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白銀髪の少女

「お願いだから、僕を君の家に泊めさせてくれないか?」


 紅城家響き渡る騒がしい声。


《三十分前》


 鏡と灯火流の戦いの後、灯火流と友香は紅城家に向かっている最中だった。

 灯火流は、背後から何かあるいは誰かの気配を察知したが、殺意やそれと言った不の感情は全くなかった。

 家についても尚その気配は消えることはなかった。

 このままだと落ち着きを乱しかねなく、ドンと立ち止まる最後の一歩を強く地面に叩き付け叫ぶ。


「出て来い、そこにいるのは分かっている」

「……え……っ!?」


 灯火流の突然の発言に驚愕する友香は、声の向き先に沿って視線を僅か十メートル先の電柱に向く。

 電柱の後ろから男性らしい体形の者が出てきた瞬間に大気中の湿気が更に強くなるのを灯火流は研ぎ澄まされた神経で感じ取る。

 この現象の原因を一瞬の内に脳内で悟り、特定の誰かによって起きたと判り、肩の力を抜いて呆れ顔でぽつりと呟いた。


「やっぱりお前だったか、鏡」


 先まで戦っていた相手、鏡のことである。

 お互い怪我した身という名目で全員を家に上がらせ治療にあたった。

 鏡の火傷は、そう酷くはなかったが、濡れたタオルで冷やす必要があった。

 もちろん鏡自身の体内に生成している特別な治療用液体(エキス)治療液体(ポーション)』を使って。

 お互い体を横たえていた時に鏡は意外な一言、『お前の家に泊めさせてくれ!』という話を持ち出して、現在に至る訳だが――


 鏡の話によると、彼には帰る場所がないらしい。

 しかし理由を頑なに語ろうとはしない。

 友香もまた哀れんでか鏡を泊まらせる方向へ促していた。

 仕方なく、彼をこの家に住めるように祖父に相談しに行ったところ。


「そうか……水晶一族の子が……。よかろう、宿泊の許可は与えましょう、じゃが――」


 彼がしばらく泊めることに決まったが宿泊料の代わりに灯火流に神力の第二段階を教えるのが条件となった。


 次の朝、特訓が始まった。


神獣(しんじゅう)の召喚には、神力者(じんりょくしゃ)の能力が反映される。強いか弱いか、それは、自分次第。しかし強い神獣を召喚する際、体力の消耗が一段と激しくなる。そして何より精神の安定が必須。全ての条件が整い次第、本番である神獣の召喚に移ろう」


 体力をつけるのが前提で訓練は開始された。

 毎朝五十キロのランニング、腕立て伏せ五百回に腹筋千回等と山修行と大差ない練習メニューだったがこれを聞いた友香には少しばかり無茶です!!の一言。

 しかし、この基礎体力アップは神獣を維持する為のものに他ならない。

 度重なる体力アップトレーニングの後には、決まってひたすら瞑想することだけだった。

 精神の安定を極めるには、それしかないからだ。

 訓練は、その後も過酷になり、その三週間の時が流れ――神獣(しんじゅう)との対面の日が訪れた。

 神獣(かれら)との接触に必要なのは、完璧なまでの集中力が可能な無音の場所。

 自身の内側に住む神獣(しんじゅう)に会うにはそれほどまでに神経を研ぎ澄まさなければならないからだ。


 この伝統を守り続けた各一族にそのような場所があるはず祖父にそういった場所の在りかを尋ねると家の道場の奥に地下へ繋がる隠し扉の存在を教えられ、下に続く階段を発見したもののその下は想像できるであろう深く真っ暗だった。

 しばらく程歩いた先にやっと付いた場所にまた堅く閉ざされた扉が現れた。

 真っ暗だった道筋もこの一箇所――つまり、この扉の回りだけが明るかった。

 理由は、()(かく)その扉の横に文字が石みたいなもので刻まれていた。


『ここへ立ち入りし者、一人で入るべし』


 灯火流は友香と鏡に――ここからは、俺一人で行く――と、伝え彼らが外へ出る前に、鏡から薄紫色の()()を渡され、肌身離さず持っていろと告げた。

 頷き返すとドアノブに手を伸ばし、扉をゆっくりと開けて入った。

 目の前の光景をどう表現したら正しいのかを考えながらゆっくりと足音を殺しながら奥へ進む。

 窓もなければちょっとした隙間もないはずなのに――明るい、地下なのに。

 天井も壁も入り口でさえはっきりと白く、しかも何も見えないとも言える空間に迷い込んでいた。

 とても静かな場所、まるで音がこの部屋には存在しないかのようだ。

 早速に瞑想に移り、集中することで自分の中の思考に入る(・・)ことが可能になる。

 鏡が前に言っていた神獣(しんじゅう)()む世界に深い眠りに落ちるが如く精神を転移させる。

 次に目を開けるとそこには、何処までも広がる赤く染まった大地だった。

 腰を上げると辺りを見回す――ただの大地、それ以外はない。


「ここが俺の精神の中、なのか?」


 疑問に身を震え唐突に『それ』が起きた。

 地震が起きたかのように地面が震え、突然巨大な火山が何峰も現れた。

 火山の中から溶岩が流れ出し、太陽らしき光点を多い尽くす程の巨大な光が目の前に現れた。

 六つの翼を持った、十メートルをも軽く凌ぐ高さの美しい鳥。

 炎を帯びた鳥は、太陽の如き熱で輝き、いかなる闇を追い払うかのように、どの寒さからも守ってくれるような熱を持っていた。

 その姿はまるで伝説に聞く鳳凰そのもの。

 灯火流の右目が光りだして疼き始めた。

 その鳥に右目が共鳴し始めたのだろう。

 鳳凰は、炎の翼を広げ、頭を天に向け大地全体に鳴り響くように叫んだ。


「今度は、汝が我が主か。なんと腑抜(ふぬ)けた人の身よ。今までに会ってきた小僧の中で汝が一番若いが、それなりの経験や知識が欠けておるとお見受けする」

「お前が俺の神獣(しんじゅう)なのか?」


 問いかける灯火流の頭の中は、思考の強制的に遮断されたかのように混乱極まる状況に陥っていた。


「まだ分からぬか。前に我の声を聞いたはずだ」

「前?」


 そこでふっと思い返す。

 あの時語りかけた声を。

 そう、初めて能力を覚醒したあの夕方、確かに聞こえた謎の声。

 それが目の前にいる奴だと言うのか。

 火山から出た巨大な鳥がだんだんと近づいていて語り続けた、


「我が名は(くれない)。我は(なんじ)に問う、何故我の力を欲するか?」

「俺の大切な人、友香を守る為だ!」


 鳳凰は、その羽を広げ叫んだ、


「ならその心意気、我に見せ付けよ!!」


 空高く飛んだ鳳凰は、戦いの宣言後、臨戦態勢に身を構え、一直線に襲ってきた。

 灯火流は拳に炎を纏わせ、鳳凰の攻撃をかわしつつ隙ができるまで耐え凌いでいた。

 けれど鳳凰は、襲い掛かることなくただ上を飛び回っているだけだった。

 と思いきやだんだんと加速し、火の玉をバンバンと吐き始めていた。

 同時に風を起こし、竜巻を発生させ、吐き出した炎で火の渦を巻き起こした。


「これはチャンスかも」


 大きな火の渦が灯火流に近づきこの隙にと中に跳び入り、死角を捉えた灯火流は攻撃のまたとないない好機と認識していたからだ。

 ()りっ(たけ)の、それも放ち出せる全力の火力で一撃を天まで届かんと渦の勢いに臆すことなく見事までに一直線に鳳凰のいる位置までに――

 しかし、真上にいるはずの鳳凰の姿がどこにもなく、周りを見回してもその姿は見当たらなかった。

 死角になるのは自分も重々承知ではいたのも束の間、誇り高き鳳凰が灯火流(こもの)如き攻撃をわざ わざかわすまいと思い込んだのが今の現状を作り上げたのだ。

 全神経に集中させ移動する鳳凰を急いで探す。

 前後左右、全て見回しても鳳凰の姿はなく煌めく太陽を見上げる。

 そこで(ようや)く気付く、空にある両の煌めく光のことを。

 そう、あり得ない。太陽が二つあることが……少なくともこの空間に来てからは、太陽はたった一つしかなかった。

 それが意味するのはもはや紛れもなく鳳凰が光の内どれかに迷彩(カモフラージュ)している。

 微妙な変化を見切りつつ伸張に目を最大限に行使し、右側に微妙に大きくなっていることに気付いた瞬間、高速で左に動き回り、そしてまるで隕石のように火達磨(ひだるま)状態で真っ直ぐに襲い掛かる。

 鳳凰が直線に接近していることを逆手に必殺の技を繰り出すチャンスをだと思い、鏡との対決で使ったあの技を繰り出した。


真紅(しんく)息吹(いぶき)】は、鳳凰を直撃した。


 しかし鳳凰は攻撃を受けた様子もなく、灯火流の攻撃がだんだん小さくなっていた。

 そこで見たのは、鳳凰が炎を吸収していたことだった。


「飲み込んだ、だと!?」


 いとも簡単に敗れた灯火流の技。

 これで最後の切り札が無効にされ、焦りや不安の感情が鳳凰に伝わっているようだった。


「汝に力を与えたのは、誰だと考えておろう。この程度の力で神獣に勝てるつもりなら、我は汝を主として認めるわけにはいかぬわ」


 鳳凰は、口の中から紅色の輝きを放った。


紅蓮(ぐれん)咆哮(ほうこう)


 先程灯火流が使った同じ技で実力差を見せつける。

 炎の勢い、温度、質力、攻撃範囲すら比較するのが不要なまでに実力差は存在していた。

 その全ての原点から()(はな)れた技を目の前に確かに息吹(ブレス)とは呼べまい、咆哮(ロー)と呼ぶに相応しい威力だ。

 それに、幾ら炎に耐性の高い灯火流の体でさえ焼き尽くすぐらい容易だろう。

 かわすことすら適わないほどの大規模な攻撃範囲に身動き取れなかった。

 炎がだんだんと近づき、除々に灯火流の体を覆い尽くす。


「ああああぁぁぁ!!」


 そして、悲鳴と共に灯火流の精神体は――消滅した。


 ■■■■


 目を覚ました時、辺りは暗く、ただ呆然としていた。


「俺は、生きている、のか?……それともここは天国、なのか?」


 まるで死を体験してたような気分でゆっくりと身を起こす。

 決めていた目標を達成すら叶わないまま、ただ暗い部屋の中心に立ち尽くしていた。


「この情けない姿、友香には、見られたく、ないな……」


 悔しげに、だがそれに耐えるかのように顔を引き締める灯火流。

 突然ドアが開き久しぶりに感じた日光を顔にたっぷりと浴びる。

 その光から手で目の周りを覆い隠していると一人の影がすごい勢いで灯火流に抱きついた。

 この体の温もり、少し控えめな抱きしめ方、そして懐かしみを感じさせる純粋で仄かな花の香り。

 友香は体を震わせ、涙を流しながら顔を服に押し付けていた。

 ただただ彼の無事な姿に安堵して。

 後方からやって来る鏡。

 友香が落ち着きを取り戻し、二人から事の次第を聞く。

 扉を開ける少し前にこの部屋から悲鳴が聞こえ、駆けつけたと言う。

 入った時と今いる部屋が同じとは、思えない。

 しかし、そんなことは、今は関係ない。

 今の状況は、かなりマズイ。

 そう思った矢先鏡が何かを尋ねた。


「上手くいったって感じでは、ないな。失敗したのか?」

「ああ、そうだよ。俺の技を何倍もの威力で返されて、敗れたよ!」


 悔しい思いに鏡に八つ当たりをするように怒鳴り付ける。

 けれどこの気持ちを落ち着かせるのにこの方法以外何も浮かばなかった。

 だが、鏡は、いやな顔を一切せず言う。


「最初は僕もそうだったよ。失敗して、神獣を扱えるようになるまで結構な時間が掛かった。以前僕に水蛇が言われたことを考えながら答えにどうにか辿り着いた。きっと君にもその意味を正しく理解できるはずだ」


 自分と同じ体験をしたことを話すことで灯火流の気を落ち着かせようとする。


「何て言われた?」

「『神獣に自分を認めさせろ』だったかな……」


 それは、鳳凰からも聞いた内容とほぼ同じだ。

 しかし全然敵わなかった、同じ技で破られ、こうして情けなく帰ってきたのだから。

 けれど鏡は衝撃の発言をした。


「けど、君は生きている」

「っ!!」

(まだ生きている!?)


 鏡の発言がなければ気づきさえしなかっただろう。

 不意を突かれたかのようだ。


「君は、死んでいてもおかしくないと言っているが、覚えているか、渡した石?」


 慌ててポケットにしまった石を探す。

 しかし――見つからない。


「あの石は生命石(せいめいせき)と言ってな、持ち主の危機を感知して強制転移させる効果をもたらす、僕の一族で扱う特別な石だ。まあ、当分帰れねぇからこれが最後の一つだけどな」


 仕方ないという顔で鏡は苦笑する。

 死んでいたかもしれない事実とは別に、鏡がそんな特別な石をくれたことに驚嘆を覚える。

 その石がなければ今頃は、精神体は灰と化していただろう。

 もちろん、魂のない肉体は死体と同様、つまり死んでいたことになる。


「まあ、それでも君が死ぬことはなかっただろうけど、ね……」


 付け加えるように発言する鏡に早くも灯火流は反応する。


「それはどういう意味……?」

「神獣にとって器である僕達の肉体は、現世と彼らの世界を繋ぐ扉でもある。だから、器を壊す理由などないということだ。おそらく、お前の神獣もその石に気づいて、敢えて技を繰り出しなのかもしれない……まあ、しかし、今日はもう休め。体力と気力を回復しろ」


 何も返す言葉も見つからず沈黙したまま部屋へと引き戻す。


 ■■■■


 翌朝、朝食の準備をするため食材の買出しに向かう灯火流とその手伝いに鏡が一緒に出かける。

 近くにあるスーパーに向い、買出しを終えた帰り道、雲行きが急に怪しくなり、すぐさま雨が降り始めた。

 急いで帰る途中、路上で倒れている人影を発見する。

 近づいて見るとそこには、真珠のように白く銀がかった髪に全身を覆う程の黒いマントの少女だった。


「おい君、大丈夫か?」


 けれど少女からは反応はなく二人は、顔を見合わせこくりと頷く。

 灯火流が少女を背中に乗せ家まで連れ帰った。

 怪我をしているのかどうかはっきり判らない、しかし倒れている誰かを、ましてはや少女を放って置くほど良心は腐ってはいない。

 帰宅した二人は急いで友香と灯火流の母、紅城(くじょう)花紅良(かぐら)を呼ぶ。

 灯火流と鏡が布団を敷いている間に、友香が少女の濡れた服を脱がし温かいタオルで体を拭き着替えさせた。

 ちょっと大きめのシャツに着替えた少女を布団の中に寝かせ湿ったタオルを額に置いた。

 見た限りの小柄な少女だが灯火流達とは、あまり変わりない年だろう。


 しばらくすると少女は、目を覚まし、ゆっくりと上体を起こし、ボーッとしながらも辺りを見回した。


「………」


 少女の髪は長く、白く前髪は左目を隠すかのように覆っていた。

 どんなに時間が過ぎても少女からには呻き声一つ出なかった。

 混乱や不安、そして何処へ連れて来られたのかも判らないという恐怖も感じているはずだがそれらを一切見せない素振りで呆然と回りをちょろちょろと見回す。

 何か言いたそうに口を開こうとするが一向に声らしきものは出てこない。


「ねぇ、君名前は?」


 友香が会話を弾もうと名前を訊く。

 だが少女は、口を開こうとするがやはり声は出なかった。

 少女は手を伸ばしペンと紙を求める仕草を見せる。

 そこに手を震わせながら書いたのは自分の名前だった。


真白ましろ


 思わず灯火流は……


「綺麗な名前だ……」


 それを聞いた真白は、顔を赤くして手に持っている紙を顔に押し付けた。

 どう言う意味で捉えられたのかを後から深く考え、灯火流もまた顔を赤らめ、必死で弁解をする。


「あっ、いや……そ、そう言う意味じゃなくてだな……」


 灯火流の横にいる友香から奇妙な圧力を感じる。


「うん、綺麗な名前だ!」


 この重い空気を壊してくれたのは、鏡だった。

 能天気故か空気を読まない彼は状況を理解できず、堂々と白い髪の少女に話しかける。

 こればかりは、彼の能天気さに救われたのだが、真白は、怯えながら更に紙を顔に強く押し付ける。

 それでもめげずに話し掛ける鏡を灯火流と友香二人で何とか黙らせるのにどうにか成功した。

 場が落ち着いた頃、扉から花紅良(かぐら)が現れ食事の用意が出来ているのを伝える。


「皆さん、お食事が出来ました。あらあら賑やかですね~、急がなくてもいいからゆっくりと来てね」


 そう言うと花紅良は、食堂に消えて行った。

 後を追うように灯火流、鏡と友香が真白を手伝う形で両手で持ち上げ手を繋いで食堂へと向かった。

 から揚げ、数種類のシーフードサラダ、赤飯にチキンロースを含めた豪華な料理がざらりと並んでいた。


「本気出しすぎますよ、母さん」


 半分呆れ顔で呟くと花紅良は、「久しぶりに友達がきたから」と嬉しそうに応える。

 全員が席につき手を合わせ頂きますを言う。

 灯火流と鏡は、勢い良くチキンロースにがぶりつき、大量の料理は数分後にはその半分まで減っていた。

 その中で少し控えめな友香は、隣に座る真白にから揚げを(よそお)う。

 真白がから揚げを口にした次の瞬間、初めて口を開いた。


「……おい、しい……」


 鈴の音色を聞いているような感覚のとても心地よいたった一言の声。

 誰もが心を奪われそうになるその声に一時期の沈黙が広がる。

 御淑やかさを兼ね備えた声音、説明するのに持ち合わせている語彙では全く持って足りない程に。

 そして、気付けば全員の視線が真白に寄せ集まっていた。


 食後、改めて真白に訊ねる。

 何処から来たのか?

 道端で倒れていた理由を?

 だが彼女はかぶりを振り一切覚えていないと語った。

 しかし、当時の状況から推測して誰かに狙われて逃げている際、頭に衝撃で記憶を受けて曖昧になっている可能性がある。

 しかし、何かを隠している可能性を捨てきられずにもいた。

 行く当てもない彼女も今晩は、紅城家に泊まることになった。

スースーと極力に控えた吐息で寝る真白を灯火流の部屋に寝かせ、灯火流は、鏡と同じ部屋に寝ることになった。

 また友香も、真白を一人にするの心配してか、彼女と一緒に泊まると言う。

 男子二人と一緒なのが危険だという口実を付け加えて。

 母がいるのにと呆れ顔で灯火流は、友香を見る。

彼らの会話を傍で聞いていた灯火流の母、花紅良は仄かに笑みを浮かべていた。


 次の日、友香、鏡、真白と灯火流の四人で真白が倒れていた場所へ向かう。

 何かを思い出すかもしれない、その可能性に賭けて向かったものの――


「何か思い出した?」

「んん……」


 首を左右に動かす真白。

 まだ何も思い出せてないらしい。

 辺りを隈なく歩いていると突然道の正面が爆発し、煙が上がった。

 煙が風で遠ざかりだんだんとその詳細が判るように視界が晴れる。

 地面に残っていたのは、紫色の巨大な針のような細い物体。

 刺さっている箇所からその紫色物体がみるみる溶け出し、液体化し道に広がっていった。

 液体が触れた部分が蒸気が発生し、シーという音と共に地面が溶け出した。

 傍らから気配を感じ、四人は、東側にある公園の大樹へと視線を向く。


「そいつは、挨拶代わりだ。さ、真白様、兄貴が待ってるぜ!!」

「誰だ?身内……って訳じゃなさそうだな。真白に何のようだ?」

「俺か、そうだな、俺は毒草一族の者とだけ言っとこう。真白様の兄貴の命令で連れて帰れと言われましたまで」


 この人は、言葉の選び方をちゃんとできない人間だな、略せば、ずばり――


「お前、馬鹿だろ」

「なっ!!」

「苗字を言った時点で君の正体がばれてんだよ。毒草一族の人間、そしてさっきの技。これらの情報で導かれる答えは、ただ一つ、毒草一族の頭領(とうりょう)毒草(どくそう)屍毒(しどく)とうわけだ」


 彼は、少しの間驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻しニヤリと(わら)った。


「ほう、少しは勉強してるんだね、しかしこっちも負けちゃいられねえな、そうだろ、紅城灯火流」

「そっちも調査済みってわけか」


 しばらく会話が続き、次第に途切れ、双方とも攻撃態勢に移行していた。

 緊張状態の中鏡が叫ぶ。


「ここは、僕に任せて真白ちゃんを連れて行け!」

「いけるのか、お前一人で?」


 けど自信満々で親指を立てながら応える。


「僕が負けるとでも」


 頷き返し、鏡を信じ後を任せ、灯火流は真白の手を握り連れ、その後ろを友香も着いていく。

 遠ざかっていく三人を見守りながら鏡は、屍毒の方へ振り向く。


「わりぃな、僕の相手してもらうぜ」

「はは、何、君を倒してから追うさ」


 二人が地面を蹴り双方の技を繰り出し衝突した。


 灯火流、真白と友香は、先方に公園を見つけ、そこに逃げ込んで隠れることにした。

 走り疲れた様子を見せる真白に公園のベンチに座らせる。

 突然屍毒とは違う気配を察知した灯火流は警戒態勢に入り、二人をかばうような姿勢で前に進む。

 けど予想とは、裏腹に広報に振り向くと全身黒尽くめの仮面を被っている男が立っていた。

 無言のまま近づき真白の方向へ進む。

 阻止しようと灯火流が仮面の男へと近づくが……仮面の男は拳を軽く振ったかと思うと、灯火流の顔面にヒットさせた瞬間遠くのベンチまで吹き飛ばした。


「灯火流!!」


 低木に隠れていた友香は思わず叫び出す。

 圧倒的な実力を見せつけられ、薄れる意識の中で自分の無力さを痛感する。

 仮面の男は、真白の手を掴み強引に連れて行こうとしながら呟く。


「いくぞ、真白様!」


 低い、けれど威圧的な、戦慄を覚えさせる声。

 真白は、逆らうかのように足を反対の方へ向け駆けようとした。

 震える鈴のような声で叫ぶ。


「お止めください、兄様(・・)!!」


 真白が発した言葉は驚愕を覚えさせるのに十分だった。

 追っ手が兄だという事実を。

 どんな家庭事情が関与しているのかまでは判らないが、兄が妹を強引に連れて行こうとする光景を灯火流は、許せなかった。

 けれど先の衝撃で足を圧し折られ動けない状態になっている。


「クッソォォーー!!」


 苦痛と悔しさが体中を走り回り、何もできないこの思いは、とてつもなく辛い。

 死に物狂いで仮面の男の腕を掴む友香――震えが伝わっているであろう手を必死に握っていたその時に、前方から誰かを引きずりながら近づいて来る影が現れた。

 近づく度に姿がはっきりする。

 それは鏡だった、しかし見間違えるほど彼が発している雰囲気は殺意に溢れ返っていた。

 ()()られていたのは、最初に追って来た屍毒だった。

 鏡は、ボロボロになった屍毒を黒面(くろめん)の男の傍に放り投げ灯火流の方へ歩いて来た。

 黒面の男は、真白の手を放し屍毒を連れて何も言わず去った。

 彼らの姿が消え、目の前にいた鏡が倒れる。

 心配して顔を覗くと、ぐぅ~ぐぅ~と爆睡していた。


「もっと……強くならなきゃ」


 足をやられ、動けない灯火流は右手で強く地面を叩く。

 すると真白が、彼に近づき両手を怪我した足の上にそっとかざして詠唱を唱え始めた。


いやしのひかり


 眩い光が手から放たれ、足の痛みが徐々薄れていき、やがて傷まで完全に完治された。


「やっぱり、君も神力使いだったんだね」


 両眼を見開いたのは真白の方だった。


「気付いて、いたんです、か?」

「それは、な。と、言っても気付いたのは、ついさっきだけどな、屍毒が君の名を呼んだ時、もしかしたらと思ったんだ……」

「流石、ですね。私は、真白、白崎真白、です。隠してて、すみません」

「事情が事情だからね……気にしなくていいよ」


 白崎真白、と再び名乗った真白は、申し訳なさそうにぺこりと顔を俯かせていたが、ニヤリと笑みを浮かばせる灯火流は、呑気な態度で応じた。


「真白の事情を聞かないようにしていたが、帰ったら聞かせてくれないか?もちろん強制は、しない」

「いいえ、話、ます。私が、知っている全てを……」


 真白はかぶりを振り、少し震える手と身体を懸命に抑制しようと白銀に煌めく髪をなびかせながら、見せる両眼には覚悟が滲ませていた。

 普通に歩けるまでに治り、倒れている鏡を背に()って城紅家まで連れて帰った。

 あくまで話は家に着くまでしなかった。

 重い雰囲気の中、静寂が帰り道をずっと支配していた。

 部屋に鏡を寝かせ、灯火流、友香と真白は別室に移った。

 公園で会った人、彼女が兄と呼んだ人物は一体誰なのか?

 真白は、語り始めた――

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