遊戯の神 ~前編~
体育館に揃った灯火流達は、煙の中に人影を発見する。
まさか誰か居たのかと思うのと同時に一つの可能性にたどり着いた“ありえない”と。
「誰だ!」
そう問い相手の返事を待つ。
「ははっは、やっと手に入れた。僕だけの肉体」
薄気味悪い笑いと共に姿を現す者、その正体は小さい少年のものだった。
「先の問いに応じよう。僕の名はジク、遊戯の神さ。と言ってもこれは、僕の本当の姿じゃないけどね」
表情に笑みを浮かばせ語り続ける。
「僕は無神様から送られた君たちの刺客さ。存分に楽しむといいよ」
たんたんと後ろから足音が聞こえ、灯火流は振り返る。
急激に止まった所為で髪が波のように靡き、猛ダッシュで来た神隠高校の制服を着た少女が息を積もらせ、手で流れる汗をスカートで拭き取り途切れ途切れの掠れ声で呟く。
「な、何が、はぁ、あった、の?」
「バ、バカ来るんじゃねぇ!」
「えっ!」
「では、場所を移そう」
魔方陣のような紋章が閃光と共に地面に現れ、重力に反して陣の中に居る全ての者が宙に浮かんだ。
「何だこれは?」
ジクは問いに応えるように告げる。
「転移魔法さ。僕の空間に連れて行くんだよ」
困惑する一同。
その中で灯火流は、他のことに気を取られていた。
「何処だ?」
回りにいる全員が疑問げな顔をしながら彼に問い掛けた。
「どうしたんだ、灯火流?」
「友香、友香は何処だ?」
慌て出す灯火流に誰もが落ち着かせる手段を思い起こすことはできなかった。
「彼女なら無事だよ」
前へ振り向く灯火流はジクに姿を眼で捉え、悩ましい表情を浮かべながら彼を見つめていた。
「この魔法陣に入れるには、神力、あるいは超人的な能力を秘めている人だけだ。だから今頃は、彼女はあの学校の体育館で寝転がっているだろうさ」
目の前に霧が晴れたかのように安堵を覚える灯火流。
そして、目を瞑り今いる現状を再認識させた。
辺りを見回したが、そこにはただただ眩しい光だけだった。
けど以外にも全員をちゃんと視認できる。
何処までも続く光の道で前進へと引き寄せられる感覚しかできなかった。
光のトンネルを渡り、辿り着いた場所はまさしく遊戯の神の住まう世界の表しそのものだった。
チェス盤の床に巨大なスペードのキングとハートのクィーンのカード、 ドミノ、チェスのコマ、様々な遊戯アイテムが揃っていた。
「では、皆さんには、あるゲームをして頂きます」
語り始めた。
用件は、ゲーム攻略。
ゲーム内容――
《探偵》、つまりジクが示す舞台の謎を暴くことだった。
「戦うんじゃないの?」
「戦う?ははは、そんなのするわけ無いじゃん。僕は、遊戯の神で、戦いは好かんからな。ゲームで勝負なのさ」
一理合う意見を述べるジク、だが肝心な事実を語り忘れている。
それはつまり――
「賭ける物は、何だ?」
そう、ただ単純にゲームする訳がない。
どんなゲームには勝者と敗者が存在する。
ゲームは単なる余興だ。
ジクの目的は、必ずこのゲームの後にある。
「では、ゲームを説明しを始めよう。まず、君たちを舞台となるロンドンに転移します。そこで行われる事件を目撃する。時間制限は一週間。クリア方法は、事件の解決はもちろん、謎、トリックを暴くことと明快だろうけど犯人を言い当てることさ。簡単だろ」
「そんなのは当たり前だ!」
当然のことを述べるジクに苛立ち始める灯火流。
「敗北の条件を喋れっつてんだろ!」
「おっと、落ち着きたまえ、そこのメラメラ」
「メラっ!」
「推理の失敗あるいは過程の間違い、犯人を言い当ててもトリックが見破れない、その逆も然り、敗北条件と見なす」
ジクが要求するのは、完璧な事件解決だった。
「君たちが勝利した場合、無神様から受け賜った君達の記憶の欠片を返すようにと言われた。だが君たちが敗北した場合、誰でもいい、一人の記憶を全て頂戴する」
満面の笑みを見せるジクに、呆然と立ち尽くす一同。
しかし、敗北の結果、その先に存在する恐ろしい現状に体が震え出す。
そこには、紛れもない疑心な空気を作り出したことに他ならなかった。
(俺らが負けたら、一体誰を犠牲にするんだ?)
頭に行き渡る負けた時の状況、犠牲になるまいと考え出す皆にもはや自分しか考えなくなり、結果は、想像通り――全滅を意味していたからだ。
全員が全員を睨み合い、戸惑いながら汗を流す。
だがこの中で二人だけ冷静で皆に聞こえるくらいに叫んだ。
「心配ない!」
灯火流の背後から聞こえる種の声。
「勝てば、良いだけの、こと」
付け加えるかのように、真白。
――その通りさ。
勝てば良いだけの話。
負けることは胆に銘じながら、勝利を語げる。
「そうだ。君達に最後のルールを伝え忘れていたよ。今回のゲーム、君達の神力を封じさせてもらうよ。もし使用した場合、即ゲームオーバだから気をつけてね。では、ゲームを始めるよ。転送、いざロンドンへ!!――」
掛け声と共に床に魔方陣が現れ、行き同様、宙に浮かび、またしても光に包まれながら移動している感覚だけを残しロンドンに向かった。
■■■■
ウェストミンスター宮殿が目の前にあった。
確かにここは、ロンドンの筈――だが。
周りを見渡す限り、違和感だらけのロンドンの姿がそこにあった。
ウェストミンスター宮殿から遥か西方面二百メートル先にエッフェル塔が立っていた。
フランスにある筈のエッフェル塔がロンドンに存在するはずがない、つまり、転送された場所はロンドンであってロンドンではない。
実際ジクが作り出した空間なのだろう。
そこで行われる事件は一体どんな事件だろう?
道を辿っていくと貴族らしき男性とぶつかり、彼が落とした十枚の封筒を残したまま何処かへ消えた去った。
偶然にも貴族の男性が落とした十枚の封筒は、ここいる十人の数とぴったり一致していた。
「何や、この紙?」
「招待状のようですわね。ここに書かれているのは何やらパーティーでありますわ」
「そのパーティーに行けちゅう訳か」
あの男性の出会いこそこの事件の始まりだったのかもしれないと確信が持てた。
向かった先はまたしてもロンドンと懸け離れた場所だった。
招待状が示されていた場所、それはロンドンには似合わない和風の大きな塔だった。
空高く細く広がる和風の建物に圧倒される一同。
「高っけ~なこりゃ、ブルジュ・ハリファより高くないッスか?」
と意見を述べる大地。
ブルジュ・ハリファ、ドバイに存在する現世で最も大きい建物。
それを遥かに凌ぐこの和風の塔。
と建物の中から執事の格好をした老人が現れた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらにお入り下さいませ、神力使い様方」
黒いスーツを見事に着こなしていた執事はまたこの建物に似合わない。
「そんで、そこの執事はん。あんさは一体何者や?」
「ほほっほ。これはとんだご無礼を、わたくしはジク様のお使いで今勝負の審判を行う者とこの建物の執事長のガブリエル・ムーアと申します。是非、ガブリエルとお呼んでください」
ふ~んと納得する風真だが、心のどこかでまだガブリエルと名乗る執事長に疑問を抱かせていた。
「しっかし、ほんまにでたらめな世界やな。ジクの世界の見方が捻じれてへんか?」
もちろん、人間の世界を意識して造ったであろうこの空間だが、印象に残った様々な国の象徴とまで呼べる建物一箇所に集めたとしか言いようがない。
一歩建物の中に入ると螺旋状の階段が目の前に建てられているだけでこの一階層には他に何もない。
まるでこの一階自体が玄関のように思わせる。
「どうぞこちらへ、他のお客様方は八階のパーティー会場で御待ちしております」
歩みだした執事長は階段を上り、彼に着いていく一同。
十メートルを上り壁際に二、三メートルの扉が目の前にあった。
扉の真上に『水層』と書かれている看板が眼中に捉える。
その扉を通り去り、更に上を目指した。
十一メートルを上り、また扉を発見する。
今度は同じ大きさの扉の真上に『金層』と刻まれている看板を捉える。
「すいません、この部屋は一体何ですの?」
「ああ、これは失礼致しました。何の説明も無しに連れてしまい、ここは皆様方やお客様方がお泊りする
部屋になっております。一人一部屋の個室になっているのでございます」
「なるほど、この事件は確か一週間の期限がありましたですものね」
これはつまりこの建物でこれから行われる何らかのイベントの期間を意味していた。
階段を上るに連れ見えてくる扉と扉の距離がどんどん離れていった。
次に見えた扉のうえの看板には『火層』と書かれていた。
扉を横切り上へ上へと、八階にあるパーティー会場までまだまだかかりそうだ。
その道中に見られた扉は全部で三つ、その上の看板に書かれていた順に『木層』、『土層』、そして『地層』
木層の扉は他のどれもと違い大きく綺麗な花柄模様が刻まれていた。
執事のガブリエルの話だとこの扉の向こうは図書室だと言う。
しかし、おかしいことにその図書室は客室である『火層』と『土層』の間にあることだ。
何故態々(わざわざ)そのうな造りになっているのか、不思議に思っている間にパーティー会場の扉の前まで辿りついていた。
そしてやはりこの扉の真上にもあの看板が貼られていた、『太層』と。
「さぁ、こちらの扉の向こうにお客様方がお待ちしております」
両手で扉の表を押す執事長。
開いた扉の隙間から光が漏れ、一瞬視界を真っ白に染まる。
視界が徐々に色を認識すると、とてつもない広さの会場が目に焼き付く。
左右から聞こえる人の会話や、食事をしている人のフォークとナイフの金属がぶつかる音。
辺りを見回すと全員が清楚で可憐な衣装で身を包んでいる。
その代わり自分達の姿は学園の制服、とてもこの会場には似合わない衣装だ。
「皆様はこちらの更衣室へお入り下さい」
灯火流の思考を見透かすかように応えるガブリエル。
「あ、ああ……」
更衣室に向かった一同は、ガブリエルが示した扉を開き中に入る。
すると二つの扉が目の前に現れた。
その上にそれぞれの扉の上に看板に何かが書かれていた。
『お客様』が左側と『神力使い様』が右側。
当然灯火流達が進むべき扉は右側だ。
その扉の向こうに進むとまたしても扉が現れた。
二択問題の如く、またしても二枚の扉が目の前に現れ、やはり扉の上に 看板が貼られていた。
けれど今度は、右の扉に『男子』、左に『女子』と刻まれた看板。
それぞれが各々の扉に進む。
『男子』の扉の向こうには廊下が真っ直ぐと続いて、壁面にざらりと扉が並んでいる。
(おそらく『女子』と刻まれたいた扉の向こうにも同じくこのような廊下があるだろう?)
無数の扉の上には呆れながらにもまた看板が貼られており、しかし今度は、彼らの名前が特定の看板に刻まれている。
残りの扉の看板には『 』が残されていた。
「おっ!灯火流、お前の名前見つけたで……ってあれ?」
きょとんとした顔で風真がこちらを睨んだ。
「部屋があらへん」
風真の所まで駆け込み扉の向こうを覗き込む。
「壁だな」
「壁だね」
「壁ッスね」
「壁だ」
鉄平、鏡、大地と電樹が同時に頷く。
……え?壁?こいつら何を言っているのだ?と口から漏れ出す。
灯火流の眼球に映るのは、只の普通とは少し言い難い豪華な部屋だけだ、しかし他の者が述べるような壁は確かに存在しない。
ここには壁なんか無いと発言した灯火流を『馬鹿言ってんじゃなぇよ』と言わんばかりな表情を彼に向ける。
信じられないことにはそんなにムカつかないが、やはり馬鹿にしている目はかなり頭にきている。
扉の前に立った灯火流は部屋に一歩前に歩み出た。
ぶつかるだろうとふんだ他五名は仰天する。
無理も無かった――
灯火流が壁を触れた瞬間すり抜け、壁の向こうへと消えたのだから。
「……!」
「おーい、灯火流。聞こえるか?」
しかし、応答はない。
例え中に何が起きても、他の五人は壁の向こうに行けない。
■■■■
「うわぁー、スゲー。何でも揃えてあがる」
何処も彼処も最上級の品物が備えていた。
床は赤いカーペットが敷かれ、大きいふかふかなベッド、小型だが金色の冷蔵庫にソファがあるのだが。
「一様、ここって……更衣室なんだよな……」
さすが神様と言うしかない、何でも創造できるとはこのことだ。
そして、左壁面に清楚なダークブルースーツたる衣類が置かれていた。
「これが衣装か」
アイロンを掛けたばかりかは、触れた瞬間に解った。
服に触れるとやや温かみが掌に残る。
そのスーツを着用した灯火流はサイズを確認する。
「ほぅ~、サイズも恐ろしいほどにぴったりだ」
まるで昔使ったように違和感を感じさせない。
そして、扉の前まで歩み出る。
■■■■
実体の無い壁をすり抜けるように見えた他五名は、灯火流の見違えた姿で現れたことに驚愕する。
「灯火流……お前、何だその格好は?」
全身ダークブルーのスーツを着こなし、鏡達の前に立つ。
「ああ、これはあの部屋の中に置かられていた物だ。おそらく覗き見を防ぐ為のジクなりの優しさかもし
れない。まあ、彼の単なる遊びに過ぎない可能性の方が高いがな」
「そんで、中はどんな感じや!」
目から星が見える程に煌かせる風真の翠色の隻眼が同じく真紅色の隻眼を持つ灯火流に尋ねる。
「まぁ、見れば分かるさ」
各自が指定されている部屋へ近づき中に踏み込む。
当然ながら自分の部屋以外の中は壁しか見ることができない。
中の様子も声も何も知る由もない。
十分くらいが経った辺りにスーツ姿で鉄平、電樹、大地、鏡の順で十秒間隔で現れた。
全員が着こなすスーツは完璧と言える程に似合っている。
測らなければ作れないスーツを作れることは流石は神様と言うしかない。
三十分が経過したところで漸く風真が姿を現す。
「遅せぇぞ風真!」
「メークしている女子並みの時間掛かっているッスよ」
「いやぁ~、すまんすまん。中が思っていた以上にどエラクてさ~。ちーとばかし満喫してしもうたわ」
ぶちっと眉間のしわを寄せる電樹が緊張の糸が切れる。
「てめぇ、待っているこっちの身にもなって見ろよ!!」
「すまんって、部屋が想像以上に心地良かったから……お、お願い、こ、拳だけはやめといてくれ~!」
電樹の逆鱗に触れた風真は即座につるっつるのスーツの襟を自身に引き寄せる。
どうにも不良の外見とは裏腹に時間に関しては、人並み以上にうるさいと前に調査したときには聞いていたけど――情報と今見ている状況でインパクトの湿度は違いが目に見えている。
呆然としている灯火流と鏡は、刹那、鉄平の腕がパンチに構えていた電樹の拳を止める。
「その辺にしとけ」
「そッスよ。電樹さん頭がキレるの早すぎッス」
鉄平の後ろから茶髪で小柄な大地が割って入るかのように電樹を落ち着かせようと囁きかける。
力いっぱい込められていた拳に徐々に力が抜けていき、終いには引力にも逆らえなくなりブランブランと宙で揺らいだ。
逆立った金髪の電樹の表情に迫力ある表情は消えることは無いにしろ普段の彼の表情に戻っていた。
コホンッと咳払いした灯火流は全員の注目を集める。
「え~、全員揃ったことだしそろそろ女子の方も終わっているだろうから……ぼちぼちと行きますか」
出会って数数間も経たない人達相手に、随分と馴れ馴れしく言ってしまったと思いながら『じゃあ、行くぞ』とまたミス発言する。
『はあ~?何お前が仕切ってんだよ!』と言われる覚悟はしていたものの、周りの反応が違ったことに純粋に驚かされた。
只黙って灯火流の後ろに着いて行った。
歩み始めた灯火流達の後ろ、自分達の名前が掲げられた看板が音も無く消えたことに気づく事はなく延々の廊下の出口を目指した。
数多扉を横切り、元居た場所に戻る。
『男子』『女子』が飾られている部屋に入る直前の扉を開いた瞬間、右方向に同じタイミングで扉が開く。
「「あっ!!」」
鉢合わせする一同。
男性らは全身真っ黒のスーツを着こなし、胸ポケットにそれぞれの目に合ったハンカチが大いに目立っていた。
それに対して女性らは、各々の目に合ったドレスを着こなす。
シンプルなデザインだが、シンプルだからこそ透き通る白い肌と真珠のようにきらきら光る長い銀色の髪が一層魅力的に目立つ、真っ白のドレスを身に着けている真白。
サファイヤの如く青々しく輝くドレスを完璧に身に纏い堂々と歩いても恥ずかしくない姿の結晶。
種は、緑色と茶色の絶妙な組み合わせ(コンビネーション)は自然を思わせるドレスに腹部に薔薇の模様が白い線で飾れいた。
そして、天磨には、巫女装飾に似てる衣装を着用していた。上半身は白を残し、下半身は赤く染まっていた。
シンプルだが彼女に最も似合う衣装だと男子の誰もが思う事だろう。
種と灯火流の目と目が合い、数日前の出来事を思い起こす。
種が顔を赤くして床を見下ろすと、灯火流はその事を察知し、同じく顔を隠すように右に首を振り向かせ、その赤く染まった顔を悟らせなかった。
「わ~、皆ドエライ別嬪揃いやないか!なあ、灯火流」
「あ、ああ」
「他に感想は無いですの?」
「灯火流さんの意見が、聞きたいです」
迫ってくる来る女性、灯火流は焦り即座に応える。
「に、似合ってるよ、皆、綺麗に……える……」
あまり見られない灯火流の照れ顔に思わず女性人達が一歩下がり彼の目を逸らすように左右に頭を振る。
「は、早く行くぞ」
咄嗟の電樹の呼びかけに全員がピタッと動きを止める。
「ああ。そうだな」
「おいおい、灯火流はん。先から『ああ』しか言ってへんで……って」
少しの間が空き風真が続けて。
「……まさか、じぶん……今更何緊張しているんや!」
ドンと灯火流の肩を叩き笑いながら横に並んで歩く。
「この扉の向こうに俺達の最初の試練が始まるんだ」
手を伸ばし扉を押す、眩い会場の光が目に当たり瞬時視界をぼやかす。
白い視界の中で黒い影が近づき徐々に黒いシルエットの姿がはっきりする。
「お待ちしておりました、神力使いの皆様。お客様達があそこでお待ちにしております」
掌を会場中央の方に向け、灯火流達をガブリエルが案内する。
人の群れの中を横切り、会場の中央に到着した瞬間パンッと照明が消え、会場の舞台の方に一欠けらの光が照らされた。
「ようこそ。我が主催するパーティーへいらしゃって真に有り難う御座います。この私、赤城一之が心から感謝いたします。尚、今回のパーティーですが、一週間。私が用意したゲーム(・・・)をお楽しみにして下さい。そして、ゲーム(・・・)中に何が(・・)あっても止めることは致しませんのでそのところをご理解頂けれる所存です」
会場中がざわめき始める。
『一体なにが起きている?』、『ゲームって何のことだ?』などなどそこら中から聞こえる客人達の声。
一切の詳細を知らされず招かれた客達が大いに騒ぎ立てる。
だが会場の中で六人がざわめくどころか動揺すらしないその顔に神力使い達が気づく。
冷静な表情、まるで状況を理解しているか、あるいはこのパーティーの目的をしているかのどちらかなのだろう。
その中の一人が一同に近づく。
「や、君達が異世界の客人だね」
「何で私達が異世界から来たって分かるんですの?」
「おや、これは失礼、我が主が若い十人集団が来ることは、前もって伝えておりましたので、この会場の唯一の十代である君達にこうして話し掛けたということなのですけど……お気に召しませんでしたか?」
親しげにけど何かを隠すような笑みを見せるこの黒装飾の男性。
ガブリエルに似ているが執事という雰囲気は確実に欠けながら。
「貴方は何者だ?」
真顔で相手の正体を尋ねる鏡。
「おやおや、これはまた失礼なこと致しました。私は稲置茂治、この館の管理を勤めている者ですよ」
柔和の笑みを向ける茂治と名乗るこの黒装飾の男性は、会場に居る他の五人を呼び寄せた。
優雅なドレスを着こなす女性三人とここにいる柔和の笑みを振り回す茂治と同じ装飾を身に着けている男性二人が稲置茂治の呼びかけに応じてこちらに向かって来た。
「では、ご紹介しましょう。こちらの女性三人は右から六川友梨枝、前浜亜梨花、名賀島静香」
「よろしくお願いいたします。一之様のメイド長を勤めております、前浜亜梨花です」
「メイド見習いの六川友利枝です」
「同じくメイド見習いの名賀島静香です」
「んで、ここにいる二人の間ぬk…ごほん…失礼、優しい表情の二人組みは、右に小賀坂礼人と左は向井川原永助」
「おい、稲置ぃ、今間抜けと言おうとしたよね。なぁ、言ったよね。絶対言おうとしたよね!」
「全く、稲置さん。私は基本的にはこいう低レベルの発言では怒りませんが、出来るんであればもっとまともに紹介して頂けないだろうか。いい加減、毎度毎度こんなんじゃ幾ら私でもキレるので、気をつけて下さい」
口悪そうな男は、小賀坂礼人と名乗られ、一見大人しいそうに振舞うけれど時々トゲがある発言をするのは向井川原永助と紹介されるのである。
「では、皆も自己紹介したところで、君達も紹介して頂けませんでしょうか?」
パンッと手を叩く茂治、誤魔化すかのように男性等の声を耳の右から左へ通り去ったかの如く、次へと進めるため、一同に自己紹介を尋ねた。
「なっ!おい稲置、てめぇ何話を逸らしてんだよ!」
「さぁさぁ、君達も自己紹介をどうぞどうぞ」
笑いながらも眉間の皺を集まって来る稲置の顔は、最早穏やかさの一欠けらすら残っておらず、寧ろ怖い表情に変わりつつあると言っても誰もが同意するだろう。
「おい、皆集まるッス!」
咄嗟の大地の掛け声に皆が素早く反応し、輪を結んだ。
「早い所何とかしねぇと、あの稲置と言う奴、何をするのか検討も付かないッス」
「だよな。今のやり取りで大体どんな人かも解った気がするし」
「良し!じゃ誰からいく?」
「しょうがねぇな、俺様から行かせて貰うぜ」
一番手を上げたのが予想道理電樹が承っ(うけたまわ)た。
「じゃあ、俺様から名乗らせてもらう。俺様は――」
「ああ、もう良いです。もう片付いたので」
『はぁー?』と神力使いの少年少女達が同時に吐き出す。
『じゃあ今のやり取りは何の為だったの?』と内心考え込み……
「では、我が主のスピーチを続き聞いてください。では私共はこれで。後ほどまたお会いしましょう」
と言い残し、逃げるかのように早足でその場から去った。
「ちょっ、逃げんな、このぉ!」
稲置の背中を追う黒装飾の男性二人と一礼してゆっくり後を追う女性三人が続いて去っていった。
「「……」」
「あ、あ、あ、あの野郎!」
爆発寸前の電樹を必死で皆で抑える。
「辞めておけ。それより、主催者の話をちゃんと聞いとくッス。勝負は既に始まってるッスよ!」
大地の一言で我に返った電樹は、怒りを沈ませ元の顔に戻る。
「ありがとう、土本。おかげで頭が冷えた」
「良いッスよ。それと大地で良いッス」
「おう、大地」
※※※※
舞台に立つ一際目立つ赤い髪に赤い背広、全身を彩る真っ赤な姿でマイクを持って話を続けた。
「ゲームの内容に付きましては秘密にさせて貰います。サプライズを好む私にとって、あえて何も言わないことは大事であり、何より皆様に楽しませることを心から望んでいますので、どうかお付き合い申し願います。では、パーティーを思う存分楽しんでください」
※※※※
パンッとまた電気が消え、会場全体の灯りが点く。
先まで全員が見ていた舞台の上で話していた人物の姿は何処にも見当たらず、痕跡を残さぬまま消えていた。
「や、貴方達をお招きしておきながら、このようにお時間を掛けましたこと申し訳たたない。先ほどお聞きしていた通り、私はこのパーティーの主催している、赤城一之と申します」
礼儀正しい口調の全身真っ赤な男性は一同の後ろから聞こえて来た。
「その様子だと、既に私の使用人達と会っているみたいだね。ジク様からの挑戦状楽しんでください。では私はこれで、またお会いしましょう」
すたすたと歩き去る彼の姿がどんどん小さくなり、やがて完全に見えなくなった途端――
――ぐぅ~~ぅ
赤く染まった天磨の顔を見てその音が何を示しているかを悟る灯火流。
「いや~、お腹が減ったな~。この世界に来てから何も食ってねぇし、折角だから会場の食い物でも食べよっか~(棒読)」
初めてに等しいフォローの仕方に緊張して思いがけない失態を招いてしまう。
『これは手伝う所か、更に辱めてしまったのではないのか?』と自身に疑問付けていた。
こほんッと咳払いして、気を改めて皆の目線を凝視する。
「《腹が空いては、戦はできん》と言うし、俺らも腹いっぱい食って、今後何が起きても集中を切らせねぇようにしねぇと」
「せやな~、まぁ一理あるな。実は、おいらも腹ペコなんや」
美味しそうな香りに引き寄せられるように会場のあっちこっちに置かれているご馳走に向かう。
どれも最高級な食材が使われており、それに対して最高のシェフを用意されている事が出来上がっている料理を見れば明らかだ。
伊勢海老と高級牛の盛り合わせ、クエやシロアマダイといった超高級魚の刺身がざらりと並んでいる。
どれを取ろうか迷う場面、箸が右へ左へと歩き回り、近づいては離れ、その繰り返しをする。
※※※※
「な~、どれから食っていいか迷う~!」
頭を掻きながら本気で悩む大地その隣にほいほいと刺身を皿にのせる鉄平。
「お前は良いよな。図体デカイから色んなもん食えるッスから。おいらの身体じゃあ……」
大地の頭に手を置く鉄平、優しげな表情で彼に伝える。
「身体の大きさは、関係ない。小さくても大食いもいるし、大きくても小食いもいる……」
「うるせぇよ!」
そういったやり取り、会話が盛んでいる。
珍しい物、新しい何かを見つけては、『誰かと共有したい』そういった願いは人間にとってごく自然なことだろう。
※※※※
それから一時間が経過した。
腹も満腹になり、今後何をするのか提案を出し合っている。
「手分けして調査をしよう。その方が回りに集中して何かに気づけるはずだ」
「じゃあ、二人一組でどうででしょう。ちょうど十人ですし五組に分かれたら色々と調べられますわよ」
「そうだね。じゃあ、くじ引きで誰が誰と組むか決めようぜ」
紙切れ十枚を集め、紙に①から⑤の数字を二枚ずつ書き、灯火流が全ての紙を数字が見えないように握った。
真白、種、天磨、結晶、大地、電樹、鏡、風真、鉄平、灯火流の順に紙切れを引いた。
「結果は……大地と鉄平、種と結晶、天磨と電樹、風真と鏡、そして真白と俺か……」
「おい、灯火流はん、灯火流はん」
こっちに来いと手を振り囁く声で灯火流に呟く。
「おいらは、あの鏡はんはちょっと苦手やねん。今はにっこりと笑っていますけど、なんと言う(ちゅう)か殺気だっているんや。まだ何か隠しているのではないんやろか?」
「心配ないって。お前なら大丈夫、鏡は多分自分の中の何かと戦っているだけだ。ただ、そう簡単に解決する問題じゃないんだと思う」
無神皇と遭遇したあの夜から数週間、気が落ち着いたとは言え時々暗い表情を見せる。
どんだけ光に進んでも過去の闇が背中を掴む、振り落とそうとしても離しはしない。
かつて灯火流が背負った、【孤独】という名の過去に追いかけられていたように。
友香に出会わなければ、おそらくこうして笑えていたのかも怪しい。
光の向こうから手が差し出され、その手を取り引っ張ってくれた。
孤独を遠ざけてくれた友香。自分がどれだけ救われたことか……
感謝しても仕切れないくらい灯火流の心が満たせれていった。
「鏡もいつか必ず判る時が来る。その為に俺らが道を外さぬように支えていかなきゃならない。頼んだぞ、風真」
「おう、任しといて」
「それじゃ、確認でき次第、地層に集合な」
別れた五組はそれぞれ何かが起きそうな所や怪しい場所に向かった。
大地と鉄平は地層(七階)に向かい、結晶と種はこの太層(八階)に残り、天磨と電樹は天王層(十階)を調べ、風真と鏡は海王層(九階)にある倉庫を探索に向かい、灯火流と真白は木層(五階)の図書室へ向かった。
到着した木層の扉の前を開くとそこには想像を遥かに越える膨大な量の書物がどっさりと並んでいる。
見る限り本、本、本――
右を見ても、左を見ても、上も下も見ても大量の本のみ。
三階建ての七段割りの本棚にぎっちりと本が詰まっている。
それどころか床にも防弾ガラスで覆って、数は万と越える本が保管されている。
物理、生物学、哲学、地理学、歴史はもちろん、小説から、古代文字まであらゆる言語、見たことの無い地球外語も存在していた。
中央に大きな木製の大規模なテーブルと一メートルの面積ずつに椅子が置かれている。
ズーンガシャン。
機械が動くような、何かが移動しているような物音が聞こえてきた。
定期的にそれは、およそ五分間隔に訪れ、三回目で漸くその正体に気づく。
音がする瞬間床の本が波のように行列に左右に移動していることが解った。
取り出せない床の本をどうやって手に取るのかと疑問に思っていたが、なるほど、と理解する。
真白と灯火流が図書室を調査する為に突入に成功したその次の瞬間二階から話し声が聞こえた。
「それじゃ、例のゲームを始める頃合だね」
声の持ち主はこの和塔の主、赤城一之のものだった。
隣に誰かがいるのは彼の声から推測できる、しかしちょうど真上に立っているので顔を確認することもできず、静かに赤城達の会話を盗み聞きをした。
「楽しんで貰えると良いな。私からのサプライズ!」
「ええ、きっと気に入ると思います。旦那様のサプライズは飛びっきりですからきっと皆様も驚くことでしょう」
この和塔の主が用意しているゲームを楽しいそうに語る。
こつこつと足音が遠ざかっていき、階段からはっきりと姿を見せる。
赤髪の赤い装飾を身につけている、赤城一之と黒い服装着こなす年取った老人、ガブリエル・ムーア。
顔を確認した後、速やかに部屋を出て地層に向かった。
長い階段を上り、はぁはぁと息が切れ掛かってやっとの思いで到着した。
どうやら、灯火流と真白が最後のペアらしい。
「おう、揃ったな」
「各自、調べたものを報告するですの」
「俺と大地は、七階の地層を調べてきた」
「うん、それはもう知っている」
こほんと咳払いして鉄平は続ける。
「地層には、主に料理をするキッチンしかない。中には屋敷の管理者、稲置茂治がシェフに指導していたみたいだ。だが他には誰もいなかった」
「私達はパーティー会場で名賀島静香、小賀坂礼人、この二人だけでしたの」
「二人ともテーブルに置かれているお皿とか客人をお部屋に案内しておりました」
特に怪しい動きが無かったと説明する二人。
「こんなすぐに事件が起きるもんやろか?」
今の情報で疑問を抱く風真。
一週間と言われた期間の中で何時、何処で何が起きるのか誰にも判らないし聞いていない、故に知る由もない。
地層の外側から指定された『火層』と『金層』に向かう途中だった。
突然照明が消え、ドン、ドサッと何かがぶつかる物音がしてから数分後に明かりが戻った。
「キャァァァァァァァァッ!!」
悲鳴が聞こえたのは灯火流達が向かおうとしていた下の階からだった。
急いで駆けつけた場所、声の主がいた場所、そこは今向かおうとしていた火層だった。
奥の方に何人かが集まっているのを目撃した真白と種は、そこに向かった。
後ろから着いていく灯火流達は、観衆の中から前浜亜梨花、小賀坂礼人、稲置茂治、向井川原永助と名賀島静香の姿を視覚に捉える。
客人達も含めて全員が驚愕の表情を浮かべながら正面にある何かを目視している。
それはあまりにも現実離れな光景、高校生が、いや或いは誰にも見せられない光景が目の前にあった。
床に見える白いカーペットに流れ滲みれてゆく紅い液体。
カーペットの上に横たわる一人の男性。ピクリとも動かず只、背中にグサリと刺さっていた。
正確に心臓を狙ったかのように背中の左胸辺りの少し中央にナイフが刺されていた。
「なっ!?」
先に様子を伺った灯火流は呆然とその光景を目の当たりにする。
「来るな!」
近づいてくる真白達を灯火流が呼び止める。
「赤城様!!しっかりして下さい、赤城様!!」
「駄目です……もう、て、手遅れ、です……」
脈を取ったガブリエルが断言する。
赤城一之の死亡を――
その声の主である稲置茂治を聞いた他の皆は、中で何が起きたのかを悟る。
ジクが言っていた『探偵ゲーム』とは、まさしく漫画や小説に良くある本物の探偵の役、殺人事件の謎を暴くことだったということに――