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「鬼は外、福は内――」

作者: 綾加奈

 年末年始の連休を使って二週間ほど帰省していた北海道から東京のアパートへと戻ってきた。この場合、『戻って来る事』は何と呼べば良いのだろうか。帰省から帰省? 省という言葉がゲシュタルト崩壊を起こして、そこにどんな意味合いが込められているのかも忘れてしまってしまいそうだ。普段から雰囲気で日本語を使っている事がバレてしまう。

 だからと言って反省するつもりはないけれど。

 東京の空気は冷たい。北海道に比べれば気温は高いのだが、そもそも比べる事が間違いなのだと僕は思う。

 敢えて両者の違いを言葉にするなら北海道が『寒い』で東京は『冷たい』という感覚。それは何気ない違いのようでいて、今現在僕が感じている心細さを的確に表現しているように思えた。


 アパートの鍵を開け、室内に入る。温度差が存在せず、本来あるべき温もりは存在しない。ここ数日、家族の元でぬくぬくとした生活をしていた所為か余計にその冷たさが心に沁みた。

 電気代が勿体ないと思いつつ、仕方ないからハロゲンヒーターを付ける。酷く人工的な温もりが、剥き出しの素肌を微かに焼いていく。

 大学が再開するまで一週間ある。少し余裕をもって戻ってきたのだ。この一週間をこの部屋で過ごすのかと思うと、少し戻って来るのが早すぎたかもしれないと軽い後悔の念に駆られてしまう。

「しかし……何とも汚い部屋だ」

 これもまた、帰省の影響だろうか。我が家は母の手によって常に整理整頓がされていたから、自室の無秩序さと混沌加減が僕の気を滅入らせた。

「仕方ない。体を温めるってのもかねて、掃除しよう」

 何とも建設的で健康的な思考だ。普段からこの手の思考で行動できればいいのだが、生憎と今日一日の気紛れに過ぎないのだろう。

 食品や生ゴミの類は帰省の前に粗方処分仕切っていたから、部屋に散らかる衣類や教科書、漫画雑誌を整理しておけばいいだろう。

 そうと決まれば善は急げだ。僕は掃除欲が燃え尽きてしまう前に立ち上がった――


 気紛れで始めた掃除が予想以上に長引いてしまう現象に、偉い学者は既に名前を付けているのだろうか。いないのならば僕の名前を遣ってくれても構わない。

 そんな戯言が頭に浮かんでくるほど、僕は掃除にたっぷりの時間をかけてしまっていた。六時間も掃除をしていた。もうどんだけ掃除楽しかったんだよ僕。

 そんな訳で、今は最後の仕上げとして、掃除機をかけていた。

 使い古された掃除機は必要以上に大きな音を立てながら、ゴミを吸い込んでいく。僕はテレビ台を避けて、その下に掃除機をかけようとした。

 だけれど、僕の手は止まってしまう。

 テレビ台の下から現われた以外な闖入者によって。

「……豆だ」

 それは豆であった。

 親指の爪を一回りほど大きくしたようなサイズの豆だ。中々に立派な豆だ。

 だけれど僕の記憶には、そんな豆を食した記憶はない。何やら幼心を擽るそれを、僕は摘みながら暫く見つめていた。

「節分だ」

 そうだ節分であった。

 こういった豆が一年に一度登場し、活躍する唯一の場。節分だ。

 だけれど僕の記憶には、節分で豆撒きをしたような記憶なんて――ああ、あったわ。

 そうだ。これは昨年の節分の日、僕の部屋で撒かれた豆だ。どうして直ぐにその事実を思い出せなかったのかと言えば、元カノと一緒に豆を蒔いたからだった。

 うーん、若気の至りだな、こりゃ。

 豆に触発されて色々な事を思い出してしまう。スーパーでアルバイトをしている友人から押しつけられた鬼のお面と豆。『こんなもん貰ったってどうしようもない』とか想いながらそれを元カノに見せると、意外な張り切りを見せて「豆巻きをしましょ。貴方が鬼よ」となったのだった。

 懐かしいな。彼女とは春を迎える前に別れてしまったから、僕等はきっと心の中の鬼退治に失敗してしまったのだろう。

 まあ、こんなイベント、一々記憶している方がどうかしているのだ。恋人にとっての二月は、節分ではなくバレンタインデーなのだから。

 と言う訳で僕の意識は現実へと戻ってくる。指に摘まれた豆が、僕に何かを告げるような事はない。

 言葉にし難い感情に見舞われた僕は、テレビ台の下をよく探索してみる事にした。が、それ以上、思い出を見つけ出す事はできなかった。クリスマスプレゼントを包装していたリボンとか、バレンタインデーで貰ったチョコレートの欠片だとか。そういうものが落ちていてくれれば、もう少し華やかな思い出に浸れそうだというのに。

「……どうしてお前なんだ」

 僕は豆に告げる。が、当然返事なんてある筈がない。

 豆は黙って僕を見つめていた。

「……まあ、お前なりの気遣いなのかもな」

 もしここで、前記した思い出を刺激するような品物を発見してしまっていたら、僕はこの東京のアパートの一室の孤独と冷たさに耐えきれなくなってしまっていただろうから。思わず元カノに電話をかけるなんて情けない事をしてしまっていたかもしれないから。

 これ位の思い出であれば、独りで噛み砕いて、飲み干す事ができるから。

 僕は豆をゴミ箱へと放った。

 そして携帯を操作して、大学の友人達へと連絡を取った。

 折角掃除をしたのだ。新年会でも開いてみよう。掃除した部屋が汚くなるだろうけど、その時はまた掃除をすれば良い。決して切なくなってしまった訳ではない。決して冷たくなってしまった訳ではない。何かを誤魔化そうとしている訳ではなかった。

 そう。絶対に。

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