正しくないことは分かっている。
あるホテルでは機械のセッテングが進んでいた。
一人の男はそれを横目で見ながら鼻歌を唄う。
「日野さん、相変わらず悪趣味ですよねー」
日野と呼ばれた初老の男はそれには答えず作業を見守る。
必要であるからしているのだ、と言いたげに日野は部屋をチェックしてまわる。
「先生、これはあの子のために、ですから」
日野がそう言うと男は少しだけ表情を崩し、すぐにまた笑顔をつくった。
分かっているのだ、自分が一番悪趣味なことも。
コンコンとノックする音。
自分が会いたい人を待つということはなんと素晴らしいことだろう。
彼女は時間に遅れるという事はないが、それでも何時間でも待てると思う。
「百々ちゃんいらっしゃい。会いたかったよ」
僕がそう言うと彼女は軽く頭を下げた。
彼女の後ろにはすこぶる不機嫌そうな彼が立っている。
「やぁ、敬二くんも元気そうだね」
僕の問いかけに彼も軽くお辞儀する。
「今日は2時間でよろしかったですね?」
彼の問いかけに僕も軽く頷く。
本当はずっと一緒に居たいけど、これが今の僕が取れる時間の限界。
彼女とはこうしないと会えない。
それは仕方のない事なのだ。
モニターの前には日野の姿しかない。
伊藤は自分が閉めた扉を恨めしそうにみつめていた。
「伊藤さん、早くこちらへ」
モニターには隣の部屋が写っている。
中には笑顔の男性と無表情の女性。
彼は絶え間無く彼女に喋りかけている。
彼女は何も言わず、たまに少し頷くだけだ。
不機嫌な伊藤にイヤホンを差し出すと
「あなたも大変ですね」
と心にもない言葉をかけた。
「貴方こそ、あの人のお守りは大変でしょう」
モニターだけ見ながらそう彼が言うと日野はやれやれといった顔をした。
彼らは何も出来ないのだ。
見守るということ以外、何も。