1章-3
深い深い霧の中から、無数の文字が現れたは消える。
「まったくオカルトね」
東雲マユが呟く。
「もうすぐ、ムーリアが見えるよ」
藤浪トモが、霧の先を指差した。
彼らは、いまレオ・ファーブラの世界に入ろうとしている。
唐突に霧が晴れ、光があふれる。
「こ……こんな……すごい……」
マユは、眼前に広がる圧倒的な存在感の世界に圧倒された。
それは、まさに世界だった。
ムーリアには、山も海も川も田畑も町や村……すべてがあった。
彼らは、旅客機で成層圏から空港にアプローチするように、天空の雲の中にある特異点から大地に降りようとしている。
この時点では、彼らは霊体のような存在であるが、互いの気配を感じる事や会話はできた。
「あそこが、王都ウルブリネだよ」
水上カズネが、2重の城壁に囲まれ、中央に王城と思われる大きな建造物がある都市を指した。
「また、円卓会議から始めるの?」
カズネがトモに声をかける。
「そうだね。その辺は、話が固まっていると思うから、早回しでいこうか?」
「そうする。ケス平原の戦いからだね、話を変えられるのは?」
「今回も暗殺は無しですか?」
トモとカズネの会話に、割り込んできた声はカズネの姉のチカ。
「それは無しだよ」
「今回も見せ場無しですね。残念ですわ」
心底沈んだ声のチカをカズネが慰める。
「トモくん。私の役目はドアーデ将軍の娘で従軍神官のレーリアなのだな」
「はい、マユさんには回復役と戦況の分析をお願いしたいんです」
「その件だが、すまない」
言うとマユの気配が遠ざかる。
「えっ? マユさん……どうしたんですか」
トモは、慌てて、掴めるはずのない霊体を捕らえようとジタバタした。
「そのキャラでは、この物語を動かせない。私は……に……」
急激に遠ざかるマユの気配。すでに念話も届かないほど遠くに離れたようだ。
「なんてこと」
呆然とするトモ。
物語世界に他人を連れて来たことは何度もあるが、念話も届かないほど離れた事はなかった。
「ねえ、マユちゃんどうしたの?」
「大丈夫でしょうか?」
カズネとチカが声をかけるが、トモは何とかマユの気配を感じようと意識を集中する。
「……どうやら、無事に世界に定着したようだけど……誰になったのか分からない」
「ええっ! どうするの?」
どうすると言われても、トモにもどうしようも無かった。
「トモさん。こちらも定着しないと。対策はそれから」
冷静なチカの声に、トモは落ち着きを取り戻し。
「うん。そうだね。じゃあ、僕らも定着しよう。
ウルブリネ城の上空に浮かんでいた一同は、ストンと落ちる感覚で、それぞれのキャラに定着していった。




