気付いたの-candy store
candy store 第四回お題:プリン
六年生になったある日。
私は四年生からずっと同じクラスで親友のみゆきに、この世の真実を伝えた。
「みゆき、知ってる? 大人は毎日プリンを飲んでるって」
「知らないよ。というかプリンは飲み物じゃないんだよ、あかりちゃん」
「そうね。ええ、そうよ。プリンは飲み物じゃない。子供はみんなそう思ってるわ。大人にだまされているとは知らないで無邪気なものね」
「言ってる意味がよくわかんないよ」
「この前ね、パパが阪神対巨人戦を見に行くぞーって。私、阪神電車に乗ったわ。知ってる? 阪神電車って色が黄色と黒。トラ柄なのよ」
「え、ホントにっ!?」
「うそよ。それでね、電車に広告があったの。そこに書いてあったわ。子供が知らない真実を、ね」
「なんて書いてあったの?」
「プリン体九〇%カット」
「え? プリンたい……九〇ぱーせんとかっと?」
「新発売のビールの広告だったわ。多分プリン成分……って意味かしら? なんであれ、まさかビールがプリンだったとは驚いたわ。どうりでおいしそうに飲んでいるワケよ。真実を知ってしまうと、帰って来てまずビールって、パパも相当お子様よね。私でも学校から帰っていきなりプリンは食べないわ」
「食べないよね。まずうがいだもん」
「でも大事なのはここからなワケ。いい? 新商品のビールはどういうわけか九〇%プリンをカットしている。言い換えると、昔のビールはプリンをカットしていないって事なのよね」
「うんうん」
「だから私、パパにこそっと聞いたわ。いつも飲んでるそのビールはいつ発売したのって」
「いつだったの?」
「聞いて驚かないでよ。なんと一九八七年。もう二十四年も前だわ。当然カットしていないと考えるのが自然。つまりプリン成分一〇〇%。完全なる大人のプリンだわ」
「そうなんだ。みゆきのパパはビール飲まないから全然知らなかったよ」
「ほら、そう言われてみたら、プリンとビールって似てるところがあるなって思わない?」
「え? ……ごめん、わかんない」
「みゆきはもうちょっと観察力と推理力を磨かないとダメね。まぁいいわ。それはね、色。プリンも黄色、ビールも黄色。プリンの黒いとこは上手く白い泡にしてごまかしているみたいだけど、黄色は変えられなかった、そんなとこなのでしょうね」
「あ、ホントだ! 確かに黄色いね!」
「でしょ。それともうひとつ。冷やしておかないとおいしくない」
「確かにどっちも冷やしているね!」
「同じ色、どっちも冷やして食べる、そしてプリンカットの広告。残念ながらこれはもうキマリね」
「何がキマリなの?」
「パパは……ううん、大人は子供をだましているわ。子供には毎日お菓子ばっかり食べちゃダメとか、ご飯前にお菓子を食べちゃダメとか言うのに、大人はご飯前にプリン飲んでる」
「たしかに……」
「だから私はある計画を立てた」
「どんな計画?」
「それは言えないわ。もしもの事があった時、あなたにまで迷惑がかかるもの」
「もしもの事って! なにか危ない事をする気じゃないよね? ダメだよあかりちゃん!」
「大丈夫。確かめるだけだから」
「ほんとに?」
「本当よ。私がうそついた事ある?」
「……」
みゆきは無言でうつむいた。どうやら理解はしたけど私の事が心配ってとこね。ほんっと、私たちももう六年生になったというのに、いつまでもこわがりというか心配性なんだから。
でも、私だって思いつきで言ってるワケじゃない。ありとあらゆる状況を一一七も想定したわ。しかも念には念を入れて失敗した時用のプランもひとつ用意した。戦略的撤退ってやつね。もう完璧よ。一分のスキもない。
私は次の日に作戦を決行した。
「ねえ、パパ。あかりもビール飲んでみたい」
「ん? あかりにはちょっと早いんじゃないかな。お母さんに怒られるぞ。それに苦いからおいしくないぞ」
お父さんは美味しそうにビールをごくごく飲みながらそう答えた。
分かってる。その程度の反撃がある事は想定内。むしろ私の計画通り。
からっぽになったコップに、お父さんは再びビールを入れる。しゅわーって音をたて、白い泡と一緒にコップに入っていく。
「ねえ、一生のお願い。一口だけでいいから。ね、パパ」
今日は伝統の一戦、阪神巨人戦。阪神が勝ってる時のお父さんは超機嫌良い。
「うーん、分かった。分かったけど一口だけだぞ。それといいか? お母さんには内緒だぞ。絶対だぞ。じゃないとお父さんも怒られるからな」
「分かってる、絶対言わないよ」
今日は伝統の一戦、阪神巨人戦。巨人が負けてる時のお母さんは超機嫌悪い。
ばれたら危険。とてつもなく危険。みゆきに「危険な事はしない」って言った手前、ここは何事もなく乗り切らなくちゃいけない。親友にうそは言わない主義。
ほら、とパパはビールを私に手渡す。コップの中でキラキラ光るビール。白い泡が溢れそうになってる。コップの表面は濡れていて、よく冷えていた。
「これが大人のプリン……」
「は?」
私は今、大人の階段を登りはじめる。
「にがっ!」