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第一章 ―「外」の子供達― *6*

 第一章 ―「外」の子供達―  *6*


 6


 カナタの、赤いギガンテスが、大型エレベータにより地上に出ると、まさにあの巨大型キマイラと、小型キマイラの群れが、疑似餌を喰い尽くそうとするところだった。

 周囲には、疑似餌がなくなった瞬間を狙おうと、傭兵の仲間達が銃器を構えてキマイラ達を取り囲んでいた。

 カナタ達がいる基地の周囲は、もともと「(なか)」に良く似た、都会だったと聞く。

 ギガンテスから見下ろすと、足元には、一昔前には大きなビルがあったのだろうと想像させる、基礎の一部や、一階部分だけ残ったコンクリートの「喰い残し」がある。

 しかし、その建物の縮尺は、近くにいる一体の超大型キマイラのせいで、全てがミニチュアに見えた。

――ヲヲヲヲヲヲヲォォォォォ!

 その巨大キマイラが、疑似餌を喰い尽し、ゆったりとこちらを向いた。

「っ!」

 まったく光を感じさせた無い、キマイラの眼とカナタの眼が、合ったような気がした。

 もちろん、キマイラを捉えたのは、カナタの両眼ではなく、ギガンテスの全身に取り付けられた全8箇所のカメラだが。

 それでも、カナタは巨大キマイラの(ワニ)顔に一瞬、射竦められ――それが、開戦の合図となった。

「ぬぁっ!」

 カナタのギガンテスが、わずかに硬直した瞬間を狙われたのか、巨大キマイラは小細工無しで体当たりで来た。

 カナタは、すぐに硬直状態から脱し、左足のフット・ペダルを踏みつけ、右足のペダルを横に蹴りつけた。

 かなり大きくジャンプしたつもりだが、ギリギリだった。

「くぅっ!」

 横を通り抜けられた衝撃だけで、ギガンテスの内部が激しく揺すられる。

 ――改めて対面すると、とてつもないな!

 全てのスケール感が狂ったこの化け物に、よく一撃とは言え、剣を振るえたものだと、カナタはイチロウに改めて感心した。

 だが、感心してばかりもいられない。

「ああぁぁぁぁ!」

 カナタも、二本の剣を腰から抜くと、力いっぱい巨大ギガンテスの背中、翼の付け根に突き刺した。

 ――ジュッ

 しかし、やはりイチロウの時と同様で、皮膚をわずかに溶かすだけで、全く歯が通らない。

 ――やはり、これしかないか。

 カナタが見つめた、予備武器欄のモニターには「Thermobaric Bomb」の文字がある。

 もちろん、カナタは何の作戦もなく飛び出してきたわけではない。

 赤いギガンテスの予備パックには、『サーモバリック爆弾』が入っている。

 出撃前に、イチロウのギガンテスから取ってきたものだ。

 だが、問題は、どのタイミングで『爆弾』を使うかだ。

 サーモバリック爆弾は、威力が大きすぎて、自分はもちろん、下で戦っている仲間達はもちろん、基地の一部も損害を被ることは確実だ。

 その上、そのレベルの爆発でも、この巨大キマイラを一撃必倒できる保証はない。

「わっ!?」

 カナタが振動を感じた瞬間、ギガンテスはキマイラの背中から振り落とされた。

 巨大キマイラは、やはりベースが(ワニ)になっているらしく、その屈強な尻尾を軽く振っただけで、地面が抉れた。

 そして、そのついでのように、小型キマイラと、カナタの仲間達が押し潰された。

 動きが、それほど早くないので油断してしまうが、サイズがサイズなだけに、通常の人間ならあっさりと圧殺されてしまう。

「く、くそぉ!」

 カナタは、慌てて外部通信をオンにした。

『総員撤退だっ!後は俺にまかせろ!』

 スイッチを切ると同時に、キマイラの眼前に飛び出した。

 仲間達が逃げる時間を稼がなければならない。

 足元の、小型キマイラの群れを蹴飛ばすと、その『眼』を目掛けて、剣を振り下ろした。

 先程、ウララ『眼』を狙ったピンポイント・ショットは効果があったからだ。

 しかし、カナタの剣が振り下ろされるよりも前に、巨大キマイラが頭を横に振った。

「――あっ!」

 その鼻先が、ギガンテスの横っ腹に当たっただけで、数十メートルも吹き飛ばされる。

 カナタは、反射的に、左のレバーを素早く引いた。

 派手な音を立てて、ギガンテスが周囲の廃墟を土ぼこりに変え、地面を転がった。

 操縦席内に、赤い危険信号が鳴り響く。

 どうやら、背中のプレートが全て削れたらしい。

 フォローに回した左腕もずたずたずただ。

 幸いモニターの半分はまだ生きているが、たったの一撃ですでにカナタは死に体となっていた。

 衝撃吸収スーツでも、まったく衝撃を殺しきることができなかったようだ。

 何とか、気絶にまでは至らなかったが、体がほとんど動かない。

「っ!……ごぷぁ!」

 何とかギガンテスを、起き上がらせようと思い、腕を伸ばした瞬間、吐血した。

 どうやら内臓がやられたようだ。

 カナタは、訓練どおり、自分の血で気道を塞がない様に、ヘルメットを苦労してはずした。

 ぼやけた視界には、巨大なキマイラがゆっくりとこちらに迫ってくるのが見えた。

 ――止めを刺す気か。

 「もうそれでもいい」と、カナタは思った瞬間、頭の中に一人の少女の顔が浮かんだ。

 短い髪に、溌剌とした大きな瞳。

 カナタを見るといつも小言ばかり言うが、最後はいつも笑顔を見せてくれた女の子だ。

「……アユミ」

 カナタが、ぼそりと血に塗れた唇で呟くと、頭の中の彼女は泣き顔となっていた。

「また、泣くのか。アユミ、もう泣くなよ」

 思えば、小さい頃は自分が兄貴分だったはずだ。

 いつも、「毒子(どくこ)」と呼ばれ、近所の子供達にいじめられていたのは、アユミだった。

 それを助けるカナタは、いつもアユミの兄であり、ヒーローであるはずだった。

 ――アユミが泣かないように。

 なのに、カナタの中のアユミは泣いていた。

「泣くなよ、アユミ。俺が…、俺がみんなやっつけてやる。いじめっこも、キマイラだって……みんな俺があああああああ!」

 あと少しで、キマイラの太い足が、ギガンテスに届く。

 その一瞬前に、カナタの眼に、火が灯った。

 復讐や憎悪の炎ではなく。

 たった一人の、守護者(ガーディアン)として。

「ンだらぁああああ!」

 ギガンテスの左腕は死んでいる。

 右腕の出力を無理矢理最大にし、地面を手で押しのけると、ギガンテスはごろごろと転がった。

 ずしんと、大地が揺れ、さきほどまでカナタが寝転がっていたところに、キマイラの脚が落とされた。

「つぁ!」

 ギガンテスの体のバネを使い、器用に起き上がると、すぐに鰐頭のキマイラがこちらを向いた。

――ギヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!

 しかし、キマイラが再度、カナタの方へ向かうまえに、キマイラの顔が()ぜた。

『カナタ、無理しすぎ、もどれ』

 そして、キマイラの顔に連続して火の粉が踊る。

『ウララか!なんで出てきたっ!?死ぬぞ!?』

『このまま、倒せない。基地壊される。どうせ死ぬ。結果一緒。それに……』

『それに?』 

『カナタ、かっこつけすぎ、ほれる』

 通信機からは、相変わらず淡々としたウララの声が聞こえる。

 これも、ウララなりのジョークなのだろうかと思うと、カナタは自然と笑えて来た。

『ははっ。ウララも十分かっこいいよ』

 ウララの青いギガンテスは、膝立ちの姿勢から、正確無比に、キマイラの眼を狙っている。

 いくら近距離でも、反動の大きなギガンテス用の大型ライフルでここまで正確に狙えるのは、信じられないことだった。

『でも、全然、効いてない。そう、思う』

 ウララの口調に、若干の焦りが混じった。

『いいから、ウララ!そのまま眼を狙い続けろ!』

『カナタ、どうする気?』

「こうするん、だ、よっ!」

 カナタは、通信を切ると右手の剣をキマイラ目掛けて投げつけた。

――アアアアアアアアア!

 人間の叫び声にも似た、絶叫をあげると、キマイラの口内からジュウジュウと焼けた音が聞こえた。

「これでもっ……喰らええええええ!」

 そして、大きく身もだえしている、キマイラに向かって、カナタは予備ポッドからサーモバリック爆弾を取り出した。

 左手が無いので、安全弁が抜けない。

 だが、構わずカナタは、自分の腕ごと爆弾をキマイラの口内へ突っ込んだ。

『ウララ!すぐに山の影にでも隠れろ!』

『カナタ!?』

 通信回路から、ウララの悲痛な叫びが聞こえた。

 今、キマイラの口内は、カナタの剣の温度で高温になっている。

 このまま爆弾が口内にあれば、すぐに表面が融けて、連鎖爆発を起こすはずだ。

『サーモバリックを使う!巻き込まれるぞっ!』

『でも、でも、カナタが……』

 すでに、背後のモニターは壊れているので、ウララの動きは見えない。

 しかし、あの様子だと逃げた気配はない。

「ちぃっ!」

 カナタは、がむしゃらに暴れるキマイラの顎を必死に、閉じた。

――いけるかっ!?

 ギガンテスごと、激しくシェイクされ、傷ついたカナタの体が悲鳴を上げる。

 カナタは体中から吹き出る血液を無視し、全身全霊をこめてレバーを握り締めた。

 しかし、血を失いすぎだためか、頭の意識が朦朧となる。

 その、激しくシェイクされるギガンテスの中で、カナタは一番見たくないものを見つけてしまった。

 それは、橙色をしたギガンテスだった。

『カナタ!?イヤァァァ!カナタ離れて、そいつから離れてよっ!!』

 通信を切るのも忘れているのか、アユミの乗るギガンテスが雄たけびを上げながら近寄ってきた。

『アユミ!?馬鹿っ!なんで来た!来るなって言っただろ!』

『馬鹿!?馬鹿なのは、カナタじゃない!いっつも、いっつも一人で勝手に突っ走るなって言ってるのに!』

 仲間の状態は、スーツが発する信号からわかる。

 すでに、カナタが瀕死状態にあることが、ウララにもアユミにもわかっているのだろう。

『離せっ、離せええええ!』

 アユミのギガンテスが、大きな槍を振りかざし、何度も何度もキマイラの横腹を突いている。

 しかし、ほとんど効果はなく、槍の表面の圧力反応炸薬が、無意味に小さな花火を散らしていた。

――こうなったら!

 カナタは、最後の留めを刺すために覚悟を決めた。

『ウララ、アユミを引き剥がせ!もう爆発するぞ!』

 後ろから、大きな揺れが近づいてくる。

 きっとウララが、アユミにタックルをかけようとしているのだろう。


 カナタは、操縦席でにやりと笑うと、無表情な仲間の仕事を信じ、ギガンテスの体ごとキマイラの体内へと滑り込ませた。


――より深く、より体内の奥まで……!


 ぎしゃりと音がすると、カナタのギガンテスの下半身全ての回路が途絶えた。

 どうやら、ギガンテスが真っ二つに、噛み千切られたらしい。

 幸い、操縦席は、上半身のやや下程度についている。

 ぎりぎり、カナタの生身が噛み砕かれるのは免れた。


 カナタは、唇とを舐め、味わうように最期のセリフを吐き出した。 


「死ね」


 カナタが、右手のレバーを握り締めると、半壊していた爆弾が、完全にその中身を溢れさせ、強大な爆発を引き起こした。


 荒廃な大地に、今日もまた、無残に命の華が散った。


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