~第53話~ ノルマ19枚
~第18話~ 魔王の復活
自分の部屋の窓を開けて、空中へと飛び出した私と4匹の動物たち。
足元には、何もありません。ただ、空気があるばかり。地面までは、十数メートルの距離。
落下していく私たちの背後から、お母様の高笑いと声が響きます。
「ア~ハッハハハハハ!バカな娘!ここを何階だと思ってるの?待ってらっしゃい!地面に激突した後、指輪はゆっくり回収してあげるから」
お母様は、何も知らないのです。私が、お父様の分身である8つのアイテムを集め終わっているコトも、そんな道具の存在すら。
私は、装備していた“飛行の腕輪”の能力で、空中からそのまま飛行体勢へと入りました。もちろん、私にしがみついている小犬のフーガ、蛇のアレグロ、ニワトリのスタッカート、ウサギのピーターの4匹も一緒にです。
それから、私は後ろを振り向いて、こう言いました。
「さようなら、お母様。せいぜい、その幸せな環境にしがみついているがいいわ。それだって、いつまで続くものか、わかりませんけどね」
たった今、飛び出してきたばかりの部屋の窓から、顔を歪ませて悔しがる1人の女の姿が見えます。それを確認すると、私はお城から遠ざかるように遠ざかるようにと、飛んで逃げました。
*
その後、城の外に隠れていた残りのメンバーと合流すると、私たちは、サッサとその地から離れました。
途中、何人かの追っ手の姿を見かけましたが、今の私にかなうはずがありません。お母様から取り返した真っ赤なルビーのはまった指輪には、お父様の無限の魔力が封じられているのです。
それを使って、大嵐を起こしたり、重力を変化させたりしてやれば、敵などアリンコのようなもの。たとえ、何千人・何万人が相手であろうと、負ける気はしません。
走り続ける馬車の中、ウサギのピーターが話しかけてきます。
「オイ!うまくいったな!これで、後はお前の父親である魔王とやらを復活させればいいわけだろう」
私は、それには答えません。
もちろん、それはその通りなのですが、答える気力が湧いてこないのです。
「姫様。やはり、相当なショックがおありで…」
小犬のフーガが、そう言っているのが聞こえてきます。
私は、走り続ける馬車の中で、体育座りになったまま顔を伏せて目をつぶっています。
「そりゃ、そうだろう。なにしろ、自分の母親が諸悪の根源だったわけだからな」
これは、蛇のアレグロの声。
他にも、いろいろと喋っている声が聞こえてきましたが、頭の中には入ってきません。
疲れも溜まっていたのでしょう。私は、そのままの体勢で、深い眠りへと落ちていきました…
*
その後、数日の間、私は何もする気力が湧いてきませんでした。
さすがに、見るに見かねた小犬のフーガが、こう話しかけてきます。
「姫様…ショックの大きさはわかりますが、さすがにそろそろ行動を開始しないと」
そう促されて、ついに私も立ち上がりました。
「そうね。いつまでも、このままじゃいけないわね。受け入れないと、現実を」
そう言うと、みんなを集めました。そうして、こう宣言しました。
「復活させるわよ!お父様を!かつて世界を支配した魔王カイル・ライを!」
おおおおお!と、歓声が上がりました。
それから、準備を整えます。前回の時と同じように、私は近くの温泉宿に部屋を取ると、ゆっくりと温泉につかって体を休めました。これまでに負った心と体の疲れがス~ッと引いていく感じがします。
「やはり、お湯はいいわね。それも、温泉は。さいっこうね!」
私は、湯船の中でそう叫びました。周りの女の人たちが、こっちを見ています。
もはや、女であるコトを隠す必要もなくなったので、男の子の格好はやめて、今回は堂々と女風呂に入浴していました。たとえ、ここで敵に襲われたとしても、チョチョイのちょいで片づけられるでしょう。
私は入浴の際に、“重力制御の盾”と“魔王の魔力が封じられたルビーの指輪”だけ持ち込みました。とりあえず、この2つだけあれば、どうにかなるはずです。ちょっと不格好ですけど、仕方がありません。
ま、幸い、そんな心配の必要もありませんでしたけど。
こうして、その日はゆっくりと温泉で疲れを取り、グッスリと眠りについたのでした。
おやすみなさ~い。
*
さて、翌日。
英気を養った私は、やる気満々で儀式に向います。もちろん、魔王復活の儀式です。
人のいない森へと移動し、ちょっとした広場のような場所を見つけると、そこに8つのアイテムを並べます。今回は、それに加えて、お母様から奪い取った真っ赤なルビーの指輪もあります。これには、魔王であるお父様の全魔力が封じられているのです。
そうして、前回と同じように、私の中にある魔力を注ぎ込みます。今回は、お父様の魔力の詰まった指輪の力もあるので、楽々です。
8つのアイテムは、前の儀式の時と同じようにゆっくりと融合していくと、人の形へと変わっていき、中途半端な人形のような姿となり、そこで止まってしまいました。完全に前回と同じです。
「お父様!お父様!目覚めて!」と、私が叫びながら声をかけると、返事がありました。
「おお~、ライラ。また、お前か…」
「お父様!お母様に会ったわ。話を聞いたの。全て理解した。指輪も取り戻したの!お父様の魔力が詰まった真っ赤なルビーの指輪よ!」
「そうか…ならば、話は早い。わかったろう?もう私を眠らせておいてくれ。このまま永遠にな…」
駄目です。結局、前回と同じです。
「何を言ってるのよ!話を聞いたから、事情がわかったからこそ、目覚めなきゃ駄目でしょう!この世界を救ってよ!前みたいに、みんなが幸せに生きていけるような世界に戻してよ!」
動物の姿になってしまった元八人衆達も、口々に叫びます。
「魔王様!」
「魔王様、どうかお考えを!」
「もう1度、我々を指揮してください!」
「私共も、命を賭して戦いますので!」
けれども、お父様の意志は変わりません。
「皆の者、もう疲れたのだ。私は、もう疲れ果てたのだ。頼む、どうかこのまま眠らせておいてくれ…」
ここで私も意志を決めました。
「バカ!あんた、私の父親でしょうが!何ウジウジウジウジやってんのよ!父親なら父親らしくなさい!これは戦いなのよ!娘を取るか?妻を取るか?そういう戦いなの!そもそも、私の結婚式はどうすんのよ!娘の結婚式にも出席せずに、そのまま永遠に引きこもってるつもりなの!?」
すると、答が返ってきました。
「お前、結婚するのか?」
「いえ、当分、その予定はないけど…そもそも相手もいないし…」
「そうか…」
ここでしばらくの沈黙。
「そんなコトはどうでもいいのよ!あくまで予定!未来の予定!夢よ!いずれ、そういう日も来るでしょ?って話!とにかく、このまま娘の私を見捨てるの?どうすんの?」
ここで、お父様が目の前にいたら、得意の平手打ちの一発でもお見舞いしているところです。ただ、相手が人形では、それもままなりません。今回は、諦めることといたしましょう。
お父様は、しばらく考えているようでした。けれども、しばらくの時が経ち、意を決したようにこのような答が返ってきました。
「わかった。私がワガママだった。お前もよくがんばってくれたようだ。今度は、この私ががんばる番だな。魔王として、1人の娘の父親として…」
そうして、人形の形として止まっていた8つのアイテム達は、そのまま融合を進め、立派な人の形となっていきます。最後には、魔王として再び、この世に姿を現したのでした。それは、私のよく覚えているお父様の姿でもありました。
*
そこからは、急激な速さで物事が進んでいきました。
魔王として復活されたお父様は、全世界へ向けて号令をかけます。そうして、瞬く間に魔王の軍団を再結成したのです。
お父様の力で、動物の姿となっていた魔界八人衆も元の姿に戻り、魔人としての力を取り戻しました。
8体の魔人は、世界各地へと飛び散り、それぞれの得意分野で仲間をかき集めてきます。
小犬であったフーガは、犬やオオカミたちを!
アレグロは、大小無数の蛇の群れを!
ケルンは、大型のカメの軍団を!
ポリフォニーは、荒れ狂う馬の大群を!
メトロノームは、凶暴な野性の熊たちを!
ニワトリの姿をしていたスタッカートは、世界中の鳥たちを集め!
牛であったドロローゾは、パワーに満ちあふれた牛や水牛を引き連れ!
ラメントは、ライオンだけでなく、ヒョウやチーターやジャガーなどの猫科の生き物を集わせた!
それだけではありません。人間たちの中にも協力者はいます。元々、今の世界に不満を持っていた人々も数多く存在しました。
「以前の世界の方がよかった」
「魔王が倒されて、生活が苦しくなった」
「勇者など名ばかりだ。オレ達の人生を返してくれ!」
このような声が各地から聞こえてきます。そのような人々が、中心となって応援をしてくれました。たとえ、お金や物質的な援助ができずとも、人的資源や情報のかく乱など、役割はいくらでもあります。
こうして、戦闘の準備を整え、勇者の軍勢に対抗する準備が着々と整っていきます。
数ヶ月という短期間に、魔王の軍団は信じられない程、膨れあがりました。さすがは、絶大な能力を誇る魔王であるお父様!そのカリスマたるや恐るべし!
私は、その間、その様子を指をくわえて側から見ているだけで充分でした。
「お前は、これまでよくやってくれた!これからは、我々にまかせておけ!今度は、我らが命を賭して戦う番なのだ!」
お父様は、私に向って何度もそのような言葉をかけてくださいました。おかげで、私はその時間を使って、お母様に裏切られた心の痛みを癒すコトができたのです。
*
世界に、魔王の叫び声がこだまします。
「全軍、進撃開始ィ~~~~~~~!!!!!!!!」
ドドドドドドドド!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!と、ドラムの音が響き渡ります。
ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!と大地を踏みしめる行進の音。
空中を舞う魔物たちはヒュンヒュンと風を切り、「キィエエエエエエエエエエエ」と奇声を上げながら飛び回ります。
もちろん、これだけの大軍勢を前にしても、いまだ勇者の味方をする者も大勢いました。そんな者どもは、踏み潰すのみ!!世界の復権をかけて、ここに戦いの火ぶたは切って落とされたのです!!
あちこちの戦場で上がる戦火!!
それは、物理的な炎でもありましたし、憎しみ合い、争い合う者同士の精神的な炎でもありました。
キンキン聞こえてくるのは、剣と剣がつばぜり合う音でしょうか?あるいは、勇者どもの持つ武器と魔物の爪がぶつかり合う音かも知れません。
戦場の一角で炎の柱が立ち上がったかと思えば、次の瞬間には極寒の冷気がそれを打ち消します。
空は灰色の厚い雲に覆われ、あちこちに雷鳴が轟き、稲妻が輝き大地へと落ちてきます。
ド~~~~ン!!!!!!
ゴ~~~~~~~~ン!!!!!!!!
と、物凄い音が響き渡ります。
もちろん、負傷者も死者の数も尋常ではありません。
魔王の軍団にも、勇者軍にも数え切れないほどの死者やケガ人が続出しました。
それでも、魔王であるお父様も、元の力を取り戻した八人衆も、ほとんど何の被害も受けてはおりません。大抵の敵相手には、かすり傷1つ負わない始末です。
「ワハハハ!ワハハハ!見ておるか?ライラよ?これが、我が能力よ!全盛期の力が舞い戻ってきたようじゃ!」と、お父様も大変楽しそうにしております。
犬やオオカミの軍勢を率いたフーガは、戦場のあちらこちらで、刃向かう人間どもの手足を食いちぎっています。
アレグロの指揮する蛇の群れは、鎧や服の隙間から入り込み、人の体に噛みつきます。また、その多くは毒性を持っており、さらなるダメージや神経毒を与えるのです。
ケルンのカメの軍団は、動きこそは鈍いものの、鉄壁の防御力を誇ります。大抵の剣や斧、槍といった武器の攻撃を跳ね返し、その間に、別の者が反撃をくわえるのでした。
ポリフォニーの馬の大群が駆け抜けた後には、無傷の人間などほとんどおりませぬ。体重を乗せたその鍛え抜かれた脚に踏み潰され、後にはボロボロになり血だるまとなった肉の塊が残るのみ。
メトロノームの戦闘力は、語るまでもありますまい。人間の兵士何十人も相手に、引きちぎり、投げ飛ばしを繰り返しております。もちろん、凶暴性を秘めた野性の熊たちも、1体が人間数人ずつを同時に相手にできます。
スタッカートの鳥の軍勢は、空から奇声を上げながら、フンを落としたり、特攻したりを繰り返しています。
ドロローゾの体当たりは、直線上に存在した全ての人間どもを吹き飛ばてゆきます。それでも、突撃をやめません。後には、無数の牛の大群が続きます。
野性の王者と呼ばれたライオンや、その他の凶暴な猫科の生き物を率いたラメントは、敵を蹴散らしながら進んでいきます。
みんな、これまでのウップンを晴らすかのように、持てる限りの力を投じて戦っております。心の底から、戦闘を楽しんでいるようでした。
*
こうして、勇者軍のメンバーは、1人また1人と白旗をあげていきました。
世界の勢力地図は、魔王の軍団の色へと塗り替えられていったのです。
「魔王様。北の大地の制圧が、ほぼ完了いたしました」
「南の海での反乱も鎮圧しました」
「西の国では、まだいくらかの勢力が生き残っておりますが、それも時間の問題でしょう」
「東の地域の組織は、我が軍に寝返りましたぞ。これで、戦いがグッと楽になりますな」
毎日のように、このような報告が入ってきます。
それを聞いて、お父様はさも愉快そうに笑います。
「ガハハハ!ガハハハ!そうであろう、そうであろう!我らが本気になれば、この程度の結果、当然であろう」
残念ながら、そんな中、私は何の力も持ち合わせてはいませんでした。
旅の途中で集めた8つのアイテムは、全て元のお父様の姿へと戻り、お母様から奪い取った真っ赤なルビーも、その魔力の全てを魔王であるお父様の体へと注ぎ込まれてしまい、今はただの1個の指輪に過ぎませんでした。
私は、ただ語り手として、その役割を果たすのみです。