聞いておけばよかった-candy store
candy store 第六回お題:チョコレート
二月十四日。セントバレンタインズデー。誰もいない放課後の教室で受け取ったのは、青のリボンが印象的な箱と生まれて初めての告白。そして一枚の紙とペンだった。
知らなかった。女の子と付き合うのに、まさか交際届なんてものを学校に提出しなければならなかったなんて。
「嬉しい。まさかOKが出るとは思ってなかったから本当に嬉しい」
頬を赤く染めうっすら涙目の桜井さん。クラスでも一際目立つかわいい子が、まさか俺に告白するだなんて。夢か幻かドッキリか。
だが、いまだ現実と信じられない俺に桜井さんはさらなる混沌、かなり理解し難い言葉を投げかけてきた。
「じゃあ早速、交際届を出しに行きましょう」
こ、交際届? なんだそれ。
「バレンタイン前後って窓口が込み合うから、ここで書いていきましょう。ほら、用紙ならあるの」
嬉しそうな桜井さんの右手にはA3サイズの白い紙。左上には交際届と書かれていた。
「な、なにこれ?」
「なにこれって、交際届よ。正式にお付き合いが決まったら学校に提出する書類。って、やだ、ちょっと誤解しないでよねっ! 私書くのは初めてなんだからっ!」
わたわたと両手を突き出し懸命に主張する桜井さん。だが正直そんな事どうでもいい。今の俺は交際届なる不思議書類で頭がいっぱいだった。
「これ、みんな書いてるの?」
「そうよ。鈴森君と白石さんも、瀬尾君と一ノ瀬さんも、それに小田桐君と小日向さんだって届け出してるわよ」
「え? 小田桐と小日向さんって付き合ってるの!?」
ちょっと待て。小田桐お前、誰とも付き合ってないって。
それ誰から聞いた。そう桜井さんに言おうとした時だった。ちらりと見えた交際届の設問。もう小田桐の事なんてとんでもなくぶっとんだ。
「な、な、なんぞこれ!」
交際届
(1)交際目的
A 相手を知る為に
B 特に深い考えはない
C 結婚を前提
D 本命が出来るまでの繋ぎ
E 体が目当て
F その他
絶句した。
おい。Eの『体が目当て』ってなんだよ。どう答えろってんだ。普通問うなら「相手が好きだから」とかそういうのじゃないのか。というか、よく見たらDもだいぶ酷い。
俺はあわてて次の欄を確認する。
(2)交際相手のどこを好きになりましたか
A 顔
B 胸
C お尻
D 足
E 中指
F その他
(3)浮気をする予定はありますか。
A しないつもり
B 機会があればしてみたい
C する予定がある
D すると確信している
E している
F その他
どこから突っ込む。やはり中指か。中指なのか。つかこんなのみんな答えたのか。(3)の浮気もだ。しないと答えるのはAだけ。しかも、なぜ“つもり”なんだ。しないって断言しろよせめて最初くらい。
とにかくありえない。こんな内容の届けを学校が求めるなんてなにかがおかしい。
「ねぇ。早く書いて」
「ちょ、ちょっとだけ待って。電話してくるから。すぐ戻って来るから。ここで待ってて」
「うん。じゃあ私、先に書いておくね」
「おう」
廊下へ転がるように逃げ出すと俺はポケットから携帯を取り出す。ディスプレイに名前が踊るように流れ、目当ての名前を見つけて発信ボタンを乱暴に押した。
「もしもし小田桐!」
『なんだ岡崎か。どうした?』
「お前、小日向さんと付き合ってて、それで交際届っての……出したのか?」
『なんで付き合ってるって知ってるんだ!! 誰から聞いた!』
はっきりと伝わる焦り。だがまだ早い。大事なのはそれじゃない。
「マジで交際届って出したのかよ!?」
『だから誰から聞いたんだよっ?』
「それは後で言うから。とにかく出したのか? どうなんだ!」
『ああ出したさ。校則だろ』
校則だと。そんなの聞いた事ないぞ。
なおも小田桐の声が聞こえていたが、俺はかまわず終話ボタンを押していた。目眩がした。
「待たせたな」
「ううん。私もまだ半分も書けてないし」
教室に戻った俺を見て嬉しそうに答える桜井さん。
俺は残る設問に目を向けた。設問は合計6つ。(4)はお互いの親への紹介(5)は進路と将来について。意外とまともだ。そうだよな。学校側が作成した書類だ。(1)も(2)も(3)もなにかしら意図のある、ある種警告のようなものだろう。これは本物だ、と必死で良いところを探す。
だが設問(6)が全てぶちこわした。
(6)相手が浮気した場合どうしますか
A 反省文の提出
B 爪をもらう
C ムチ打ち
D 指を一本もらう
E 目をもらう
F その他
おい。おかしいだろう。爪をもらうってなんだ。指を一本もらうってなんだ。目をもらうってなんだ。本当に学校が作成したのかこれは。
「桜井さん」
「なぁに岡崎君」
「この交際届の(6)なんだけどさ。マジでするの?」
「あ、それね。大丈夫よ」
にこりと笑う桜井さん。
「先生が押さえつけてくれるから、大丈夫よ」
なにも大丈夫じゃない。なにも大丈夫じゃない。
「なあ桜井」
「なぁに仁君」
「もしも別れる場合はどうするんだ?」
笑う桜井。
「やだ仁ったら。まだ交際届を出してもいないのにもう別れる話?」
「そ、そうだな」
後で聞いたらいいよ、な。