第二章 無限の虚無編 十二話 ~届けたい思い~
僅か明かりが灯る中、友香は、ポーベルに叫んだ。
「もう止めさせて!!」
しかし、ポーベルは気に留めることなくぽつりと呟いた。
「それは、無理だね」
「……どう、して……?」
そう問う友香にポーベルは尚も続ける。
「僕の能力には、相手に干渉した後、相手が自力で脱出するか、僕を倒すかしないと解けないんだ。だから、僕自身も何もすることはできない」
能力解除に必要な条件、大きく分けて二つ。
一――術者が掛けた相手が自ら術に打ち勝つ。
二――術者自身を倒す。
そして、その能力は、術者自身、解除することはできない。
その事実を述べられ、友香は深い絶望に陥る。
ただただ目の前の光景を見ることしかできない自分の無力さ。
そして……或いは、自分の所為でこの現状を作り上げた罪悪感。
灯火流は、友香を救う為に。
他の皆は、灯火流と友香を救う為に、ここまでやって来た。
そして、友香自身も理解していた。
目の前にいるポーベルという名の神が如何に異質で不明な力を持っているということに。
何もできない。
その結論がどれ程の苦痛と苦悩を強いられたことか。
自分にも力さえあれば、だけど悪足掻きを試みる。
如何に無駄だろうとも、如何に情けなくとも熟考し続ける。
何か方法は、在るのか?
囚われている身以前に、何の力もない普通の女子高生。
灯火流に神力のことを教えて貰った時には、それはもう驚いたものだ。
けど不思議と怖いと思ったことは、一度もない。
信じられるから。
信じていたいから、そう思っているだけなのかもしれない。
だが、それでも良い。
――知っていても、そうじゃなくても、私は、きっと怖がらない。灯火流が教えてくれたから……だよ……
※※※※
私は、昔からクラスの皆とは、違う存在だと感じていた。
違和感と呼んだ方がいいかもしれない。
身体に異常性はない、けど学校で学ぶ全ての教科に於いて理解できていた。
所謂、天才児と、おこがましい響きかもしれないけど決してクラスメイトを劣って見えたり、見下したりしている訳ではない。
単に優れた能力や知識を持っているだけの話だ。
全ての科目に於いて一位を取って、いつしか学校で一番人気の女の子になっていた。
先生達も大いに褒め称えてくれた。
何故、私にこんな不条理な能力が備わったのかは、知らない。
だけど――嬉しい反面、こう思った。
何て、つまらないのだろう、と。
他人がしてきた努力を踏みにじる感覚。
苦労がどんな感じなのか、頑張ってるねと大人が言う理解不能の言葉。
私は、知らない……何も知らない。
そんな日々に囲まれて、私は、ある種の退屈感に気づき、前に見えなかったものを変わった視点で見えるようになっていた。
全てを持っていた私が唯一自分自身で取れないモノを持っていた彼に出会った。
けど、クラスの中では浮いている存在。
それは、全員漲らせていた嫉妬心からくるもの。
この小学校でずば抜けた財力も持っている、紅城一族のお坊ちゃん、紅城灯火流だ。
彼もまた優れた才能の持ち主で、一位は取れずとも、試験期間の総合点はベスト三位以内に収まっていた。
学力、財力共にトップクラスの彼がこうして孤立しているのも世界が与える理不尽かもしれない。
そして、対して変わらない私には、憧れや尊敬の意を表された。
これもまた世界が見せる理不尽な面でもある。
学校一位の人気者と学校一位の嫌われ者。
対極にいる彼と私が惹かれ合うのも必然かもしれない。
「や、君は、紅城君だよね?隣……座っても良い?」
回りの目線がチクチクと背中に刺さる感じていたが、何より初めて灯火流が私に見せた反応が一番印象に残った。
「……いいけど……」
頷く彼の目には、敵意とは違う何かを感じた。
無理もあるまい、私が行っている行為は、彼から見ればただの嫌味でしかないのだから。
少しの間が空き教室内では、全員の視線が飛び掛る。
「……何か、ここもどかしい、ね。ちょっと付き合ってよ、屋上に」
強引な方法なのはわかっている。
了承するかどうかも判らない。
――だが……
「ああ」
彼は、あっさりと了承してくれた。
教室内でざわめきが増す。
しかし、灯火流は通るだけで生徒は、皆押し退けるように道を開けた。
学校内一番の嫌われ者、紅城灯火流。
そんな立場なのに、誰も物理的な暴力を振るわない、罵るといった行動が一切ないのがなんとも皮肉に思えた。
ただ一点だけ、すれ違う生徒の顔が怪訝を見せているのだけは紛れもない事実だった。
紅城一族は、ただ大富豪だではなく、あまり穏やかな印象が残る。
故に、子供ながらも理解できた、関わり合ってはならない、と。
それは、兎も角して、灯火流自身にも堂々と歩いている様を見ているとクラスの皆の気持ちを少しだけわかったような気がした。
彼には、その自覚がないんだとも付け加えて言おう。
只ならぬ覇気を帯びている彼の後姿を見た瞬間、心動かされた気がした。
彼とは、立場が逆転しても同種だと感じていた私が恥ずかしく思えた。
彼――灯火流は、遥か高みに居ると思い知らされた。
それを知らないクラスメートも先生達でさえ知覚できないまでに。
なるほど、だから彼は、孤独なのだ。
一人で歩み続けた先には……誰も居ない。
たった一人で居続けることがどれだけ孤独感を味わうのかは、私には想像できない。
だから灯火流には、側に誰かが居ると自覚さえすれば、何かが変わるような気がする。
屋上に着いた私達は、誰も居ないのを確認してからゆっくりと柵に背中を伸し掛けた。
緊張から解放され、ホッ、とため息を吐いた。
「……中々解放されなかったね、へへ……」
「そりゃそうさ。学校一位の人気者が学校一番に話してくるだけじゃなく、屋上まで連れ出されたら、こうなるさ」
何気に不満そうな表情を見せながら嫌味な発言を呟く。
「まあ、これでやっと落ち着いて……」
「何で俺に話しかけたの?」
言葉を遮られ、そう問う灯火流にそれなりの答えを伝えた。
「何でかな~、正直言うと判らないかな~……どこか私と同じに見えた気がしたんだ……」
「それって、嫌味?」
怪訝そうに振り向く半目で睨まれ、即座にかぶりを振った。
「違う違う、そういう意味で言ってないよ……私も同じだからさ……君から見れば人に囲まれている人気者でも、実際は、そうじゃない。私も君と一緒で一人なんだ、ある意味で、てへ」
尚も納得いかず、灯火流は、更に問い返した。
「それって、どういう意味だ?」
「そのままの意味さ、クラスメートは、自分達の株の為、先生方は、個人の利益の為に私を利用しようとしている。そんな環境の中の私が周囲に人がいると思う?」
話してしまった、私の感情を、思いを――全て。
こんなの初めてだった。
まだ知り合ってもいない相手に、親にも話したことのない事実を、灯火流という少年――私もだけど――に話してしまった。
「これで、判ったかな。君と私は、同じだ」
この時、私は、思わなかった灯火流の反応に魅入ってしまっていた。
「な、何だこれ……クッソ……何で涙なんか……」
目を見開いたと思ったら、突然涙を流し、それを必死に拭い取ろうとしていた。
「なーに泣いているんだよ」
「泣いてなんかねぇし、ただ目にゴミが入っただけだし」
急に子供じみた、というより子供に戻った態度で拗ねる。
「なんだ、君も年相応の反応もするじゃない」
「そういう貴女こそ、生まれるのが遅かったんじゃねぇの、大人ぶって。貴女も子供だろうが」
「ははは、正解。私も子供だよ……けどそれは、体格での話だけ……何故かは、知らないけど、私は、本当はこの年の子じゃないのかも、て思ったりもするの……」
不安だらけの毎日、苦悩も苦労も努力も精一杯も何もかも知らずに生きてきた。
家庭での暮らしに勿論不満どころか、幸せな日々を送っている。
しかし、それだけじゃ足りない。
何か重大な何かがある気がしていた。
確信はない、けど今なら解る。
「何、言っていうんだ?貴女も立派に子供だよ。ただ他の連中と違ってバカじゃないだけだ。大人もそうだ……自分達の都合で判断しているに過ぎない。だから……その、何だ……貴女もそんなに考える必要なんてねぇから……」
今なら解る。
私は、灯火流に会う為に生まれてきたんだ。
そして、ようやく気づく――惹かれ合った理由も側にいて心地良い理由も。
「私……君の友達になっても良いかな?」
「な、ななな、何だよ……急に……」
赤く染まった灯火流のその時の顔を今でも覚えている。
照れ隠しで顔を逸らして、一瞬しか見えなかったけど……確かに笑っていた。
「……と、友達、か。なりたきゃ、か、勝手にすればいい……俺は、別に構わねぇけど」
素直じゃないのか、素直なのかわからない返答を返した灯火流の言葉に不思議と感動が覚えた。
初めての思いに誘われ、彼に飛びついた。
「嬉しいよ。ね、灯火流って読んでも良い?」
「バ、バカ、いきなり下の名前で呼ぶんじゃねぇよ……」
灯火流は、言葉を切り、一変して真剣な表情で向かい合った。
「本当に、それでいいの?もし、貴女が俺と一緒にいると、他の連中が貴女のことどう思うかわからないのに」
本気で心配してくれる彼を見て、私は、思った。
皆は、彼のことを誤解しているのだと。
接し方や喋り方に多少は、問題あるが、根は素直で人思いの子だ。
「大丈夫だって、全部上手くいくから」
曖昧な返事にやや悩まされたが納得してくれたのか、灯火流は、頷き返すと初めて微笑んだ。
※※※※
人には、心がある――それは、強さであり、弱さでもある。
人には、力がある――それは、善の為に使うか、悪の為に使うのかは、本人次第。
大きくまとまれば、この二つに分かれている。
そして、私自身もそう。
だから、灯火流が自分の能力のことを話してくれた時には、怖がらなかった。
彼の心に触れ、彼の力で守られた時から、ずっと。
――頑張って、灯火流!!
だから、今度は、私が守りたい、彼がそうしてくれたように。
力がない私が何ができるのかは、知らない。
けど、やっぱり私は、灯火流の為になりたい。
友香が閉じ込められている室内が突然銀色に光り輝いた。
然しものポーベルも今の状況に理解が及ばず光から守る為、両腕を使い顔を覆いつくした。
そして、何より不可解なのが、その光の発生源が友香から来ているものだということに。
「っく、どうなっている?」
友香は、目を瞑ったまま、祈るように両手を絡ませ、天井に仰いでいた。
――届いて、届いて!!
そして、その光の中から小さな光の欠片が離れ、灯火流の映る画面に入り込んだ。