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我慢できる?-candy store

企画、candy storeに投稿した短編です。

・企画名:candy store

 http://candystore.mitarashidango.com/

・主催:桜庭春人さん

・企画目的:甘いお菓子=素敵 面白い小説=素敵 だったらお菓子が出てくる小説を書けばいいじゃない!という企画です。

・企画内容:各回ごとに設定されたお題のお菓子を作品内に登場させる。扱いの大小は問わない。ジャンルは自由。作品を3週間で原稿用紙5~10枚分(2000~4000文字)で仕上げ発表する。それを2011年8月7日まで定期的に続ける。


2011年4月3日より、3週間に1回投稿する予定です。


candy store 第一回お題:アイスクリーム


なお、この作品は企画 Fetish400にも参加しています。


 耐えられると思ったんだけどな――


 女はノートパソコンに向かう男を見て思った。

 午前三時。人も明かりもだんだんと姿を消し、町全体が静けさに染まる頃。とある分譲マンションの一室は今だ明かりが爛々と灯っていた。

「ねぇねぇ、アイスクリーム食べない?」

 妙に上機嫌な女―― 森野沙織。

 少しはだけた白いシャツ。タイトなスカート。そして優雅に組まれた白い脚。傍らには脱ぎ捨てられたストッキングが丸まっていた。

 うっすらと頬が赤いのは化粧のせいだけではない。サイドテーブルには半分程空いたブルゴーニュタイプのボトル。ラベルには天使が描かれているチリ産のワイン、モンテス・アルファ。赤く揺らめくワイングラスを傾け、沙織は唇を湿らし、男に四度目の問いかけをした。

「ねぇってば。ちょっと聞いてる?」

「聞いてるよ」

「アイスクリーム食べない?」

「今忙しいから」

 ノートパソコンに向かう男―― 秋山和樹。

 淡いブルーのネクタイを左手で緩め大きく息を吐く。傍らには乱雑に積まれた資料の山。書類の山。吸い殻の山。そして空のワイングラス。まるで苛立ちのうめき声のようなキーを叩く音が、一拍の間を置く事なく部屋に響いていた。

「それ、明日のプレゼン用資料?」

 あ、もう今日か。と、言いながら沙織は黒く輝く長い髪をかきあげる。ふわっと漂い、和樹の鼻腔をくすぐったのはトリートメントの柔らかな香りと仄かな煙草のにおい。話す沙織の息には甘いワインの香りが混ざっていた。

「そうだよ。知ってるだろ? 部長が資料のデータが入ったUSBメモリをトイレに落としたの。おかげで全部作り直しだ。ホント最悪。ありえないっての」

 大きな溜息ひとつ。和樹はキーを打つ手を止め胸ポケットから煙草を取り出し、鈍く光るオイルライターを薬指で弾いた。澄んだ金属音が室内に響く。

「うちの部でも話題になってたわよ。またあの部長やらかしたみたいだぞって。でもデータのコピーは?」

 普通とってるでしょ、と言わんばかりの表情で、アイスクリームが乗っていたスプーンを舐めながら不思議そうに質問する沙織。冷凍庫から出したばかりのアイスクリームはまだ固く、スプーンにすくい取られるのにやや抵抗を示していた。

「マスターとコピー両方部長に渡した。データは残すなって指示だったからな」

「最悪だねぇ」

 ああ、最悪だ。と、和樹は心底疲れた表情で手を止め、くわえた煙草を目一杯大きく吸い込む。そして天井を見上げながらゆっくり煙を吐きだした。

「だからさ、忙しいんだよ。アイスクリームを食べてる暇ないし、食べたいとも思ってない」

 煙を吐き出すと一緒になにか嫌な事も吐き出している気がする。

 和樹はそんな訳ないと分かっていながらも、いつもより大きく、長く煙を吐く。そう思わないとやってられない位うんざりする作業だった。

「じゃあさ、食べさせてあげる」

「は?」

 そう言うと沙織は後ろから白く冷たい手で和樹の両頬をはさみ、ゆっくりと自分の方へ振り向かせる。

 見上げる和樹。妖しく微笑む沙織は無言で見つめ合ったまま、そっと唇に近づいた。

「んっ!?」

 驚きの声を漏らす和樹。閉じていた和樹の唇にそっと滑り込ませた沙織。和樹の中に冷たくて温いなにかが割って入ってくる。

「アイス。ちょっと溶けちゃったけど」

 目的を果たし満足げな沙織。よほど嬉しかったのか満面の笑みを浮かべていたが、顔をしかめる和樹を見て、沙織はすぅっと目を細め、今度こそ本当の目的を果たすべくゆっくりと近づき、唇を重ねた。

 最初は軽く触れるだけ。先が触れ合う程度の軽いキスをした後、和樹は沙織をじっと見つめる。視線に気が付いた沙織はなんとなく問いかけた。

「なあに?」

「べつに」

 予想以上にそっけなく、どこか冷たさすら感じられる和樹に少し戸惑いながらも沙織は止まらない。少し離れ角度を変え、また重ねる。何度か互いの距離を埋めては離れと繰り返す内に、いつしか唇をはっきりと感じる事が出来る程長く、呼吸を奪うかのように激しくなってゆく。

「ん……」

 荒い息づかいに混じり沙織の甘い声が漏れる。やわらかな膨らみ、艶やかに濡れた唇は和樹に触れると押し潰されるかの如く大きく形を変えてゆく。まるで絡み合うように。貪り食うように。

 部屋には二人の息づかいと漏れ出す声。ただ唇が欲しいのか。それとも全てなのか。

 和樹は左手で沙織の右手を握り、ぐっと抱き寄せる。ふわりと香るディオールのフォーエバーアンドエバー。

「なぁ。後で手伝ってくれよ」

 火を着けたばかりの煙草を灰皿にこすりつけながら和樹は沙織に言う。だが沙織は自分の指に触れた金属の冷たい触感―― 和樹の薬指を振り解くように手を離し、大きな背中に手をまわし耳元で囁く。

「いやよ。それは秋山さんの部署のプレゼンじゃない」


 我慢できる、と。私なら上手くやっていけると思ったんだけどな――


 濃厚なバニラの香りふりまく白く滑らかなアイスクリームは、ゆっくりゆっくり溶け始めていた。

201104052359:ちょっと修正しました。

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