九話 氷像
美雪先輩。なんて綺麗な人なんだろう。私もあんな風になりたい。
廊下ですれ違う度に、私はそう思った。私とは別世界の人。先輩を見る度に胸が熱くなった。
あ、また先輩だ。綺麗だなぁ。いい匂いもする。
つい、先輩を目で追ってしまう。校門で、集会で、帰り道で。
そんな先輩に友達だと言われたことが、堪らなく嬉しかった。
きっかけは些細なことだった。初めて屋上に上がったあの日、初めてくぐる扉。よく晴れた空が心地よく、見渡せば遠くに紅葉が見えた。そしてそこに、美雪先輩はいた。本を読んでいる。
「美雪先輩?」
思わず大きな声を出してしまった。驚いた美雪先輩が視線を上げると、目を細めて言った。
「誰?」
ひどく、冷たい声だった。まるで、道端の石ころを見るような。興味の無いものに対する圧倒的な、無関心。こんな人だったのだろうか。
「一年の木下夏紀です。あ、えぇと、なんとなく、屋上で食べたくなって、その」
「そう」
どもる私を尻目に、また、先輩は視線を本に落とす。
まるで私に興味を持っていない。私は美雪先輩が冷たい氷像のように見えた。
とにかく、引き返すのもなんだか悪い気がしたので、少し遠いところにある別のベンチに座った。
弁当を広げ、おかずを口に運ぶ。横目で先輩を見ると、同じように弁当を食べていた。その顔には不思議なほど表情が無かった。
私は決意し、先輩に近づいていった。
「先輩!ご飯一緒に食べませんか?」
先輩はちらりと私を見て、また視線を落とす。
「いいよ」
俯きながらそう言った。
「ありがとうございます!」
私はそのとき図々しくも、置いてあった本をどけて美雪先輩のすぐ隣に座った。
「先輩、いつも1人でここにいるんですか?」
「そうよ」
「寂しく無いんですか?」
このとき、ほんの少しだけ、先輩が笑ったのを見逃さなかった。
「寂しくないわ。ところであなたはどうしてこんな所へ?」
「なんとなく来たんですよ。そしたら美雪先輩が居て、ちょっとびっくりしました」
「どうしてびっくりしたの?」
「だって、美雪先輩って綺麗でかっこよくて素敵で、そんな憧れの先輩がこんな所に1人でいるんですもん」
そう言ったら先輩が声を上げて笑い出した。
「あっははは!そりゃあ悪かったわね!私1人でいる方が好きなのよ」
先輩はまだ笑っている。私は食べ終わった弁当を畳みながら言った。
「先輩ってなんだか変な人ですね」
笑い声が大きくなった。
「もう!あんまり笑わせないでっ!ふっふふふあっははは!もう行くの?明日もまた来てくれる?」
「いいんですか?」
「もちろん!友達だもの。楽しみにしてる。うっふふ」
「行きます!絶対!」
「そう、ああそうだ。夏紀ちゃん。私、あなたが思っているような人じゃないよ?それでもいい?」
「はい!」
「うっふふっふふふいい返事ね。じゃあまた明日ね」
私はベンチを立ち上がり、屋上を去った。自分が飛んでいってしまいそうなほど、心が躍っていた。
友達。友達って言ってくれた。夏紀ちゃんだってさ!やったね夏紀ちゃん今日は良い日よ!
もちろん、それから毎日屋上で、美雪先輩と一緒にご飯を食べた。それは私の1日の一番の楽しみになった。
いろいろあったけどようやく投稿