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水蛇

 退院後――と言いつつも一晩しか過ぎていなかったのだが――灯火流は、友香と一緒に各々の自宅へ帰った。

 灯火流が友香を送り届けた後、交差点を四回渡り歩いた所、自分の実家に辿り着く。

 玄関を潜り抜けた所に家の人達が勢い良く飛び突き、その勢いで折角塞がった傷口がまた開きかける。


「「灯火流ぅぅぅ~!!」」

「イッッテェ―……病み上がり相手に最初にすることかよ!」


 イラつく眼帯を右目に巻いた赤髪少年――灯火流の声に家族皆がピタッと動きを止める。

 ――が、皆は彼を温かく迎え入れた、とても居心地の良い場所だと改めて感じ取る。

 いつも受け入れてくれる家族がいるということが何よりも静かで温かい気持ちにさせてくれるのだろうか、むず痒い痛みに痺れながらも安堵感に身を任せる。

 灯火流は部屋に戻り、眼帯を外し鏡に映る自分を見つめた。

 そこに映っているのは、一体誰だろう!

 右目しか変わってない筈なのに、別人を見ているようだ。

 真紅に染まった右目は、呪いなのかと思うほど可憐なものじゃない。

 戦い続けた結果、その瞳に血が染み込まれたかのような(あか)い眼球。


 ■■■■


 警察署へと向かった灯火流は、先日襲い掛かってきた連中の情報提供を依頼した。

 そこで得た情報では、本土(ほんど)光武(みつたけ)の名が出てきた。

 この地域の名のある暴力集団(滅龍(めつりゅう)α(アルファ))のリーダーだそうだ。

 IT企業を経営していた彼は、二年前の謎の爆破事件で子供二人を亡くし、悲しみと絶望のせいで狂気に侵され暴力を振るうようになり、底知れぬ強さと凶悪さにチンピラ連中が吸い寄せられたかのように、いつの間にか暴力組織を結成するまでに至った。

 破壊の限りを尽くし、強盗まで手を出し、けれど警察でさえ手に余るモノだった。

 昨日の事件で弱った連中は、ほとんどが捕まり、一夜にして滅龍αは、壊滅まで追い込まれた。

 しかしこの事件でまだ捕まっていない連中とそのリーダーは、居所も不明のまま。密かに復讐を企んでいるのかもしれないという噂だけが都市内に広まっていた。


 ■■■■


 翌日、灯火流は祖父、紅城(くじょう)火釜(ひがま)に頼み込んだ。


「お願いします、祖父(じい)様。短時間で強くなれる稽古を付けて下さい!」


 一ヶ月半、祖父が言い渡した最低限に効果が発揮できる期間だ。

 修行の為に火釜が用意した街外れにある山の奥の廃棄された寺へと向かった。

 身体能力の増加には、基礎体力の強化が不可欠らしく修行期間はほとんどがこれに費やした。

 過酷な修行を耐えられる忍耐力が必要だと今更になって体が実感する。

 幸い運動に関しては、苦労がなかった灯火流と内心安心するが、百キロ以上の岩を背に乗せながらほぼ垂直の山道を全速力で走るのはさすがの彼でも疲れるというものだ。

 しかし、それすら只のウォーミングアップに過ぎない。

 限られた期限では、最小限の休息を取り、すぐに修行を続行する。

 

(たる)んどるぞ、灯火流‼ちゃっちゃと立ち上がらにゃ、強くはなれんぞ!!」

「……はぁ……はぁ……く、っそ……」


 想像を絶する猛烈な訓練に思うように体がついて行かず、気力のみで体を動かしているのが今の実状だ。

 その晩の夕食でさえ鍛錬の内に入り、野性本能を身に付ける好機だと祖父が言う。

 川原で身を洗っていた最中に火釜が呟く。


「この辺かのう、灯火流。能力を使ってここ(・・)目掛けて撃ちなさい!」

「了解しました、祖父様」


 目を閉じて神経を研ぎ澄まし右手に集中。

 手に熱が宿し火釜が示した川岸のすぐ手前、丁度川と一メートル離れた場所目掛けて放った。

 数分後、ばしゃっと川の水が出来上がった岸の穴に乱入し、炎で膨大な熱を含んだ石にブシャーと水がその業火を急激に冷まさせる音を立てながら蒸気を舞い上がらせ、即席の温泉が完成した。

 灯火流が目を開ける直前に声が聞こえる。


「――は~ぁ、いい湯加減じゃ。おい、灯火流。もう少し火を強くしてくれ。は~ぁ……」

「祖父様……能力を使って風呂に入らないで下さいよ!」


 出来上がった温泉に浸っていた火釜にツッコミを入れる灯火流に対して火釜が応える。


「何を言うか、これも立派な修行ぞ!……あっ、この湯加減で()え。お前も入りな」


 言われるがままに一緒に入る灯火流は温かい温泉に足を入れ、疲れが体から流されるように、声と共に思いっきり零れ落ちた。


 翌日、神力を高める修行に移行した。

 祖父が言うには、神力を高めるには精神を高めるしかないらしい。

 しかし、能力の扱いは、個人個人異なっている為、扱いやすさはセンスの持ち様らしい。

 そこで、瞑想の場として寺を提供した火釜に十五日以降は、鍛錬の後に寺でひたすら瞑想をギリギリの時間まで行った。

 過酷な鍛錬、食材の調達に加え、追加された瞑想はこれ以上ない極限状態を作り上げた。

 その修行に耐えてこそ真に強くなれるのと信じて残り僅かな時間を睡眠で過ごす。


 迎えた最終日。

 全ての鍛練に耐え、成果を見せる時が来た。

 全神経を尖らせ拳に集中する。

 驚くことに力が使いやすくなって、呼吸するような感覚で炎を出し入れできるようになっていた。

 これなら友香を守れる、そう確信を持って、実家へ帰った。


 ■■■■


 ようやく一ヶ月半の短期修行を終え、街に戻る灯火流がまず向かったのは学校だった。

 学校に着いた彼は真っ先に友香に会おうとした。

 しかし彼女の姿は何処にもなかった。

 病気だろう、そう思った彼は、学校の帰りにお見舞いも兼ねてショートケーキを持って、友香の家に立ち寄った。

 そこで友香の母、八守(やがみ)春香(はるか)と道端で鉢合わせ、慌しい様子で友香の行方を尋ねた時に、嫌な予感が背筋に走るの感じた。

 話によると友香は、数日前から家を出たっきり帰っていないらしい。

 最初は、灯火流の修行に向かったと友香から告げられた。

 一日たっても平気だった思ったが二、三日と続いて帰ってこないとさすがに心配もするのが親ってものだ。


 警察に捜索願いを出そうとした矢先に灯火流と鉢合わせた、という訳だ。

 もしかしたら滅龍αの連中が復讐のために友香を拉致したのかもしれない。

 恐怖に駆られた思考は、最悪な状況を想像し始めた。

 急いで家に帰った、どこかに手紙や果し状みたいな手がかりらしき物があるかもしれない。

 玄関、台所、庭を隈なく探したが何も見つからなかった。

 残りは、自分の部屋のみ。しかし――何もない。

 灯火流は、気を落としベッドに座り両手で赤い髪を掻き乱していた。


「全部俺のせいだ。必死に強くなろうとしたばかりに友香は――」

(友香は、何処にいるんだ。考えろ、集中しろ、何処かに滅龍α(あいつら)がいるはずだ)


 その瞬間、窓からものすごい勢いで何かが飛び込んできた。

 手にしたそれを灯火流は手紙だと認識したものの妙に湿った感触を覚える。

 その手紙を開けた瞬間黒い液体が散漫し壁に向かってペタペタと文字を刻み込んでいった。


『紅城灯火流、君の正体は、チンピラに絡まれた時既にばれている……君の彼女(ガールフレンド)を返して欲しけりゃ、僕と戦え。今夜、街の隅にある二重河(にじゅうがわ)にて待っている。水晶(すいしょう)(かがみ)より』


【水晶】その言葉に驚愕を覚える。

 その名前は、十一族の中の水神が仕える一族の名だったからだ。


 それとは別に『二重河』?

 聞いたこともない名前の河だ。

 しかし、街外れの河なら一つしかない、それは神通川(じんつうがわ)だ。

 灯火流は、急いで家を飛び出した。

 体が怒りと焦りの感情に支配され思考も理性も全て吹き飛んでいた。

 鏡が友香をさらったことではなく、友香がさらわれたのが自分自身の不注意によるものだと自覚していたからだ。

 だが無意識の内に全ての感情を鏡にぶつけていた。

 何故鏡は、二重河と言ったのかも分からないまま指定の場所に到着した。

 だが周りには、誰もいない。


「水晶鏡、俺はここにいるぞ、姿を現し、友香を解放しろ!!」


 だが誰の返事も返ってこない。

 波打つ河の音、体を押す強い風の感触、だが次第に風がどんどん弱まり、河も静かになっていった。

 次の瞬間ジーッという雑音(ノイズ)が鳴り響き、河の水が妙な動きを始め、ドーンと爆発した。

 爆発の中に人影が二つ現れ、その一人が叫んだ。


「【(ゴッド空間フィールド)】」


 辺りが信じられない風景へと変貌し始めた。

 河の一部が空中へと昇り、鏡の言っていた『二重』の姿へと変化を見せた。

 灯火流は、自分が置かれている状況に追いつけず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 無数の河が絡み合いその中から二つの影が視覚に入る。

 一つ目の影は、友香――水のロープで腕と足を縛られていた。

 そしてもう一人は、手紙の送り主、鏡なのだろう。


「もう来たのか。君がこうも早く来るとは、正直想定外だったがな。準備を整えるのに少し時間が足りなくなってしまったぞ」


 そう言いながら少年は、灯火流の所まで跳び降りた。

 雲に隠れて月の明かりが届かない今、彼の顔がはっきりと見えない。

 ただ共通していた色違いの片目だけは輝きを放っていた。

 緑色と清らかな青が混ざり合ったような瞳、そう例えるなら深海に月の明かりが届いた光景のような静寂を称えた瞳。

 嫌なことを消し去る力がある純粋さの溢れる瞳。

 灯火流の怒りや悔しさをも静めてしまうような瞳。

 それは、呆れるほど美しかった。

 しかし、我を取り戻した灯火流は叫んだ。


「早く友香を解放しろ!」

「まあ、そう焦るなよ、君の彼女(ガールフレンド)を放した途端二人で一緒に逃げない保障がどこにある。安心しな、彼女(ガールフレンド)に危害を与える気は全くない、むしろ彼女(ガールフレンド)の役割はもうすでに果たしている」

「分かったから、せめて術を解いてくれ」


 すると鏡は指を鳴らし、友香を縛りつけていた水のロープが(かわ)に帰った。


「それで、勝敗は、どう決める?」


 呆れた表情を見せながら訊ねる灯火流。

 鏡は、凍りついたようにピクリと動きを止めた。そして、いかにも何も考えてなさそうな

 表情をして、口を開いた。


「あっ、ああ、勝敗、ね。はははは……」


 笑い続けた彼の声がだんだん小さくなり落ち込むように(こうべ)()らす。

 このどう説明したらいいのかも分からない状況によって、灯火流が秘めていた怒りや様々な感情が一気に水で冷やされたみたいに落ち着いてきた。


(戦闘馬鹿なのか(こいつ)は?)


 そう考えた灯火流は頭を掻きながら続けた。


「はあ、仕方がない。負けを認めるか戦闘不能になったらってのは、どうだ」 


 鏡は、目を輝かせながら頭を上下に振る。

 鏡は、河から巨大な水玉を空中に持ち上げ、その玉が飛び散った時が戦い(デュエル)の開始の合図だと言った。

 青髪の少年は、両腕を挙げ指を全て広げ、カウントダウンをするように指を一つずつ閉じていった。

 最後の指が閉じた時空中に浮いていた巨大な水玉が割れ、二人を囲むように水の結界が現れた。

 おそらく友香を傷つけたくない自分の願いを守る配慮なのだろう。

 水の壁のせいで友香の姿は、ぼやけて見えるが、彼女がいることが確認できる。

 灯火流は、試しに壁に火の玉を投げつけた。

 蒸発により穴が開いたが瞬時に塞がる。

 結界の外に影響がないのを確認して戦いに集中し直す。

 鏡の方を見るとニヤッと笑う。


「やっとこっちを向いてくれたな」


(待っていてくれたのか。ずいぶんおかしな奴だ、だが悪い奴でもなさそうだ)


「随分とやさしいな。別に待たなくても良かったんだぜ」

「いやいや、そんなことはしないさ。だって不意打ちで勝ってもつまらないからね」


 二人共一歩進み一斉に飛び出し衝突した。

 結界に広ぎ渡る衝撃波に壊れるかと思ったが、何一つ外部に漏れることなく安定していた。

 お互いの能力をぶつけ合った。

 炎は、水によって消され、水は炎によって蒸気へと変わった。

 まるで決着が付かないこの戦いに意味があるのかと思い始めた時、鏡の攻撃に変化が生じた。

 ニヤッとして【水圧砲】と早口で唱えたその瞬間、攻撃のパターンが変わり、広がっていた鏡の攻撃は、急に一点に集中し、灯火流の炎をあっけなく消し、水流の攻撃は、一直線にものすごいスピードで灯火流に向かった。

 やはり通常の攻撃では、歯が立たない。

 鏡の放った技をギリギリで避けると、その先の床には光さえ届かない穴がぽっかりと打ち抜かれていた。

 その技が当たっていたら、今頃腹が風穴と化していただろう。

 しかし、ニヤリと笑みを浮かべている鏡は余裕を示していた。

 まだ何か隠しているのに違いない。

 自分でも言えた義理ではないがと灯火流。

 彼もまた技を隠し持っているからだ。

 遠距離ではまず勝てないと思った灯火流は思考を変え、接近戦に持ち込むしかないとふんだ。

 力を倍増させる炎の性質、そして近づくにしろ攻撃をかわすにしろ、スピードが必要不可欠。

 火力の力を利用して背中から炎を放ち、鏡に一気に迫る。

 鏡は、接近を防ごうと続けて同じ攻撃をするが、灯火流のスピードに、止めることも敵わず接近を許した。

 ほとんど間がない処まで迫った灯火流は、更に肘から火を放ち、超高速パンチを鏡の左頬に喰らわせた。

 それを受けた鏡は、吹っ飛ばされ背中から地面に転がった。

 かなりのダメージを与えたと思ったが、拳には別の手応えを感じた。

 よくよく見ると手は、濡れていたことに今更気づく。

 倒れていた鏡は、ただ寝転がっていたかのように軽々立ち上がり、笑い始めた。


「はははは、吹き飛ばされたのもだいぶ久しぶりだな。この相手なら『あれ』を使っても死にはせんだろう」


『あれ』とは、一体何なんだ?魔法と身体の強化以外に何があると言うのか。


「《水晶に仕える神獣よ。我が名の下に汝の力を求めここに来たれよ。大地を飲み込む偉大なる水神、水蛇すいじゃ!!》」


 突然地面が震え出し、河の水が振動を起こし上昇した。

 前に鏡が水玉を作った時とは、別の感覚だった。

 竜巻が引き起こされ、徐々に形がはっきりと判るようになった。

 名の通りの『水蛇』、水で出来た蛇が目の前に現れた。

 しかし、その蛇には何らかの違和感と共に現れ、その応えを言い放つ。


「水晶一族に代々と仕えている神獣(しんじゅう)だ、共に戦う仲間みたいな存在だよ。しかし彼らは、そう簡単に馴れてくれないんだわ。その為には、長年の付き合いが必要となる信頼、友情……」

「そこまでにしとけ、小僧」


 鳴り響く他者の声。

 しかしそれらしき人物は、何処にも見当たらない。

 そこで灯火流は瞬時に知る。『人物(じんぶつ)』ではなく、『神物(じんぶつ)』だということを。

 語り出したのは、鏡の隣にいる水神、水蛇だった。


「まあ、とにかくだ。我が一族だけじゃねえ、お前だって持っているじゃねか、神獣をよ。それに他の一族も持っているはずだ」


 十一族全員に神獣が?


「それより、早く続きをしようや。水蛇(こいつ)を出せる時間が限られているからよ」


 神の眷属に該当する神獣を水蛇(こいつ)呼ばわりされていることはさて置き、鏡が瞑想に入るかのように座り、灯火流と水蛇の交戦をただ眺めているだけだった。

 水蛇の動きは、素早く、かわすのがやっと、隙すらなく、なかなか攻撃のタイミングが分からない。

 次から次へと違うパターンで攻撃を仕掛けているからだ。


 未完成だが、取って置きの技を使うしかない。

 おそらくその隙を作るには、鏡に攻撃を与えるしかない。

 器あっての神獣だ。

 おそらく、神獣を維持するのに大量の神力(じんりょく)が必要だ。

 水蛇の次の攻撃をかわした瞬間、火玉を鏡に向けて放った。

 水蛇は素早く反応し鏡の方へ移動し火玉をその身に受けたが――もちろんダメージはゼロに等しい。


「思った通り。水蛇は、鏡を庇った。時間が惜しいがこれで……この技を使った後にまだ戦える自信がねぇが、けどやらなきゃおそらくもうチャンスは――来ない!!」


 だが神獣を傷つけるのが目的ではない、むしろその僅かな隙を生み出すにこそ意味がある。

 全身のエネルギーを一点に集中して、龍を真似て蓄積したエネルギーを口から放った。

 今出せる精一杯の技。


「【真紅しんく息吹(いぶき)】」


 高温の業火、岩を一瞬で溶岩に変え、森林を灰と化す、最高まで百万度を届く、水なんて炎に近づく間もなく蒸発する。


「こりゃ~、やばいね~」


 余裕たっぷりの彼の発言は、灯火流をカッとイラつかせるのに十分だった。

 炎が鏡に近づくと表情を切り替え、呟いた。


「水蛇、防御モードに移行、最大出力を防御に注げ、『大水壁(だいすいへき)』」


 水蛇は、周辺にあった水を全て自分に取り込み巨大化し、何重もの水の壁を作り鏡を包んだ。

 しかしながらその何重もの壁を持ったとしても百万度の高熱に耐える水は、この世には存在しない。

 だがそこで見たのは、水が炎に触れていることだった。

 理論的には、それは不可能だ。

 しかし目の前の現実は、全てを物語っている。

 全ての炎が消え、蒸気により周りは真っ白い空間に転じ、周囲を不可視にした。

 風により蒸気は、徐々に薄れていった。

 鏡は、皮膚の表面に少し火傷を負っていた。

 普通なら骨すら残らない熱に耐え、むしろ火傷程度(・・・・)で収まったことを感心するべきだろう。

 二人は同時に倒れ、力尽きる。


「はははは……、こんな相手久しぶりだ……僕の最大防御を破ったのは、君で三人目だ……僕の完敗だ」

「いや……君こそ全力でやってたら……確実に俺の負けだった」

「あら、バレてたか、はははぁ……。けど今は本当に力入らないから安心しな」


 お互い、力果てて仰向けで空を見上げる二人。

 笑いすらもまともにできないぐらい疲労が身体中に広がっていた。

 水の結界が弱まり崩れてゆき、ぼろぼろになった、水滴になって雨として降り注いだ。

 灯火流の体を見た友香は、すぐに駆けつけ手当てしてくれた。

 冷え切った身体を優しく、温かく包む彼女の手がとても心地良い。

 友香は、自分の服の一部を千切って先程怪我したところに巻いた。

 手当てが終わり、今度は鏡の手当てに移った。

 鏡が治療されながら呟く。


「僕と手を組まないか。僕たちが力を合わせばきっと他の奴らに勝てる よ……(それにあいつも倒せるかもしれない……)」


 最後の言葉を聞き逃し、もう一度聞こうと思ったが、強引に話題を変えられ、聞くことができなくなった。

 鏡に聞いても困るような話だと思い込ませようとし、灯火流もあまり気にしないよう自分に言い聞かせた。

 しかし鏡が口にしたことがとても重大なこととはまだ灯火流も知らなかった。

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