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退屈-創作五枚会

・創作五枚会第三回(2010年12月04日投稿)

・文字数制限…2000文字

・禁則事項その1…「?」と「!」の使用禁止

・禁則事項その2…登場人物の名前の記載禁止

・テーマ…退屈

・もちろんフィクションです


 オレンジ色が僅かに照らす暗闇の中、遥か先にあったはずの赤い光が、まるで飛びこんで来るかのように一気に目の前に迫る。わずかに手を動かしそれをかわすと、光は過ぎる景色と共に遥か後方へ遠のいていった。聞えるのはエンジンの咆哮と風切り音。赤く光る針は278km/hを指していた。

 いつから刺激を感じなくなったのだろう。およそ常識的とは言えない速度に身を包みながらも、心は驚く程冷めている。

 深夜2時の湾岸線。パーキングを案内する緑の標識が目に入るや右足の力をそっと抜き、同時に小さく息を吐く。速度計の針がみるみる間に反時計回りに動いてゆく中、バックミラーは闇を切り裂く青白い光を映していた。




「速いねぇ、かっこいいねぇ。そのBNR-32、何馬力くらい出てるの」


 夜の海風が舞うパーキングで缶コーヒー片手に紫煙をくゆらせ、なんとなく自分の車を眺めていると突然声を掛けられる。なんだ、と思いながら視線をそちらに向けると、近寄ってくる人影が一つ。几帳面に整えられた髪。なんとなく高そうに感じる黒のキルティングジャケットコートにスラックス姿。身なりの整った中年の男性であった。


「470くらい……ですかね」


 すぅ、と嬉しそうに目を細めながら右手で眼鏡をくい、と上げる男。


「よかったらちょっとだけ一緒に走らないかい」


 男が向けた視線の先には、水銀灯に照らされた鮮赤の車が優雅に佇んでいた。


―― フェラーリ……F430か


 高級スポーツカーの代名詞でもあるフェラーリ。文句無く速い。ただ、直線を馬鹿みたいに飛ばしているフェラーリなら見かけるが、速いフェラーリと出会う事はあまり無い。“飛ばしている”と“速い”は全く別物だ。そもそも2500万もする車で本気で走っている人に出会った事が今までなかった。


「いや、そろそろ帰……」


 どうせ雰囲気を楽しみたいだけだろうと断りの文句を言いかけたその時、驚きと共に言葉が止まる。妖しく佇む紅い深窓の令嬢に本気である証が見えたからだ。

 過酷なブレーキングを繰り返しているのだろう、ブレーキダストで真っ黒に汚れているフロントホイール。高い速度域で車に追従した時に付く、飛び石によるフロントガラスの傷。よくよく目を凝らすと、運転席には四点式シートベルトが見えた。


「ひょっとして本気で走ってるんですか」

「お、気が付いてくれたんだ。嬉しいねぇ。4.3リッター490馬力。車重は1510Kgってとこかな。ブレーキパッドを替えただけのノーマルだけど……国産と比べて最初から反則みたいなスペック(性能)だからね。でも案外キミのBNR32GT-Rに近いでしょ」


―― なるほど。だから470馬力だって聞いて嬉しそうだったのか。


 BNR32 GT-Rの車重は1480Kg。2.6リッターエンジンを排気量アップした3.0リッターツインターボ仕様で約470馬力。確かにスペックだけ聞くと両車は近いかもしれないが、それは大きな間違いだ。

 そもそも車格が違う。高性能とはいえあくまでGT-Rは一般乗用車ベースだ。そしてもうひとつ、2005年に販売開始されたフェラーリF430に対し、BNR-32型GT-Rは1989年に販売開始。つまり平成元年だ。機械にとって16年という年月はとてつもなく大きい。

 

―― だから、面白いんだろ。


 鼓動の高鳴りに気が付いたのは、既にエンジンキーを回した後だった。呼応するかのように低く、力強く唸るGT-Rのエンジン。


「いいですよ。湾岸から環状ショートコース二周、もう一度湾岸線に入ってゴールはここでどうですか」

「嬉しいねぇ。文句ないよそのコース。できれば……」

「先行してくれ、ですか。いいですよ」

「話が速くて助かるねぇ。まぁお手柔らかに、ね」


 言い終わるや否や、甲高い咆哮を響かせるフェラーリF430のエンジン。その音色にパーキングにいた人の視線が一斉に集まった。


―― な・に・が「お手柔らかに、ね」だよ。


 運転席に乗り込みベルトを締めながら、男の“負ける訳ないけどね”と言わんばかりの表情を思い出す。左手はいつもの癖でシフトノブを左右に振っていた。

 GT-Rの運転席に華やかさは無い。室内には焼けたオイルの香り。黒で統一された内装。暗闇の中、緑に光る11個のメーターと赤い針。さながら戦闘機のような雰囲気を醸し出していた。


―― でも感謝しなくちゃな。久しぶりに燃えてきた。


 フェラーリはポルシェと並んでスポーツカー界の頂点だ。そんな車が本気で追いかけてくるという幸運。大きく深呼吸し、熱くなっている心を落ち着かせる。一歩間違えると大きな事故につながる非合法な世界で必要なのは、さっきまでの冷めた心とは違う、冷静な心。


「では、行きますか」 

 

 小さく呟き、愛車のハンドルを指先でトンっ、と軽くたたく。アクセルを踏みこむと、水銀灯に照らされ、鈍く光る鋼鉄の狼は力強く動き出す。後に続くのは深紅の令嬢。

 咆哮をあげ、二台は闇の中へと消えていった。

PCで閲覧の方はどぞ。

フェラーリ・F430

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/76/Ferrari_F430_00.jpg/800px-Ferrari_F430_00.jpg


R32 スカイラインGT-R

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/42/Nissan_Skyline_R32_GT-R_001.jpg/800px-Nissan_Skyline_R32_GT-R_001.jpg


□ BNR-32

いわゆる型式です。トヨタのマークⅡだったらJZX100、ガンダムだったらRX-78とかですね。

BNR-32とは日産から販売されたスポーツカーR32型と言われるスカイラインGT-Rの事を指します。


□ フロントホイール

車の前のタイヤがはまっている金属の輪です。


□ ブレーキング・ブレーキダスト

ブレーキを踏む事です。過酷なブレーキングとは、高い速度域でブレーキを踏む事により、ブレーキ機構に負担がかかっている事を指します。

ブレーキダストとはホイールにこびりついている黒い汚れです。ブレーキの削れカスのようなものです。


□ 四点式シートベルト

一般的な車についているのは三点式シートベルトです。三点式は斜めにたすき掛けのようにしますが、四点式はランドセルを背負うように両肩を、ベルトのように腰を同時に固定します。わかりにくいですね(笑)


□ 4.3リッター/2.6リッター/3.0リッター

車に積まれているエンジンの排気量です。詳しい説明は割愛しますが、一般的にこの数字が多ければ多いほど高級車であることが多く、また高性能である事が多いです。軽自動車は660CC。つまり0.6リッターです。


□ 490馬力/470馬力

車の馬力、パワーです。一般的にこの数字が多ければ多いほど高性能で速い事が多いです。軽自動車は64馬力。普通の車はだいたい200馬力くらい。F1は約700馬力くらいです。


さて、車がお好きでない方や詳しくない方の反応がちょっと怖いです(笑)

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