1章-2
東雲マユは、困惑していた。
2年前に交通事故で両足の機能を損なったマユは、車椅子を使うようになった。
もともとが本の虫で、歴史が好き。本があれば、一日中でも読み続けているような子供だった。
それゆえに、歩けなくなった当初はショックだったが。落ち着いてくると、歩けない事はちょっと不便だと思うようにした。
事実、家も学校も図書館もバリヤフリー。
欲しい本は通販。
車椅子は、慣れると快適な移動手段だった。
しばらくの間は、そうやって暮らしていた。
本が読みたいときに、外で遊べと言われたりしなくなって良かったとさえ思うようになった。
だが、意外な欲求がマユを苦しめた。
『歩きたい』
だだ、単に歩きたい。
普通に、自分の足で大地を踏みしめて歩きたいのだ。
そんな思いが、ある日気がついたら、心の底にゴロリところがっていた。
大きな石のように、ころがっている。
無視するには、少々大きすぎる石だった。
いや、このサイズなら岩と言ってもよいだろう。
と、そんな感じで『歩きたい』思いがあった。
東雲マユは、本を読みたい以外には特に強い欲望を持ってはいなかった。
だから、この強い欲望を、どうしていいのか分からなかった。
苛立った。
楽しみにしていた月刊『歴史を歩く』も未読のまま机の上にあるありさまだった。
そんな時に藤浪トモが「僕と一緒に小説の中に入ってくれませんか?」と、能天気に声をかけてきたのだ。
腹立たしいより、呆れてしまった。
幸運の壷やパワーストーン・ネックレスの方が気が利いている。
でも、もし小説の世界に入れたら、自分の足で歩けるかも。
と、思ってしまった。
3Dで話題になった映画のDVDを見たからかもしれない。
そうだ。試してみても損はない。
失うのは時間くらいのもの。
マユは、藤浪トモの申し出を受けることにした。