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ホラー-T.G.C

企画、T.G.Cに投稿した短編です。

・企画名…T.G.C

・主催:聖騎士さん

・企画目的:T.G.Cとは「Tout Genre Conquête projet」の略。全ジャンルの掌編を書くことで、作風の幅を広げ発想を豊かにする一助とするとともに、文章構成力の向上を目指す。

・企画内容:「小説家になろう」にある全ジャンルを、主催者である聖騎士さんからの構成指定に沿ってかき上げる修行企画です。BL・GL・残酷描写は可。二次創作、自作品の続編・スピンオフ・番外編は不可。パロディやオマージュは可。R-18→×、R-15→○。


・T.G.C第一回(2012年4月21日投稿)

・文字数制限:2000~5000文字

・指定ジャンル:ホラー

・構成指定:「起承転転」

・もちろんフィクションです

・投稿はT.G.C第一回分のみです

 

 それは無機質な着信音だった。

 時刻は午後十一時過ぎ。こんな時間、葬儀社に掛かってくる電話は十中八九葬儀の依頼だ。ディスプレイには"ガイセン"とだけ表示され、相手先の電話番号は表示されていない。

「はい、港葬祭です」

 北河裕太きたかわゆうたはいつも通りのフレーズで電話対応。いつもと違ったのは相手からの反応が無い事。無言だった。

 けれども無音ではない。不快感を覚える息つかいだけは受話器から漏れていた。

「あの、もしもし?」

 通話開始から既に二十秒が経っている。これは悪戯電話か、と溜息まじりに北河が受話器を置こうとした時、微かに受話器から声が漏れた。

『……母さん……死んで……運んで欲しいのですが……』

「はい、承知致しました。今はどちらにいらっしゃいますか?」

『……記念病院の霊安室です』

「申し訳ございません。少々聞き取りにくかったのですが……港区の辰巳記念病院でしょうか?」

『違うっ!』

「くぅつ!」

 甲高い怒鳴り声が尋常じゃない音量で北河の鼓膜に突き刺さる。北河は思わず受話器から耳を離した。

 人の死という非日常。なにせ母親が亡くなったのだから、感情のたかぶりは決して珍しいことではない。北河は怒りよりもお詫びをしなくてはといつもより丁寧に送話器に向けて話す。

「誠に申し訳ございません。では稲架の間市はざのましでしょうか」

『……そうです』

「承知いたしました。ではお亡くなりになられた方のお名前をお教えくださいませ」

『ケイコ』

「その……名字もよろしいでしょうか?」

『ハンダ』

「ではご連絡先―― 」

『名前は?』

「はい?」

 北河の言葉を遮り、相手が高飛車に問いかける。

『あなたの名前は?』

「はい、北河と申します」

 耳に響くのは返事代わりの通話が終わった事を意味する無機質な電子音。ため息を一つ、北河は受話器をおいた。

「どうした? 依頼か?」

 仮眠室の扉を少し開け、顔だけを出して問うたのはわずかに白髪混じりの四十代男性―― 待本まつもとだ。

「はい、稲架の間市はざのましの記念病院です。でも、なんかちょっとおかしいんですけど……」

「まぁいい。準備してとりあえず行こう。詳しいことは車内で教えてくれ」

 後輩である北河の妙な様子を敏感に察知したベテランは、片手にYシャツを持って仮眠室から出てきた。





 真っ暗な病院の廊下。人影は無いがなぜか何かの気配がするように感じるのは、人は闇に恐怖するからだろうか。無機質な壁はずっと奥まで続いていて、ここからでは先は見えない。

 空気が重い。ここに立っているだけで心が、身体が深く沈んでいくような錯覚に陥る。

 静寂しか赦されないような空間に、時折低く吼えるような音が突然響く。空調の音だろう。時々思い出したかのように作動する駆動音に小さく体を震わせた。

 背筋が縮こまる。ぞくり、と恐怖を感じるあの感覚。背中には恐怖を知らせる器官があるのだろうか。目に入る光は非常口を示す緑の光。暗闇に浮かぶそれはやけに明るかった。

「もう病室じゃなく霊安室に移動しているみたいだ。そっちに車まわしてもらえるかな」

「あ、はい。わかりました」

 警備服を着た初老の守衛は眼鏡を左手で少し押し上げ、夜の病院で十分以上待ち続けた北河に話す。

 薄々そうではないかと思っていたが、それでも北河は怒りをまったく見せず、守衛に礼を言って外へと向かった。

「待本さん、霊安室だそうです」

 外で待っていた待本は白衣のポケットから携帯灰皿を取り出し、タバコをねじ込みながら北河の言葉に頷く。

「じゃあそっちにまわすか。北河、お前場所知ってるか?」

 北河は大きく首を横に振る。

「いや、病室からの搬送口しか知りません。霊安室は別なんですか?」

「ああ。ここの病院は地下からだ。ドアの向かいには感染性産業廃棄物マーク、いわゆるバイオハザードのマークが貼ってあってな、いかにもって感じのトコが出入り口だ」

 少し顔をしかめる北河。ゲームや映画と違い、血液や体液など感染性廃棄物はあまりに生々しく、ここ数年で北河にとって生理的にどうにも受け付けがたいマークになっていた。

 車は地下へとつながるスロープを下る。所定の位置に寝台車を停めると待本はリアハッチからストレッチャーを引っ張りだした。北河は目の前の薄ら汚れた霊安室への扉を開けた。

 中には十代と思わしき男が一人。一人だけだった。男以外の親族も看護師も医師もいない。

「あの……ハンダさまでしょうか?」

「母親を運んでください」

 ああ、間違いない。電話をかけてきたのはこの人だ。確信めいたものを感じながら北河は頭を垂れた。

「母親を運んでください」

「はい。ですがその……医者や看護師はどちらに?」

 この病院は死亡退院時、必ず看護師は見送りにくる。都合さえ合えば担当医師も見送りに来る。そのことを知っている北河と待本にとって、いつもならいるはずの看護師すら見当たらないのは大問題なのだ。勝手に搬送してしまうと後で病院側に何を言われるか分からない。

「来ません。なので早く運んでください」

 思わず北河は待本を見た。自分では判断できずに指示を仰ぐ眼差しを向けたところ、待本は遺体へと一歩進む。ベッドに横たわり、顔を白い布で覆ってある華奢な遺体にむかって合掌する。少し遅れて合掌する北河。ちらりと横目で待本を見るとまだ合掌をしていた。普段は適当なところがあるのに、待本は会社の誰よりもいつも合掌を本気でしている。北河はそんな待本を知ってから、多少厳しい事を言う待本の言葉を素直に受け取れるようになっていた。

 合掌を終えた二人は、ベッドに横たわっている遺体をすくい上げるように持ち上げる為、遺体の背に手を回す。人の重さは均等ではない。上半身と下半身ではやはり上半身が重い。学生時代に引っ越し屋でバイトしており、腕力に自信のある北河はいつも遺体の上半身を、待本は下半身を持っていた。弾力ある肉が手に食い込む。前腕に力を込める。思わず待本と北河は目を合わせた。

 亡くなったのは女性だ。見た目華奢な女性だ。だが男二人が本気で力を入れないと持ち上がらない程の重さ。北河は左足を半歩前に出し腰をいれ、ベッドから引き抜くように遺体を持ち上げる。その瞬間だった。

「うっ!」

 飛び散る薄黄色の液体。どことなく甘い臭いがするそれは北河の白衣にぶちまけられた。

人間の口からこんなに多量の液体が出るのか、そう思わせるほどの量。霊安室の床に水溜りができる。。

 北河の袖を濡らす液体は、今や彼の肌を湿らすまでに侵食している。生ぬるい、生理的に受け付けがたい感触。普通の人なら吐き気を押さえがたい光景だろうが、幸いこの場所には普通の人間はいなかった。遺体の搬送業務が仕事の一つである待本や北河は慣れている。孤独死が多い昨今、夏になれば蛆がわいている遺体を見る事など珍しくない。唯一の一般人である遺族は自分の身内のことだからか、表情ひとつ変えていなかった。

「北河、車戻って拭いて来い。ついでに消毒もしとけ」

「はい」

 表情こそ変えてはいないが不快に思っているであろう北河に、待本は小さく呟いた。




 国道を走る一台の寝台車。人気もなく他に走っている車はなく、北河が運転する寝台車だけが暗闇に物音を響かせていた。

「確かに……確かにちょっと変わっていたな」

「でしょう。なんというか―― 」

 待本の同意を得られ、北河は続けて話そうとしたがハンズフリーのイヤホンから響く着信音で盛り上がりかけた会話は中断する。

「はい、北河です」

 聞こえてきたのは部長の怒声。こちらに反論の余地を与えないかのようにしゃべり続ける。しかし話していることはおかしな内容だった。実に奇妙な内容だった。

「いや、ですから今搬送中ですよ。十五分程前に病院を出ています」

 北河の返答などおかまいなしに部長は乱暴に言葉を投げ続ける。けれど言葉の量の割に情報量はたいしたことはなかった。冷静に話してくれたら言っていることは一瞬で把握できるだろう。確かに北河も把握した。だが理解ができなかった。

「え? 家族から電話がかかっている? まだ病院に寝台車がこないって? 何時になるのかって……」

 信号が赤へと変わり、そして日付が変わった。車は止まり、電話は途切れる。あたりは深く黒い青緑色に包まれる。

 変わる空気。唐突に切れた通話はさらなる不安をかきたてる。ひときわ大きく震え、ずきずきと刻む鼓動。

―― っておいマジかよ? 搬送するご遺体を間違えたってか? いやいやいや、そんなわけない。俺はちゃんと確認したはず。

「ま、待本さん、会社から連絡があって―― 」

 すがるように助手席に視線を向けると、そこには待本の名札が付いた白衣だけが寝そべるようにシートに置かれていた。

「はぁ!?」

 さっきまで助手席にいたはずの待本がいなかった。シートベルトは無人のままかかっており、病院からの搬送時に着ている白衣の上には携帯灰皿と大量の長い黒髪。それは後部座席に積んであるストレッチャーから伸びていた。

 混乱と恐怖が極限に達しようとしていた北河が聞いたのはなにかをゆする小さな音。音も揺れもだんだん大きく激しさを増し、ついには止まっていた車が揺れるほどに、ゆさりゆさりと大きく揺れた。やがて、揺れに混じって低い音が聞こえてきた。恐怖を必死に耐えながら、北河が何が起こっているのか振り向き、耳を澄ました。

 声だった。

「違うから違うから呼ばれてないから違うから違うから違うから私じゃないから違うから違うから違うから違う」

 血の気が引く。背筋が凍る。体中から汗が噴き出てくる。それは間違いなくストレッチャーに寝かせてある遺体から聞こえている。落ちないようベルトで固定しているから動けないのだろう。体を揺らし「違うから違うから」と低いうなるような声でうなり続けている。

「な、なんだよ、おいっ!! 俺は何を運んでるんだっ!! 待本さんはどこ行った!」

 車内に北河の叫びが響く。寝台車から逃げようとがたがたと震える指で懸命にシートベルトを外そうとするが焦りで解くことが叶わず、無情にもベルトは運転手を縛り付ける。北河の首筋に這う細い黒い髪。

 いよいよ恐怖が極まった北河はベルトが外れていないにも関わらずドアを開け、車を降りようした。

「やめろよ。なんだよ……なんなんだよっ!」

 黒髪は半身だけ車外に出ることが叶った北河の体を車内にゆっくりと引き戻す。叫ぼうとする北河の口に集まる黒髪。車内には薄い黄色の液体がいつのまにか溜まっていた。

 


 

 

 何かが体の中に入り、半田恵子はんだけいこに自我が戻る。

 顔を覆っているのは布。聞こえるのは男の叫び。何かで固定されていて動けない。誰かが中にいる。自分が自分である形はもはや虚ろで、戻った意識もくるくると虚ろになっていく。

 なんだこれは。

 どこだここは。

 いつだいまは。

 だれだあれは。

 状況を全く理解出来ない恵子を襲ったのは恐怖だ。何もかもが不自由な中、自由がある耳と口のうち恵子は口を、声を出すことを選んだ。

「ぅうううぅぅあぅううううぅうううぅぅぅあぅうう」

 自由なはずの恵子の耳は聞いた事の無い音を聞いた。何を言ったのか頭で理解は出来るが音が理解できない。それは恐怖をさらに加速させた。

「ぅうぅううあううぅうううぅぐぅううぅぅうううぃ」

 頭で思い浮かべる言葉と耳に入ってくる音が違う。自分の耳がおかしいのか。恐怖と混乱の中そう思ったが、そんな時、ふいに誰かに呼ばれた気がした。

 こっちだよ。さぁこっちにこい。こっちにおいで。こっちにはやく。戻ってこい。

 その声は黒かった。決して耳触りが良いわけでも心地良いわけでもないのに、行かなくてはならないと思わせる力があった。恵子が聞いた最後の言葉であり最後の記憶。

 恵子は黒い声に何度も頷く。その拍子に黒く長い髪が口に入ると恵子は自分の髪を舐めはじめた。舐めては咀嚼しまた舐める。舐めては咀嚼し、また舐める。がちがちと音をたてて噛んでは舐める。髪は液体のようにどろどろとなっていき、体も黒く変色していった。恵子だったモノはなおも髪を舐めている。

 布のこすれる音。

 ひたりと冷たい感触。

 呼ばれたままに女は影の塊となり溶けていく。

 黒く蠢くモノとなった頃、悲痛な表情で叫ぶ白い衣を着た者に覆い被さった。わめき散らしながら顔が溶け、腕が溶け、足が溶け落ち体が溶けて髪が溶ける。やがて残ったのは男が着ていた白衣だけだ。

 黒い影は暗緑の町へと彷徨い、消えていった。

201204212220:誤字修正をしました。

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