どうしたものか-candy store
candy store 第五回お題:みたらし団子
二十年振りに歩く高校への通学路。
道路沿いの植え込みは綺麗に整えられ、喫茶店とクリーニング屋はコンビニに、空き地は小綺麗なマンションへと変わっていた。
道行く学生もだいぶ違う。そもそも俺の時代は学ランだったけど、今はブレザーのようだ。見慣れない。どうにも違和感があった。
坂道を越え、最後の信号にさしかかると懐かしの母校が見えてくる。記憶にある校舎とあまり変わりない姿にホッとした。正門を目指しグラウンド沿いを歩いていると、前から走ってくる一群。綺麗に揃った掛け声、女子バレーボール部だ。耳を澄ますと聞こえてくるのは野球部の声と吹奏楽部の練習。放課後の音だ。
帰って来た。
懐かしさが胸一杯に込み上げる。
正門に着いたのだが、なんとなくここを通るのに抵抗があった。そんな俺を不審に思ったか、警備員がじっとこちらを見ていた。二十年前に卒業した者だと伝えると、幾分警戒を解いてくれたようだが、それでも視線は感じる。仕方がない事なのだが、なんとも時代の違いを感じた。
「勉強怠い。大体こんなの勉強して何の役に立つのよ。二次関数なんて絶対使わないし」
愚痴る学生達。ああ、学生時代の俺と同じ事を言っているなと、苦笑してしまった。
あの頃は確かにそんな事ばかり考えていたと思う。
なんで勉強なんてしなくちゃいけないんだ、とか、だいたいこんな事勉強したって将来何の役に立つんだ、とか、勉強するくらいなら働いている方がよっぽど楽だ、とか。
今に分かる。勉強の方がよっぽど楽だと。二次関数は日常で使う為に習ったのではないと。
正門から少し離れた場所で、懐から煙草を取り出し火を着ける。
先生はまず最初になぜ勉強するのかを教えたら良いのじゃないかと思う。いや、違うか。教えてくれたけど聞き流していたのかもしれないな。
煙草をゆっくりふかしながら、こんな事が考えられる程度には大人になったか、と今度は自分に苦笑する。
「おお……」
懐かしさのあまり思わず声が出る。
学校裏門に回ると、そこだけ時間から取り残されたように一軒の店があった。
この雑貨屋は当時、部活帰りの学生御用達で、裏門から学校を出てこの店に寄って帰るのが常だった。今と違って帰りに買い食いが出来る店がここしか無かったのだ。
軋む扉を開け店内をのぞくと、さすがに品揃えはだいぶ変わっていた。当時はもっと学生向けというか、パンやお菓子がメインだったのだが、今は周辺住人向けなのだろう。
懐かしさと時の移ろいに一抹の寂しさを覚えつつ商品を見回すと、学生時代最も世話になった三本入りみたらし団子を見つけた。安い割に腹持ちの良い団子は学生に大人気で、店側も売り切れないよう沢山仕入れてくれていたものだ。
「おばちゃん、だんご一つ」
何年ぶりにこの台詞を言ったのだろう。
懐かしのみたらし団子を早速食べようと向かいのベンチに腰掛け、パックを開けて一本目取り出し食べてみた。確かこんな味だったような気がする。
高校生の頃は二十才って大人だと思っていたし、三十才なんておっさんだと思っていた。実際は二十才を迎えても大して大人じゃなかったし、三十を迎えても意外と若いもんだった。
勉強は大切だと痛いくらい分かったのは十七才。大学入試だ。それはそれは勉強しておけば良かったと激しく後悔した。
パックから二本目を取り出し食べる。だんだんお腹が一杯になってきている。
ここからはサッカー部の練習がよく見える。五対五のミニゲームをしているという事は、まもなく部活が終わるのだろう。
あの頃は楽しかったとしみじみ思い出す。サッカーが出来たら幸せだった。寝ても覚めてもサッカー。朝練から始まり、日が落ちるまで練習し、帰ったら近所の公園でランニング。ほとんど部活をしに学校に行っているようなものだった。人生全てを部活にかける位の情熱を注いでいた。なんとやる気に溢れていたことか。
ふと気付いた。
唐突に気が付いた。
なんだ。幸せとは結局やる気次第なんだ。
思い返せばそうだ。夏休みの部活なんて単なる地獄だった。合宿なんて拷問と異音同義語だ。けれど部活が終わった帰り道、不思議と楽しかった。いや、思い返せば楽しかった、というべきか。
今はどうかと問い掛ける。
毎日つらい。上司はムカツクし客もムカつく。やる気を出せと言う方が無理だ。なるほど。どおりで幸せじゃない訳だ。
さて、幸せになる為の方法がみつかったのだが、どうしたものか。
パックから三本目を取り出し食べる。少し胸焼けがしてきた。まさか団子を食べて年をとった事を実感するとは。当時は三本でも少なく感じたが今なら一本で十分だ。
懐から煙草を取り出し、火を着ける。
いつか夢は叶う。違う。叶う夢だけ叶っているのだ。
夢はいつか、覚める。
「おじいさん、もういい加減起きてください。食事の時間です」
邪魔だと思っている事を隠そうともしない長男の嫁。現実に引き戻され酷い脱力感と後悔が襲う。
あの時、俺は気付いていたのに。