる無機化合物だが、高い毒性故に毒殺でも使われることもある。胃酸に生じたシアン化水素が呼吸によって血液中に入り重要臓器を細胞内低酸素により壊死させる。致死量を超えると適切な治療を施さない限り被害者は十五分以内に死亡する」
「へ~、ガブリエルさんって結構博識ですのね」
「赤城様の身の周りの為にあらゆる害を前もって知る必要がありましたので、この程度の知識を身に付けることはごく自然なことでございます」
主君亡き今でもその忠義を継続させているガブリエルに目を光らせる結晶。
第二の犠牲者が出た今、昨日の出来事に加え更なる困惑と恐怖が空間に漂わせる。
しかし、冷静さが欠かせないと判断した灯火流はあらゆる可能性を考え始める。
彼が考えた一つ目の可能性は……
彼女、前浜亜梨花は誰かに呼ばれ、待たせていたところを犯人が仕込んだ毒塗りのグラスを前浜が使用した。
もう一つの可能性として最も正解に近い答えを導き出す。
「俺にこの件に関して任せてください」
「はあ、君に何ができると思っているんだこのガキ!」
今までその態度や素振りを見せていなかった向井川原。
主人を失い、彼が幼いころから知り合っていたメイド長も失い気が狂ってしまったのかもしれまいと感じた茂治は、手を肩に置き彼を落ち着かせる。
「ああ、すまない。ありがとう……」
肩に入った力を抜き深く息を吸う。
茂治は一回強く手を叩き、皆の注意を引く。
「さて皆さん、食事をしているような状況でないことは重々承知だが、一旦食堂に集まりましょう。後片付けはこちらにお任せてください」
何気に不安が漂っていたが全員は茂治の指示に従って食堂に移動した。
しかし、彼を一人にするまいと灯火流は残ると発言した。
茂治は了承し灯火流と共に死体の調査を行った。
「ははは、まあ、誰かが残るとは思っていましたがまさか君とはさすがに思っていませんでした。妥当な判断です。もしここで私一人が残ってしまいましたら、仮に私が犯人じゃなかったとしても疑われるのはほぼ間違いないでしょうですしな」
「いや、俺が此処に残ったのは、また別の理由だ。確かに貴方の監視もあるが、気になっている点がもう一つあったからだ」
「ほう、その点とは一体?」
「彼女がテーブルの下にいた点だ。仮に犯人が前浜さんの毒殺を成功したとしても彼女の傍にいなくてはならない」
「なるほど。自然にテーブルの下に倒れるのは不可能とお考えですのね」
「そう。犯人は彼女が倒れた瞬間までにどこかに潜んでいたとしても必ずテーブルの移動をやらないとこの状況は作れない。そして何より、何故こんな込んだ手段をとったのか?」
「うむ、なるほど。それは確かにおかしな点ですね。じゃあこういう状況だったらどうですか?前浜さんを呼んだ犯人は、彼女にあの毒物入りのワイングラスに何らかの飲み物を差し出し、更に大事な用件を報告しようとした。内容はそう、犯人の正体が判ってしまった。だが公にはできないから前浜さんだけに伝えたっと言った所でしょう」
「まるで見ていたかのような内容だな」
「とんでも御座いません。これは私自身の妄想にしか過ぎません」
あくまで自分の妄想に過ぎないと主張する茂治は、灯火流にますます怪しまれる。
「でも、落ち着いてますね同僚が亡くなったと言うのに……」
「あはは、そんな感じに見えますかね、今の私の表情は……これでもかなり動揺していますがね。あの犯人をどうやって捕まえたものやら」
涼しい彼の表情とは裏腹にとても鋭い言葉の刃を感じさせる。
そんな彼の左手が震える右手を押さえていることのを灯火流は目の端に捉える。
この人は犯人じゃない。そんな印象を感じ取れるほどの気迫を茂治は放っていた。
「灯火流君、大変頼みにくいが前浜さんの死体を運ぶのを手伝ってくれませんか」
複雑そうな雰囲気を発していた黒装飾の男が口にした言葉は確かに高校生相手に頼めるような内容ではないことは十分承知の上で赤髪の少年に尋ねる。
しかし、灯火流は茂治が口にした『頼みにくい』という言葉にイラッとくる。
頼みにくい物を間も置かず軽々と『死体運び』を依頼する彼に腹が立った。
けれど軽々しい茂治の言葉と違って、真剣な眼差しを向けられ今更断れない状況を作り出す。
テーブルのマントで前浜の体を覆い隠す。そーッと持ち運び廊下を出た所のすぐ右側面に小さな扉の中に死体を入れた。
中は魔物でも潜んでいても可笑しくないくらいとても暗く、もちろん中は何も見えない。
灯火流は茂治に尋ねようともしたが状況が状況なのでそれは、後回しにすることにした。
皆の元へ戻った灯火流と茂治は、驚きの光景を目の当たりにする。
壊れた椅子が幾つかに散らばり、壁にも傷跡がぎっしりと付いている。
近くには、小賀坂と、名賀島が向井川原を押さえていた。
他の皆は、角に座り込み暴力とは無縁だった女達はただただ体を震わせていた。
恐怖や不安とした感情が混ざり合った空間の中でどう耐用すれば良いのか戸惑っている。
そして、こんな空間の重みに耐え切れず狂気に陥った人もいた。
それに巻き込まれず止めに来る名賀島と小賀坂がいるだけでもまだましだと言えよう。
風真や電樹、鏡は真白、天磨と結晶と種を守るように囲んでいた。
能力を使えない今、頼れるのは己の肉体のみ。
圧迫した空間にガラガラとサービスワゴンの音を立てながらガブリエルが調理場から出て来る。
「皆様。ここは、一先ず落ち着きましょう。お茶のご準備が整っていますので、どうぞ召し上がって下さい」
そんな彼の態度に圧倒されるかのように落ち着きだし六川がゆっくりと席に座り込む。
鼓動がだんだんと落ち着く感覚に癒しを感じ始めた六川は、ゆっくりと目を瞑りながらお茶を一口飲んだ。
ガブリエルは皆にお茶を配り終え、また調理場へと消え去った。
現状が落ち着いた頃、稲置と灯火流は考えられる状況と可能性を洗い浚い皆に話した。
「あらゆる可能性を考えてみると、これは明確に自殺ではなく殺人による犯行だと考えている」
そう断言する灯火流。ざわめき出す室内。半信半疑だけど『殺人』による犯行を聞いた瞬間内心で抱いていた『安心』と言う言葉が消えた。
それは無理も無い。この屋敷にいる人達は、自分等だけとなったから。
今現在、全員揃っているこの部屋の中に犯人が潜んでいることになるからだ。
漂い始める怪しい空気、自然にみんなの様子が落ち着き出す。
怖い筈なのにその逆のことが起きている。『おかしい』、とそう考え出す神力使い(ちょうせんしゃ)全員。
異世界に来てから二日目の夜が終えようとしていた。
■■■■
「待って……○○ちゃん……」
白き髪を左右に揺らしながら追い掛ける赤い髪の少年。
体型はまだ幼く、おそらく年齢は四歳といったところだろう。
「○○、こっちにおいで!」
少女は、笑いながら少年を置き去りにして前へ進み出した。
(ここは……どこだ?……そっか、ここは―――)
■■■■
『三日目』
ビィービィー……
『朝です。灯火流様、鏡様。朝です。お急ぎ支度してください』
鳴り響く目覚しロボット。
「はぁ~、おはよう灯火流。毎朝これじゃ堪ったもんじゃないな」
大きく口を開きあくびをこぼしながら灯火流に言う。
「はぁ~、確かに……毎朝はキツイな」
こちらもまた大きなあくびをしながら返事をする。
今の鏡の表情には、最初に会った時の柔らかい表情に戻っていた。
「毎朝のあの目覚しロボットは見たら結構良く造られているんだけどさ。一体誰があれを作ったんだろう?」
機械関係に心得を持つ鏡は、目を光らせながら灯火流に尋ねる。
自分は機械に疎い所があると思いながら、あのロボットの出来は素人がどこから見ても確かに凄いと思わせるものだった。
隣で話が聞こえた茂治は、横槍を突く様に鏡の問いに応える。
「あのロボットは、礼人君が作った物だよ。彼は、此処に来る前に様々な仕事をかじってきたけど、そのほとんどが機械関係の仕事だったと彼が面接で言っていました」
様々な仕事に手を伸ばし、積み重ねてきた経験と技術で自己流のロボットを作った時のことを茂治が語い始めた。
そして―――
「彼がここまで頑張れたのも、彼が支えようとしている家族がいたから……」
『支えて上げたい』小賀坂礼人が前へ進むために抱いていた言葉だそうだ。
借金塗れの生活を脱却するには、働くしかない。それは、誰にも逆らえない世の理。
職を失い持てる気力さえも失った礼人の父親は、借金から逃れる為自分の家族を犠牲にした。 『家族を支えるのは、自分だけしかない』、四人兄弟の長男、礼人は残された家族を養う為に働く決心をした。
出来る限り高めの給料を提供してくれる仕事を探し、偶然見つけたのが機械関係のだった。
「それで、一番給料の高い赤城の屋敷に来たって訳か」
「はい、その通りです」
食堂へ移動しながら茂治は頷く。
ガブリエルとメイド見習いの六川と静香が先に朝食の準備を整えていた。
長いテーブルクロスに飾られ紅い薔薇は良い雰囲気を誘う。
しかし、静かに座る一同は、薔薇の香りによるものではなく、立て続けに起こった事件によるものだった。
フォークとナイフがキーンと音が交差する中で食事自体が口許に近づこうにもできなかった。
そもそも食事自体したくないだろうし、立て続けに目撃した死体が思い出すから口に含んだとしてもすぐに吐き出すとさえ、考えずとも判ることだ。
地球以上の重力を帯びた空間が身体を押し潰すようになるがその中で事件の解決を常に考えている灯火流が零す。
「何故、赤城は自分の部屋にいたのだろう?」
先程発見された前浜さんのことでもなく先日殺された赤城さんのことを気にかけた。
そんな彼の呟きに聞き逃さなかったのが隣にいる真白だけだった。
いや皆は灯火流の呟きを気付かなかった訳ではなかった、ただその意味を理解し入れなかっただけだ。
それもそう、調査を開始終えて、全員の報告の中に赤城が別のところに目撃していたのだから。
報告の中には赤城は自分の部屋にいたのではなく、灯火流と真白が調査した図書館(木層)にいたのは、赤城と執事長のガブリエルだったてことを。
それは、置いとくとしよう、要は赤城が自分の部屋にいたってことになる。
五階にある図書館から四階の寝室までの距離が約五十メートルあるという事実。
全速力で走っても五分はかかる。
だが、停電が起きたのは僅か三分、到底寝室に戻る時間が足りない。
―――なら、何らかの力が加われたとしか考えられない。それと、停電の時のドンという音を思い出した灯火流は、重い空気を気にせず食堂から走り去る。
向かった先は、階段、それも音がした図書館(五階)と寝室フロア(四階)辺り。
そこに辿り着いた灯火流は笑みを浮かべた。
「やっと見つけた」
まるで、欠けていたピースで絵が完成するように。
数分後に食堂に残っていた全員が駆け寄ってくる。
その顔には、脱力尽くされた表情はもうなかった。
ただ見えたのは、階段を降り、疲れ切った表情と、活気を取り戻した表情。
突然の出来事で現実に戻った一同が灯火流が見るそれ(・・)を直視する。
階段の橋にあるそれは、皆が首を傾げる……
『何だろう?』と
黒く染まった小さなシミ、そして橋の片隅に残った凹み。
しかし、灯火流は笑みを保ったまま無言で立ち、更に下へと向かった。
その後を追うように一同が灯火流の向かった方向へ歩み始めた。
歩いて十五分、到着したのは今亡き赤城の寝室。
最初の犠牲者の現場、その中へ入る彼に一同を悩ませる。
――何か判ったのか?
――早く行こう……
そして、灯火流を囲むように立った一同が彼が見ている《♃》と赤城が残したダンイングメッセージを見る。
その意味の判らないメッセージを見ても、何も進まない、そう思ったのはここに住む全員だけだった。
神力使いの全員がその紋様が何を示すのかを理解する。
そう、この紋様こそがこの事件のスタート時点だと。
これを理解できないで何をすべきだろうか?
「この紋様は、この屋敷の構造を理解するためのいわゆる『鍵』だ」
そう語ったのは鏡だった。
「「この屋敷の構造だと?」」
理解できなかった屋敷の使用人達が困惑混じりの問いに、真白が応える。
「……この、屋敷、太陽系に、基づいている……」
まさに、その通り。
この和風に満ちた構造ビル、その長さ、階と階の間に差がばらばらだったのが意味が付く。
しかし、そこに生じる疑問は、何故順序が崩れているのか、それだけだった。
その答えを曖昧ながら答えるとするなら、ジクのメチャクチャな設定にせいにすることにしよう。
要は、この屋敷自体太陽系と関係があるだけだ。
「それが、どうした?」
そう文句付けるように、礼人。
「簡単さ、あの紋様こそ、本当の事件現場を示すからだ!!」
本当の事件現場だと?と室内から問う使用人達。
表情を伺えば、彼らが赤城が残したメッセージが判らないのは一目瞭然。
その程度の知識力しかないことを意味していたから。
興味や授業を受けなければ得られない知識、その紋様の正体は、太陽系と関わりあるもの。
思考を集中させ考え込む、そして導かれた答えは……
「……惑星を、示す紋様……」
惑星だと真白が断定する。
なら―――と続ける灯火流。
この紋様はどの惑星を示すかが問題。
「一体どの惑星を示すと言うんだ?」
しかし、これ程明確な事実があろうか。
そう顔に書いてある灯火流真理を語る。
「先程階段であった黒いシミと角の凹み、それが何を示すのかもうお解かりでしょう……」
「まさか……?」
「黒いシミは数時間経った赤城さんの血痕。そして停電の時に鳴り響いた音は、赤城さんが何らかの力に引き寄せられ、角にぶつかった音」
灯火流の説明に何かを理解したと茂治が続けて語る。
「つまり、こうですね。犯人は、何らかの仕掛けで、停電の瞬間その仕掛けを作動させたと……」
頭の回転が速い茂治は、灯火流の思うこと全て見透かすかのように言い切る。
その仕掛けとは、一体何なのかは解らなかったが今朝のあれの話を聞いた灯火流の推理が確信へと変わる。
「問題の仕掛けだが、それを解く前に一つ明確することが必要な点が一つあr……」
灯火流を遮ったのは、突然起きた地響きによる物だった。
「今度は何が起きているんだ!!」
そう怒鳴り出す礼人。
次々と起きる出来事に着いていけず苛立ちを見せる。
そんな彼を余所に扉を強く音を鳴らす執事が慌てて、はぁはぁと息を切らしながら告げた。
「……た、大変です、茂治様。……十階の、隣の扉が急に、ば、爆発が……」
「急いで向かお。さ、皆さんは直ちにお部屋へお戻りください。ここは危険です」
そう告げた茂治は、全員を赤城の部屋から出て、全員が部屋の方へ向かわれたのを確認すると爆発した現場へ行こうとして……
「俺も行く。その隣の扉は、前浜さんを置いた部屋ですよね。なら俺も……」
首を傾げる茂治だが、強い姿勢を見せる灯火流を見てため息一つこぼす。
「仕方ありません。君には、手伝った借りもありますし、良いでしょう……」
しかし、何かを言おうとした茂治は遮られた。
灯火流の後ろには、神力使いのメンバーが全員揃っていたことに気付いたからである。
「君たちは、部屋にお戻りください。危険です」
そう、告げる茂治だが……
誰も指一本動かさず、代表するように結晶が言う。
「お言葉ですけど、危険なのは百も承知ですわ。私達には、この出来事の全てを見届ける義務がありますの。ですから貴方の提案は、お断りですわ」
茂治は、頭を掻き始め、再びため息を吐き出す。
事は一刻を争うため、茂治は已む無く了承する。
「では、参りましょう、皆様」
「「はい!/ですわ!」」
掛け声と共に急いで五階へ向かう一同。
煙が上がっていたのは、会場の隣にある小さな扉。
何故この部屋を狙ったのかを最優先する灯火流とは余所に、この部屋の存在自体を知らなかった他の皆は首を傾げる。
その中で茂治は、躊躇なく煙の中へ突っ込んだ。
数分経っても出てこない彼を心配してか、後を追う灯火流に続き鏡、電樹と鉄平も追う。
「君たちは、此処に残っていろ!」
「待って鉄平!おいらも一緒に行くよ!」
「君は待っていろ!」
即答で叫ぶ鉄平、そして続けて。
「君が残らなければ彼女達を誰が守るんだ!」
煙の奥に消え行く鉄平を最後に、大地は何も返す言葉も無かった。
自分以外の男性がいない、まだ危険が潜んでいる今の状況に、ましてや神力を使えない今、残った真白、種、天磨と結晶は流石に危険すぎる。
ようやく自分の立場を理解した大地は、親指を立てて彼女達の方へ振り向く。
「安心したまえ君達。おいらが君達に指一本触れさせはしない」
「如何にもベタなセリフを使いますわね、大地さん」
ツッコミを入れる結晶にだが大地は笑う。
「おうよ。ベタ上等、おいらはあらゆるベタさを言い振るわす……五年間……ずーっと……成長しない……ひくっ……一族誕生以来の……小柄な……土本大地……だ……ぜ――ひく」
自分で言いながらだんだんと自分の欠点を言う大地は、すっかり落ち込みモードに入る。
大地を余所に彼女達は呆れた表情で見やった。
■■■■
前が暗闇に加え、煙に覆われたより辺りを見えなくしていた。
肺に入る煙は苦味を感じ起こし、目にちょっとした痛みをもたらし、周囲にげほっげほと聞こえる。
煙の中を歩き続ける灯火流、電樹、風真、鉄平、鏡。
少し先に一点の灯りを視覚する。
はっきりと状況が分からなくても、しゃがんだ人影が何かを探るように床にあるものを漁っていた。
「茂治さん」
「ようやく、来ましたか……」
どこか覇気を失ったかのような声でため息一つこぼす茂治。
手元にある黒い物体が何なのかをすぐに悟る。
「前浜さん……ですか?」
「おいおい、何て惨いことをしあがるんだ、犯人の野郎……」
石炭へと成り果てた前浜さんの姿を見た鏡は、思わず吐き出す。
「犯人は何故今になって死体を爆破する必要があったのだろう?」
そう疑問する鉄平に、同じく考え込む風真と電樹だが、即座に灯火流は、別の可能性を口にする。
「何かを隠蔽するため……とか?」
なるほどと茂治以外の全員が納得する。
――だが、茂治はその可能性を潰すように呟く。
「その可能性も考えたが、ありえない。何故なら前浜さんをここに移したのは、私と灯火流君ですから」
もちろん、移したことには意味が無い、集中すべきなのは、移す前の行動だ。
死体を発見する際、何らかの手がかりを手に入れるために懐を探る行為は、亡くなった人には気の毒だが必要な処置だ。
当然ながら、食堂へ行く前に茂治と灯火流が残ったのが何よりの証拠となる。
ならっと、更なる疑問を思い浮かばせる。
「何のために犯人は死体を爆破したんだ?」
爆破する理由は何なのか?
その行為には何を意味するのか?
脳裏過ぎる違和感。
――意味がない。
煙が少しずつ薄れ始めた頃、前浜の死体を持ち上げた茂治は、外の方へと向かった。
通りかかった彼の表情は一瞬だけだが身体の芯が震えるほど恐ろしかった。
■■■■
部屋の外へ出た大地以外の男性と茂治は、外で待ち構えていた真白、結晶、種、天磨は、すっかり眠りに付いていた。
けれど廊下に立っていたのは、部屋に帰ったはずの使用人達だった。
心配そうな表情で汗を流しながら、息も乱していた。
「前……浜、さん、なのですか?」
茂治が抱えている黒く染まった前浜の成れの果てを目の当たりにしながらメイド見習いの六川、友梨枝と名賀島静香が零す。
眼に涙を溜まらせ雫となって零れ落ちる。
鼓動が高まり、腰が抜け、跪き、等々号泣し始める。
厳しく当たり、だがそれでいて優しさも共にあった上司。身寄りもなかった彼女達をこの屋敷に招き、仕事を与えてくれた恩人も前浜だった。
彼女達に取って親同然の存在に等しかった彼女は、今目の前に全身を焦がされ息絶えている。
この屋敷の主を失い、そして長年勤めていた前浜さえも今や何処にもいない。
その夜、誰もが言葉を失い、自然と静かに解散するのだった……
■■■■
屋敷の庭園、それもその中心で騒がしい笑い声が周辺に響いていた。
楽しい日々が続き、ふっと思う。
これは、一体何だ、と。
夢ならば幸せだが、どこか違う。
「記……憶……?」
目覚め始めた古き記憶に手を伸ばす。
しかし、思い出そうとすればするほど、記憶はより深いところまで沈んでいく。
まるで、その記憶が自らの意志で遠ざけようとするように――
■■■■
『四日目』
三回続けて、あの奇妙なロボットの声で朝を迎える。
しかし、唯一違うのは、あのロボットを作ったのが小賀坂礼人だということだ。
AI機能を施されたロボットは、部屋に滞在している人に応じて対応が違っているということらしい。
入居者の音声と性別から判断し定めた接し方を変えてくる。
何故ここで働いているのか?
賞を取れるくらいの技術を持ちながら屋敷に居続ける理由があるのか?
礼人がここにいる理由が父親の借金の返済だと茂治から聞いた。
本来なら借金の額など持っている技術でとうに返せたはず。
しかし、彼は未だに此処に残っている。
「もしかしたら……」
呟く灯火流に鏡が隣でチラ見する。
「何を考えている?」
詳細の殆どが灯火流が用いっており、しかしながら誰にも話さず、全部自分で背負い込んでいる。
そんな彼を見ていた鏡が眉間を寄せて、一発灯火流頭に殴りつける。
「いたっ!!何するんだよ鏡。いきなり殴って!!」
「ムカついたから殴っただけ」
「はあ、小学生じゃあるまいし……」
灯火流の話しを遮って、鏡は。
「根詰め過ぎなんだよお前は、たまには僕達を頼れよ!この試練はテメェ一人だけのものじゃねーぞ」
灯火流は目を見開き、何か吹っ切れたようにため息をこぼす。
「そうだな。仲間がいたんだな、俺にも……フっ」
「何がおかしい?」
「いや、またやっちゃったなと。確かに何処か俺が何とかしないといけないと思っていたのかもしれないな……こんなに近くに仲間がいたというのに……けど、鏡に言われたのは心外だったな」
「なんだと!!」
目を閉じると不意に頭を過る声が聞こえて来る。
――自分に仲間がすぐ傍にいる。
――何と心強いことか。
抱えていた荷物が急に軽く感じ取れた。
すっかりと慣れ始めた屋敷での暮らしで自動的に食堂へ移動を始めた一同。
長い階段を駆け上り、注意深く辺りを見回す。
他に見落としている手がかりを追い求めて。
移動の最中、灯火流は仲間全員に話しかける。
「食後、木層に集まって。知っている全て、考えている全てを話す」
使用人達に聞こえないように囁き、全員が了解して頷く。
食堂に到着した一同が待ち構えていたのは、既に食卓の準備を整えたガブリエルだった。
「お待ちしておりました。どうぞ席にお着きください」
座り出した順に、ガブリエルは、モーニングティーを注いでいく。
持ち出された朝食には、地球に存在するできる限りの多種多様な果物、その後には、ローストビーフの高級牛の厚い一切れ。
普段食べている朝食と比べたら小食だが、金持ちになった気分で味わえるのもまたそそるものがある。
奏でる金属音に食卓ではそれ以外の音は、聞こえてこない。
会話すら弾まず、何も起こらないまま食事を終え、各自の持ち場へと向かう。
その中で神力使い全員は、木層にて集まっていた。
中で灯火流は、一同の前に立ち語り始めた。
「俺が持つ全ての情報今から話す」
手始めに、第一犠牲者の赤城のこと、彼が残したメッセージの意味と可能性のある犯人の名を上げる。
その事件で唯一アリバイがなかった、六川友梨枝と第一発見者の前浜亜梨花が最も怪しいとふんだ灯火流は、もう一人の名を上げる――
驚愕する一同に灯火流は続けて語る。
「――犯人が使ったであろうトリックは、傍から見れば解り難いが決して難しい訳ではない。もちろん証明するのに後一つ何かが足りないが……」
考え込む一同に、種が手を挙げる。
何かを伝えようと口を開く。
「あ、あの~、私達の部屋には一箇所だけ部屋との雰囲気が違う機械があります。そこには、何故か此処にいる全員、使用人も含めて名前が書かれていました」
妙に似合わない機械があることを主張する種に全員が考え込む。
確かに部屋にはそのような機械があることはあったが気になったことはなかった。
その機械が何のためなのか確かめる為に一同は、灯火流と鏡の部屋に向かう。
更衣室同様、灯火流と鏡以外の全員が壁しか見えない。
部屋に入った鏡は、扉の傍らにあるその機械を目視し、全員の名前が書かれていることを確認する。
「あった!変な装置」
その装置には、鏡と灯火流の名前の隣にチェックマークが付けられていた。
試しに天磨の名前が書かれている所に人差し指で押す。
すると、天磨に変化が生じる。
「み、見えた……」
先程までに壁しか見えていなかった彼女は、急に部屋の中が見えるようになった。
「……そうか……だから指名された部屋に入るしかなかったんだ。この装置がこの屋敷全体にある防衛システムその物だったんだ」
「どう言うことなんですの?」
はっきりと状況が判っていない結晶は、問い掛ける。
「つまり、この装置があれば誰でも此処の出入りが自由になる。もちろん中にいる人だけがその入居を許可することができる」
「それじゃ……」
「あっ!!」
そこで全員が気づく。
もしこの装置が全ての部屋に備えられているのなら、赤城を殺した犯人の名前が書かれているはず。
急いで赤城の部屋に向かう一同に途中で礼人と鉢合わせる。
「あら、貴様ら、一体どこに行くつもりだい?」
威圧的な態度で尋ねる礼人に一斉に止まる一同。
代表して、電樹。
「事件の調査ですが、何か!!」
同じく威圧的な態度で礼人に応じる。
今にでも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気で風真が割って入る。
「まあまあ、レディの前やそんな所にしとき……」
「風真、ちょっと礼人に礼儀というもの教えてやるから黙っていろ」
「ああん、礼儀だ。おい、クソガキ、年長者は敬意を持って接するべきだぜ。俺こそテメェらに礼儀の何たるかを教えてやろうじゃねぇの!」
増していく緊迫する空気に遥か遠くから声を捉える。
「あら、皆さんこちらで何を揉めているんですか?」
声の家主は不適な笑顔をかざしながら一同の前に現れる。
「……茂治、さん……」
囁くように応える礼人を余所に灯火流は彼の傍まで近づく。
「茂治さん」
「何ですか、灯火流君?」
囁き合うかのように右手を口許まで近づけて囁きながら会話を弾む灯火流と茂治。
「今から事件の謎を解きに赤城の部屋へ向かいます。一緒に来て貰えますよね」
脅迫するかのような口調で灯火流が言い放つ。
しかし、彼の態度を意に返さず了承し、礼人を放って赤城の部屋に向かった。
到着した一同は、部屋が寒気に包まれたことに気づく。
猛烈な寒さに思わず両手で腕を掴む。
そして、この寒さを保たなければならない理由は、この部屋に赤城が居たから。
体が腐らない用、ガブリエルから受けた指示に従った友梨枝は、赤城が発見されてから三十分後に立ち寄り、部屋の温度をほとんど零度まで下げた。
説明を終えた茂治を差し置いて灯火流は真っ先に機械を覗き込んだ。
目で確認したリストに、自分の部屋と同じく屋敷にいる全員の名前が書かれていた。
左側の方にあるチェックマークを確認する。
赤城の名前にはもちろん、下を辿ると……あった!
リストの中で唯一チェックされていたのは、ガブリエルの名前のみ。
――ありえない……
驚愕の表情を浮かべながら皆の元へ戻る。
「どうやった、灯火流??」
衝動を抑えられず尋ねる風真は賺さず灯火流に差し迫る。
結果の読み違いに顔を顰め応える。
思わぬ人物が書かれていたことを。
衝撃を受ける全員に茂治がより大きな衝撃を述べる。
「君達の言う機械は『自動制御セキュリティシステム』といった代物です。絶対的に住人を保護する機能がありますが、一つ欠点とは言い難いが、その住人がなんらかに、失踪、あるいは死亡の場合、このシステムの機能が完全に停止します」
その事実が本当なら赤城の寝室に入り、犯行が行われる人物は、自動セキュリティシステムに掲げられた名前は意味を成さない。
茂治の説明によると、一部屋にいる住人を生命探知機で確認し、システムが起動を始める。
一度システムに認識されると屋敷全体に散在するセンサーに感知され部屋の所有権を継続させることができる。
そして、この自動セキュリティシステムの最大の利点は、入れる人を自由に選べることにある。
壁を刳り貫いて侵入を図るのは不可能、中の様子も声さえ聞こえない――
そう――まるで、別の空間の中に隔離するかのようになっている。
しかし、亡くなったらシステムに基づいて部屋のセキュリティが解除される。
「あなた達が導こうとした答えは、自動セキュリティシステムに示した名前から犯人を当てようと策を弄じた。確かに一瞬の出来事で犯人が何らかのミスを起こすと推理したところ、思わない結果にぶち当たり……今や混乱の渦に巻き込まれていると言ったところでしょう――」
的の中心に射抜いたみたいに見事言い当てた茂治に一同は口を開かずにはいられなかった。
どこでそこまで当てられるのかと思いながら、硬直状態を解いた灯火流は、前へ進む。
茂治の言葉に愕然した所為か、的外れだった灯火流達の推理に対する悔しさと焦りが次第に落ち着きを取り戻していった。
推理が外れたならまた考え直せば良い、自分を説得するように右手を胸に当てる。
次なる行動へ移り、再度考え直すために木層へ向かうことになった。
■■■■
《木層》
「ここが全ての始まりだ」
突然鏡が語り始めた。
同意するように一同が頷く。
赤城が残した【♃】のシンボルが意味するのは惑星、その中でそのシンボルは木星を示しているこの部屋に。
先日遮られた説明の中で、この事実が含まれていた。
赤城を殺した犯人は、この事実を知る者。
一同は、各自木層を隈なく調べ上げ、どんな小さな手がかりを追い求める。
手前の書物を手にした灯火流は、その内容に目を通す。
「自分の口で尾を食べる……蛇?……ウロ、ボロ、ス?……何だこれは?」
見たことのない内容の本をただただ無我夢中で見て、次々とテーブルに揃えてある書物を取る。
どちらも似たような内容で【不老不死の石】や【ホムンクルス】といった単語が目に焼きついた。
突然、大地が声を上げ、一同が彼に視線が集まる。
「ここに、血が付着している!」
大地のいた図書室の二階に集まり床に付着した血痕を見つめる。
何故二階に血が染み込んでいるのかは、まだ不明だがこれはかなりの手がかりだ。
「この血は誰なの?」
「赤城の血なんじゃねッスか?」
「判りませんよ。赤城が抗戦した時に犯人の血が飛び散ったかも知りません」
口論し始めた大地と鉄平は、この口論のきっかけを作った天磨を置き去りに会話を進める。
彼らを余所に結晶は、茂治に唐突に問いかける。
「この血を検証する装置は、ないですの?」
大きく目を丸く開く――が直ぐ様冷静さを取り戻し可憐な少女に振り向く。
「DNA鑑定のことですか、え~と、ちょっと待ってください」
そう応えるとポケットから通信機らしき物を取り出し話しかけた。
「礼人、すぐに図書室にDNA鑑定機を持ってきてください……えぇ、大至急に……」
通信を切ると茂治は再び結晶の方へ振り向く。
「少々お待ちください。すぐに来ますので」
そう言うと職務を思い出し、図書室を去った。
丁度すれ違うかのように礼人が機械を持って図書室に入る。
礼人もまた一同に視線を向け二階に上がった。
「よ、クソガキ共、DNA鑑定機を持ってきてやってやったぜ」
機械自体は小さい、本当のDNA鑑定機は大きいはずなのにと首を傾げる結晶の行動に礼人が気づき応える。
「この鑑定機も俺が改良したものだ。小さいがかなりの性能を持っている、保証するぜ」
早速装置を起動させる礼人は床に染みた血をピンで削り取り、装置へ移動させた。
検証には、およそ十分を要した。
ちーんという音が図書室に響き渡り、装置の画面に完了の文字が浮かび上がった。
一同は、一斉に装置の所に集った。
「結果はどうでしたの?」
礼人の表情は尋常ではない様子で画面の結果を観ていた。
「どうですかって……この血は……ガブリエルのもんだよ」
右手を頭に当て、悩みこんでいた。
その様子を後ろから見る灯火流。
「せやけど困ったもんや……」
「どういうことッスか?」
誰の血なのか判った途端に更に困ったような空気に当てられた大地は蚊帳の外にいる思いだった。
代表して鉄平が台地に解説する。
「いいですか、大地。俺らは、赤城が殺された場所、つまりこの木層で何らかの手がかりを探りに来た。折角見つけた手がかりである血痕の所持者が容疑者ではないガブリエルさんの者だとわかったのです」
大地は頭を掻きながら首を傾げる。
「よく判らないッス。それは、つまり、ガブリエルさんが犯人って訳ッスか?」
はぁーとため息を吐く大地以外の全員に思わず『何ッスか、全員揃って!』と叫ぶ。
「いいかチビ助、あんま話がわかった訳じゃねぇが、よするに……あれだ……えーっと、もっと状況が複雑になった訳だ」
「何故ッスか?犯人がわかったじゃないッスか!!」
「ガブリエルには、アリバイがある。それに赤城が発見された時ガブリエルの服装には、何の争った痕跡がない。解ったか?」
「あーあなるほど。うん、解ったッス」
やっと理解してか、取り合えずこれで話が進める。
角で拗ねる大地を余所に礼人を含む神力使いの一同が今後のことを話し合う。
■■■■
数時間たったのかも分からず六時の鐘が屋敷中に響く。
「んん~なぁ~!何も思いつかね、進まねぇー!!」
絶叫を上げる灯火流に合わせて全員もまた大きなため息を吐き出す。
考えが纏まらない、行き詰る一方で解散を決断する。
これ以上の推論ができない今集まってても何もできない。
ピーッ――
スピーカから音が鳴り、そのすぐ後にガブリエルの声が流れ出た。
『皆様、夕食の準備が整いました』
アナウンスの後、自然に食堂へ移動を始める一同。
モヤモヤを抱えながらも足を前に進める。
この先どう行動すべきなのかを考えながら席に着き――
「こちら、コーンポタージュとスモックサーモンのサラダが今夜の夕食となっています」
目の前のコーンポタージュを食す。
「うまい……」
気の迷いを払うようにポタージュを口にした瞬間に広がる温かい香りと味。
トウモロコシの風味に加え、スモックサーモンのサラダがうまい具合にマッチして頭の中をスッキリさせるような感覚を誘う。
食事を終えると顔を思いっきり叩くと席を立つ赤毛の少年、そして他の神力使いも同じく席を立つ。
事の整理と落ち着きから齎された考えを纏める為に一時期部屋に戻った。
全員を引き連れて会議を開いた。
真剣さが部屋中に広まり、最初に口を開いたのは灯火流だった。
「聞いてくれ、みんな……試したいことがあるんだ……」
真剣な眼差しで見詰め合う一同達。
■■■■
時刻は、夜中。
物静かに一つの影が最上階まで登ろうとしていた。
その背後に気配を殺し、密かに影を追う十人の影。
着実に向かう天王層に一体誰が向かうのか?
その正体を掴むべく尾行する十人の影は遂にその正体を捉える。
「やはり貴方でしたか?……ガブリエルさん……」
月明かりが照らされた天王層の扉の前の影が明らかになった。
灯火流が話したようにガブリエルがその扉に立ち尽くしていた。
「ほっほほ、これはこれは皆様お揃いで。しかし、今夜はもう遅いですし――」
「御託はいいジーさん。アンタこそ、何故こんな時間にこんな場所にいるんだ!」
怒鳴るような口調で言うトゲトゲヘアの大男に対し、ガブリエルは困ったような顔で問いに応じる。
「ここまで来ましたら、仕方ありませんですね。お話しましょう。我が主は、長年から研究してきたものがあります。それが――」
そこで言葉を途絶えさせた。
何故ならその答えを灯火流が先に言い放ったからだ。
「錬金術」
「ッ!!」
その言葉を聴いた瞬間、ガブリエルも驚きを隠せないみたいで目を真ん丸と見開いていた。
どの単語から【錬金術】と導き出したのかと問いかけようとした矢先にその質問が次の言葉で答えられた。
「図書室で並ばれていた書物のほとんどが錬金術に関する資料だった。それに――」
灯火流が手にしていた本を見せ付ける。
「この蛇、ウロボロスが何よりの証拠」
「ほほほ、そこまで解っていましたか。良いでしょ、この部屋の中を案内させてあげましょう」
ガブリエルは、ポケットの中から一つの鍵を取り出し扉を開けた。
ガッチャ、ガタンと幾つかの音が鳴り響き、厳重な仕掛けが施されているのだろう。
それもそのはず、人生を掛けて研究してきた資料の数々をあからさまに見せられる内容ではないからだ。
一同が驚く表情で扉の向こうを見回す一方で灯火流は、一つの違和感を感じ取る。
「何かが引っかかる……」
その正体はおろか、何に対する違和感であるのかすら把握していない彼に後ろから右手を袖に掴む種に注意を向ける。
「どうかしたのか、種?」
「ううん、少しこの部屋が怖くて……」
震える手が袖を通して感じ取り、また左手を口許に置く姿はとても愛らしく見える。
小幅で部屋に立ち入る二人は、中の様子をじっくりと見通す。
見る限りの本や資料の山、それに化学室で見かけたことのあるフラスコやアルコールランプ、ガラス管などの道具が横長のテーブルに並んであった。
部屋の最奥には神力使いの全員が面食らった表情で立ち尽くしていた。
「おーい、皆。何かあったか……?」
そこで種と灯火流が足を止める。
「何だこれは?」
巨大なカプセルが目の前にあった。
その中には、人間ならざる者の姿の怪物がいたからだ。
「こいつは、一体……」
「キメラでございますね」
「キ、メラ……やって?」
灯火流に振り向く風真。
「言っとくが、風真。メラがあるからって。俺と何か関するものではないぞ」
「ははは、わかっておるよ、灯火流。単なる冗談や。はて、キメラとは、一体何であるか?」
「生物の混合体、異なった遺伝子情報が個体に混ざり合った生命体のことだ」
資料を漁った灯火流が風真の問いに答える。
錬金術に於ける実験の一つである。
「しかし、キメラの生成に成功した例は記録されていませんでした、けどこれは……」
「ええ、こちらも失敗に終わっています、けど既に生命活動は停止しております」
そう応えるガブリエルに対し、真白は側に強く眩い閃光を放つ紅い石を見つける。
自然に手がその石に差し向く。
「いかん!!」
大声と共に真白の手を握り締めるガブリエル。
ただことではない様子でため息をこぼす。
「大事はないかね、真白様」
落ち着きを取り戻したのか、ガブリエルの表情は元の穏やかな顔で真白の身を案じる。
「は、はい、ありがとう、ございます……」
恐怖に駆られやっとの思い出応答する真白。
他の者も驚きを隠せないみたいで目を見開いていた。
「一体この石は何ですの?」
「……」
無言のままガブリエルは応えなかった。
「ジーさん、何か言えよ!!」
「すみません。これだけは、他言無用と赤城様に言付かっております」
申し訳なさそうに一礼するガブリエルの姿を見た電樹は髪を掻きながら後ろへ振り向き、ふんっと鼻息を漏らしながら追求をやめる。
しばらく沈黙が続き、状況を耐えられず咳払いしてから結晶が口を開く。
「今夜はここまでにしときましょう。遅いですし、真白ちゃんも眠そうですわ」
必死に結晶の服を掴む真白の方に振り向き、皆の同意を心待つ。
「そうだッスね。今日はいろいろあって……ふぅあ~、早いところ寝ましょうッス」
大きな口をあけながらあくびをこぼす大地に伝染するかのように眠気が全員に移る。
各自寝室に戻り眠る。
■■■■
屋敷の中に白い髪の少女が熱を出して寝込んでいた。
はぁはぁと苦しそうに荒く息をする。
その回りに友人らしき者達が少女の周囲を囲んでいた。
「だ、大丈夫だからな……ぐっ、す、すぐに治る……よ」
「お前な、大丈夫だって言いながらめそめそ泣くなよ」
女々しく泣く小柄な金髪の少年の傍らからそれを指摘する同じ背丈の青髪の少年。
彼らの手前に白い髪の少女の手を握り締める。
『早く元気になれよ』と何度も何度も呟き、少女は、その手を握り返す。
側にいる赤髪の少年も少し羨ましそうに二人を眺めていた。
「大丈夫だから、心配するな真白―――」
――ッッ!!
■■■■
『五日目』《深夜》
衝撃の夢を見た灯火流は最後の言葉を聞いた瞬間に跳ね起きる。
辺りはまだ暗く隣の鏡は起きる様子もなかったが、二度寝できず屋敷探索の続行を試みる。
頭を悩ませながらも、精一杯思考を研ぎ澄ます。
先日起きた全てを思い返しながら推測をする。
両の事件現場へ向かった。
道の途中人影を確認した灯火流は身を潜めるように隠れ、相手が誰なのかを見極める。
とんとんと近づく足音に息を呑み込むとうかりゅう
「あ、天月さん?」
「ひゃっ!……く、紅城、君?」
突然の掛け声に驚きつつも冷静さを取り戻した天磨は灯火流に尋ねる。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「嫌な夢を見て。根付けなくてこの辺をぶらぶらっと……散歩かな。天月さんは?」
「私もここ最近根付けなくて、木植さんに迷惑をかけない為にこうして外をお散歩しています」
言い終えると忽ち沈黙が辺りを寄り添ってくる。
(お、重い。この空気)
そう考えざるを得なかった。
ロクに人と話さない彼にとって最早友香と後は、鏡と家族以外と会話したことのない灯火流は、
どんな話題の話をすれば良いのか見当も付かなかった。
「とりあえず、もっと落ち着ける場所に移ろうか?」
『はっ!!』と思うとその発言はまるでナンパの台詞を吐いた後から後悔の念が押し寄せてくる。
違うんだと指摘した彼の慌てっぷりを見た天磨は、クスッと笑い、肩の力がスーと抜ける。
「心配しなくても、信じています。紅城君がそんなことをなさらないことぐらい」
お互い微笑し、ゆっくりと歩きながら火層の中央にあるリビングホールにあるソファに座る。
二人っきりになった状況を利用してお互いをもっと知る為にお互い一問ずつ質問をして答える。
家族の事、好きな食べ物、小さい頃の話などなど……
天月天磨、山に張った神社、亜麻槻神社の巫女。
お払いや祈りを捧げるとして多くの人に使われているが、それはあくまで表向きに過ぎない。
その神社で雇われている巫女や神主は全員天月の人間。
あまり本当の名を出すのは、良しとしない者が多数いたから神社の呼び名はそのままで書き方を換えたと言う。
またしても会話が戸切れ、沈黙がこの場を支配する。
時計に目が行き、天磨に会ってから軽く二時間が過ぎていた。
「ありがとうな。今の話は、皆には内緒な、天磨」
大切な何かを手にしたような感覚に見舞われ、灯火流は天磨に振り向きながら約束をする。
「はい!!」
微笑みながら言葉を返した天磨を見た灯火流は、彼女の淑やかさに顔を赤らめる。
《早朝》
毎朝スピーカから聞こえていたガブリエルの声だが今度ばかりは違っていた。
『あーっあ、聞こえますか皆さん。おはようございますと言いたい所だけど……皆さんに告げることがあります。直ちに木層にお集まり願います――以上』
灯火流の声が流れ終え、全員が、彼の仲間達でさえも何なのかも知らずに木層の図書室へ向かった。
「何だ、こんな朝っぱらから何を始めようとしてんだよ、くそガキ!!」
二階にいた灯火流に最初に突っ込みを入れたのは礼人だった。
そして、灯火流の顔はニヤリと笑う。
「もちろん、このゲームを終わらせるのさ。今回の事件の全ての謎を解き明かしたからな‼」
「「なっ!!」」
皆が、神力使いの者達まで驚愕の表情を見せる。
「手始めに昨日の話の続きをしよう。【♃】の紋章の意味は、ギリシャ神話、ゼウスの頭文字の《Z》のことだ」
「それがどうしたってんだ!」
灯火流は、礼人の怒鳴り文句を無視して続ける。
「それと紋章には、別の名前が存在する。その名は、ユーピテル」
その名前を聴いた茂治は、何かに気付いたかのように右手を顎に当てる。
「なるほどユーピテルか」
「何だ茂治、またお得意様の『何でもしています』てか!」
「ユーピテルは、ラテン語で木星という意味です」
「「――ッ!!」」
そこで全員が気付く。
昨日、真白が言った言葉『惑星、の紋章』が何を示していたのかを。
「赤城さんが残した暗号の意味は、ずばりこのフロアのことだ!死体が発見された場所と事件が起きた場所。そもそもこの時点で俺らは間違いを起こしていたのさ。一緒にするべきではなかったのだ」
熱く語る灯火流に鏡が一つの点を指摘する。
「事件が起きたのは、おそらく停電があった僅か二、三分の出来事。図書室から赤城の部屋までの距離を考えると時間が圧倒的に足りない」
「そ、その通りです。例え連れて行っても徒歩では、最低五分は掛かります」
六川も加わり、難点を押し付ける。
――が、それを聴いた灯火流は、後ろからロープを持ち出す。
「それ、は!」
「ああ、このロープを使って赤城を自分の部屋まで引きずり下ろした。停電の時に聞いたドンという音も階段の角にあった黒いシミと凹みは、これで説明できる」
「けれど、部屋には、そんなロープはありませんでしたよ、灯火流君」
茂治の発言で反発する者出て、そこを責めんばかりに一押し使用人達。
「茂治さんの言う通り、現場では、こんなロープはなかった。そして、犯人は、これを隠す暇もなかった。ならどうすればこのロープを隠せたのか、その応えは、礼人さん、貴方ならこの問いに答えられるでしょう」
人差し指で礼人に突きつける。
「ば、馬鹿なことを言うんじゃねぇぞ、くそガキ。俺がそんなこと知る訳がないだろうが!!」
「いいえ、貴方がこの犯行を行った最も高い一人なのですから」
慌て始めた礼人は、必死に何らかの矛盾点を脳裏で探しこみ、見つける。
「そ、そうだ。俺は、第二発見者だ。前浜さんが先に着たならロープのことを言ったはず……いや、言わなかったとしても彼女を犯人にするべきだ!」
「それは、無理な話だ」
「な、にー!?」
急激に焦り始める礼人に灯火流は、トドメを刺す。
「そもそも、誰が直接自分の手で回収したと言った」
その言葉に皆が反応する。
そして、風真は何かに気付いて大きな声を上げる。
「ああああ、ロボットか」
【ロボット】の言葉が出た瞬間礼人の顔が青ざめる。
「ロボットの役目は部屋の主を起こす義務が課せられている。しかし、そのシステムにもう一つの命令を書き加えば、ロープを回収するだけじゃなくロープを引っ張ることもね。そして、ロボットのプログラムを熟知している唯一の人間が、礼人さん。貴方しかいない」
腰の力が抜かれたように四つん這いになった。
「……ああ、ああ……」
最早言葉すらまともに出てこない。
そんな彼の姿を見た茂治は、灯火流に尋ねる。
「では、前浜さんを殺したのも彼ってことですね」
「はい、礼人さんは、前浜さんを殺し(・)か(・)け(・)た」
「殺しかけた?まるで彼が殺していないみたいな言い方ですね」
灯火流が呟いた言葉に反応した茂治。
「ああ、礼人が実行に移したのは確実だが。実際彼は、誰も(・・)殺していません」
「「はぁーッ!!」」
全員の声が図書室に広がる。
礼人もその例外ではなかった。
「どういうことかね灯火流君?」
「つまりだ、犯人は別にいるってことだ」
これこそ全員から『はぁッ~!!』と声を噴出し掛ける。
灯火流の言っていることがまるで理解を遥かに凌ぐ発言だからだ。
「ちょ、ちょっと待てや灯火流。何が何だかさっぱりや」
「もっと、解り易く説明して欲しッス」
風真や大地は、まるで置いてけぼり状態に陥っていた。
「真犯人と言っときましょう。彼は、礼人を利用してこれを楽しんでいる。何らかの恨みを持って行った訳でもなく。自分が楽しむ状況を作り出した。そうですよね、ガブリエルさん、いいえ、赤城一之さん」
その名前を聞いた一同は、瞬時にガブリエルの方に視線を向ける。
「っふふふふ、はははは。何時から俺だと気付いた?」
「なーに、心配するな、昨日からだ。多分そのガブリエルの姿は、本物だろう。だから口調さえ合わせば普通なら気付かないが昨夜訪れた天王星の間で妙な違和感を感じていた」
「なるほど。しかし、私の演技は完璧だったはず。何故判った」
「昨日のアンタの言葉さ。確かに鍵を持っているだけじゃ信憑性に欠けるが、研究内容まで把握しているんだったかな」
「ははは、これは、盲点だった。やはりもう一芝居をやるべきだったか。だが俺の死体をどう説明する」
「なに、簡単だ。アンタがガブリエルだったようにガブリエルもまたアンタに化けられる。それにあれは死体ではない(・・・・・・)」
話の流れを掴めずでいる他の面々は灯火流の先の言葉に指摘を入れる永助。
「……けど、確かに死んでいたはず……」
「だが、そもそも死を確認したのはそこにいるガブリエル(こいつ)だぜ」
「そうだよ。それなら、本当に死んでいたのかどうかなんて判りっこねぇぜ」
後から電樹が言い出す。
その傍らに考え込む結晶は、灯火流に問いかける。
「紅城さん、先程ガブリエルの姿は本物だと仰いましたが、それは、どういう意味ですの?」
「錬金術の一種さ。確定はないがあの部屋にあった石は覚えているでしょ」
「ええ」
「あれは、賢者の石だ」
その発言は赤城も驚きを隠せなかった。
「論理をすっぽかして不可能を可能にする伝説の石だが、昨日来た客を材料にしたみたいだな」
「ははは、そこまで見抜かれていたなんて思いもしませんでしたよ。そう、このゲームに必要だったんですよ賢者の石が……だから昨日来た客達は石の原料として使わしてもらいました。けど君達は素晴らしい。やはり神のご加護を受け継いでいることはあるよ」
「何を訳の判らないことを言い出すんだこの人は」
突拍子もない話を一方的に叩きつかれ困惑を覚える一同。
そこでポツリと疑問を吐き出した鏡に灯火流が応える。
「俺らに影響が及ぼさなかったのは、神力のおかげということか」
「ああ、その通りだ。加えて、君達を取り込むのは当初の計画にはない。だから安心しな」
ガラリと変わった赤城の口調に驚きつつも、灯火流は引き続き自分の推理を述べる。
「コホンッ、改めて説明すると。赤城さんが賢者の石を使ってガブリエルと身体を入れ替えた。それが彼が持つ肉体がガブリエルの者だと判断したんだ。入れ替わった直後に停電が起き、隠れていたロープにガブリエルが引っかかり自室まで引きずられた、違うか」
「お見事。ああ、それとナイフで刺されたの事実だ。まあ、ある程度の貫通は、防げられなかったが、おかげでメッセージが丁度いい具合に残せた」
やっと状況を掴めた茂治は、一言ガブリエルの身体にいる赤城に問う。
「赤城様。一先ずご無事で何よりです。しかし、如何様にこのようなゲームを実行しようとなされましたか?それに、このゲームの所為で前浜さんが――」
不思議そうな顔でニヤリと笑う老いぼれた面の執事。
即座に応える。
「なーに、何も心配要りませんよ……」
「ですが、人が死んでいるんですぞ」
「だ、か、ら、心配するなと言いているんだろうが。彼女なら――」
とその途端這い蹲っていた礼人は、立ち上がり、ぼそぼそと何かを囁きながら赤城に近づいていった。
「赤城が生きていた……赤城が生きていた……赤城が生きていた……」
と何度も繰り返し呟く。
そして――
「貴様だけは、ゼッテー許さねぇぇぇえぇぇぇ‼」
隠し持っていた、ナイフを取り出し執事に襲い掛かる。
接近するナイフをかわし、一本背負いで礼人の身体を床に叩きつける。
「がはッ!!」
強烈な衝撃で身動きを取れない礼人は、目から涙を零す。
悔しさや憎悪の雑じり合い感情が溢れ返る。
彼の傍に近づいたのは、まだ最年少の真白だった。
「何故、殺そうとしたの?」
真白に振り向くと荒れていた息が少しずつ静まり、語り始める。
「俺さ、家族がいるんだよ。駄目な親父が年がら年中ごろごろしながら酒ばかり飲み干すんだ。そんな親父が借金から逃げる為に家を飛び出したんだ、妻と子供三人も放って置いてさ。だから俺は、高校を卒業したら働き出して色んな技術を取り込んで、家族を楽してやりたくて頑張ってきたのさ。そして、ある時に声を掛けられたんだ、赤城さんに……」
微妙にその表情が和らぐ。
「嬉しかったさー、必要とされていることがこんなにも心を満たすのか思えるぐらいにな。給料も馬鹿にならないほど多くて、屋敷に仕えていたら借金だって返せたんだけど――」
思い返すように目を閉じ、表情が一変暗く硬くなる。
「先月家に電話を掛けたら誰も出なくて、赤城さんに何かをしているのか聞いてみようとしたら、聞こえたんです。家族に送られるはずの給料は一銭も家族には届けられていなかったことに!」
拳を強く握り締め、更に涙が噴水のように流れ出る。
「なんて酷いことを」
呆れた顔で話を聞いている赤城。
「家族は、行方不明。約束された仕事で裏切られた俺の気持ちが解るか?それでも恨まずにはいられないかった。だから今回のパーティーで貴様の命に終止符を打とうと思ったんだよ!!」
退屈そうに半目を向きながら赤城は応える。
「お前さ、何か勘違いしているんじゃねぇの。君の家族は、皆無事だぜ」
「はッ!!」
赤城の言葉を疑うように呆然と指一つ動かずに固まっていた。
「嘘を言うな‼貴様は自分のゲームの為なら人の命すら弄ぶだろうが‼」
「困ったな~、本当のことを言っているのだが。信じてはくれないか?」
「当たり前だ‼」
はぁとため息を吐きながら頭を掻く赤城。
「じゃあ、まあ続きをどうぞ、灯火流君」
なんとも言えない、複雑で真面目な話が言い辛い状況。
大きなため息を吐きながら語り始める。
「続けて第二の事件、あれはおそらく第一発見者である前浜さんが何かを見た可能性があるとふんだ礼人が口封じの為に毒殺を企んだ。そこで、茂治が以前語った可能性の一つ犯人が前浜さんを夜中に呼び出し、その機会を利用し計画を実行した。シアン化カリウムを使って、な。けれどここにも赤城さんが礼人が注いだ飲み物に仕掛けを入れる。その説明は、赤城さん教えてくれますよね」
ニヤリと笑みを浮かべながら赤城に視線を送る。
「シアン化カリウムは、ある二つの物質で相殺できるんだ。一つ目は亜硝酸ナトリウムだ、そして二つ目がチオ硫酸ナトリウム。二つの物質がシアン化カリウムと化学反応を起こし、ただの塩と化す。まあ、飲んだ後は仮死状態を引き起こしたがな」
「しかし、前浜さんはその後で爆死されま……」
茂治は、赤城に言葉を遮られ、驚くような発言をする。
「前浜は、まだ死んでないですよ。あの死体は、俺が事前に用意していたホムンクルスの失敗作だ。ああでもしないとバレるからな、前浜じゃないってね」
「で、では、前浜さんは……何処に?」
心配そうに声を震わせて赤城に尋ねる。
「俺の寝室だよ、本当の俺の寝室にな。応急処置を施さなければ行けなかったからな。今は、ぐっすりとお休みになっているようだ」
生きていることを知らされて肩の力を和らげる。
「つまり、ここで行われた事件は、誰も死んでいない。怪我人はいるけど、ははは」
――それでは――とニヤニヤとした表情を真面目な眼差しに変え宣言する。
「君達の勝ちだ神力使い諸君、僕の負けだ」
赤城の声が急激に幼さに変わり、みるみると姿を変える。
「「……お、お前は!」」
赤城が変身した黒いニット帽を被っている小さな少年が現れる。
「ジ、ジクじゃねぇか!」
一同は困惑を覚え、呆然とする。
まさかジク自らゲームに参加していたなんて想像もつかなかったこと。
むしろ、傍観者気取りでゲームをモニタリングしていた方がよっぽど似合っていると言える。
ジクは、灯火流の傍まで近寄り、シャツから日本刀を取り出す。
刀を見た灯火流は、直ぐ様警戒態勢に移り、ジクは指で頭を掻きながら呟く。
「あの~、約束の記憶の欠片なんですけど。むしろ警戒する必要はない。前にも言ったでしょう。――僕は、ゲームは、好きだけど戦いは好まない――て」
ゲームを説明していた時にそのように言っていたことを思い出し警戒を解く。
灯火流は、ジクに近づき尋ねる。
「これが、記憶の欠片なのか?武器としか見えないのだが――」
「ああ、確かに記憶の欠片。正確に言えば刀の中にある神力の塊だけどね。ほれ触れてみろ。あっ、後、そこの白い髪の嬢ちゃんも」
不安げに刀に近づく真白に手を差し向ける灯火流。
「大丈夫だよ」
と囁いて、二人同時に刀の刃にゆっくりと触れる。
途端空間をも震わす衝撃が辺り一帯に広がる。
衝撃と同時に灯火流と真白の脳内に記憶が流れ込む。
ずっとずっと昔の記憶を。
一緒に紅城一族の屋敷で二人とその他に十人と共に過ごした幼い頃の記憶を。
「なん、だ、これ……?」
■■■■
夢に出てきた庭園が現れ、そこに一列で並んでいる十二人の少年少女達。
「よーし、皆。俺の後ろに着いて来い!」
その中の一人が灯火流が全員を仕切るように声を掛けていた。
おう、と返事を返す全員の顔に見覚えがある。
逆立った金髪の少年、顔に傷を負っている茶髪の少年、可憐で上品な服装を身に付けている少女、全身を黒く染めた少年とその後ろを歩くか弱そうな白銀色の髪を揺らす少女。
その他にも緑と青が絶妙なバランスで光り輝く澄んだ瞳を持つ少年。
一見、無愛想に見える紫色の髪と瞳を持つ少年。
そして、以前に見た、幼い頃種の姿もそこにいた。
――どういうことだ?まさか俺達って、昔からの知り合いなのか?
そんな思考を巡らせながら灯火流は、目の前にいる楽しそうに歩く少年少女達を見守りながら時間が経過するのを待った。
そして、少年の姿の灯火流と同じく幼い姿の真白が追いかける光景を見て、夜な夜なに見ていた映像が重なり合った。
――そっか、あの時の夢は、本当にあった時間、なんだ……
■■■■
圧倒的な力に心と身体が引き千切られる感覚に耐え、衝撃が収まった頃には、記憶の映像が途絶える。
心配になった一同は、灯火流と真白のいる場所に集まる。
「大丈夫か、二人とも?」
「お怪我はありませんですの?」
「灯火流、しっかりして、灯火流!」
突然流れ込んだ記憶で放心状態に陥った二人は、しばらく反応は、しなかった。
数分後に思考が働き始め、二人は、上体を起こす。
「な……何があった?」
「覚えておらへんの?君と真白ちゃんが刀を触れた瞬間ピッカーって光りだしたら、君達が急に倒れはったんや」
突然種が灯火流を強く抱き締める。
彼女の行動にびっくりしながらもそうっと抱き返す。
「終わったんだ。犠牲も出さずにやり遂げたんだ、俺達!」
灯火流は、周囲を見回す。
仲間達全員の顔を拝めながらゆったりと仰向けに寝転ぶ。
「まあ、今回は、こいつがほとんど解決したけどな」
「せやな、けど今度からは、おいら達のことももっと頼りや」
賑やかな雰囲気を漂わせる神力使いの者達を横から見るジク。
突如電気が流れ込まれたように頭に囁かれる声を確認する。
ジクの異変に気づいた鏡は、皆に注意を促す。
「皆、気をつけろ。ジクの様子が……」
『ハロ~皆さん。どうやら、この試練を見事に合格したみたいだな。私とても感激です!!』
突然、空間内に聞こえる声に反応して、全員が一斉にその名を叫ぶ。
「無神!!」
『これで君達の記憶がなくなることはありませんが。こうも簡単に終わるのは、私的には、気に食わないのでこの空間を脱出する為の条件を言い渡すよ~。今から君たちには、ジクを倒してもらう。力を思う存分使っても結構。では、皆さん、楽しい余興を期待しとくよ~』
無神皇の声が途絶え、屋敷全体が震え始めた。
礼人と他の使用人達の姿も何処にも見当たらない。
どうやら無神がジクの自我を消滅したらしく、この世界のバランスが崩れ始めている。
一同は、警戒態勢に移行し、ジクの出方を伺う。
当人は、意識不明か、何かに操られているみたいな動きを見せる。
指先から赤い雷を出現させ雄叫びを上げる。
『おおおおおおおおおうぅぅぅぅぅぅっ!!』
赤い雷が全身を覆い、またしてもその姿が変貌した。