RESET 前篇
達也は自室のベッドに座っていた。和馬の一件があって以来、達也は周りと少しだけ距離を置いていた。だが今信用できるのはベリスよりリベルティだと言う事は良く分かっていた。戦闘シュミレーションで一緒だった又木とレダンは達也に気を遣って色々と慰めてくれたがそれが返って辛かった。どんなに慰めてくれても答えは誰も教えてくれないことを達也は知っていたからである。
HMDに召集命令がかかる。達也は閉じていた目を開け、重い腰を持ち上げた。現場に着くとすでに人が集まっていて徳が説明していた。達也はその場に座り込む。
「1ヶ月後、都内の酒場にベリスの部隊の第72個目アジトの情報を握った人物が政治家および同行するSPと一緒に顔を出す。よって今回の任務はそのターゲットを拉致し、ベリスの第72個目のアジトを聞き出すのが目的だ。念を押して言うが、くれぐれも止む負えない理由を除き政治家および民間人への発砲は許されない。いいな?遅れてきた人の為にもう一度言う。1ヶ月後に都内の酒場にてベリスの・・・おい、達也聞いているのか!」
下を向いたまま前を向こうとしない達也に徳は怒鳴った。会場には1000人を越える人がいるのだが達也は状況が状況で特別だった。
「なんで、俺が行かないといけないんだよ。俺が死んだらダメなんだろ?世界が終るんだろ?」
達也は人を馬鹿にする顔でヘラヘラしながら徳に言った。目の前の生きた人間の頭が破損するのを見てそう立ち直れる人間などいないのだから無理もなかった。
「ああ、確かにそうだ。だがな死ぬ時は死ぬんだ。だからお前もリベルティの一員として戦ってもらう」
徳は一歩も引かないと言う険しい顔をして言った。
「そうか、分かったよ」
再び達也はだらんと頭を下におろしたが徳は構わず続けた。
「説明は以上だ。あとは各個人で補足資料を参考にしてくれ。解散」
長い説明が終わり資料が皆の手元に渡る。
「あ!!」
達也が急に声を上げたものだから何事だと周りの人間が一斉に達也の方を見る。
「いや、なんでもない、配布された時の資料に驚いただけだ」
達也が周りの人に対して謝った。それを見たからか初めからそうだったのかは分からないが徳が追記事項を言った。
「あとこの後、IV(インナーバーチャル:現実空間でグローブやHMD越しに投影される拡張空間とは違いサーバ内での拡張空間)で戦闘訓練を行う。今から言う隊員はこの後集合するように。前回の訓練で達也と戦った者と遠藤、そして志保、以上だ」
と徳が招集をかけた。
「何で俺と戦った人なんだよ」
と達也が食って掛かった。
「ちょっと確かめたい事があるんだ。悪いが先に行っててくれ」
徳がそう言うと達也は舌打ちをし、とぼとぼと歩いて行った。その後ろを又木が追った。
「江波戸、今回は負けないからな」
自分の背中をたたき、自信満々な声で言ってきた。
「お前を仕留めたの和馬だし」
「知ってるよ、だけど負けないからな」
「勝手にしろ」
達也は早歩きで先に向かった。
訓練室に着くと薫が先に着いていた。
「おお」
薫にあいさつする。
「お疲れ様、頑張ってね」
「うん」
極力話したくない。
達也が装備品を外してカゴに入れている間一瞬だけ沈黙になったがすぐに薫が話題を繋げた。
「あの・・・」
遠慮がちに薫が言う。
「うん」
「・・・明後日、アニキの月命日なの」
だからなんだ、本音はそう言いたかったのだがさすがに達也もそこまで鬼ではない。だから
「そうだな」
とあいまいな返事をした。それと同時に他の部隊が入って来た。
「・・・・また今度言うね」
何かを伝えたかったらしい。
「何か言うつもりだったのか?」
こうなれば達也も気になる。
「そうじゃないんだけど。うん、また今度」
「分かった」
皆が席に着くと徳が号令をかけた。
「よし、集まったな。今回の訓練は3対7でやる。3人は達也含む俺以外の誰か2人がランダムで配属される。残りは反対側に入る。そして今回から皆の顔は同じチームの人間以外は実際の顔とは別の顔に見えるようにする。これはあくまで実戦を想定した物だからだ。以上だ。じゃあ始めるぞ」
「だからなんでオレだけ」
徳の合図と同時に睡魔が来た。
サーバに入った瞬間独特の寒気が全身に走る。メンバーは誰だろう。
「よろしく」
志保と。
「え!?何でお前ぶっ殺すって言ったのにチーム一緒なんだよ!!」
又木だ。
「なるほど、分かった。じゃあ準備しよう作戦タイムに切り替える。サイレントモード」
達也がそう言うと2人が吹き出した。
「なんだよ『サイレントモード』って・・・うわ!!消えた!!」
達也が徐々に透明になり消えた。
「これも向こうで教わったハッキング方法だ。普通は相手の暗号を解析しないといけないんだが仲間同士だからある程度は暗号が類似している。ちょっとセキュリティの暗号を自分で変更してみろ。徳が言うにはここで何を設定しても現実には反映されないらしいから」
2人はHMDをいじり操作した。
「あ、見えた」
又木が言うと志保も見えたらしく銃で達也の膝をつついた。
「うん、俺はこれで最後に徳を仕留めるからむやみに暗号変えられないように初めは普通に行くからね」
達也は続けた。
「じゃあ作戦は基本カバーモードおよび視界の共有。それだけ」
言い終わると全員が戦闘態勢に入る。
「始めよう」
志保が言う。
場所はどこかの夜の廃墟マンションみたいなところだ。ここ(リベルティ)ではIVと現実が区別付くように壁には5メートルおきにIVと大きく書かれている。
「・・・・・」
現実空間では言葉にしなくても各隊員の頭に入っているカプセル型のチップが感情を読み取り、仲間の周囲をオーラのような色分けされた光で表示される事により互いに感覚を共有できるようになる。
「いた」
志保の方から発見の色が放たれた。HMD越しで議論する。HMDにいくつもの突撃パターンがありそれを出し合って議論する。
「『様子を見る』可決」
と表示された。
「相手は1人だ。ここからはサイレントボイスに切り替える」
サイレントボイスとは口の中でもごもご言ったり、息をする時に言葉の発音を合わせるだけでも機械が言葉に変換して会話ができる。※この条件下の発言は『』で表されている。
『俺がやる。発光するのを避けたいからナイフとボウガンで仕留めたいんだがどっちがいい?』
又木がテーマを投げる。
『投げナイフ』
達也の意見。
『ボウガン』
志保の意見。
『分かったじゃあ俺が直接行くから万が一気づかれたら狙撃してくれ』
『了解』
志保がアサルトライフルを装備する。
一歩、また一歩慎重に又木が近づく。その時だった。
「ザッ」
又木とは反対の方向から足音が聞こえた。そこにいた敵は反射的にそっちを向く。そちらにいたのは達也だ。
「又木、声を―」
志保が言い終わる前に又木は声を出してしまった。
「危ない!」
グサッと敵の喉にナイフが刺さる。達也は敵が又木の方を向いた隙にの背後から首を刺したのだ。
「おい、何で前に出た!」
又木が怒鳴る。
『落ち着けお前には見えているがコイツからは俺が見えていない。忘れたのか?』
冷静になるようなだめ又木に説明した。
「あ、確かに。でも使わないんじゃ」
「だって相手一人じゃん」
「まあそうだが俺に言ってからやってくれ」
「まあそうしようと思ったんだがもうコイツ又木に気づいてたみたいよ?」
「なんで?」
「だってほら。ゴーグルをサーマルに切り替えてごらん」
「あ」
遠くから援軍が来ている。
『隠れよう』
『ああ』
又木がそう言った瞬間だった。
「動くな!」
志保の喉元にナイフが突きつけられてた。
「あ・・・」
2人とも同時に銃を構えるが今の状態では撃てない。
『2人とも撃―』
志保が何かを言いかけたその時達也が銃の引き金を引いた。
ドサッと2人が倒れた。達也が志保を目がけて撃ち貫通した弾で後ろの敵を撃ったのだ。
「何やってんだ!!」
又木がまた怒鳴る。
「だってあくまでシュミレーションじゃん。本当に死ぬわけないじゃん」
「だがこれは実戦を想定した訓練なんだぞ!!」
「悪かった、だけど俺もしかしたら実戦でも同じ事をやってたかもしれない」
「なんでだよ!」
達也が冷静に返す。
「だって撃ってって言ったじゃん」
「いや違う、言いかけたんだ。言ったんじゃない。だからお前は言おうが言いまいが撃ってた」
「かもしれない」
「ふざけるな!!」
又木が銃を構える。
「やるか?これはバーチャルだから俺は本気を出すぞ?」
達也はボタンに手をかけた。だがすぐに又木が銃を下ろす。
「もういい、戦闘に入るぞ」
「ああ。ちなみに今俺サイレントモードじゃないからな。ここからは最後の一人にかけるよ」
「了解。じゃあここで分かれよう」
『幸運を』
2人は互いの銃をクロスさせ分散する。
別れたとたんに嵐のような弾丸が行き交う銃撃戦になった。
『仕方ねえ』
達也は体感時間の制御を解除するボタンを押した。同時に周りが歪む。そして1度に3人の頭を正確に仕留めた。
「ゼエ、ゼエ!!ぐぐぅぐ!薫あと何人?」
周りの動きが遅くなる半面自分の動きは通常以上の速さで動く為、体力を消耗してしまう。
薫のアナウンスが全員に行き渡る。
「達也チーム 対 徳チーム 残りスコアは1対2です」
「え?あいつ死んだのかよ。サイレントモード」
慎重に進むと又木の遺体のそばに2人の姿があった。ここから狙撃しようか?だがこの距離では風がある。もっと近くに行って仕留めよう。
「・・・・」
先程のように一歩一歩進む。敵まで2,3メートル近くまで来たから銃を構えた。
「お前は相手を信用しすぎてる」
ターゲットがぼそっと呟いた。
「!!」
銃声と同時に達也は倒れた。
「勝者、徳チーム」
薫のアナウンスで倒れた者達は動きが解除され起き上がる。
「え?何が起きた?」
達也が徳に聞いた。
「俺達全員はレダンがお前の『サイレントモード』でやられた時にHMDの電源切ってたんだ」
達也の力を逆手に取られていたのだ。
「なるほど・・・」
達也は頷くしかなかった。
「お前は俺達が機械に依存しすぎているっていう誤解をしているんだ。だからそれが敗因だ。あとな」
「・・・」
徳が険しい顔つきになった。
「あのやり方はやめろよ、いくら和馬を目の前で殺されたお前でもやりすぎだ。隊員の同意なしに隊員に弾を貫通させて狙撃するのはやめろ。いいな」
「分かった」
「それを確かめたくて今回は訓練したんだ。実践ではあんな真似はするなよ。あとここを抜けたら俺の所へ来い。おい薫、もう出していい」
「はい」
周りの人間がどんどん消えていき自分も眠くなった。
徳の部屋までまでだらだらと歩いて来た。
「和馬が死んでからシュミレーションをやって思ったよ、確かにお前には同情する。だがな今回の作戦は絶対に死者を出してはいけないんだ。分かるな?だからお前みたいに過去を引きずってもらっては周りに支障が出る」
と徳は静かに言った。
「そうか、だけど和馬が殺された。それは俺にも薄々理由は分かるよ。でもさ、せめて誰が殺したかくらいは教えてくれよ」
「その事なんだが達也」
気まずそうに徳は続ける。
「殺したのは俺達の組織の人間じゃないかもしれないんだ」
「え!?」
達也は一瞬で青ざめた。
「弾を回収し線条痕(銃の指紋のようなもの)が各隊員が所有している銃と照らし合わせても一致しない。だからな、内部の人間の仕業だとすればこの中に当然工作員がいる事になる。そして外部の人間だとすれば・・・」
「敵はそこまで来ている・・・か」
徳が言い終わらないうちに達也が言った。
「そうなる。そこでだ、多分お前が今現在組織の中で一番動きやすい人間だからお前にその犯人を突き止めて欲しい。だが内部の人間とは限らないからあまり干渉しないようにそこは要領よくやってくれ」
「分かった」
「ありがとう、これが弾丸から読み込んだ銃の種類と線条痕のデータだ」
渡されたデータを見ると狙撃用ライフルではなく普段地上戦で良く使われる典型的なアサルトライフルだった。
「これであの距離から1発で仕留めたのか?」
「ああ、かなりの狙撃の腕の持ち主になる。あるいはアサルトライフルに近いボルトアクションタイプ?ああ、悪い馬鹿言った。ATBタイプ(ボタンを押すと素早く排莢作業をしてくれるタイプ)、セミオートでの狙撃なら可能かもしれない」
「なるほど、分かった。じゃあ調べておく」
「宜しく頼むぞ」
「・・・・」
「なんだ?」
部屋を出ていかない達也に徳が言い返した。
「本当にあんたは誰が撃ったか心当たりはないんだよな?」
「・・・・・」
「まあいい、調べておきます」
達也は弾丸をポケットにしまうと部屋を出た。
RESET 前篇 完