1章-7
アケア村へ向かう街道
アベル・トーラトは、ゴトゴトと揺れる蒸気トレーラーの荷台に固定されたゴーレムの中で空を見上げた。
「ずいぶん、遠くに来ちまったなぁ」
アベルは、自分の居場所であるゴーレム兵の操室でつぶやく。
アベルは、ウルブランド東部にあるトーラト村の出身である。
村の名が、アベルの家名なのは、彼がトーラトの統治者の息子とかであるからでは無い。
むしろ、逆なのだ。
彼は、トーラトで農奴の家に生まれた。
6人兄弟の4人目である。
トーラト村の統治者はウィンバル公爵家であった。
ウィンバル家は学校を統治領に建て、身分に隔てなく無償で教育を受けさせた。
しかも、その学校では、授業に出さえすれば無料で昼食が出された。
子供の多い貧乏な家庭は、それだけが目的で、子供を学校へと送りだす。
アベルも、そんな風にして学校に行った。
当初は、食事だけが目的だった。
しかし、徐々に勉強が面白くなり、のめりこみだす。
アベルは、優秀な成績で初等学校を卒業して、軍学校へと進級した。
成績が優秀だが、金が無い家の子供は、授業料が無料の軍学校に入るのが普通だった。
もちろん、卒業後には5年の兵役が課せられる。
ここでも、アベルは優秀だった。
2年生の終わりに、担当教官から特科学校への進学を勧められた。
これは、魔法兵器運用を前提とした新兵科の軍学校であった。
まだ、魔王戦争が続く世界である。
世界を二分する大戦争は、消耗戦となり、魔法を使える貴族軍はすりつぶされていった。
ジェム無しで魔法を使える貴族は、兵力としては強力であるが数が少ない。
ジェムを使う魔法兵器は、誰にでも使えた。
当初は補助兵力でしかなかった魔法兵器であるが、改良が進み、次第に戦線を支え、軍の一翼を占めるにいたった。
そんな魔法兵器であるが、使うだけならば誰でも使えるものだった。
引き金を引けば弾は飛びだす。
レバーを引けば、前進する。
それだけならば、誰にでもできる。
だが、軍事力として運用しようとすると、それではダメなのだ。
魔法兵器を使う兵の錬度が必要である。教育が必要なのだ。
つまり、魔法兵器を使えるほどに優秀な生徒が全国から集められたのが特科学校であった。
アベルは、その中でもさらに優秀であった。
彼は、人が乗って操るゴーレム兵の操者となった。
ゴーレム操者は、騎士位に準じる地位が用意される。
そうでなければ、通常軍--貴族たちの軍と行動を共にしたとき、混乱が生じるのだ。
アベルには、その時まで家名は無かった。
ただ、トーラト村のアベルとだけ呼ばれていた。
騎士位叙勲の時、ウィンバル家から派遣された司祭様から、トーラト姓を名乗るように告げられた。
恐れ多いと辞退しようとすると。
『これはウィンバル公爵直々の賜りです』
と告げられた。