~第40話~ ノルマ15枚
~第14話~ 悪魔の牛
さて、新しい仲間にニワトリのスタッカートを加えて、私、ライラ・ライの旅は続きます。
「ライラ姫様、これを」とスタッカートから渡されたのは、炎のように燃えるような真っ赤なマントでした。
「お父様の1部ね。これは?」
「それは、炎のマント。耐火性にすぐれ、装備すれば、炎の魔法を使うこともできます」
「なるほど。なかなか便利そうね」
私は、さっそく装備して威力の程を試してみます。
「アチチ!アチチ!」
スタッカートの尾に炎が燃え移り、あやうく火事になる所でした。
「何するんですか!あわや、丸焼き!焼き鳥になるとこでしたよ!!」
「ごめんごめん。ちょっと思ったよりも威力が強くって」
「まったく気をつけてくださいよ…」
そんなスタッカートとのやり取りを終えて、再び歩き始めます。次なる目的地は一体?
大きなエメラルドのついたネックレスの光に導かれ、私たちは進みます。
すると、遠くに何本もの煙の柱が立っているのが見えてきました。
「何でしょう?のろしでしょうか?」と、馬のポリフォニー。
「それにしては、ちょっとおかしくないか」と、蛇のアレグロ。
「とりあえず、もうちょっと進んでみましょう」
私の指示に従って、みんな、そのまま歩き続けます。
しばらくすると、1人の村人に出会いました。いえ、1人ではありません。2人、3人と、その数はしだいに増えていきます。その格好や態度から、慌てて逃げてきた様子がうかがえます。
「すみませ~ん!どうされたんですか?」
私が、そう尋ねると、村人の1人が答えてきます。
「お前さん、知らんのかい?」
「何がですか?」
「最近、この辺を暴れ回っておる悪魔の噂をじゃよ!出たんじゃ!奴が出たんじゃ!!」
「あくま~?」
“あ、熊!”の間違えじゃなくて?などと、私の頭にくだらないダジャレがよぎります。
そこへ、別の女の人も割って入ってきます。
「そうよ!悪魔よ!大きな牛の姿をしているの!」
「ドロローゾの奴ですね…」と、小犬のフーガがこっそりと耳打ちしてきます。
ドロローゾ?あの八人衆の中でも一番おとなしくて、やさしそうだったあのドロローゾ?
私たちは、その場を離れ、対策を練ります。
「あの温厚なドロローゾが、暴れ牛になって、この近辺を暴れ回っているっていうの?」
私の質問に対して、亀のケルンが静かに答えます。
「ライラ様は、ご存じなかったのですね。ドロローゾの奴は、我らの中でも特別に気性が荒く、魔王様に出会う前から大勢の人間たちを殺して回っていたのです」
熊のメトロノームも続けて語ります。
「ドロローゾに比べれば、私など赤子も同然。他の者たちは、魔王様より授かった力で強大な能力を有していたに過ぎませぬが、奴だけは元から化け物のような存在だったのです。むしろ、八人衆となってから、冷静に自分を押さえ込む術を覚え、おとなしくなったくらいですから」
そうだったの…全然知らなかったわ。あのドロローゾが…
でも、今は感傷にひたっている暇はないわ。どうにかしなければ。場合によっては、私の持てる力を全て使ってでも止めなければ。
「みんな、協力して!」
私は、そう叫ぶと、煙の上がっている方向へと足を速めたのでありました。
現場は惨たんたるありさまでした。
村のあちこちから火の手が上がり、破壊された家の数々が瓦礫の山と化し、村人は誰1人残っていません。私は、そんな中で牛のドロローゾの姿を探します。チラッと地平線の端に、それらしき影を発見しました。
「いたわ!行くわよ!」
みんなにそう伝えてから、全員でそっと近づきます。
徐々に距離を詰めるにつれ、熊のメトロノームよりも大きな体をした巨牛が何度も何度も突進を繰り返しているのがハッキリと確認できるようになってきました。
「どうすんの?あんなの止められないわよ」
私の疑問に蛇のアレグロが答えます。
「こういう時の魔法でしょう」
「そうね…」
私は賛同して、いきなり最強魔法である重力制御で、牛のドロローゾの重さを増します。ズシンという音と共に動きが止まります。成功したようです。と、思ったのも束の間。ゆっくりゆっくりとではありますが、ドロローゾの体が前へ進み始めます。
「なんてパワーなの…」
これでは長くはもちそうにありません。仕方がなく、私は1度魔法を解きます。
「無理そうですね」と、絶望の声で亀のケルン。
続けて、“魅惑の王冠”の能力を使って、魅了を試みます。上手くいけば、これで相手の行動を操れるはずですが…魔法自体はヒットしているはずなのに、全く動きを止めません。どうやら、これも失敗のようです。
「他に何か魔法は?」というスタッカートの声に、イライラしながら私は答えます。
「あったらやってるわよ!他のは全部使えそうにないの!あんな化け物、止められるわけないじゃないの!」
そこにスッと立ち上がる姿がありました。熊のメトロノームです。
「私が説得に行ってまいります」
「オイオイ、やめとけよ。ここは一旦引いて、何か作戦を考えた方がいいんじゃないか?」と、ウサギのピーター。
「いや、行かせてもらおう」
そう言って、メトロノームは暴れ牛の前へと立ちはだかります。カッコイイ!こういう所は、八人衆だった頃のメトロノームを彷彿とさせます。サーカスでの一件以来、ずっと臆病者っぽくなっていたけど。
「落ち着けよ。お前は、そんなんじゃなかっただろう」
メトロノームは、そう語りかけます。その声を無視し、突進してくるドロローゾ。その突進を正面からガッチリと受け止め、さらに説得を続けるメトロノーム。
「いろいろとあったのは知ってるがよ。もう、昔のコトだろう!」
今度はドロローゾも答えます。
「オレのコトは放っておいてくれ」
昔のコト?一体、何でしょうか?
「ドロローゾの奴は、人間に怨みを持っているのです」と、フーガが教えてくれます。
「怨み?」
「そう。ドロローゾは、元々、ある国で平和に暮らしておりました。人間たちに神の使いと崇められて。それが、隣の国に攻め込まれ、その国は全滅してしまったそうです。その時より、奴は鬼神のごとく暴れ回り、人間たちから恐れられる存在となったのです」
「そんなコトが…」
「そこを魔王様に拾われて、気性の荒さは封じられ、元のおとなしさを取り戻したのでした」
「全然知らなかったわ」
「魔王様が力を失って、封じられていた性格を取り戻してしまったのでしょう」
「じゃあ、今度は私が、それを封じればいいわけね!」
「無理です!今の姫様の力では!」
「やってみないとわからないでしょ!」
私は、こういう時、ついムキになってしまう性格なのです。
「おやめください!」
「私どもで、どうにかしますから」
といった、他の動物たちの声も聞かず、私はドロローゾの前へと躍り出ました。
「やめなさい!ドロローゾ!そんな風に暴れ回って、何になるというの?」
私のその言葉に、静かで低い声が返ってきます。その声には殺意が込められているのを感じます。
「ライラ・ライ様…これは、オレの問題なのです。放っておいてください」
「そうはいかないわ!私は、お父様を復活させるまで、仲間全員を集めると決めたのよ!あんた1人を置いてはいけないわ!」
私の声を無視すると、ドロローゾはクルリと背を向け、去って行ってしまいました。
ドロローゾの姿が見えなくなってから、私たちは再び話し合いの場を持ちます。
「どうすんのよ。力技では止められそうにないし、説得にも聞く耳持たないみたいだし」
私の言葉に、動物たちは押し黙ったままです。誰も、解決策など持ち合わせていないのです。それは、私自身よくわかっています。
「そういえば、お父様はどうやって、止めたの?何か方法があったわけでしょ?」
その疑問には、蛇のアレグロが答えます。
「魔王様は、ライラお嬢様とは比べものにならない程の能力をお持ちでしたので」
「比べものにならないって、どのくらいよ?」
「そりゃ、比べものにならない程ですよ。能力の数も威力も桁違いで。魔王様がこの場にいらっしゃれば、どのような方法でも解決なさるでしょう」
私はイライラしながら答えます。
「じゃあ、一体、どうしろって言うのよ!私に力がなければ、修業して力を身につけろとでも言うの!」
「いえ、誰もそのようなコトは…」と、馬のポリフォニー。
「ここは、やはり、全員の力を一致団結させて事に当たるしか…」
これは、亀のケルンの提案。
一致団結ねぇ…言葉の響きは美しいけど、そんなコトでどうにかなるものかしら?現実は非情なのよ。理想論ばかりでは何も解決はしないわ。
そうは思ったものの、他に手段もありません。
「仕方がない。出たとこ勝負で行きましょう!」
そう言うと、私は再び暴れ牛ドロローゾの元へと向ったのでした。
次に私たちが訪れたのは、前の村に比べると随分と大きな街でした。
ここでも暴れ牛となったドロローゾは縦横無尽に暴れまくっていましたが、街の警備隊が出動して、それを食い止めようと必死に戦っていました。
けれども、とてもじゃないけど歯が立ちません。次から次へと突進され、吹っ飛ばされていく警備兵たち。私たちが到着した時に目にしたのは、そのような光景でした。
「やめろ!ドロローゾ!」
再び、熊のメトロノームが立ち向かいます。
「放っておいてくれと言ったろう」
そうして、突進してくるドロローゾ。またもメトロノームは、それを正面から受け止めます。が、それも一瞬のこと。すぐに、ジリジリと押し戻されていきます。突然、横から馬のポリフォニーが突撃し、油断したドロローゾはドッと横倒しになります。さらに、疾風のマフラーを装備したウサギのピーターがピョンッと飛び出してきて、ドロローゾの顔に布を巻き付けて、目隠しをします。そうしておいてから、さらに4本のロープをドロローゾの四肢に結び、それぞれのロープをみんなで別々の方向へと引っ張ります。
ここまでわずか数秒。けれども、直後にドロローゾは物凄い力でロープを引き、立ち上がります。瞬く間にロープを引きちぎると、アッという間に駆け出していきました。
目隠しをされたまま駆けていく暴れ牛。どこまでも、どこまでも走り続けます。あっちへぶつかり、こっちへぶつかりし、体中傷だらけになりながらも全く止まる様子を見せません。
結局、一致団結なんて何の役にも立たなかったようです。
そこで、ついに私はブチ切れて、暴走する牛の前に立ちはだかりました。
「危ない!姫様!」
背後からそのような声が聞こえますが、気にしません。
私は重力制御の魔法を最大出力で放つと、突進してくる暴れ牛をその場に釘付けにしました。そうして、ツカツカと近寄っていき、牛の顔面めがけて、思いっきり平手打ちをかましました。
バチ~ンという激しい音がその場に響き渡ります。
「いい加減にしなさいよ!あんた!いつまでも、ウジウジウジウジと!過去に何があったか知らないけど、そんなに過去に嫌な思い出があったなら、自分の力で未来を変えてみせなさいよ!」
私は、そう叫びました。
そこで、ようやくドロローゾは観念したようです。重力の魔法の効果が切れても、その場から1歩も動こうとしません。ただ一言、こう呟いただけでした。
「未来を、自分の力で…」
「そうよ!未来を変えるのよ!自分の思った世界へ!これまで思い通りにならなかったのならば、今度は思った通りの世界へ変えればいいじゃないの!」
沈黙したままのドロローゾに向って、私はさらにたたみかけます。
「かつて、お父様がそうしたように!今度は私がそうしてあげる!世界を変えてみせる!だから、あんたもそれに協力しなさい!」
私のその言葉に、ドロローゾはガックリと頭を垂れ、その場にひれ伏したのでした。
こうして、近隣を暴れ回り、家々を破壊しまくった悪魔の暴れ牛は姿を消したのでありました。代わりに、私たちに新たな仲間が1体、加わったのです。