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知らないだけ-candy store

candy store 第七回お題:ケーキ

 

 提案。あのね、私と付き合ってよ。

 返答。何言ってるんだお前?

 応答。そのままの意味よ。

 回答。意味わかんねーよ。


「自分で言うのもなんだけど、割とかわいい方だと思うし」

 大きな瞳をうっすら細め、可愛さと妖艶さを同居させるという器用なマネをやってのける。

「スタイルも悪くない」

 両手でウエストを押さえ、くびれを強調する。

「社交的で成績も良くて、このクラスの委員長」

 本人の口からいうのもなんだと思うが、事実だから仕方ない。

「そうね。好みの顔じゃない、とか?」

 眺めているだけで幸せになれるレベル。ここまで可愛かったら、もう好みとかどうでもいいだろう。

「あ、ひょっとしてあれかしら? 胸はもう少し小さい方が良かったかしら?」

 それは否定出来ない。

 が、大きすぎず小さすぎず。ベストバランスベストフォームべストポジションだという事はこの学校の男子生徒ならば周知の事。

「成績が良くって委員長っていうのが気に入らないとか?」

 これで眼鏡をかけていて黒髪ロングならいう事はない。

 だけど、違う。そんな理由じゃ、ない。

「それとも」

 ぞくり、と背中に冷たいモノが走る。

 本人も分かっているのだろう。妖艶な笑みに無邪気さが混ざる。目の奥に光が宿る。

「それともあなたを襲った化け物を食べちゃったところかしら?」

 話は、ここからが始まりだ。



「お前、一体なんなんだ? 何が目的だ?」

「あらいやだ。女の子にそんな事を聞くワケ?」

 薙ぎ倒された三十六の机。三十六の椅子。そのうちの一つ、出席番号八番、久保貴生の机に小ぶりな尻を載せると、長い足を組み首を傾げて笑った。

「なんだかいいわね。久保君の机の上におしりを載せる。ちょっと征服感と快感あるんだけど」

「そんな趣味があったとは驚きだな。是非みんなに教えたいよ」

「いやよ。恥ずかしい」

 恥ずかしいのかよ。と心の中で思ったのが伝わったのかどうかはさておき。彼女―― 出席番号三十番、藤原聡美は言葉をこう繋げた

 まぁいいわ、と前置き一つ目。

 回りくどいのが本当は好きなんだけど、と前置き二つ目。

「久保君、好きよ。付き合いなさい」

 この上なく単刀直入な物言いだった。

「質問に答えてないじゃないか」

「質問には答えたでしょ。何が目的なんだって聞いたから、好きだから付き合ってって」

「それは分かったから、何者なんだって方を答えてくれ」

 大きなため息を落とすと、藤原聡美はスカートから伸びる白い足を組み直す。

「ロマンの欠片も無い言い方ね。まぁいいわ」

 どうやら藤原聡美は「まぁいいわ」が口癖のようだ。だが、繰り出された説明はまぁいいわで片付けられるシロモノではなかった。

 曰く、私は人間じゃない。

 曰く、でもそんなの昔から周りに沢山いるでしょ。

 曰く、このクラスにだって学校にだって沢山いるのよ。知らないのはあなたたち一般の人間だけだって。

「う、嘘だろ?」

「あのね。あなたたち人間は幽霊とか妖怪とか宇宙人とか、とにかく人間以外の生命体を必死で探すくせに、いざ見つかったら信じないでしょ? 嘘だって言うでしょ。恐怖するでしょ。だから人間側の意思を尊重して黙っているのよ。これ、優しさよ?」

 その時、教室の扉が大きな音を立てて壊れ、大きな目をした何かが一直線にこちらへと向かってくる。

 一目で分かる。人間じゃない。日常にひびが入る。

 だが、さっきの仲間かしらね、と敵意を見せるモノを前にしても藤原聡美はマイペースを崩さない。

 近くにあった机を二つほど持ち上げると、天井に当たるほど高く放り投げる。机は頭に直撃し大きな目をした何かは倒れた。なぜか全く避けようとしなかった。

 さらにもう一体現れる。藤原聡美はちらりと俺を見て、話しかける。

「何かを見真似る時、大きく全体を見るのじゃなく、一つ一つの動作を見る事が大事なのよね。例えばケーキを作る為にボウルで材料をかき混ぜる。だいたいの人はそのかき混ぜるという行為をただ漠然と見るの。でもちゃんと見る人は違う。ボウルをどれくらい傾けて、木べらをどんな角度でどれくらいの速度でどれだけの時間かき混ぜているか。ここを見るのが重要でここを見なきゃ意味はない。ここの意味を知るのが重要でここを知らなければ意味がない」

 藤原聡美は机を投げつけず、高く放り投げた。

 上からの攻撃は見えないのか、避けられないのか、それとも弱点なのか――

 見て覚えるってのはそういう事よ、との藤原聡美の言葉をそう解釈し、俺はイスを二つ放りなげた。

 俺が日常は崩壊したと確信した瞬間であり、非日常が始まった瞬間。

 だけど藤原聡美は否定する。

 世界は何も変わっていない。昨日と何も違わないし、明日変わる予定も多分ない。ただあなたは知ってしまっただけ。世界はこれが日常よ、と。

 ちょっと違うと思う。

 ある日を境に変わる日常もあるだろう。

 自ら望んで変えた日常もあるだろう。

 でも、巻き込まれたが故に変わる日常は勘弁願いたい。世界の日常は変わらずとも、俺の日常は確実に変わるのだから。

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