~第55話~ ノルマ20枚
~第19話~ 最終決戦
魔王である私のお父様が復活されて、世界の勢力地図は瞬く間に塗り替えられました。
元々、今の世の中に不満を持っていた人々が大勢いたコトも、その要因の1つとなりました。一部の人達が大きな利益をあげて、残りの人々が苦しむ。そんな世の中には、不満がつきものです。何かのキッカケで瞬く間に世界は変わってしまうのです。
*
魔王と、その直属の部下である八人衆が集まって、会議を開いています。
勇者と、それを助けた者を倒し、お城を取り戻す為です。そこが、勇者軍の最後の砦となっているのです。そして、勇者を助けた者…それは、私のお母様でありました。
人の姿をしたフーガが、このように発言します。フーガは、この前まで小犬の姿をしていたので、ちょっとおかしな感じがしますね。
「魔王様。前回の戦闘で傷ついた者の回復も終わり、準備万端にございます」
この前まで1匹のカメに過ぎなかったケルンも、こう言います。
「ワシの部隊も、いつでも出撃できますじゃ。早く、指令を出してくだされ」
他の者たちも、皆、それぞれの部隊の報告をしていきます。
「ウム。では、いよいよ最後の仕上げと参るか。我らが城を取り戻そうぞ。それで、全てに終止符を打つのだ」
魔王のその言葉に、一同はウオオオオオオオオオオと、ときの声を上げました。
*
勇者軍が最後の砦としていたのは、元々、私たちのお家だった場所。魔王の城だった場所です。
そこへ向って、魔王の軍勢が足音を立てながら進んでいきます。
ザッザッザッザッザッザッザッ!と静かに低い音を立てながら。
正直、戦いの行方自体は見えていました。
世界の大部分は、既に私たち魔王軍の支配下にあり、あとは残った敵のメンバーがいつ白旗をあげるか、それだけでした。
それでも、これはプライドを賭けた戦いなのです。最初に奪い取られた場所を、最後に奪い返す。そういう誇りを賭けた戦い。
それに、相手方には、まだ私のお母様が残っています。いかに私のお父様が強かろうとも、自分の妻であった人を相手に全力を尽くせるかどうかは不明です。もしかしたら、以前と同じように全ての能力を封じられてしまうかも知れません。
そういう意味では、むしろお母様の相手は、他の者にさせた方が勝つ確率がが高いでしょう。けれども、それは魔王であるお父様のプライドが許さないでしょう。最後の最後は、自分の手でケリをつけたいはず。
*
八人衆は普段は人の姿をしています。が、いざ戦闘となれば、その本来の力を発揮し、全く別の形態へと変化します。
たとえば、ドロローゾであれば、化け物牛の姿。ラメントであれば、三つ首のライオンなど。
前回の戦闘でも、その恐ろしさは目の当たりにしました。私はもちろんのことながら、戦場にいた全ての者が、その恐ろしさを記憶に刻み込んだことでしょう。あるいは、それを目にした者は、既にこの世には存在しないか…
おそらく最後になるであろう今回の戦いでも、その真価は発揮されます。城の前に集結した残りの勇者の軍勢を前に、八人衆は次から次へとその本来の姿を現していきました。
フーガは、冷気を操る巨大なオオカミへと。
アレグロは、いくつもの首を持つ大蛇へと変わりました。
ケルンは、雷を降らせる山のような大きさのカメに。
ポリフォニーは、立派な翼を持つペガサスになりました。
メトロノームは、凶暴な大熊に。
スタッカートは、天を舞う炎の鳥へと。
ドロローゾは、化け物暴れ牛となり。
ラメントは、3つの頭を持ったライオンの魔物の姿へと変わりました。
8体の魔物達は、縦横無尽に戦場を駆け回り、暴れ回ります。
もちろん、その配下の動物達も、無数に存在します。虎にライオンにオオカミに牛に馬にカメに蛇に熊に鳥に、次々と人間たちに襲いかかります。
腕を引きちぎり、脚を食いちぎり、あるいは牙や爪や毒で攻撃していきます。
戦場のこちら側では、巨大なカメのケルンが雷を降り注がせています。
と思えば、あちら側では、大熊のメトロノームが人間たちをちぎっては投げちぎっては投げしています。あるいは、ドロローゾが戦場の端から端までその巨体を揺らしながら突進を食らわせています。大蛇となったアレグロのいくつもの首は、切られても切られても再生し、後から後から新しく生えてきます。
その隙に、私と魔王であるお父様は、天馬となったポリフォニーの背に乗って、直接、敵の本拠地へと乗りこみました。
*
城の中にも大勢の人間達が待ち構えていました。
けれども、そこに後から飛行してきた炎の鳥となったスタッカートがやって来て言いました。
「魔王様。どうぞ、ここはオイラにまかせて、先へお進みください」
そうして、極炎の炎を吐き出しながら、人間達の群れへと突撃していきます。
「まかせたぞ」
そう一言だけ言葉を残すと、お父様は階段を登り始めました。私も、そのすぐ後をついて登ります。どうやら、玉座の間へと一直線に向っているようです。そこに、にっくき勇者ケインがいると踏んだのでしょう。
階段を登った先にも、何人もの敵が待ち受けていました。
そこへ遅れてやって来たフーガが追いついて言います。
「魔王様、ここは私におまかせを。どうぞ、魔王様は最後の敵のお相手を」
またも一言だけ。
「よかろう」と、お父様は言葉を残し、先を急ぎ階段を登ります。もちろん、私も一緒です。
階段を登った先、このまま真っ直ぐに進めば、玉座の間です。
その部屋の前にも敵が現われました。
今度はペガサスの姿をしたポリフォニーが言います。
「そろそろ出番のようですね。魔王様は、お気にかけず、大切な役割をお果たしください」
お父様は、一言。
「わかった」と言うと、複数の人間を相手にしているポリフォニーを後にし、大きな扉を開きました。
*
玉座の間の扉を開くと、残念ながらそこには誰もいませんでした。もぬけの殻です。
…と、そこに1人の女性の声が響いてきました。
「ホ~ッホッホッホッホ。よくぞ、ここまで舞い戻ってきたわね。私が魔力を封じたというのに、それさえも取り戻して。いいでしょう。私、自らお相手して差し上げましょう。あなたの最愛の妻であったこの私が。さあ!登ってきなさい!」
私のお母様の声です。どうやら、この上の階にいるようです。
玉座の間の奥を進むと、魔王が座る大きなイスがあります。さらに、その後ろにある扉から、お父様とお母様の自室へと向う階段が伸びているのです。私の部屋も、その近くにあります。
「いいだろう。ケリをつけようか」
そう言うと、お父様は物凄いスピードで走り去り、玉座の後ろにある扉を開いて、階段を駆け上っていきました。
私も、そのすぐ後を追おうとした瞬間です。一体、どこに隠れていたというのでしょうか?そこに、1人の男が姿を現しました。それこそ、紛れもなく、あの勇者ケインでありました。今回の全ての始まり。その最初のキッカケを作ったにっくき人間です。
私は、お父様の後を追うのをやめて、この男と決着をつけることにしました。
私は、熱き思いを込めつつ、冷たい声でこう言い放ちました。
「最後の時が来たようね。今回の騒動の始まりであり、私やお父様や、それ以外の大勢の人々を不幸に陥れた張本人。それに鉄槌をくだす時が…」
けれども、それに続いて発せられた相手の言葉は、非常に意外なセリフでした。
「ぜひともくだしてくれ!鉄槌を!」
聞き間違いなどではありません。勇者ケインは、ハッキリとそう言ったのです。
「は?」
私は、唖然として、言葉らしい言葉を返せませんでした。
「くだしてくれと言ったのだ!このオレに!正義の鉄槌を!いや、悪のか?とにかくなんでもいい!お仕置きをしてくれ!!」
「な、なな、ななななな、何を言っているの?」
私の質問に、勇者ケインは即答します。
「ぶってくれと言ったんだ!この頬を!思いっきりな!」
この人は、一体、何を言っているのでしょうか?サッパリ意味がわかりません。
そこで、勇者ケインは丁寧に説明してくれます。
「この前、お前がこの城にやって来て、このオレの頬を思いっきりぶってくれただろう?あの味が忘れられないんだ!もう1度、ぶってくれ!!」
なによ、この人…
変態じゃないの?
「そんなにぶって欲しいなら、何度でもぶってあげるわよ!!」
バチ~ン!!
私は右手を使って、思いっきり勇者様の左頬を平手打ちしました。
「おお~!いいぞ!いいぞ、これ!」
どうやら感じてしまっているようです。
「どう?これで満足した?」
「いや、まだだ!」
バチ~ン!バチ~ン!今度は、2連続です。
「どうよ?これでいい?」
「いい!いいぞ!もっと!もっとだ!!」
バチ~ン!バチ~ン!4連続ビンタをかまします。
「ハァハァ…これで、どう?」
「うう~ん!!いい!いい!いい!いい!もっともっと!!」
バチバチバチ~ン!!バチバチバチバチ~ン!!と、私の連続往復ビンタが決まります!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
勇者ケインは雄叫びを上げながら、そのまま快感で昇天してしまいました。
そこへ、戦いを終えたポリフォニーが入ってきました。人の姿に戻っています。
「お嬢様?大丈夫ですか?」
「ええ、私はね。なんて言うか…ま、大丈夫は大丈夫」
続けて、フーガがやって来ます。これまた、人の姿をしています。魔力を使い果たしたのでしょう。
「姫様?ご無事で?」
「無事は無事よ。ただ、ちょっとばかし右手がヒリヒリしてるけど」
さらに、スタッカートが。後から後から、他の八人衆も入ってきて、結局、全員集合してしまいました。どうやら、外での戦闘は、ほぼケリが着いたようです。
「城の外は、ほぼ制圧を完了いたしました。残り火の始末は、部下に任せて来ました」
そう、いくつもの首を持つ大蛇のアレグロが伝えてきます。
「ご苦労様。では、私たちも行くわよ。お父様は、このすぐ上の階よ。お母様と決着をつけるために1人で向ったの」
私は、みんなにそう伝えると、先頭を切って、玉座の後ろにある扉の先の階段を登り始めました。
*
階段を登り終えた先、お父様とお母様の部屋の扉を開けると、2人は面と向って対峙していました。
「結局、こうなってしまったわね…」と、お母様。
「そんなに贅沢がしたかったか?」
「ええ、したかったわ。贅沢がしたくてしたくてたまらなかったわ。だって、その為にあなたと結婚したのですもの!」
「そうか…」
「それを、あなたといったら、節約!倹約って!あなた、自分の立場がわかっていたの?世界を支配する魔王なのよ?何だってできるの!望めば全てが手に入った!それなのに!!」
「お前は、わかってくれると思っていた。世界の為に戦っている、この私の行為を。結婚するまでは、あんなにしおらしかったではないか?」
ここで、お母様はキ~ッと高い声を上げて激怒します。
「そんなもの演技に決まってるでしょ!女はね、結婚する為にならば何だってするのよ!私は、幸せな結婚をして贅沢がしたかったの!綺麗なお洋服を着て、宝石で身を飾って、毎日のように美味しい物を食べて暮らす。そういう人生に憧れていたの!」
「贅沢ならさせてやっただろう?精一杯」
「あんなものが何よ!それだって、私が散々文句を言って、どうにかこうにかでしょ!あなたならば、あの何倍だって何十倍だって、私を満たすことができたはず!」
「そんなに金が好きか?」
「ああ、好きよ!大好きよ!」
「この私よりも、娘のライラよりもか?」
「ええ、もちろんよ!夫や娘の代わりはいくらでも作れるけど、お金はそうじゃない。私は、この世界で一番お金が大好きなの!!」
「そうか。では、仕方がない…」
そう言って、お父様は戦いの体勢に入ります。もちろん、お母様もそれを受けて立ちます。
けれども、お父様は本気が出せないでいるようです。やはり、心に迷いが残っているのでしょう。
それに対して、お母様の方は全力です。
「目の前の敵を倒せば、再び以前のような贅沢な暮らしが待っている」
そのような心の声が聞こえてくるようです。目が真剣です。
お母様も、私が生まれる前、結婚する以前は、かなり名の知れた魔女だったと聞きます。いかな魔力を取り戻した魔王といえども、全力を出せなければ、ただでは済まないでしょう。
「ホ~ッホホ!たわいもないわね。どうしたの?その程度?」
そう言いながら、お母様は極炎の炎を繰り出します。お父様は、それをサッと疾風を起こして吹き消します。けれども、自分からは攻撃をしません。防戦一方です。
「魔王様!我らが助太刀を!」と、フーガが前に出ようと飛び出しますが、お父様はそれを制します。
「いいのだ!下がっていろ!」
こうして、私たちは2人の戦いを静かに見守っていることしかできませんでした。
お母様が呪文を唱えると、空間が歪んでいき、そこから真っ黒な大きな2本の槍が姿を現しました。
放たれる黒い槍。お父様は、それをヒラリとかわします。が、1本は上手く避けたものの、もう1本は脇をかすめていきます。どうやら、いくらかダメージを負ったようです。
さらに、お母様の追撃の呪文。お母様の足元の影が伸びていったかと思うと、お父様の足首をつかみます。それでも、お父様は自分からは攻撃しようとはしません。
「まさか、死ぬ気なの?」
私は、つい、そんな言葉を口から漏らしていました。
「大丈夫だ。そのつもりはない!」
お父様は、そう叫ぶと、剣に魔力を込めて闇をまとわせます。そのまま自分の足首に絡みついている影を断ち切りました。
「おのれこしゃくな!」
そう叫んで、次から次へと新しい魔法を繰り出すお母様。それらをことごとく打ち破っていくお父様。壮大な夫婦ゲンカです。
けれども、お母様がずっと本気なのに対して、お父様の方は常にゆとりを感じさせます。壮大な心の広さのような持ち合わせている、そんな雰囲気が伝わってきます。
そうして、何度も何度もそのような攻防が繰り返された末に、ついにお母様は次の魔法を発動できなくなってしまいました。
「どうやら、魔力が尽きたようだな…」
そっと、そう呟くとお父様は一気に間合いを詰めていきました。
そうして、何をするのかと思った瞬間!!意外な行動に出たのです。
*
ついに、戦いに決着はつきました。
そうして、長かったこの物語にも終わりの時が近づいてきています。
2人の間の間合いを一気に詰めたお父様。今度こそ、攻撃を繰り出すのかと思われた瞬間、何をしたと思います?
ギュッと抱きしめていたのです。お父様は、その愛の力で、お母様を力一杯に抱きしめていたのでした。そうして、2人の唇と唇は重なり合い…
「いや~ん」と、ついつい私は声を漏らしてしまいました。
そこで、さすがのお母様も諦めました。グッタリと全身の力が抜け、身をまかせるままにしていたのです。
けれども、お話はここでは終わりません。
「指輪を!」と、お父様は私に向って命令しました。
一瞬、私は意味がわかりませんでした。
「ルビーの指輪を!あの真っ赤なルビーの指輪を!」
お父様に再度、そう言われて、私ははたと思い当たりました。お父様の魔力を封じていたあの真っ赤なルビーの指輪のことです。
そうして、私は指輪を取り出すと、そのまま素直に渡しました。
お父様は呪文を唱え、ルビーの指輪の能力を使います。まばゆい光がお母様の全身から発したかと思うと、何かが指輪の中へと吸い込まれていくのがわかりました。
こうして、お母様の全魔力は真っ赤なルビーの指輪の中へと封じられてしまったのでした。