事件の行方-1
――とても、懐かしい夢を見た。
過去という名の、今では曖昧になってしまった夢だった。
――目を開くと、黒い物体が視界に入ってきた。
「……?」
何だろう。あまりにも近すぎて正体がわかりにくい。
……そこで、自分が何処かに横たわっているらしいことに気付いた。
何処に、何故、僕は横たわっているんだろう?
僕は起き上がろうとした。
が。
「……痛い」
頭に、腕に、全身に激痛が走っている。
異様な状態に疑問を抱いたその時。
「――気付いたかい?」
上から、声が降ってきた。男の声だ。
……誰だ?
身体を動かそうとするが、あまりにも痛すぎて上を向くことすらできない。
「ああ、強く殴りすぎてしまったかな。加減というものがわからなくてね」
「――っ!?」
激痛と共に身体が動く。
「これで、私の顔を見ることができるかな」
「…………」
僕の父親と同年代、もしくはそれより上の年齢だろうか。白髪で年齢が判別できない。
僕は、何処かで、この人を見たことがある気がする。
この人は、誰だ。
「できたら、君には危害を加えたりしたくはなかったんだけどね」
男性は言う。
「でも、君を見ていたら、健秀のことが可哀想になってきてね……」
「あ――」
思い出した。
この人は、健秀の。
「……おじさん……」
父親だ。
「覚えていてくれたのか。久しぶりだね、柄斗君」
おじさんは笑顔を見せた。懐かしい笑顔だ。が、僕は笑顔を返せない。
どうしてこんな状況になっているのか、まだわからない。
「できることなら、健秀にも成人式に出て欲しかったな」
「……そう、ですね……」
成人式。
――そうだ、今日は成人式だったっけ。
それで、式が終わった後、ここに来たんだっけ。
目の前の黒い物体――健秀の、墓に。
「嬉しかったんだよ、君もここに来てくれて」
も?
ということは、僕の他にも誰か来た、ということか?
「中濱、隼基君、だったかな。あの子もお兄さんとここに来たんだよ」
隼基と歳基さんが来たのか。
そういえば、行くというようなことを言っていた気がする。
「嬉しかったんだよ……あの話を聞くまではね」
「……あの、話……?」
どんな話だ。
「私が来た時、二人は墓の前で何か話していたんだ。近付いたが、二人は私に気付かずに話し続けていた。……健秀に、謝っていたんだよ」
「……謝る……?」
「隼基君のお兄さんが、健秀を殺した、と」
――健秀が。
歳基さんに、殺された?
「――でも、交通事故だったって……」
「健秀が飛び出して車に轢かれたという話だったよ。あの時は、ね」
でも、とおじさんは言う。
「実際は、隼基君のお兄さんが健秀を車道へ突き飛ばしたそうなんだ」
「……どうして……」
どうして歳基さんに健秀が殺されなければならない? 歳基さんに健秀を殺す動機があったのか?
「君たちは――君と、健秀と、麻也君の三人で、家出をしようとしていたらしいね」
「…………」
さっきまで見ていた夢を思い出す。
八年前。健秀が事故に遭う直前までの出来事だ。
「部活に行くとき、健秀は急いでいて、自転車に乗って行った。健秀を轢いた運転手の話だと、自転車に足を取られて転んでいたという話だったんだ」
それだけだと、歳基さんが突き飛ばした証拠にはならない。
「隼基君のお兄さんは、あの日家出するという話を聞いた後、健秀と出くわしたらしい」
小学校と碕田家の距離を考えると、ありえない話ではない。
「許せなかった。突き飛ばしたばかりか、今までその事実を隠していた彼が」
そこでおじさんは、右手を僕に見えるように差し出してきた。
「……?」
赤く、ギザギザと尖ったものが視界に入った。よく見ると、持っている部分が細い、木でできた棒のようなものをおじさんは持っていた。ギザギザしたものは、その先端部分だった。
「健秀の遺品さ。この間やっと見つけて、今日、記念に持って来ようと思っていたんだ」
持ち手の部分より太い先端。その形状と、健秀の遺品という証言、そして僕の記憶から、その物体の正体にやっと気付いた。
「……バット……?」
「その通り」
しかし、何故先端がささくれ立って、というか中途半端に折れているのだろうか。
……そこで気付いた。塗料だと思っていた赤い色が、濡れたように――いや、本当に濡れて光っていた。
「気付いたかい」
僕の視線に合わせて、おじさんはバット『だったもの』を持ち上げた。
「話を聞いていて、気が付いたらこれで殴りかかっていたんだよ。まあ、気付いても止める気はなかったがね」
……それでは、隼基と歳基さんは。
「生きてはいるよ」
僕の聞きたいことを悟ったようにおじさんは言う。
「隼基君がお兄さんをかばって、そのまま逃げたからね」
「……そうですか」
「その後に運良く――君にとっては運悪く、か。柄斗君、君がやって来たというわけだ」
「…………」
そうだったんですか。
本当に、僕は運が悪い。
「で、君を殴ったらとうとうこのバットが折れてしまったというわけなんだよ」
あっさり言わないでほしい。
そう思っていたら、急におじさんは自分のポケットから何かを取り出した。左手にすっぽりと収まるサイズのそれは携帯電話だ。見たことがある機種だな、と思ったのは当然で、それは僕の携帯電話だった。
「連絡を取られると困るから奪わせてもらったよ」
言っておじさんは折り畳み式のそれを開く。
「隼基君と麻也君の二人から着信が来ていたよ。当然、出なかったけれどね」
携帯電話を閉じ、おじさんはまたポケットに仕舞う。
隼基と麻也が電話をかけてきたというその意味。
「どうやら、着信の来た時間的に麻也君は隼基君に私のことを聞いたみたいだね」
こともなげにおじさんは言う。
「君を探しに、そろそろここにもやって来る頃だろう」
……僕を一体どうする気なのか。
聞かずとも、わかっていた。
――夢だと思っていたあの過去の記憶は、もしかしたら走馬灯だったのかもしれない。
「彼が来る前に済ませてしまわなければ」
独り言か、おじさんは呟く。
「麻也君もすぐに君と同じ場所に行く」
……初めて視線を合わせたと思ったおじさんの瞳は、焦点が合っていなかった。
健秀が事故に遭ったと聞いたときの麻也も似たような表情をしていたな、と僕は思い出した。
「また、健秀と仲良くしてやってくれ」
おじさんがバットの成れの果てを振り上げる。
僕は口を開いた。が、声が出てこない。
何を言おうとしたのか、自分でもわからない。
仕方がないから、せめて視覚的に痛く思わないように、瞼を閉じた。
衝撃に備え身構える。
――しかし、その必要はなかった。
おじさんが降り下ろそうとしたその腕は、僕に届く前に動きを止めていたのだ。
成人式は夏に行う所もあるのですよ。




