第四章 ―邂逅― *1*
第四章 ―邂逅― *1*
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カナタの目の前には、同じように大型キマイラを改造した「ギガンテス」が立ち塞がっている。
ただし、カナタのギガンテスは紅く、
目の前のギガンテスは、鈍い鋼色をしていた。
『お前……何者だ』
カナタは、オープンチャンネルで問いかけたが、反応は無い。
その代わりに、鋼色のギガンテスは、同じように無骨な輝きを放つ長剣を背中から引き抜いた。
「むっ……」
ギガンテスの身長程もある長い剣を、ギガンテスは軸をぶらすことなく構えた。
自分の神経が伝わらないギガンテスで、「道具」としてではなく「武器」として剣を使うには、肉体で剣術を覚える場合よりも、何倍もの時間と労力を要する。
しかし、目の前のギガンテスは、かなりの長さを持つ剣を、完全に武器として使いこなせるように見えた。
そして、その予見は間違っていなかった。
「っ!」
鋼色のギガンテスが、長剣を頭上に掲げた瞬間、稲妻の如くカナタの懐まで飛びかかり、その長剣を振り下ろした。
――早い!
カナタは、即座に腰から二本の剣を引き抜き、目の前でクロスさせる。
鈍い音を立て、三本の剣が衝突した。
――しかも、重いな。
長い入院生活がたたってか、反射速度にやや遅れがある。
それを差し引いても、目前のギガンテスは、同じキマイラを加工しているとは思えないほど強く、そして早い。
キマイラが、通常の生物同様に、電気信号で神経を動かしていることを考えれば、スピードの違いは、キマイラの重量の差か、――操縦している人間の反射速度の差しかありえない。
だが、鋼色のギガンテスは、カナタが操縦しているものと、然程サイズに違いがあるとは思えない。
ならば、やはり操縦士の腕が良いのだろう。
カナタが右のカメラを見ると、まだケイナの操るギガンテスがふらふらと危なげに立っている。
『ケイナ、今の内に逃げろ!』
『う、うん。だけど、私まだ、上手く操縦が……!』
「くっ!」
こうなれば、いっそ転んでいた方がマシだったと、カナタは心中で毒づいた。
全長三十メートルを超えるギガンテスが激しく転べば、操縦席の中で激しく全身が強打される。
特に戦闘訓練を受けている気配もない、ケイナではそれだけで致命傷に至る可能性すらあった。
「おおおおっ!」
カナタは、鋼色のギガンテスの意識がケイナに向かぬよう、長剣を振り払い、逆に斬りかかった。
一閃、二閃、三閃。
紅い軌道を描きながら、カナタのギガンテスが、短剣(それでも、十メートル近くあるが)を振り回す。
鋼色のギガンテスの技を、「剛」とすれば、カナタの技は「柔」だった。
カナタは、微調整を意識しながら左右のハンドレバーを引きつつ、トリガーを引く。
フットペダルは、がむしゃらに踏みつけるのではなく、リズムを刻むように、時に強く、時に弱く踏み込んだ。
決して、ギガンテスの性能にモノを言わせず、重量と重力を味方につけ、流れるような連続攻撃を放つ。
――扱いやすい!
カナタは、操縦席で声に出さず驚いた。
カナタが「基地」で操っていたギガンテスよりも、数倍操作性が高く、行動に柔軟性がある。
初めて乗った機体にも関わらず、長年の愛機のように、カナタはすでに新しい紅いギガンテスを乗りこなしていた。
しかし――
それでも、鋼色のギガンテスには、一太刀さえ当てることができなかった。
確実なバックステップで、カナタの攻撃をかわすばかりか、時に牽制をいれカナタの攻撃を制限する。
「これは、まずいかな……」
敵は、カナタの基地にいたイチロウと同種の武器を使うが、強さは間違いなくこの敵の方が強いだろう。
これで、同レベルの二体目が出てきたら、カナタ一人ではとてもじゃないが太刀打ちできない。
『カナタっ!避けて!』
ケイナの通信が聞こえた瞬間。
カナタは、全身が総毛立つ気配を感じ、一気にフットペダルを左に蹴り付けた。
強烈なGが体全体にかかり、カナタのギガンテスが右に跳ぶ。
その直後、カナタのいた場所を数発の弾丸が通り過ぎた。
『増援だ!ケイナ、動けるか!』
『そ、そんな……私、無理よ!』
崩れかけた廃ビルの影に、もう一体――鋼色のギガンテスが見えた。
その手には、スケール感の狂う程大きな銃が握られ、ケイナにぴたりと銃口が向けられていた。
『まずい!無理でも、無茶でも何でもいい!フットペダルを、踏みつけろ!!』
ビルからマズルフラッシュが見え、その直前のタイミングで、ケイナの紅いギガンテスは空高く飛び上がった。
『キャ、キャアアアア!』
『ば、馬鹿!飛びすぎだ!』
ケイナのギガンテスは、カナタが今まで知っているどんなギガンテスよりも、高く高く跳んだ。
その性能は驚異的だったが、カナタはそれに驚いている場合ではなかった。
「くそっ、邪魔だ!」
カナタは、ケイナの衝撃を減らそうと駆け寄ろうとしたが、長剣を持ったギガンテスがカナたの行く手を阻む。
そして、ケイナのギガンテスは、背中から無様に地面に落下した。
軽く地面が揺れる。
「ケイナ!」
『あ、ああ……びっくりした……』
カナタは、絶望的な気持ちで呼びかけたが、その反応は予想外にものんびりとしたものだった。
『ケイナ。だ、大丈夫なのか?』
カナタは、双剣を構えたまま訊ねた。
『う、うん。なんとか大丈夫みたい』
――アンドウか。
カナタは、壁の『内』で見た老人の顔を思い出した。
恐らく、ギガンテスの中に取り付けた操縦席の中に、かなり高品質の衝撃集材を詰めているのだろう。
ならば、カナタが乗っているギガンテスにも、同様の衝撃吸収システムが組み込まれているはずだ。
「はっ!」
カナタは、一縷の希望を託し、ケイナ同様にペダルを大きく踏みつけた。
そして、それは二体の敵性ギガンテスを大いに驚愕させるものだった。
ギガンテス操縦の基本は、いかに内部の操縦者に負担が来ないように効率的に操縦するかにある。
人間ではわずかな動きでも、ギガンテスの縮尺にすると凄まじいエネルギー量になるからだ。
だからこそ、大きなジャンプや思い切りの良い攻撃は放つことができない。
だが、カナタのギガンテスはその常識を打ち破り、一足飛びでビル陰に隠れた銃を持つギガンテスの元へと辿り着いた。
恐らく動揺したのだろう。
激しい地鳴りと共に現れた紅いギガンテスが突如目の前に現れ、銃を持ったギガンテスはわずかにたじろいただけで身動きでずにいる。
カナタは、無言で剣を交差させると、紅い剣閃が走り、その巨大な銃身を叩き切った。
そして、止めを刺すべく、胸元のコクピットへ剣を突き刺そうと、大きく腕を上げた。
『動くな』
しかし、その腕は、不明な通信からの一言で止まった。
それは、深い暗い声だった。
『剣を下げろ、さもなくばこいつを殺す』
先程まで、カナタと交戦していた鋼色のギガンテスが、その長剣をケイナのギガンテスに押し付けていた。
――こいつ……なんて、判断力してやがる。
カナタの跳躍力と、素早さを見て、即座に仲間への攻撃妨害を放棄。
即座に、動きの悪いケイナを足手まといと予想して、カナタに対する人質に取った。
二人を同時に相手取っても、新しいギガンテスの性能なら戦える自信があったが、カナタの読みははずれ、ケイナが人質に取られた。
『わかった。そいつを離してくれ』
一瞬の慢心を逆手に取られ、形成は再び窮地に陥った。
カナタは舌打ちしながら両人差し指のトリガーを逆に操作すると、ギガンテスの両手から剣が落ちた。
どすどすという音と共に、紅い剣が二本、黄土色の大地に突き刺さる。
その直後、カナタの意識が一瞬飛んだ。
『ぐぁっ……!』
銃を切られたギガンテスが、素手でカナタを殴りつけたのだ。
衝撃吸収材の効果を超える威力に、カナタが地面に這いつくばったまま、血反吐をはいた。
『カナタ!』
ケイナが、必死にこちらへ駆け寄ろうとするのが見えたが、長剣のギガンテスに押さえ込まれ動くことができない。
カナタは、ケイナに動くなと伝えたかったが、肺が衝撃で麻痺し、うまく声を発することができない。
『姉さん。やってくれ』
もう一体のギガンテスが、ライフルタイプの長い銃ではなく、背中から一丁のハンドガンを取り出した。
『やめて!やめてぇ!』
ケイナの叫びも虚しく、ハンドガンは無造作にカナタのいる操縦席に、真っ直ぐに突きつけられた。
――くそ……ここまでか。
カナタは画面一杯に映る大きな銃口を前に、両目を閉じた。
――アユミの奴怒るだろうな……。
思い浮かぶのは、いつも怒ってばかりいる幼馴染のことだった。
瞼の裏にはっきりと黒い短髪と、大きな瞳が浮かぶが、その顔はやはり怒っていた。
――ははっ。こんな時でも怒ってる。
カナタは一人苦笑した。
――それでも、走馬灯とは言え、あいつの顔を見れただけでも満足かな。
カナタは来る死の弾丸に備え、覚悟を決めた。
「?」
しかし、いつまでたっても、覚悟を決めたはずの衝撃がカナタを襲ってこない。
その代わり、聞こえてきたのは、深みのある大人の女性の声だった。
『ねえ、貴方達。私達の仲間にならない?』
それは、美しき獣を想像させる、冷たい殺気に満ちた――誘惑の声だった。




