覚醒
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
堪えていた声を一気に吐き出し、体の自由を抑えていた連中は、絶叫を聞いた瞬間手を放し一歩下がった。
――【守りたいか?】
突然何かの声が頭の中に響き渡る。
――守りたい!俺は、友香を守りたい。守れる力が欲しい。約束したんだ。必ず守るって、約束したんだ!!
謎の声に疑問を抱く隙間すらなくそれに応答する。
返事をした次の瞬間、体が焼けるような熱を帯び始めた。
身体が沸騰しそうな感覚に襲われる中、全身の痛みが消えてゆく感覚も同時に感じられた。
それはまるで傷を燃やし防いだような不思議な感覚だった。
連中は灯火流が発する熱でもう一歩下がり、猛スピードで灯火流の姿が視界から消え去る。
「……」
気が付いたら、灯火流は、男の手からナイフを奪い取っていた。
強く握り締めたナイフは、溶岩の如く溶け出した。
「熱っ……!」
熱を浴びた男は友香から手を放し火傷した手を押さえながら後ろに下がる。
――【己の身に炎を宿し、あらゆる敵から人を守る、炎神・紅】
またしても誰かに囁かれたように頭の中に響く声。
その囁きの後、気がつくと全身が炎に包まれていたことに気づく。
「……これ、は……?」
「……な、何だあいつの身体!」
奇妙な現象を目の当たりにした他の連中は、驚愕し体が震え出す。
そして灯火流もまた状況をきちんと理解できず自身の変貌に驚くが不思議と体は、落ち着いていて、いやむしろ安心感に浸っていた。
炎と一体になった感覚、力がみなぎるような感覚。
これで友香を守れるだけの力を得たと、そう確信して。
何十人の人間相手なら負ける気がしなかった。
友香を捕らえていた男は、手を押さえながら尚も距離を置いて部下に命令を下す。
「くそ!何固まってんだテメェら‼さっさとあの小娘を捕らえて、あのくそガキを抑えろ!!」
固まっていた五人と叢に潜んでいた他の仲間も飛び出し、友香をまた人質に取ろうと襲い掛かった。
目論見を察知した灯火流は真っ先に近づく輩を片っ端から拳を振るって一掃した。
「ッ!!」
妙に体が軽く感じた。
倒れていく仲間を見ていたリーダーは、身動きすることもできず、灯火流が目の前に現れるまで何が起きているのか状況の把握が追いつかなかった。
男は灯火流と目線を合わた瞬間、恐怖が全身を走った。
「……お前、その目……?」
殴り飛ばそうとした刹那、耳に届いたその言葉に一瞬戸惑ったが、すぐ拳の力を立て直した灯火流はそのまま渾身の一撃を男の頬に喰らわせた。
立ち上がった連中は、体を震わせ痛がる体を抑えながら『覚えてろよ』とチンピラらしい台詞を吐き捨てながら逃走した。
連中が去ってからしばらく経ってようやく落ち着くと、安心したせいか、体がドンと重く感じた。
包まれていた炎もいつの間にか消えていて、初めて使ったこの力の所為か足に今一力が入らない。
少しずつ友香の元に近づいて、微かに保っていた意識の中で呟く。
「……け、怪我がなくて、良かっ、た……」
掠れ行く意識の中で最後の言葉を絞り出した直後にその場で倒れてしまう。
友香は、倒れ込んだ灯火流の元へ急ぎ救急車を呼んだ。
■■■■
次に目を覚ますと頭がボーとして頭痛が意識を支配する。
微かな意識の中に温かく少し重めの何かに全身を包まれているようだ。
徐々に視界がはっきりし、照らされる光に目を瞬きながら辺りを見回す。
そこが病室だと気づく。
はっきりと意識が戻った瞬間に左腕の方に全体よりも重みを感じ取り、視線がそっちに振り向く。
友香が両腕を組んで頭を布団の上に伏し、ぐっすりと寝ていた。
おそらくずっと看病してくれていたのだろう。
その時、右目が急激に熱傷みたいな痛みに襲われ始め、激痛に耐え忍んで右側の窓に映る自分の表情を覗く。
男の言葉が脳裏に蘇る。
【……お前。その目……?】
はっきりと思い出した灯火流は、自分の変わり果てた姿を伺う。
灯火流の右目は、瞳が燃えるような輝き照らす真紅に染まっていた。
急に動いたせいで友香が目を覚まし、こっちの方に顔を向けた。
灯火流は慌てて光る右目を手で押さえる。
友香は右目を抑えていることはもちろん気づくが、それよりも先に目に涙が流れ始める。
あえて何も言わず、灯火流の胸元に抱き付く。
「心配……かけてしまったな……」
優しい声で話し掛ける灯火流は、友香の頭を掠れる程度撫でる。
友香は、顔を服に押し付けたまま首を振った。
灯火流は、彼女の頭を抱き、そして考えた。
(俺は、友香さえ無事なら良いと思っていた。しかし、心配や不安をかけてしまったら意味がない。彼女の心を傷つけてしまうからだ!)
友香は、顔を上げて必死で自分の悲しい表情を隠そうと一生懸命に笑顔を見せる。
「だめだ。友香にこんな思いをさせるわけにはいかない。友香の悲しむ表情を見るのはもういやだ。強く、強くならなきゃ。友香を守り続ける為にも」
――、と思わず呟いたが――
友香に聞こえていたことを灯火流は知る由も無かった。