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わたしだけ-candy store

candy store 第三回お題:クッキー


 冬の町がイルミネーションに彩られるのは、きっと色を失っているからだと思う。


 見上げれば灰色の空。

 じっと見ていると切なさと寂しさと人恋しさがこみ上げてくるのはなんでだろう。

 モノトーンのコートを羽織り歩いてゆく人たち。空だけじゃない。道行く人も色を失っている。暖かな色を届けてくれるお日様は早々に色を失い、もうすぐこのあたりも黒く染まってゆく。


 グレートーンな憂鬱。二月十五日午後四時五十五分。


「あれ、なんでいるの?」


 左手首に巻いた時計を見るためにうつむいた瞬間だった。自転車を押しながら校門を出てきたその人は、部活帰りの大きな白いカバンを前かごに入れながら心底不思議そうな顔で聞いてきた。

 さんざん待ったのに第一声がそれかっ! と、ちょっとムカってきたけれど、勝手に待ってたのは私だからそこはなんとかがまんする。


「待ってたからに決まってるでしょ」


 つとめて冷静に言ったつもり。左肩にぐいぐい食い込んでいた学校指定の紺色のカバンを右肩に掛け直し、私は銀色の自転車のそばへと進む。


「あ、だいぶ待ってたのか。わるい。メールでもくれてたらもうちょっと早くこれたのに」

「今日、何の日か知ってるでしょ」

「いや、知らない」

「バレンタインの次の日」

「それって単なる普通の日じゃあ……」


 軽くにらむと、ごめんごめんと無邪気に笑う彼。分かってる。分かって言ってるのは分かってる。

 帰ろうか、と自転車を押して歩くサッカー部二年と隣を歩く書道部一年。角を曲がると、茶色の枝がつんつんと伸びる銀杏並木のゆるい坂道が目の前に広がる。

 吐く息は白く、それはとてもはかない。私は自分の手を暖めてくれている手袋を見ながら、こんなとこまで灰色だ、と思う。

 しばらく歩くと、右肩で持っていたカバンがどうにも重くなってきて、左肩にカバンをかけなおした。やはりこっちの方がしっくりくる。


「で、今年はどうだったの?」


 つとめて冷静に聞いたつもり。


「手作りチョコとかおしゃれなチョコとか全部で十六個ももらったよ」


 無 駄 に も て や が っ て 。

 去年より三個も増えてるじゃないか。私は半ば呆れながらもこれからの予定を予定通り言った。


「このまま家に行くから」

「何しに?」

「お茶」

「……お茶うけにチョコとか考えてないだろうな?」

「考えてる」

「チョコはダメだぞ。あれは俺が食べる。二ヶ月もあれば食べきれる」

「ケチ」


 銀杏並木通りから高野原五番町の信号を右に曲がり、静かな住宅街へ。人通りはめっきり少なくなる。


「じゃあ早く帰ろうぜ。ほら、後ろに乗れよ」


 立ち止まり彼を見た。じっと見た。近頃では珍しい学ラン姿。ヘディングする機会が多かったのか、前髪にちょっと砂が付いている。サッカー部は大変だ。そして視線は瞳へと移る。その目はいたって普通で、とても冗談を言ってるように見えない。


「……いいの? 見つかったら二週間チャリ通禁止だよ?」

「つまり。見つかんなきゃいいって事だろ?」


 やたらと男前な答えが返ってきた。

 ほら、と案内されたのは銀色に輝く金属の格子。つまり自転車の後ろ。私がこれから腰掛けるところともいう。鈍く光るそこは、予想を裏切らず私にしっかりこの冬という季節を知らしめてくださった。

 さて。座ったはいいが私の左手はどうする?

 それに私の右手はどうしたらいい?

 授業では教えてくれなかった。保健体育あたりで取り上げるべきだと思う。


「いくぞ、しっかりつかまってろよ」


 仕方ない。そう言われちゃ仕方ないね、と恐る恐る腰に手をまわす。

 まわした両手にほんの少し力を入れる。

 目の前は黒一色に染まる。制服の黒。彼の髪の黒。

 自転車は少しずつスピードを増してゆく。流れる景色。突き刺さる冬の空気。追い越して行く銀色と白の車。赤く灯る信号。舞い散る白雪。

 知らない人が見たら、私達は彼氏彼女に見えるのだろう。実際は、二人乗りしている単なる幼馴染み。彼氏でもなけりゃ彼女でもない。

 目を閉じてみた。ちょっと荒々しい風の音が聞こえた。


 物は試し。


 腰にまわした手を少しだけ学ランの中に忍ばせる。驚いた。そこは想像以上に気持ち良く、妙に人を感じる温かさだった。

 こうなると手袋が邪魔だ。だからまずは左の手袋を、次に右の手袋を外した。

 そしてもう一度触れてみる。じんわりと左手に彼の体温を感じる。サッカー部は腹筋も鍛えるのだろう。なかなか引き締まってて硬かった。

 右手も温度を感じていた。だけど右手は左手より貪欲だったようだ。体温どころか体をしっかり掴んでいっこうに離そうとしなかった。


 独占欲が心を赤で深く鋭く太く激しく縫った瞬間だった。


 付き合うなんて考えた事なかったけど、私より彼に詳しい人が現れるなんてのも考えた事ない。

 来年は二月十四日に渡そう。チョコが苦手と知っているのは私だけ。私だけがバレンタインにクッキーを渡している。


「ねぇ」

「ん、なに?」


 桜が咲くまであと二ヶ月。けど桜色に染まる前に、きっと今日から世界は色を帯びてゆく。

201105151945:タイトルちょっと変えました。

201105272050:ラストをちょっと変えました。

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