計画の行方-2
「あっきーとさっきー」
『あっきー』と僕を、『さっきー』と麻也を指差すクラスメイト。
「……そんなあだ名を付けられるほどに、僕たちはお前と親しくはない」
……かなり、怒っている。
「えー? だってさっきーのお姉さんがそう呼んでいいって」
「だからその言い方を――」
そこで麻也は言葉を切った。
しばらく額を押さえていたかと思うと、
「……なるほど、そうか」
と苦々しげに呟いた。
『さっきーのお姉さん』、つまりそれは浬弥さんということか。
そういえば、浬弥さんは僕のことを『あっきー』と呼んでいたっけ。
しかし、何故このクラスメイトが浬弥さんから『許可』をもらっているのだろうか。
僕の疑問は表情にも出ていたらしい。
「オレの兄貴、さっきーん家のカテキョやってんだ」
「かて、何?」
「家庭教師」
クラスメイトは言い直して教えてくれた。
「兄貴、オレと違って頭いーからさ。んで、さっきーとお姉さんの勉強見てんの」
お兄さんは大学生だそうだ。
「へー」
僕は驚いたが、普通の感想しか言えなかった。……いや、感想とも言えなかったけど。
「いやー、バイト代いいって兄貴も最初すげー驚いててさ。たまにオレに小遣いくれるんだ」
そう言うクラスメイトに対し、麻也は逆に苛立っているように感じた。
……これは、まずい気がする。
「さっきーん家って『金持ち』だよなー」
「あ」
その言葉は麻也にとって禁句だ。
「――」
麻也は何か言おうとしていたが、口を開くより先に手が出たらしく、クラスメイトをプールへと突き飛ばしていた。
「おわっ!?」
変な声を上げ水面に落ちるクラスメイトに見向きもせず、麻也はそのまま更衣室へと走って行ってしまった。
「――ぶはぁっ! あーびびった。ったくさっきーはいきなりどうしたのさ?」
水面から顔を上げた不思議そうに僕に聞いてきた。
「うーん……多分『金持ち』発言にムカついたんじゃないかな」
「でも金持ちだよな?」
「いやまあそうかもしれないけどさ。麻也君はなんていうか、嫌みたいだから」
麻也を見て思う。
きっと、僕とは別の意味で『普通』になりたいんだと。
僕はよく知らないけれど、麻也の両親は有名な人らしい。
そういった何かが、麻也にとっては気に食わないのだろう。
ただ、そう思うのは僕の勘違いかもしれないので、
「なんか色々と、ある、みたいだよ?」
と、かなり曖昧な言い方しかできなかった。
「ふうん?」
クラスメイトは首を傾げただけで、それ以上深く聞いてはこなかった。
……僕にした行為はともかく、彼はそれほど嫌な奴ではないのかもしれない。
そう思った所で僕は気付いた。
麻也がいない、健秀もいないというこの状況。
いつもならこの時点で――。
「どうやら『麻也クン』は帰ったみたいだなぁ?」
……来た。
僕の後ろから聞こえてきたのは、同じクラスメイトの『イジメッ子』の声。
嫌な予感はしていたが、やはり彼もプールに来ていたらしい。
心臓の音が早くなるのを感じる。
振り向くどころか、動くことすらできない。
――怖い。
「おい、何とか言えよ」
急に肩をつかまれた。
「あー、悪いけどオレの方が先だからコイツもらっていー?」
僕の肩をつかんでいたのは、プールに落ちていたはずのクラスメイトだった。
「突き落とされてちょーっとムカついてたところなんだよねー」
言いながら、肩に置いた手に力を入れてくる。同時に抱きつくような形で、首にも手が回ってきた。
絞められる。
振りほどきたいが、そんなことをすると今以上に大変なことになるだろう。……と考えた後で、これは振り解けないことに気付いた。
力が強すぎる。
麻也と同等に細いその身体で、何でそこまでの力があるのだろうか。
僕はこのクラスメイトに対して、改めて恐怖を感じた。
「隼基がそう言うんだったら別にいーけどよ」
そう声がした後、ぺたぺたという足音が遠ざかっていった。
……もしかしてもしかしなくても、この僕の横にいるクラスメイトは危険人物なのだろうか。
「んじゃ、行こっかあっきー?」
手を、硬直している肩と首に回したまま、クラスメイトは僕を更衣室の方へと連れていく。
「あっきーさあ、あーゆー態度はダメだよー」
……僕にどう答えろと。
まあ、言いたいことはわかる。
さっきのような態度をしていては、余計に虐められることもわかってはいる。
……わかってはいるのだが、どうしても変えられない。そう簡単に態度を変えることができれば苦労はしない。
「さっきーとやなぴーと一緒にいる時しかあっきー笑わないからあいつらすねてんだよ」
「…………」
ら、ということはさっきの『イジメッ子』は『イジメッ子たち』ということになるのだろう。……しかし、どこをどう考えたら『すねている』ことになるのだろうか。
「てか『やなぴー』って」
思わず口に出た。
消去法で考えるなら、確実に健秀だろう。
「ちなみにオレのことは『なかぴー』って呼んでいいからね」
聞いてないし。
呼ぶ気もしないし。
そもそも何故『隼基』で『なかぴー』になるのか、と一瞬考えてしまった。
「あ、名字」
呟くと、ぴんぽーん、と言って頭をなでられた。
「『中濱』の『中』を取ってなかぴーね」
このクラスメイトの名は『中濱隼基』と言う。
僕の『あっきー』も麻也の『さっきー』も健秀の『やなぴー』も、名字から取っていた。
……だから何だ。
「……それも麻也君のお姉さん命名?」
「そう。面白い人だよなー、さっきーのお姉さんて」
……面白い、だけで済む人だろうか。




