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しあわせバトン

Le Petit Bonheur

作者: 三稜 諒

 オープンしたばかりのパティスリーにバイトで入って早一ヶ月。若干まだ不慣れな点はあるけれど、ケーキの値段も間違えずに言えるようになってきた。

 ──小さな幸せ、という名前のお店は店長の優生さんが名付けたらしく、小じんまりとしていて可愛らしい。

 カラン、とドアベルが鳴ってお客さまがいらっしゃった。

「いらっしゃいませ!」

 お客さまが迷われている時は、あまりお声をかけないように。

 店長は店員さんに声をかけられると焦って決められないことが多いらしく、ボヌールにはそんな決まりが作られた。

 ただ、放置するわけではなくアドバイスが欲しそうなお客さまには笑顔でご希望を伺うように、と。

 このお客さまはどっちだろう?

 男性というか、男子高校生だな、この制服。

「あの……」

「はい。お決まりでしょうか?」

「いえ、まだ……。おすすめはありますか?」

 あ、アドバイスが欲しいお客さまだった。まだまだ修行不足だなぁ。

「おすすめですか?お好みのお味などはございますか?」

「いえ、自分が食べるわけではないので」

「そうでしたか。でしたらお召し上がりになる方のご年齢層をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「妹の七歳の誕生日なんです」

「妹さんですか!おめでとうございます。そうですね……小学生くらいでしたら、やっぱりショートケーキがお好きなんじゃないかと思います」

「あぁ、そういえば苺、すきですね……」

「後はフルーツがたくさん入っているものも小さいお子さまがいらっしゃるお客さまにはよくお買い上げいただいております」

「──でしたら、この『フルーツの宝石箱』でお願いします」

「かしこまりました!プレートはおつけしましょうか?」

「お願いします」

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「宝生です」

「いえあの……プレートに書くお名前を」

「あぁ!すみません。カナ、カナです」

 ふふ、あたふたと焦るこの高校生が可愛く見えてきた。さっきまではカッコいい印象だったんだけどなぁ。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 にこ、っと笑顔を見せて作業台へ向かう。

 カナちゃんお誕生日おめでとう、っと。

 ホワイトチョコのプレートにチョコのシートで転写しながらチラっとお客さまを伺う。

 うーん、居心地悪そう。まぁ男の子じゃ敷居が高いのかな?

「お客さま、こちらでよろしいでしょうか?」

 プレートをケーキに置いてご確認していただく。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「では、お持ち歩きのお時間はどのくらいですか?」

「十分程度です」

「かしこまりました。もう少々お待ちください」

 ケーキを箱にしまい、ピンクのリボンとキャンドルを7本つけた小袋をつけて袋に入れて出来上がり。

「お待たせいたしました。三千五百円になります」

「──ありがとうございました」

 ペコリと会釈して男子高校生が商品を受け取り帰っていく。

 あぁ、今日もしあわせをおすそ分けできた気分。

「栞ちゃん、今日はもう上がっていいよ?」

 奥から店長が出てきた。

「あ、店長。今宝石箱売れました!」

「ほんとに?嬉しいな。あれ今日出したばっかりの新作だからちょっとドキドキしてたんだ」

「よかったですね!」

 えへへ、おすすめしてよかった!

「あ、なんだったら試作あるから祥と一緒に食べていかない?」

「いいんですか?やったぁ!」

 祥さんというのは店長の奥さんで、今お腹に赤ちゃんがいるんだ。

「祥、家の方にいるから勝手に上がってくれる?」

「はぁい」


「祥さーん!店長から試作のケーキいただけるって聞いてきちゃいました!」

「栞ちゃん、いらっしゃい」

 祥さんが笑顔で出迎えてくれた。うーん、この人いくつなんだろ?店長よりは年上みたいだけど。

「──栞ちゃん?コーヒーでいいの?それとも紅茶にする?」

「あ、祥さんと一緒のでお願いします!」

「じゃあハーブティ入れるねー」

「ありがとうございます」

 お茶を待つ間、何気なくお部屋を見ているとフォトフレームを見つけた。

「祥さん、これ結婚式のですか?」

「あぁ、結婚式はまだなのよ。でもお腹が大きくなる前に写真だけでもと思って」

「へえ、そんなこと出来るんですねぇ」

「最近入籍だけで済ます人も多いしねー」

「そうなんですね!いいなぁ、あたしもドレス着たいなぁ」

 写真に写る二人は本当に幸せそうで見ていて笑顔になれる。

「お茶、入ったよ」

「ありがとうございます!」




 ひとしきり今日の男子高校生の話で盛り上がったところでお暇して家に帰る途中。

「──あの、」

 後ろから声をかけられた。

 ……やばい、変質者?

 警戒しかけたところで、聞いたことがある声だと気づく。

 振り向くと、先ほどお買い上げいただいた男子高校生だった。

「あぁ!びっくりした。どうしました?」

「あっ……、すみません。驚かせてしまいましたか?」

「大丈夫です。ですが、あの……?」

「あの……っ、突然ですが、お付き合いされてる方とか、いますか?」

「──はい?」

「え、あのですから……」

 目の前の高校生はあたふたとしながらモゴモゴ言っている。──じゃない。なにコレ告白?!今、告られてるの?あたし!

「いえ、いませんけど……」

「本当ですか?!──よかったら、お付き合いしていただけないでしょうか」

「いやでも、さっき会ったばっかりですよ、ね……?」

「いえ、……先月、水をかけられた男にハンカチを渡したことがありますよね?」

「え?えぇ。……榊珈琲でしたっけ?」

 ──まさか。

「それ、おれです」

「はぁあああ?」

「さっきお店で拝見したときに、あの時の人だ!と……」

「あぁ、それで……」

「それで、考えてみていただけないでしょうか?」

「いいですよ?」

 ぽかんとする少年。

「ほ、本当ですか?」

「いやまぁ、その高校生らしくない口調を変えてくれたら、ね?」

「い、いえあのこれは。緊張しているからで……っ」




 考える時間が必要かって?

 そんな訳ないでしょう。あなたは知らないだろうけど、さっき、あなたの話で一時間も祥さんと盛り上がれたのよ?

店長さんとその奥さんは「しあわせは道端に落ちている」の二人です。

知らなくても全然問題ありませんが、知ってたら多少ニヤリとできるかもしれません。

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