第二章 無限の虚無編 七話 ~交差する意志~
キーンカシャーン、
刀と刀が衝突し、互角に見えるが、少しずつ、刀傷が増えていく灯火流に対して灯火流には、一切の傷がついていない。
「くっそー強ェな、一体何なんだお前!!」
清々しく、華麗にかわし終えたニセモノは、不思議そうに首を傾げた。
「先から言っている、俺は、俺だと」
「ちっ、そういう意味じゃねぇ!!」
刀をニセモノに向けて、叫ぶように吠えた。
「お前が誰の命令で動いて、何のために動いていると聞いてるんだ!!」
その言葉を聞いた瞬間、ニセモノは熟考する。
灯火流と同じ存在であるはずのニセモノは、何を考え、思って、行動している?
自問する自分を想像し、回答に全力を注げる。
【回答】――――――空白、真っ白……皆無。
見つからない。
何も……ない。
「俺は……」
巡回する思考で何度も何度も自問する。
――俺は、何だ?
思考の限界を突破し、残る疑問を灯火流にぶつけた。
「お前は、何の為にここまで来た?死ぬかもしれないのに何で!?」
呆れた顔で、はぁはぁと息を整えながら言った。
「そりゃ、お前――」
ニセモノは、眼を見開き、驚愕を隠せず呆然と立ち尽くす。
――わからない。
混乱、困惑、理解できない。
こんな灯火流は知らない。
そんな感情を浮かべる灯火流がまるで理解できない。
一人の為に自分を犠牲にする?
何て意味不明な言葉だ。
ニセモノが到底理解できるのは不可能だろう。
――どうしてなんだ……
内心で呟いていたつもりだが、ぽつりと無意識で零す。
「……どうして、そこまでできる?」
はぁ~、と思わずため息が漏れそうな呆れ顔で、その直後に誇らしげに両手を広げて応える。
「先から言ってるだろう――その為なら何の躊躇ないって」
――どうして、断言できるんだ。
他人は、信用できない存在なのに。
一族内でも信頼できるのは、一部のみで他の一員達は、灯火流という存在を人としてじゃなく象徴として扱ってきたというのに……
「何で……何で、そこまでして、必死になれるんだ!!どうしてこうまでして、彼女を助けようと思う!!」
――解らない。
目の前にいる灯火流をどう理解することができるのか?
どう立ち向かえばいいのか?
困惑し続ける頭に襲い掛かる頭痛が、胸に刺すような痛みが、切ない気持ちを誘い―――
眼から一筋の涙が零れ落ちた。
――……あれ……!?
目尻に滲み出る涙を拭いながらふと思う。
何故涙を流すのかを。
思い掛けない感情に気づかずに、ただ自問し続ける。
――何故泣くんだ?
そして、再度思考する。
――解らない。
※※※※
――今なら解る。
目の前にいる灯火流は、実際、本当の意味での偽者ではない。
こいつは、記憶の奥に存在した灯火流自身。
かつての灯火流、友香に出会う前の自分。
人を信じるのを諦め、他人を憎み、孤独に生きていた頃の己自身。
ニセモノ(かれ)とのこの戦いに何の意味があるのか?
即ち――何の意味もない。
誰かに強いられた戦いなどに何の意味がある?
だからこそ――灯火流は表情を改めて、刀を構える力を抜き、空の手を強く握り叫んだ。
「そうまでになって、戦う必要が……意味があるのか!!」
ニセモノは、背筋を正し、仰天する。
涙がぴたりと止まり、改めて、自分の立場を再認識するように元の冷静で無表情に戻った。
「……意味、だと?……意味ならあるさ」
辛うじて聞こえる声音で、しかし、以前よりも眼に力を宿しながら、その確証を叫ぶ。
「お前を倒す!……命令だからではない……今度は、俺自身の意思で決めた。お前を倒し、俺自身を取り戻す!!」
迷いなどないという表情のニセモノに灯火流は、高揚感溢れる思いに身を任せて。
「上等だ、掛かって来い!!」
両者刀を構え突っ走った。
「「うぉぉぉぉぉぉおおお」」
気合充分、火花が飛び交う中で両者が放つ僅かな神力が草叢に触れると猛火を引き起こし、辺り一帯を燃やし尽くした。
交互に繰り出される垂直切り、それを防ぐ為の斜め上段切り。
速度を加速させ、剣戟は更に激しさが増し、両者は、徐々に刀傷の数を増やしていった。
「……はぁ……はぁはぁ……」
最後の一振り、激しく反発し合って跳ね返る。
その勢いを失い、一気に疲労が身体に走る。
覚悟と覚悟のぶつかり合い、灯火流と灯火流との戦い。
力は互角で、技も全て同じ。
互いの思いだけが違い、その点でこの勝負を分かつだろう。
思いの力、覚悟の違い、そして強さ。
一人は、【自分自身】の為、もう片方は、【友香を救う】為。
同じ存在、けどその思いは、如何に?
だがこの戦いに意味を見出し、恥じぬよう、誇り高く、正面切って――
再び傷だらけの足を突き動かした。