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ハル遠からじ  作者: NES
6/7

ハル遠からじ (6)

 魔法使いさんに会ったと言ったら、フユとフミカ先輩が揃って「ずるい」を連呼してきた。そんなことを言われましても、向こうから訪ねて来たのであって、ヒナにはどうしようもないのです。フユもフミカ先輩も、あの人には強い思い入れがあるみたいだ。まあ、また機会はあるんじゃないかな。そんな気がするよ。

 最近、フミカ先輩は毎日のように学校に来てくれている。フユに、魔法使いさんから教わったおまじないを伝えるためだ。術自体はカマンタに聞けば判るだろうが、それをどのように応用するのかは、魔法使いさんの知恵だ。手元にあるナイフを、人を刺すこと以外に使う方法について。道具が人を生かすか殺すかは、その使い方次第。


 フユはとても興奮していた。銀の鍵の力を、誰かを助けるために使えるかもしれない。

「私は、カマンタと離れられないからね。銀の鍵の力を、なるべく良いことに使いたいんだ」

 契約が暴走した銀の鍵を手放すには、鍵が叶えられなかった願いを自分の力で達成する必要がある。フユの願いは自己の消滅。フユが生きている限り、銀の鍵とカマンタはフユの手元に残される。

「少し前なら、いつでもこの世界からいなくなってしまえば良いって、そう思ってた」

 フユは自分の胸元に掌を乗せた。そこには、大きな傷跡がある。他にも、大小無数の傷の名残が、フユの身体には刻まれている。フユという人間が、苦しみと悲しみを背負ってきた歴史。

「今は違うよ。私はここにいたい。フユとして。この傷痕も含めた全部。フユという一人の人間として、ここにいたい」

 魔法使いさんに命を助けられて、人の善意に触れて。フユは大きく変わったという。誰かのために生きる。誰かに必要とされる。学校でヒナや、他の友人たちと触れ合って、フユはそういった世界の優しさを知ることが出来た。

「私は、恩返ししたいんだ。私のことを助けてくれたみんなに、世界の優しさを伝えることで」


 そもそもフユは、からっぽな自分自身のためでは無く、誰か他の人のためになることをしたい、なんて言っている子だった。やり過ぎない程度に頑張ってくれれば良い。きっと魔法使いさんも喜ぶことだろう。

 フユとフミカ先輩は、毎日放課後の図書室で語り合っていた。ヒナは部活があるので全部に参加することは出来なかったが、必要なら後でフユに教えてもらえば良い。大きな目標が出来たからか、フユはとても楽しそうだった。


 フユは、一生銀の鍵と付き合っていくしかない。だから、最初からそういう覚悟が出来ている。

 では、ヒナはどうだろうか。ヒナの願いは、今、叶いつつある。多分あと数年もすれば自然に叶うんじゃないか、というところまで来た。嬉しいことだ。銀の鍵なんて、神様の力なんか無くたって、ヒナはちゃんとハルと愛し合える。夢を実現出来る。

 そうなれば、銀の鍵はどうなるのだろう。気になったので、ナシュトに訊いてみた。

「その瞬間から、契約が破棄可能になる。いきなり鍵が消えるわけではない」

「じゃあ、そのまま持ち続けてたら、どうなるの?」

「残り続ける。もしヒナ、お前がそれを望むなら、だ」

 なるほど、そこは都合よく出来ているんだね。捨てるも使うもヒナ次第。いつでも手放せるという安心感を得られるのは良いことだ。まずはそこからだな。

「持ち続けるつもりか?」

「さぁ?」

 そんなの、その時になってみないと判らない。ここで、「捨てる」と即答しなくなったなんて、ヒナも随分変わったものだ。苦しみしか生み出さなかった銀の鍵だけど。

 もし、ヒナが銀の鍵を手放したとして。この鍵は、今度は何処かの欲望と悪意にまみれた誰かの下に行くかもしれない。

 それならば、少なくとも今はヒナが持ち続けているべきだろう。頭のおかしい誰かさんに、こんな危険なものを譲るわけにはいかない。

 大丈夫、ヒナが間違えた時には、止めてくれる人がいっぱいいる。今は、色んな人がヒナのことを支えてくれている。そう考えることが出来るんだから、実に気楽なものだ。

 フユもいる。フミカ先輩もいる。土地神様もいる。トラジもいる。魔法使いさんもいる。この一年で、ヒナは沢山の絆を手に入れた。誰にも言えなかった悩みを、分かち合える仲間たちだ。

 ヒナには友達がいる。サユリ、サキ、チサト、ユマ。そして、大好きなハルがいる。みんなが幸せであってほしい。ハルと一緒に、光の溢れる世界で生きていきたい。

 そのために、ヒナにも、出来ることがある。ううん。

 ヒナにしか、出来ないことがあるんだ。




 卒業式が近付いて来て、学校の中は少しだけ慌ただしくなった。とは言っても、一年生にとっては一部を除いてそれほど関係は無い感じ。吹奏楽部のチサトは、演奏の練習でてんてこ舞い。ヒナなんかは、水泳部の先輩に渡すコサージュ作りのお手伝い程度。部活をしていないフユは、相変わらず図書室でフミカ先輩とおまじないの勉強をしている。

「そういえばホワイトデーって、三倍返しなんだよね?」

 お昼のお弁当の時間、フユがまた何処から仕入れてきたのか、愉快なことを言い出した。

「まあ、そういう説もあるな」

 じゃがいも1号、お前しっかりとフユからチョコを貰っておきながら、そういう言い方は無いだろう。すっとぼけやがって。そんなんだからじゃがいもなんだ。

「義理なら尚更お返ししないとね。失礼ってものでしょう」

 サユリがじろり、と男子ィを睨みつける。いいぞ、もっと言ってやれ。

「んでもさ、因幡から貰ったチョコって手作りだろ?お値段の付けようがないというか」

 お前、本気で汚いな。適当に買ったもので済ませようとしているのがバレバレだ。散々クレクレ言っておいて、いざあげてみたらこれだよ。渡し甲斐が無いというか、そりゃモテないわアンタ。

「確かに金額では表しにくいよね」

 じゃがいも2号までそんなことを口にする。もう知らん。フユ、こいつらには二度とチョコをあげるな。クラスの切れ目が縁の切れ目だ。二年生になって別クラスになったら、完全に他人のふりだ。っていうか他人だ。見知らぬ男子ィだ。

「手作りに対するお返しは、やっぱり手作りよねー」

 ユマが、にやりと笑った。あ、その顔知ってる。ハルのお母さんが良くやる奴だ。

「今日、丁度調理実習室が使えるのよ」

 いもたちの顔が、さぁっと青くなった。ほっほう。そうですよね。手作りにお値段が付けられないなら、お返しもお値段の付けられない手作りであるべきですよねぇ?

「いや、俺たちはそんな・・・」

「クッキー作るの?」

 フユが目をキラキラと輝かせて身を乗り出してきた。いいぞ、フユ。ナイス食いつき。

 確かちょっと前にヒナがフユの家に遊びに行って、一緒にクッキーを焼いたんだよね。思ったよりも簡単だって言って、大喜びで二人で食べたんだっけ。多分その時のことを思い出したんだ。

「いいなぁ。みんなで焼いたクッキーが貰えたら、とっても幸せになりそう」

 はい、いもたちグゥのも出ず。これは決定だね。今日は部活お休みして、急きょおよめさんクラブに参加してきなさい。

 そこで他人事みたいな顔しているハル。ハルも参加だからね。

「えっ?俺も?」

 当たり前でしょう?ハル、フユからチョコ貰ったじゃない。鼻の下伸ばしてデレデレしてたじゃない。貰った物にはちゃんとお返ししましょう?ヒナは、そういうところがしっかりしている彼氏が良いな。

「ヒナ、なんか怒ってない?」

 怒ってないです。フユにしっかりと、『義理チョコ』のお返しをしてくださいって言ってるんです。過不足なくね。

「ごめんね朝倉君。それでチャラってことにしておこうよ。ヒナのためにもね」

 楽しそうだな、フユ。まあ確かに、男四人がフユのためにクッキーを焼くって、それはなかなか愉快だとは思う。

 ん、じゃがいも2号、早速携帯でクッキーの作り方とか調べ始めてんのか。なんだ、結構やる気じゃないか。感心感心。他の三人も、いい加減覚悟決めな。ここにいる女子全員で試食してやるから。

「楽しみだねー」

 フユ、先に言っておくけどね。

 男子ィにまともなお菓子作りなんて、期待しちゃダメだからね。



 放課後、調理実習室には情けない顔をした男子ィ四人が整列していた。んー、なんだぁ、元気が無いなぁ。気合入れていこうじゃないか。

 クッキーの材料なんて、調理実習室には一揃えある。バターも卵も、およめさんクラブが提供してくれたよ。ココアパウダーもあるし、張り切って二色使っていただきましょう。普通に二種類?マーブル?チェック?いいよー、バッチこーい。あ、クラッシュナッツもあるね。およめさんクラブ、便利いいな。ヒナもちょっと作りたくなってきちゃった。

 なんだか知らないうちにフミカ先輩まで来ていたので、女子総勢七人の視線が注がれている。男子ィたちは、携帯の画面と家庭科の教科書を睨んだまま、石のように固まっていた。こらー、そんなことしててもクッキー生地は出来ないぞぉ。

 結局見かねて手助け有りになってしまった。まあ、作るからには食べられるものが出て来てほしいじゃん。バターとか高いんだよね。無駄にはしたくない。チョコ作る時だって楽じゃ無かったんだよ、ってところを解ってもらえれば良かったんだけど。


 えーっと、ハル、この粉はふるいにかけましたか?「え?どうせ粉だろ?」ううう、判ってはいたよ。いたつもりだったよ。でも、流石のハルもそこまで万能では無かったのかって。いいよ、家事はちゃんとヒナが担当します。お世話させてくださいね。

 じゃがいも1号、それ、ちゃんと量測った?「あー、大体このぐらいだろ」いやいや、計量命だからね?お菓子の場合、ちょっとした分量の間違いが致命傷になるからね?つーかバター無駄遣いすんな。殴るぞ。

 じゃがいも2号、ベーキングパウダーそんなに入れちゃダメ。入れれば膨らむってもんじゃないから。「別に平気じゃないの?」ダイレクトに味にくるんだよ。激マズになるぞ。それ人に食わせんなよ?もう本末転倒だ。

 さといも、表面に卵黄塗るんだ。「え?教科書に書いてあったから」うん、書いてあるね。なんというか、そういうのすっごい懐かしいや。悪くは無いよ。うん、良いんじゃないかな。ははは、卵もったいねぇ。


 チョコレート作りの比ではない大パニックだった。確かに普段からキッチンになんて立たないだろうし。ましてやお菓子作りなんか知識も興味も無いだろう。しかし、それにしても、だ。

「情けない子たちだなぁ」

 フミカ先輩にまでそう評されてしまった。見ているとイライラして来たので、女子は女子でそれぞれクッキーを作ることにした。おお、フミカ先輩すごい、こういうの得意なんですね。

 みんなフラストレーションが溜まっていた結果か、やたらと気合の入ったクッキーが大量に出来上がってしまった。その横に、男子ィたちの作った残骸、じゃなくて男クッキーが並ぶ。ははは、焼いた小麦粉とバターの混ぜ物。材料が超もったいない。

「なんかもう見た目からしてヤバくねぇ?」

 それを作ったのは自分たちだという自覚を持ってくれよ。食べる産業廃棄物だ。仕方無いからここにいる全員で胃袋に収めるからな。不味くても文句言うなよ。

「わー、まずーい」

 フユがすごく楽しそうだ。一つ食べてはまずい。もう一つつまんではまずい。ホントに何でも楽しいんだね。ヒナはもう、これでどれだけのバターと卵と小麦粉が犠牲になったのかって、それを考えたら目が回りそうだよ。

「生クリームとかチョコソースとか付けて、味を誤魔化した方が良いかもね」

 サキがもう全てを諦めたかのようなアイデアを口にする。うん、まあ、味はそれでも良いかな。それはそれとしてさ、あそこに塊があるでしょ?あれゲンコツ煎餅よりも硬いよ?どうしよっか?牛乳で煮てみる?オートミールみたいになりそう。

「クッキーとスコーンの中間みたいな感じだね」

 チサトの評価がある意味一番厳しい。うん、クッキーじゃないなコレは。なんかもっと禍々しい何かだ。口の中がざりざりする。

「これがお金に換算出来ない気持ちか。まあ確かにこれでお金取ったらマズイよね」

 サユリが綺麗にオチを付けてくれた。これはお金を出して、引き取ってもらわないといけないレベルだよね。ううう、こんなの食べちゃって、明日お腹痛くならないかな。フミカ先輩、胃腸に効くおまじないってあります?ハルも無理しないでよ?


 ハルの様子を窺うと、ハルは物凄く複雑な表情でヒナの顔を凝視していた。ん?どうかした?

「ヒナ、今までゴメン」

 突然ハルに頭を下げられた。ヒナだけじゃなくて、その場にいる全員がビックリだ。ハル、ホントにどうしたの?変なもの食べた?あ、食べたか。ゲーする?ゲー。

「今まで、ヒナの作ったお菓子とか、なんかひょいひょい食べてた。こんなに大変だとは知らなかった」

 あはは、なんだそういうことか。気にしないで。好きでやってることなんだから。

 ハルのためなら、お安いご用ですよ。いつも残さず食べてくれるハルに、ヒナはむしろお礼を言いたいくらいです。おいしく食べてくれるなら、それで十分なんですよ。

「朝倉君は、ヒナの愛をもっと良く知った方が良いよねー」

 もっしゃもっしゃとクッキーを口いっぱいに頬張りながら、フユがハルに何かを差し出した。ハート形の、小さなクッキー。ヒナが作った奴だ。

「この小さなハート一つにも、ヒナはちゃんと気持ちを込めてるんだよ?」

 ま、まあ確かにそうなんだけどさ。そうはっきりと目の前で言われちゃうと恥ずかしいな。

 ハルはハートのクッキーを受け取ると、まじまじと見つめた。んーと、今日はみんなとわいわいやってたし、そこまで気合入ってないんだ。最初からハルにあげるつもりなら、もうちょっと完成度あげるかな。

 でも、おいしく食べてほしいって気持ちは入ってる。それは常に入れてる。ヒナちゃん特製だからね。食べる人に喜んでほしい。それがハルなら、尚更。

「ヒナ、ありがとう」

「どういたしまして」

 大好きなハルにそう思ってもらえれば、ヒナはとても幸せですよ。


 さて、ヒナとハルのラブラブ劇はこのくらいにして。フユはちゃんと満足した?もうおいしいとかマズイとか関係ないよね。

「うん、ちゃんと気持ちは入ってたと思うよ」

 なら良かった。男子ィお疲れ。手作りには手作り。もし次に手作りチョコを貰うようなことがあれば、今度はもっとマシなお返しが出来るようになっておくんだよ。

「いや、手作りはもう懲り懲りだ」

 何言ってんの。本命の手作り貰えるように頑張れっつってんの。大事なのは気持ち。ハート。お菓子作りだけじゃなくて、何事にも気持ちを入れていきなさいってこと。

 フユが男子ィにあげた手作りチョコには、義理であっても沢山の気持ちが入ってたんだよ。その重さ、しっかり受け止めなさい。これが本命だったら更に重いんだから。それが貰えるような、受け止められるような男になるんだよ。

「うはーい」

 なんだ、気が抜けた返事だなぁ。フユはこれで良いの?

「わー、フミカ先輩のクッキー美味しい」

 聞いてないし。

 しかもフミカ先輩が作ったクッキー、ヒナも食べたいし。

 もういい、今日は解散。流れで。




 卒業式まであと一週間に迫ったある日、三年生の間に一つのニュースが流れた。入院していた生徒が無事回復し、卒業式までに退院出来る見込みだ、というものだ。

 図書室でその知らせを聞いて、フミカ先輩は涙を流して崩れ落ちた。フユがその身体を抱き締めて、しきりに「良かったね」と声をかけていた。きっと、そこには単純な善意以上の何かがあったのだろう。

 願い星は、みんなの願いを叶えてくれた。きっとフミカ先輩以外にも、喜びに打ち震えた人はいたはずだ。沢山の人に、夢と希望を与えてくれた。

 ヒナも、自分のことのように嬉しかった。ヒナたちには力がある。誰かを助けることの出来る力。誰かを幸せに出来る力。世界を、善くすることの出来る力。

 それが認められたって、そう感じられた。魔法使いさんの望む世界を、ヒナも目指してみたくなった。


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