~第36話~ ノルマ13枚
~第12話~ サーカスの騒動
私、ライラ・ライは、ひょんなことからサーカスの公演に出演することとなってしまいました。とはいっても、そんなに大した役でもないんですけどね。馬のポリフォニーに乗って、会場を1周するだけ。仲間の動物たちも後ろをついて回ります。本番前の訓練もちょっとしたもので終わり。
それよりも、かわいそうなのは熊のメトロノームの方です。毎日、鬼の形相のサーカス団団長に鞭で打たれながら、必死になって芸をマスターしようとしています。
メトロノーム!待ってて!もうちょっとの辛抱だからね!
さて、そんなこんなで、サーカスの公演初日がやってきました。
初日からお客さんの入りは上々。私は緊張しつつもワクワクしながら舞台の袖で出番を待ちます。
空中ブランコ・自転車ショー・筋肉モリモリ肉体派の男性達が積み重なって人間ピラミッドを披露したりしています。
そうこうしている内に、いよいよ私の出番。きらびやかな衣装に着飾って、馬のポリフォニーの背中にまたがります。そのまま、大勢のお客さんたちの前へと出陣~!
真っ暗な会場で、私たちの進んでいく部分にだけスポットライトが当たります。私とポリフォニーの後からは、犬のフーガ、蛇のアレグロ、亀のケルン、ウサギのピーターと続いていきます。会場ではドッという歓声と共に笑い声も起きています。どうやら、私の後ろから動物たちがヒョコヒョコとついて来る姿がおもしろいようです。
わずか数分の出来事でしたが、出番が終わっても私の心臓はドキドキと鳴り続けていました。
「これがサーカス!これがスター!私は、世界的トップスターになったんだわ!」
そんな風に天に向って叫びたい気分になりました。
まさか、スポットライトの光を浴びるというのが、こんなにも気持ちいい感覚だったとは。この旅が終わったら、本気でサーカスのスターを目指そうかしら?などと思ってしまった私でした。
私たちの出番が終わるとすぐに、猛獣使いのおじさんが登場しました。私なんかとは比べものにならない程の実力を持ったプロの猛獣使いです。
まずは、大きな体を持ったゾウさん。猛獣使いのおじさんの指示に従って、アチラへコチラへと動き回ります。それから、小さな椅子に片足を乗せて、お客さんにアピールをしたり、おじぎをしてあいさつしたり。実に、よく訓練されています。
次に登場したのは、ライオンさん。用意された炎の輪を、次から次へとジャンプしてくぐり抜けていきます。さらに虎さんも登場して、ライオンさんと対決の様相を呈します。もちろん、これは演技。本気で戦っているわけではありません。お互いにじゃれ合っているようなもの。
ライオンさんと虎さんが引っ込むと、いよいよメトロノームの出番です。他の熊たちに混ざって、演技に興じます。まだまだぎこちない感じですが、どうにかついていっています。教わっていた玉乗りも失敗して地面に激突していましたが、そこはピエロのおじさんがフォローして笑いに変えてくれていました。
「チャンスがあるとすれば、ここですね」
メトロノームの出番が終わって、檻へと連れていかれる時に、小犬のフーガがこっそり話しかけてきます。
そういえば、サーカスに夢中になって忘れていたけど、確かそんな計画だったわね。サーカスの公演最終日に、メトロノームを助け出し、ここから逃げ出す算段。でも、私は、そんなコトは、ちょっとどうでもよくなりかけていました。
いけない!いけない!お父様を元に戻すまでは、がんばらないと!スポットライトもサーカスも、その後で考えないと。
その後は、何日も同じような日が続きました。
最初はドキドキしていた私でしたが、慣れてくると、そうでもなくなってきます。それでも、お客さんの声援に応えるのは楽しくてたまりません。もっと!もっと難しい技を!もっと複雑な演技を!という欲が出てきます。けれど、サーカスに入ったばかり、それも仮入団のこの私に、そのような大役は回ってきません。
そこに変化が生じたのは、何日目だったでしょうか?突然、猛獣使いのおじさんが事故に遭ってしまったのでした。それも、かわいがっていた猛獣の虎さんに襲われて。何週間も身動きが取れない重傷です。
「こりゃ、猛獣ショーは中止にするしかありませんね…」と団員の1人が言っているのが聞こえてきます。
そこに団長が声を上げます。
「よっし!こうなったら、ひさびさにワシが舞台に立つか。こう見えても、昔は一流の猛獣使いとして名を成したものじゃ。今でこそ、獣たちの世話や訓練しか行っておらぬが、昔取ったきねづかじゃ!!」
「やめてください。そういうのを年寄りの冷や水と言うんですよ…」と、マッコイさんに止められています。
「なにを~!このワシをバカにする気か!!」と反論する団長さん。
そこに1人の少年が手を上げます。
「僕に任せてください!」
そう声を上げた者の方向へ、皆の視線が注がれます。それは、誰であろう。なんと、他ならぬ私、ライラ・ライなのでありました!
「だ、大丈夫なの?ラルゴ?」
ラルゴ…って誰だっけ?と思ったら、私がコビット君に語って聞かせた偽名でした。そういえば、そんな名前だったわね。すっかり忘れていたわ。危ない、危ない。
「お、おう!大船に乗った気持ちで、僕に任せておいてくれ!」
そう、私は答えます。
そうして、みんなの前で技を披露します。ライオンさんに、虎さん、それからゾウさん。全ては、私の思いのまま。指示した通りに動きます。ま、トリックはというと、重力の魔法を使って動かしてるだけなんですけどね。これさえあれば、自由自在。どんなに重い動物だろうと好き勝手に移動させられるのです。
「おお~!凄い!」
「これなら、いけるぞ!!」
「むしろ、これまでやってきた芸よりも素晴らしい!!」
「お客さんも、大勢やって来てくれるかも知れん!」
と、サーカスの皆さん、大絶賛です。
「ラルゴ!凄いよ、君!まさか、こんな技術を持っていただなんて!」と、コビット君も褒めてくれます。おかげで、私は鼻高々。その後も、気分よく過ごすコトができました。
もちろん、部屋に帰って、他に誰もいなくなってから、動物たちには大目玉を食らいましたけど。
「何を考えていらっしゃるんですか!姫様!」
これは、小犬のフーガ。
「自分で目立つ行動は控えろって言ってたくせに…」と、蛇のアレグロ。
「まあまあ、おもしろいコトになってきたじゃないか」と、ウサギのピーター。
「もっとゆっくりじっくり行動した方がよかったんじゃないかな~?」と、亀のケルン。
最初は、私だって、そうするつもりだったわよ。でも、ついつい流れでそうなっちゃったんだから仕方がないじゃないの!それに、もっとみんなの歓声を浴びたかったのよ!馬に乗って会場を一周するだけだなんて、つまらないじゃないの…と思ったけれども、そこはグッと我慢して、私も声には出しません。
代わりに、一言、こう言っただけでした。
「まあまあ、私に任せておきなさいって!」
みんな、まだ何やらブツクサ文句を言っていましたが、私はそれを無視して、その日はシャワーを浴びてサッサと眠ってしまいました。
「おやすみなさ~い」
その後は、私の大活躍で、サーカスは大盛況でした。
お客様は、次から次へと訪れて、連日満員!!なにしろ、小柄の少年が、自由自在に獰猛な猛獣たちを操ってみせるのです。これが話題にならないはずがございません。
最初は、重力の魔法に頼りっきりだった私ですが、徐々に慣れてきて、本当に猛獣たちを操れるようになってきました。ま、元々、サーカスで訓練されてきた動物たちです。誰が指示しようと、ある程度はその指示に従うようにできていたようです。その上、私はあまり厳しくしません。動物たちも、段々と私に好意を持ってきてくれたようです。
要所要所で重力制御の魔法を使い、それ以外は猛獣たちの好きに動かせることにしました。それがかえって上手くいき、自然な演技としてお客さまにも好評を博したのでした。
「いや~!素晴らしい!素晴らしい!」
サンタクロースのようなおヒゲの団長さんも、いつもニコニコ顔です。そりゃ、そうでしょう。そうでしょう、そうでしょう。今や、私こそがこのサーカス一座を背負って立つ看板娘…いや、看板息子なのですから!エッヘン!
「いつまでも、このサーカスにいておくれ。そうして、バンバンお金を稼いでおくれ」
などと団長さんも言っています。本当にそうしてしまおうかしら?などと思ってしまいます。
そんな私の心を察してか、小犬のフーガがジロリとコチラを睨みます。
わかってます。わかってますって。この私には、元世界の支配者、魔王であるお父様をこの世界に復活させて、この世界を取り戻すという使命があるコトを。そっちの方が、サーカスの英雄になるよりも、よっぽど重要な任務だっていうことくらいは。それでもね、たまにはこうして人々から絶賛の嵐を浴びてみたいものなのよ。そういうお年頃なのですから。いや、年齢に関わらず、誰だってこんな気持ちになることくらいあるでしょう?
ねえ?この本を読んでいらっしゃる皆さん?
などとやっている内に、瞬く間にこの街での最終公演日がやってまいりました。当初の予定では、ここでサーカスとの一団とはおさらばです。でも、ちょこっと名残惜しいな…
ここで、私の好奇心が、またしてもうずき始めました。
「どうせだったら、ド派手な最後にしてやれ…」
そのような思いがムクムクと湧き上がってきて、抑えきれなくなってきました。この辺が魔王の娘たるゆえんかも知れません。まったく、血は争えないものです。お父様も、若い頃はいろいろと派手に世界を暴れ回ったと聞きます。それが結婚して、私が生まれてからというもの、スッカリ大人しくなってしまったそうです。魔王様も、家族ができてしまうと安定した平和な生活というのを望んでしまうものなのかしら?
いずれにしても、今はサーカスです。舞台に集中するといたしましょう。
さて、いつもの通りサーカスの演目は進んでいき、いよいよ私の出番となりました。満員の観客席、万雷の拍手の中、私は動物たちと一緒に登場します。火の輪くぐりや、猛獣たちのじゃれ合いが終わった後、いよいよ最後の仕上げです。
私は、馬のポリフォニーに乗り、仲間の動物たちも連れて、空中高く舞い上がります。ポリフォニーには飛行の腕輪が装着されており、自由自在に空を飛ぶことができるのです。
重力制御の魔法と飛行の魔法を同時に操り、高く高く舞い上がる私たち。
もちろん、みんな驚いています。サーカスの団員達は「何事だ!?」と驚愕し、観客たちは「これも演出の1つだろう」とやんややんやと大喝采!
私たちは、そのままサーカスのテントのてっぺんにぶち当たり、テントを破って空の彼方へと消えていきました。
サーカスのみんな、ありがとう!楽しかったわ!でも、私にはやらなければならない目的があるの。ここまま、ここを去らせてもらうわ!また機会があったら、お会いしましょう!
こうして、長く楽しかったサーカスでの暮らしは終わりを告げたのでありました。