キオクノカタマリ 後篇
達也は徳と一定の距離をおきながら後についてきた。
「おいおい、そんなに俺が信用できないのか?」
突然徳が振り返って言った。
「ああ、だがそれは互様だ。悪いが俺はあのお前等の訓練で観察力をみっちり教え込まれた。3年もな」
皮肉たっぷりの言い方をした。
「だからあれは俺達じゃない!!」
急に徳が声を荒げた。
「じゃあ誰だ!?」
達也も言い返した。
「これを読め!!」
ネットワーク新聞を達也のHMDに投げ付けた。
「どこを読めってんだ」
「日にちを見な」
2036年と描いてある。慌ててHMDのテレビをつけた。
2036年。
「え?」
すると徳が冷静に言った。
「信じがたいだろうが、お前は12倍の速さで時間が進むインナーバーチャルに閉じ込められていたんだ」
「・・・やっぱりHMDは壊れていなかったんだ」
「やつらの手の中だったんだ」
一時圭が言っていた事を思い出した。たしか首の後頭部の真ん中より右にずれた所からカプセル状のものを埋め込んでやるとバーチャル通信できるんだっけ?
「!!」
慌てて後頭部に手をあてようとすると徳に制止させられた。
「安心しろ、取る事は出来ないが内部の追跡データは抹消しておいた。これで分かっただろ?お前はベリスの殺人兵士として育成させられてたんだ。12倍の速さで」
「じゃあ全部嘘だったのかよ!オレの観た孝一と隆樹も!俺の考え、感情!!」
何もかもが分からなくなった。
「全部じゃない、仕組みは複雑だが至ってシンプルだ。お前の仲間は遺体として回収した後、脳から記憶を取り出してバーチャル空間に多少の制御をして放流されていたんだ。そしてお前が見た世界を説明すると今の技術では記憶や感情をコントロールあるいは埋め込む事は出来ない。ただ、色々な物を見せて本人が記憶する事はできる。だから映像の倍率を今の技術の限界まで引き上げてお前等に見せていたんだろう。記憶と感情の関係は未だに証明できなくて魂の方も関わっているんじゃないかって言われている。今は一度に覚えなくてもいい。あとこれ渡すぞ。必要な時に使え。ムヤミに押すなよ」
そう言って達也に押ボタンの形をしたスイッチを渡した。
渡されると躊躇いなくボタンを押した。
「まただ!!」
周りが一瞬だけ歪んだ。
「だから押すなって言ったろ?お前の時間感覚は通常の12倍になっている。だからお前の頭に奴等に埋め込まれたカプセルに先程作ったソフトを入れて時間感覚を12分の1にした。俺達にも入れたいがぶっちゃけ無理だ。そこで訓練したお前しかできない。ボタンを押すとお前にかかっている感覚制御がほどかれる。戦闘時に使って欲しいがさっきみたいに体に負担が来ることを忘れるなよ」
「なんでだ、なんで俺を助ける!?お前の仲間を殺したんだぞ」
立ち去ろうとした徳を呼び止めた。
「お前が死ねば地球の半分以上の生物が死ぬ。それだけだ」
意味が分からないから軽く受け流した。それよりも気になる事がある。
「話が流れたがインナーバーチャルってなんだ?」
「マトリックスって映画知っているか?」
「ああ、見た事ある」
「あれだ」
「ああ、あれか。なるほどね」
「・・・・」
「・・・・」
「全く解決になってないから。え、もうネットワークの中に人は入れるの?さすがに無理だろ」
「いや、色々と問題はあるがすでに試験段階ではあるが実現されている」
「・・・・・」
「来な」
徳は面倒くさそうに言った。
「お前、あの中で何をしたんだ」
徳は廊下を歩きながら達也に聞いた。
「訓練、お前達リベルティ倒すための」
目を合わせないで答えた。
「よく洗脳されなかったな」
「されねぇよ、俺は俺だから。だからあんたの事を信用するかしないかは俺次第だ」
「そうか、圭に似ているなやっぱり」
「圭のキャッチフレーズは?」
急に達也が徳に問いかけた。
「中二」
「・・・・・どういう繋がり何だ?あいつと」
この時直感的に彼等を信じるしか生きる方法はないかもしれないと思った。ベリスに入る時と同じ心境だ。だからまた騙されるのではないかと達也は怖かった。
「圭とは太陽暦の始まりからの繋がりかな?」
真面目な顔で徳が答える。
「は?」
達也は拍子抜けした。
「まあ正確には圭が若いころからかな」
「死因は知っているのか?」
恐る恐る聞く。
「ああ、おおよそは」
途端に達也は徳に飛びかかる。
「教えてくれ!!親父も学ももういないんだ、だから教えてくれよ!!」
周りにいた人間が驚いて銃を取り出した。
「おい、お前等!銃を下せ馬鹿野郎!!」
達也は慌ててボタンに手を掛けようとした。今はこれしか武器がない。
「大丈夫だ、落ち着いてくれ達也。何やってんだ馬鹿野郎!!お前等もだ!!」
徳は銃を構えた部下を殴った。達也が冷静になると徳は続けた。
「圭は最後まで戦った。だがこの戦いに勝つには自分の死を選ぶことしかなかったんだ。うまく言えないがこの戦いが終われば分かるだろう。俺の口からは言えない。言うと世界が破滅するかもしれない。いや、もう俺が知っている時点で破滅しないのもおかしい話かもしれないが」
「何を言っているのか分からないが結局、アイツは死なないといけない理由があったのか?」
「そうだ」
話が終わると サーバールームみたいな所についた。
「ここは?」
「スパコン(スーパーコンピュータ)が入っていて毎日新しい暗号パターンを作っている。そこに座れ」
真ん中に椅子が並んでいる。それを指さすなり達也に座るように言った。
「・・・・」
だが、まだ徳と言う男が信用できなかった。
「別に何かをしようって訳じゃない」
徳が笑うが動かない、むしろ強制的に座らそうなら今にでも例のボタンを押すという構えだ。
「・・・・わーった!俺も座る」
徳が座るのを確認すると座ることにした。
「あんたが座っている場所に座る。場所をずらせ」
徳はあきれた顔をしたが言われるままに動いた。
「よし薫、準備OKだ」
「では起動します」
「おい、何をする!!」
達也は怒鳴ったがもう遅かった。だがこの声が何処か懐かしい女の人の声だった。次第に意識が薄れていった。
「起きろ」
徳が達也を起こした。ここが先ほど言ったインナーバーチャルだろうか。
「どうやら、まだ慣れてないな」
徳が笑う。
「当たり前だ」
「これより戦闘シュミレーションA1を開始する」
誰に言っているのだろうか?そう思った矢先あたり一面が見覚えのある風景になった。
「これは・・・」
「お前を奪還する時に皆が撮ったデータを基にして作った敵の訓練施設だ」
「だから俺が知りたいのは暗号―」
「ちょっと待ってろ、色々と説明がいる」
徳は誰かと話している。そして会話をやめると達也に話しかけた。
「仮にここがお前の築いたバーチャル空間だったとして敵が侵入してきたらどうする?」
「消すね」
即答だ。
「その1つとして役割を果たしているのは暗号だ。分からなくても聞いてくれ。俺達が敵のインナーバーチャ・・・・もう面倒だからIVって言うからな。俺達が敵のIVに入った瞬間に敵が俺達をIVから排除し、その発信場所を特定して奴らを送り込んでくる。だから俺達は自分達の信号を暗号化して侵入するんだ。そうなると当然相手も俺達の暗号を解析しようとする。仕組みは簡単だ。要は俺達が侵入した瞬間にものすごい速さで1秒間に約50000通りの暗号を作りだすんだ。そして敵も俺達の暗号を解析してくる。暗号解析率ってのは、つまりだ。俺の暗号が今50パターン作られていたとして相手に5パターン解析されていたとするそうなると暗号解析率は10%になるな。その解析率が0に近ければ近いほどこの空間の中で自由が効くんだ。逆に100%に近づくと自由がきかなくなり、100%解析されるとIVから強制排除させられ場所を特定されてしまう。ちなみに死の定義は現実空間と変わらない。高いところから落ちれば死ぬし、頭に弾丸を食らえば死ぬ。IVで死ぬとアクセス元をハッキングされ特殊な電流を流されて死ぬ。お前を庇って死んだ拓がいただろ。あいつはこの中で一番解析率を低く維持する事ができたんだ。だから化け物みたいな動きができたんだな。で、お前に暗号パターンを聞いたのはその暗号を作りだす機械のパターンを知りたかっただけだ。もう分かると思うがお前の暗号センスを確かめるテストを行う。まあ敵の陣地にいた訳だから自然と体が慣れていると思が、ここはあくまで俺達が作った仮想空間だ。全てを受け止めるなよ」
達也はまだ聞きたい事があったが今は素直に従うことにした。
「じゃあ始めよう。薫、暗号増産機と暗号解析スイッチを入れろ」
ガクンと体が重くなった。
(俺は誰かに依存しないと生きていけないのか?)
3時間続くシュミレーションが終わった。
「どうだったルーキー?」
徳が達也にからかうように聞いた。
「来るな・・・寝かせてくれ」
達也はIVに接続する椅子から降りると、そのまま地面にうつ伏せになって倒れていた。
「まあ初めは皆そうだ。薫、達也を部屋に案内してくれ」
「分かりました」
「・・・この声誰だっけ」
思い出せない。
「こっちに来て」
そう言って薫は達也の手首を掴んだ。
「俺に触んな!!」
「・・・・」
薫と呼ばれた女性は驚きのあまり声が出なかったらしい。薫は黙って出口に向かった。
木間づ委空気が流れる中、達也は重い体を起こして薫についていった。
「久しぶり、達也君」
部屋に着くと薫は躊躇いがちに達也に言った。
「だ、誰ですか?」
見た事あるような顔だが思い出せない。
「近藤薫」
「あ!!」
(思い出した。隆樹の妹だ)
「何でここに?」
達也はボタンに手をかけた。
「家に帰る時に彼らに拉致されて助けられたの」
達也はボタンから手を離すと少し気を高くして聞いた。
「ま、学って人はいなかったか?」
期待はしていなかったが誰も信用出来ない今、希望が欲しかった。
「残念だけど見なかった」
愕然とした。
「やっぱり死んだのか」
何も言わず薫は部屋から出ていった。
だが今は何も出来ない。ただ今与えられた責務を全うするしかないのだ。
2ヵ月後・・・
達也は戦闘服と銃を持ち、戦っていた。
「どっちが得意だ?」
達也の隣にいる和馬が聞いた。
「近距離戦闘、やっぱり徳は敵だったか」
達也は深いため息をついた。
「残念ながらそうだったな。遠くから援護するから徳を必ず殺せ」
和馬は自前のライフルを見せてきた。
「徳を殺せば俺達は勝ったのも同然だ」
和馬は続けざまに言った。そしてライフルに弾を込め始める。
すると達也達が眺めていた矢先に何か黒い影が動いた気がした。だが暗くてよく見えない。
「和馬―」
「分かってる、オレはナイトにするからお前はマグネティック(金属を可視化する磁気センサー)で行け」
「分かった」
和馬は一見ビーダマに見える赤外線を発し、見えないところを可視化するセンサーを先程影が見えた方向に静かに転がした。同時に達也はマグネティックに切り替える。
壁越しに映った敵を和馬は一瞬で射止めた。
「YES!!一人目仕留めた。もう一人は・・・」
和馬がポケットから小型爆弾を取り出し同じ方向に投げた。耳の痛くなる音だ。
「いっちょあがり!!」
遺体を確認しに近くに行くとそれは向かいの部屋の又木だった。もう一人は・・・分からない。
残りの敵は徳を含めて2人だ。
「多分、徳達は今こっちに向かっているだろう。その間に隠れよう。敵の確認では機械に頼るなよ」
2人とも壁に張り付き徳を待った。その時だった。
突然、HMD越しにスキャンされ睡眠弾と表示された爆弾が自分達の隠れている方に投げ込まれた。慌てて腰の下から覚醒薬を取り出し自分に刺す。和馬にも刺そうとしたが間に合わなかった。全身に電気が走ったような感覚になる。そして爆発と共に白い煙が舞った。
和馬と達也は倒れた。そしてカツンカツンと近づいてくるそして頭に銃口を向けられた。
(今だ!)
達也はボタンに手をかけた。そして近づいてきた敵の足を蹴りバランスを崩している隙にさらに後ろにいた敵の頭をめがけて弾を放った。そして目の前の敵の銃を払い額に銃を押しつけ勝負は決まった。
「終わりだ!!」
しーんと静間に還ると銃を突きつけられた男が拍手をした。同時にアナウンスが流れた。
「勝者は和馬達也ペア」
すると先程戦った又木と相方が出てきた。どうやら被爆したのは外国籍のレダンだったようだ。
「覚醒薬の手があったか」
徳が言った。
「後付けですか?」
馬鹿にするように聞いた。
「確かにそうかもしれない。まあ一番欲しいのはお前にしかない特別な時間感覚だな」
「でもそれはベリスの前では無力だ」
「そんなことはない、お前はいちいち敵の陣地で時間合わせしなくていいからその分低解析率を維持できる」
「そうか、なるほど。やっぱりここのIVは現実空間での戦闘をシュミレートしたからあれが使えたのか」
すると和馬が割って入ってきた。
「そうだ、だが一般的に俺達が敵のサーバーに侵入する目的はデータの回収であったりターゲットの居場所を特定する為だけなんだ。だから出来るだけ仲間には死んで欲しくない。お前はなおさらだ。だがお前はお前にしかできないことをしなくてはならない。神に救世主として定められた子として―」
「それを言うな!」
突然徳が怒鳴った。
「わりいな、口が軽いもんで」
「消えるぞ?」
徳が言うと和馬が真剣な顔になった。
「すまなかった」
「取りあえず出よう。薫、開けてくれ」
徳が言うとサーバーを出入りするときの独特な眠気がきた。
「達也、ちょっと来い」
目を覚ますと徳から呼ばれた。
徳の所へ行き見せてくれたのは今では見ることの少なくなった平成初期まで本と呼ばれていたボロボロの書物があった。
「これは古くから我々リベルティに伝わる聖書だ。世間では外典と呼ばれる物だろうか。説明すると俺達の教団の原点はもともと1つの組織、その頃はベリスはなくリベルティだけだった。だがローマ帝国による我々リベルティに対する弾圧により聖書が書き換えられた。だが一部の聖書の裏の事情を知る生き残った教徒がオリジナルの聖書を守り抜き、その聖書に基づいた保守的な教団リベルティと開放的に活動するベリスが生まれ、世界中にいるんだ」
「なんで2つなんだ?」
「その聖書の信仰方向が違ったからだ。もうこれ以上詳しくは教えられない。これを持ってろ誰にも教えるんじゃない。その聖書は皆が異なる頁を持っていて、他人がその内容を知った瞬間に俺達はベリスに勝利を渡し、地球上の生物の半分以上、最悪全てが消えることになる。それを忘れるな。そしてこれに基づき己の使命を果たせ」
そう言って聖書を一枚切り取ると達也に渡した。
「分かった」
「行っていいぞ」
中庭に行き渡された紙を見た。HMDから見ると自動的に翻訳してくれる。
「神に選ばれし迷える愚かな少年よ、裁きの判決は汝に委ねられん。最後の審判が来たときあなたは全てを知ることとなる。だが今これを汝が知れば全てが消える。汝が死ねば人に明日はないと思え」
(・・・・なんだこのぎこちない翻訳は)
「どうした?」
気付くと達也の目の前に和馬がいた。
「ああ、これ聞いていいのか分からないけど」
「さっきの神の子って話しか?」
聖書に触れなければいいだろう。
「うん、オレってそんなに重要な人なのか?」
「ああ、そうだ。なんだって・・・あ、お前聖書貰ったよな?」
達也はうなずく。
「なら分かると思うがオレの貰ったページにはお前を守るように言われてたんだ」
「な、何で?」
「知らねえよ、お前の聖書と照らし合わせれば何か分かるかもな」
しばらく間をおいて和馬が続けた。
「ちょっと江波戸の渡された頁を見せてく―」
耳を突くような音が聞こえた。
目の前の和馬を見ると頭から血を流し、倒れた。狙撃されたのだ。
達也は慌てて撃たれた方向にある建物の屋上を見ると黒いコートを着た影がこちらを暫く見降ろしていたがすぐに消えた。急いで建物の中に入り、下で待った。
だがそれが失敗だった。その建物の屋上から小型ジェット機が飛んで行った音が聞こえたからだ。
達也は本部まで走った。
「襲撃だ!!誰か来てくれ」
「どうした!?さっきの音は何だ?」
直ぐに徳が反応してくれた。
「和馬が狙撃された!」
「なに!?場所は?」
中庭を指すと皆が銃を装備し走っていった。
「・・・・即死だな」
徳が和馬を見ながら言った。
達也はふと、目の前を見ると和馬の頭を抜けた弾がゆがんだ形になって落ちていた。
(あとで調べよう)
そう思って弾丸を拾い上げた時だった。
「達也、その弾をよこせ」
達也は背後から強い威圧感を感じた。
「・・・」
「早くよこすんだ」
徳に変な違和感を感じたが、素直に弾を渡した。
多分、和馬はリベルティ内部の人間に殺されたのだ。絶対に他人の聖書に干渉してはならないのだ。他の者の聖書に干渉する者の戒めを降すよう聖書より使命を受けた者によって、その戒めが今降ったのだ。
キオクノカタマリ 完